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「あっ、川がある~」
走り出してすぐに長閑な小川を見つけロザリアンヌは不思議に思う。
「この川の水ってどこから来るんだろう?」
小川の水に手を浸しながら常々考えていた疑問を口にする。
ダンジョンの中で天気が変わるのを見た事がない。勿論日が昇ったり沈んだりとか季節が変わるなどの話を聞いたこともなく、ダンジョンの中は不変が定番だった。
でもだとしたら草や木はどうやって生命を維持しているのか。勿論魔物も当然水を必要とする訳だが、その水はいったいどこから?
雨が降らなくても地下に水が溜まるのか? どこかから湧き水でも湧き出したいるのだろうか? もしかしたら空気中にある水ですべてを賄っているのか?
色々と考えてみるが、そんなことを言い出したらダンジョンの不思議など山ほどあり疑問などキリが無い。
「このダンジョンで定住するには当然水は必要だな」
「魔法で水を出すこともできるけどね」
ロザリアンヌはそう口に出してから考え直す。
要塞監獄に居る人々はそもそも魔法も使えず役立たず認定された人達だ。そんな人達の生活水のすべてを賄うのはいくら魔法を使えるペナパルポでも一人では大変な話で、だからあんなに薄暗い空間で寒さを我慢し薄汚れた生活をしているのだろう。
ペナパルポは生活に役立つ魔法が得意だと言っていた。だとしたら当然室内を明るくする魔法や温かくする魔法も使えるだろうし、多分室内だけでなく体を綺麗にする魔法だって使えるんじゃないだろうか。
その辺を最低限にしているという事は、きっと別の事に魔力を必要としているからだ。
「流れも緩やかでたいして深くはないようだ。魚も泳いでいるが魔物の気配がないところをみるときっとそういう事なのだろう」
レヴィアスは川の中に入り向こう岸まで歩いて行き、そして戻ってきた。
きっとそう言う事とは、この川はフェンリルが用意した生活に使う為の水辺だと断定したのだろう。
「服が濡れてるじゃない」
「どうって事はない」
魔法であっという間に乾かすことができるのはロザリアンヌも知っているが、わざわざ服を濡らしてまで川に入る必要があったのかと思っていた。
それこそ魔力を使って調べる事など簡単だろうにと。
(あっ、そうか。魔法を使えない一般の人が実際に川に入った時のことを調べたのか・・・)
ロザリアンヌはやはりレヴィアスには敵わないと溜息を吐いた。
「じゃぁこの川の側に家を建てたらいいわね」
「定住できるようならな」
「きっと大丈夫。それより魚の調査も必要だよね。釣りをしようよ」
ロザリアンヌは小川にいる魚がどんな魚で、食べて美味しいのかどうかが気になり、早速釣ってみる事にした。
魔力を使って川から引き上げるのも可能な気がしたが、以前ダンジョンで手に入れた釣り竿の事を思い出したからだ。
釣りの経験など殆ど無いけれど、宝箱から出てきた釣り竿なんだから多分特別な筈だと信じていた。
「じゃんじゃん釣り上げるわよ!」
「まぁガンバレ。私は素手で掴み取れるかやってみる」
ロザリアンヌとレヴィアスはお互い自分が考えた方法を試す為に二手に分かれた。
「そういえば釣り竿と釣り糸だけじゃ釣りってできないのよね? 餌はどうしよう・・・。ここの魚が何を好むかなんて知らないよ」
ロザリアンヌは少し考えたが、餌になりそうな物をマジックポーチから探し出すことができず諦めた。
(まぁいっか。この釣り竿は特別製。だとしたらきっと餌なんて必要ない)
ロザリアンヌは餌も付けずルアーも無い釣り針だけのそれを川へと投げ入れた。
なんとなく釣り竿に魔力を吸われるような感覚があったが気にしない。
そして拙い知識から拾い出した川の流れに沿って移動させるという方法を実行してみる。
すると途端に手応えを感じた。
(えっ、まさか・・・。本当に!?)
釣り竿にしなりは無いが、ロザリアンヌはその手応えを魚が針にかかったのだと判断しリールを巻いていく。
「本当に釣れちゃったよ・・・」
糸の先でピチピチと動く魚を一瞬自分でも信じられない思いで見詰めた。
しかし我に返ると魚を引き寄せ、その場で活き締めにするとマジックポーチに収納した。
(アイスボックスかびくが必要だな)
ロザリアンヌはそんな事を考えながらまたもや釣り糸を小川へと投げ入れる。そして殆ど入れ食い状態の釣りが面白くなり夢中になった。
(この釣り竿ってホントスゴいわ)
ロザリアンヌはこの釣り竿で次は何を釣ろうかと考え、もしかしたら海の大物の魔物さえも釣れるんじゃないかとあれこれと思い描いていた。
「この川の魚は絶滅の心配は無いようだな」
レヴィアスに声をかけられロザリアンヌは我に返る。
「さっきから見ていたが、いくら何でも釣りすぎだろう。だがいくらでも湧いてくるようだ。ダンジョンの魔物と一緒でリポップするらしい」
ロザリアンヌがただ単に釣りに夢中になっている間にレヴィアスは川での調査を進めていたようだ。
「食べてみるよね?」
ロザリアンヌはちょっと気まずい雰囲気を打ち消すように笑って誤魔化した。
そして辺りにあった石と土を使い簡易七輪擬きを作り、根っこの魔物のドロップ品である炭を使い釣ったばかりの魚を焼き始める。
この川で釣れた魚はニジマス風の魚と鮭のようなちょっと大きな魚の二種類。勿論七輪擬きに乗せたのはニジマス風の方だ。
徐々に魚の焼ける匂いが辺りに充満しだし、匂いだけで美味しさを物語り始める。
ジュッと炭に油が落ちる音もいい心地で、焼き目が濃くなるにつれ見た目からも美味しさが伝わりいい感じ。
「そろそろかな」
ロザリアンヌがそう呟いた時だった。
「ズルいですよ、ロザリー様~。何を内緒で!」
「そうだよ。ダンジョンでこんな美味しそうな匂いをさせるのは危険だと思うな」
キラルとテンダーが姿を現した。
「べ、別に内緒って訳じゃ。これも調査の一環で・・・」
「その調査、僕が引き受けるよ」
ニッコリと笑顔を浮かべるキラルに抵抗できず。
「当然私も参加します!」
喉を鳴らし詰め寄るテンダーにあらがえず。ロザリアンヌは最初に焼いたその二匹をキラルとテンダーに差し出したのだった。




