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「この地へ自分たちから訪れたのはお前達が初めてだ。折角だ女のお前だけは受け入れてやろう」
ロザリアンヌが気づくと、目の前にはなめされた魔物の毛皮を何重にも重ねた上に胡座を掻き偉そうに座る男が居た。
その偉そうな中年の男は毛皮や着衣を何重にも着込んでいるので体格は分からないが、取り囲むようにしている男達は寒さを凌ぐのが精一杯と言った感じでみな痩せ細っている。
「それは無理なんじゃないかな」
偉そうな男が他に何か言おうとする前にロザリアンヌは遮るようにして先に言葉を発する。
(だってレヴィアスは私の元へ転移して来られるし、私もキラルやレヴィアスの元へ転移できるんだよ)
この地がすでにもう街というにはほど遠い場所で、厄介事の匂いしかしないのなら滞在する理由がない。
この場所がどうやってできたのかはとっても興味があるが、そんなのは自分で色々考えるとか他の街で情報を得るなどすれば済むことで別にここに拘る理由がない。
「ロザリー、お待たせ~。大丈夫だった?」
「いったい何が起こってるんですか!?」
ロザリアンヌが転移で逃げ出す前にキラルとレヴィアスがテンダーを引き連れ現れた。
「何!?」
この場に居る男達が揃って驚いている。
「さっき使われた魔方陣は転移魔法なんだよね? それなら私たちにも使えるってだけよ」
メイアンでは大賢者様しか仕えなかった筈の転移魔法が何故ここで普通に使われているのか。魔方陣の発動という方法とはいえ、ロザリアンヌが魔石を使って苦労して考えた移動方法をこうも簡単に使われている事に驚いているとは悟られないように平静を装う。
もしかしたらこの地には大賢者様を凌ぐ魔法使いがいるのかもしれないとロザリアンヌは考えていた。
転移魔法を考え広めた魔法使い。もしくはスゴい魔導具を作る魔導具師や錬金術師とか・・・。
だとしたらそんなスゴい人に会ってみたいとも思っていた。
ゴクリとツバを飲み込む音が聞こえると、偉そうな男の顔がみるみるうちに険しく顰められていく。
「お前達はいったい何者だ?」
「旅の冒険者よ。私たちはこの大陸にあるダンジョンを踏破しに来たの」
「ダンジョンだと!?」
「そう、ダンジョン。封印の祠を開放したのでダンジョンも解放されたの。それを知らせようかと思って訪ねてみたけれど歓迎されてないみたいだし、私たちはこのまま退散させて貰うわね」
この偉そうな男に何を聞こうと多分欲しい情報は簡単には貰えないだろうと予測できた。
となるとこんな非友好的な所からは一刻も早く退散した方がいいだろうと思う。
「まあ待て。封印の祠とはいったい何を言っている?」
退散した方がいいと思いながらも聞かれると答えてしまうのは、相手が何かしてこようとはしていないからだろう。
「この先の凍った湖の中央にあった祠よ。知らない?」
「あの祠に入れたというのか!」
「さっきからそう言ってるのに通じないのかしら。はぁ・・・」
ロザリアンヌはもう説明するのにも飽き始めていた。
そもそも友好的でなかった時点でこちらから親切にする必要もないのだと思い始めてもいた。
「ロザリー様は先ほどからいったい何を言っているのです?」
「何って、この人に私たちがここへ来た理由を説明して・・・」
テンダーが不思議そうな顔でロザリアンヌに尋ねて来たことで初めて気づくことがあった。
(もしかして言葉が通じていない?)
ロザリアンヌは大陸の守護者から言語理解スキルを貰っているから通じているし、多分キラルとレヴィアスは精霊の特性で通じているのだろうが、そもそもテンダーが全世界の言語を理解するのは無理なのだ。
メイアンで使われていた元々の言語はロザリアンヌ達と行動を共にすることで教えていたが、初めて来たこの地の言語が通じるはずがなかった。
(また自動翻訳機を作らなくちゃいけないのかぁ・・・)
多分ジュリオからもそのうち要請が来るのだろうとロザリアンヌは考えていた。
(って事は、言語辞書が必要になるんだよな。ここで簡単に手に入ればいいけど・・・)
「その話もう少し詳しく聞かせてくれ」
ロザリアンヌが別の事に思考を取られていると、偉そうな男が真剣な顔で言い出した。
「私忙しいのよね。急に用事を思い出して。でもそうね協力してくれるなら私も話くらいならしてもいいわよ」
ロザリアンヌはすでにもうこの街に興味はなくなっていたが、自動翻訳機を作る為にはまず翻訳辞書を作らなくてはならない。他の街を今から見つけるのも面倒な気もして、どうせならこの男に協力して貰おうと考えた。
「交換条件か」
「当然でしょう?」
「そうだな。当然だな」
偉そうな男はニヤリと笑うとロザリアンヌの提案を聞く気になっているようだった。




