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ダンジョンは森というより林と言った方が似合う、木々があまり密集していない針葉樹林が続くフィールドだった。
杉の木や松の木に似た針葉樹がいい感じに離れて植えられているので、蔓を絡ます木々も多かったが移動に足を取られることもなく歩けた。
そして日本の気候で言うと3月から4月くらいの春まっただ中といった感じで、勿論上空には太陽もありこの大陸では考えられないとても過ごしやすい場所なのは確かだった。
「なんだか人の手が入った森林地帯みたいだね」
「これなら樹木も利用しやすく開墾もしやすそうだな」
「取り敢えずこの辺一帯を平地にして、伐採した木々は利用しやすいように木材に変えておこうか」
ロザリアンヌはこの辺の樹木をすべて引っこ抜き木材に変えることで、まずは木材を利用しやすく確保しておこうかと考えていた。
「ロザリー様~! 見てくださいこれ。これで砂糖を作れるんですよ。スイーツに必須の砂糖ですよ!!」
テンダーが何か珍しい物を見つけたらしく、叫びながらロザリアンヌへと駆け寄ってくる。見ると樹木から剥がし取った蔦を手にして興奮している様子。
「この蔦から?」
「まあ見てください」
テンダーは蔦の切り口をロザリアンヌの掌に乗せると、もう一方の切り口に自分の口を当て大きく息を吹いた。
すると蔦の中から樹液が滴り出す。テンダーに促され、ロザリアンヌはその樹液を舐めてみると確かに甘かった。
「ホントだ確かに甘いね」
「これを煮出して水分を飛ばせば甘いシロップが作れるんですよ!」
「それは助かるね」
確かに砂糖は正義だ。スイーツだけでなく料理に必須の調味料の一つでもある。それがこうも簡単に手に入るのなら、食糧事情の一つは解決したも同然で、後は塩かとロザリアンヌは考えていた。
「ところでさぁ、テンダーはキラルとの競争はもういいの?」
ダンジョンに入る前にキラルに挑戦状を叩き付けた事をすっかり忘れているらしいテンダーに、ロザリアンヌは確認する。
「あっ、そうでした。では行ってきます!」
そう言うとまた凄い早さで地上を走り出していく。多分テンダーが木々を飛び回り移動するには間隔が開きすぎているのだろう。
「ロザリー。ねえねえ、ここの魔物って変わってるんだよ」
入れ替わるようにして今度はキラルが現れた。
「どんな魔物がいたの?」
「飛べない鳥と木の根っこみたいな魔物なんだけどね、そいつらがまた面白い攻撃をしてくるんだ」
キラルはテンダーへのハンデと考えて、わざわざ魔物の攻撃を確認してから倒すようにしていたらしい。
するとせいぜい木の枝に登る位にしか飛べない鳥は、そのお尻から卵を飛ばし攻撃してきたそうだ。
「卵の殻は固くて当たっても割れないから、多分普通の人だったら相当痛いと思うんだ。でもすぐに倒したらただの鶏肉しかドロップしないけど、攻撃させればさせただけ卵も手に入るって事だよ。なんかスゴくない?」
「そうね、防御を何か考えればいいって事ね」
「その心配はあまりないと思うよ。だってこっちにお尻向けて卵を噴射するんだよ。それもかなりゆっくりだから避けるのは簡単だし、当たったら痛いだろうなってだけで当たる心配は少ないと思うな」
「ではその固い殻を割る方法だな」
確かに折角手に入れた卵も割れないんじゃ食べることもできない。でもダチョウの卵なんて金槌で叩いて割るって聞いた気もするしきっとどうにかなるだろう。
「それにね、根っこの魔物はもっとスゴいんだよ。こんなに大きな種を飛ばしてくるんだ。これ何の種だか分かる?」
木の根っこのような魔物は自分の腕(?)のような枝から何かの種を放出するらしい。大きさはアボカドの種ではなく実くらいの大きさだった。
その攻撃は是非ロザリアンヌも見てみたいと思ってしまうが、取り敢えず何の種なのかも気になるので早速鑑定してみる。
すると驚いた事にというか、まったく信じられない鑑定結果が出た。
「石鹸の木だって。この種を植えて育てると石鹸のなる木が育つらしいよ」
「えっ、石鹸・・・」
キラルも傍で聞いていたレヴィアスも信じられないというより、ロザリアンヌが何を言ったのか理解しがたかったらしく絶句した。
石鹸って確かに植物の油からも作れるし燃やした灰を使ったりもするからまったく関係ないとは言えないが、それでも普通に木になる実としてはまったくもって想像も付かなかった。
「どんな石鹸がなるのか気になるよね? 早速植えてみる?」
ロザリアンヌが錬成した成長促進剤を使えばすぐにでも結果が分かるだろうと考え、キラルとレヴィアスに提案してみる。
ただ問題は成長しすぎた場合の対処だが、ここはダンジョン内だきっとどうにでもなるだろうと判断した。
「ま、まぁ気にはなるな」
「うん、知りたい!」
ロザリアンヌは二人の賛同を得て、目の前にあった一本の木を魔力を使って引き抜くと土をさらにふんわりと掘り返す。そしてその場に丁寧に石鹸の種を植え、成長促進剤と水を振りかける。
みるみるうちに発芽しぐんぐんと成長していき、しばらく待つと本当に石鹸が実り始めた。四角いお豆腐くらいの大きさの真っ白な石鹸だった。
「本当に実ったね・・・」
「問題はその効果だな」
「そうだね大きさは割って調整すればいいしね」
実った石鹸を早速鑑定してみると、万能石鹸とあった。髪も体も洗え、他に食器洗いや洗濯にも使え自然にも優しい万能の汚れ落とし石鹸らしい。
本当にびっくりで、驚きすぎたロザリアンヌ達三人はしばし固まっていた。
もっともレヴィアスはすでに他のことを考えているようだったが・・・。
「ロザリー様~。見てくださーい。変わった種を手に入れたんです-」
テンダーは普通に根っこの魔物の攻撃を受けまくっていたようだ。
ロザリアンヌはそんなに石鹸の木はいらないよと思いながらも、ふと微妙に色が違う事に興味が湧き、新たにテンダーが手に入れてきた種も念のため鑑定してみた。
すると『サンダルの木』『ティッシュの木』『木綿布の木』『歯ブラシの木』などなど、それぞれまったく別の物がなる種だった。
もっともこの種が育つのはこのダンジョン内限定となっては居るが、それにしても・・・。
「これって全部日用雑貨じゃない!」
ロザリアンヌは食糧事情ばかりを考えていたが、日用雑貨も当然必要なのは確かだった。
これがフェンリルのこの大陸の人達を思う意思だとすると、このダンジョンで生活しろと言っているようなものだ。
日用雑貨が実る木がずらっと並んでいる状況を想像し、ここで生活する人々を思い描きながら、ロザリアンヌはダンジョンってそういうものだったっけと疑問を抱くのだった。




