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ロザリアンヌ達が次に見つけたダンジョンは深夜の森のダンジョンだった。
星も無い暗い夜空にシンと静まり返った森の中で時折聞こえる何かの音は、恐怖心を煽り本当に不気味だった。
これはもう出現する魔物は絶対にアンデッド系だろうと身構えたが予想は簡単に外れた。
暗い森に入ってすぐにライトを照らすと、一斉に動き出した気配はすべて生き物だったからだ。
そういえば日本でも夜行性の生物は多く、前世での子供の頃にカブトムシを捕まえに夜明け前の暗い時間に森に入った事があった。
あの時は父が一緒でカブトムシ以外にも蛇を捕まえみせたり、山芋を掘ったりしていてちょっとした探検気分だったのを思い出した。
家に帰ったら母に帰りが遅いと叱られ、山芋を喜んでいた母にうっかり蛇の話をしたら父と母が喧嘩になったのもとても懐かしい思い出だ。
その後も何度か雨上がりにキノコ狩りに行く父に付いて行ったものだ。さすがに夜の森はあれ一度きりだったが、父との楽しい思いでの一つなのは間違いない。
(なんだか懐かしい・・・)
久しぶりに前世での家族の事を思い出しちょっと懐かしさに浸っているとテンダーの声に引き戻される。
「ロザリー様、見てください。この森は木の実が豊富ですよ!」
静けさが際立つ夜の森の中でテンダーの声は一際大きく聞こえ、テンダーに教えられてみるとクルミや栗や柿など恵みの木が所々に沢山あった。
「好きなだけ採ったらいいよ」
ロザリアンヌも森の恵みに興味が無いと言ったら嘘になるが、今日はそれよりも拡声器型音波銃の性能を確かめたかったのだ。
一応音量というか周波数や範囲の調整もダイヤル式でできるようにしてある。なので取り敢えず手始めに最小範囲で実行する。
十㎝範囲のレーザー銃感覚の調整をして引き金を引く。
ドス! バズ! ボスッ!
暗い森の中に響き渡る何かが破裂するような破壊音。それもかなり遠くまで続いて行く。
(あっ、これはヤバいやつだ・・・)
ロザリアンヌは結果を見ずにその音だけでそう判断した。
音波と言う事は音速で飛ぶ攻撃。それもかなりの破壊力を持っているとなると、もしこれがロザリアンヌに使われたらと思うと恐怖で身震いした。
攻撃された事にも気づかずに体が破裂しているなんて想像したくも無い。
こんな危ない武器は本当に最終手段でしか使えない。というか使わないと心に決める。
そして大人しく結界除去や身体能力低下のデバフ魔法を研究しようと決め、拡声器型音波銃はマジックポーチにそっと秘蔵した。ロザリアンヌ以外には使えないように厳重にロックをかけて。
(でも範囲を拡大して広範囲に使ったらどうなるんだろう? もうちょっと色々と調整して別の何かに使えないだろうか?)
秘蔵すると決めたが新たな興味が湧き上がる。
「ロザリー、何をした?」
レヴィアスが騒ぎを聞きつけ駆け寄ってきた。続いてキラルとテンダーも。
「新しく作った武器をちょっと試してみた」
「使うのか?」
「ううん、これは私には合わないから秘蔵する」
「その方が良い。私でも恐怖を感じた」
「えっ、そんなに?」
「うんうん」
キラルとテンダーが頷くように首を縦に振っている。
ロザリアンヌはみんなのその反応に、新しく湧いていた興味が萎んでいくのを感じた。
好奇心は猫を殺すということわざではないが、好奇心が過ぎると失敗だけで済まされなくなる事もあるのはロザリアンヌでも今は理解できていると思う。
多分ヤバいと感じた直感が正しいのだと信じ、本当に忘れる事にして気分を変える。
「そういえばテンダーの方は収穫はどうなの?」
「当然バッチリです! それにここの魔物はどれを倒しても木の実を落とすのでちょっと楽しいです」
「そうなの? じゃぁ私も参戦するわ」
そうしてロザリアンヌは本当に拡声器型音波銃の事は忘れダンジョン探索をした。
そして見つけるその魔物。なんとドングリが歩いていたのだ。
ロザリアンヌが帽子だと思っていた殻斗の部分はファーのようになっていて下部にあるので、それが服でも着ているみたいに見えてなんだか可愛い。
いつものようにバッチリと目が合うと逃げ出すがもう遅い。ロザリアンヌは既に瞬間氷結【フリーズ】を発動していた。
そしてトドメはテンダーに任せロザリアンヌはドロップを待った。
(今度はどんな食材なんだろう?)
ワクワクした気分で待っていると現れたのは赤い魔石と何かの木の実だった。
ココナツのような堅い殻でちょっと楕円形でとんがりがある変わった木の実。
鑑定すると『神々が愛する蜜』とでた。
「蜜?!」
ロザリアンヌは木の実を振ってみると中で液体が動く感じがする。
急いでとんがりの部分を切り落とし中を覗いてみると、黄金色に輝く蜜がたっぷりと入っていた。
「蜂蜜みたいなもの? それともメイプルシロップ的な感じかな?」
何にしても美味しそうなその蜜に思わずキラルもテンダーも喉を鳴らす。
「待って。増やせるかどうかやってみてからね」
これが木の実だという事は育成できるはずと、ロザリアンヌは自信を持って蜜の入った木の実から苗木を錬成しそれを植える。
そして植物成長促進剤を垂らししばらく様子を見ると、みるみるうちに成長を遂げその木の実がたわわに成ったのを確認した。
当然ロザリアンヌ達は一通り収穫すると祭壇へと急いだ。
暗がりの中祭壇を見つけるのは大変かと思ったが、なんとびっくり祭壇がロザリアンヌ達を招くように仄かな光を放っている。仄かな光なのに何故か遠くからでもしっかり確認できる不思議。
祭壇まで問題なくたどり着くとロザリアンヌは、神々が最も愛する酒にキノコと果物に貝にチーズに芋と蜜の実を捧げる。
「どうかこの蜜の実の木をダンジョンに定着させてください」
ロザリアンヌが手を合わせ目を瞑り願いを口にしている間に神は既に姿を現していた。
まん丸い帽子を被ったドングリにしかみえない神だった。
細長い手足もつぶらな瞳も他の神と同じだがなんだかちょっと吊り目に見える。
「願いは聞き入れたわ。あなた分かってるじゃないの。お礼に良い事を教えてあげる。封印の祠のダンジョンには間違いなく全部揃えて供えるのよ。そうすればきっと良いことがあるわ」
ドングリ神はそう言うとあっという間に姿を消していた。
「僕考えてみたんだけどさ、そのお供え一つずつ何回にも分けたらもっとお願い聞いて貰えるんじゃないの?」
「私もそれはちょっと考えたけどさ。それってなんだか意地悪をしているみたいじゃない? 欲をかくと良くないって気がするんだ」
「そっか。それもそうだね」
キラルの疑問は当然ロザリアンヌも考えた事があった。
でも昔話には欲をかきすぎて酷い目にあう話は山ほどある。何事もほどほどが良いのだとロザリアンヌは納得して、一番みんなのためになりそうな願いを叶えてもらっていたのだった。
その後ロザリアンヌ達は、勿論蜜の実を心ゆくまで収穫してからダンジョンを出たのだった。




