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「世の中にこのように美味しものがあるとは思ってもいませんでした」
その美貌を台無しにして料理を頬張りひとり興奮しているのはテンダーだ。
ロザリアンヌやリュージンなども交えて送別会のつもりなのか、ジュードがバーベキューをしたいと言い出した。
島のダンジョンで手に入れた海鮮もかなりあったので、ロザリアンヌも大盤振る舞いであれこれ提供し追加のお酒も造った。
レヴィアスと戻って早々に参加したテンダーはエルフなのでヴィーガンかと気を遣ったが、出す物見る物なんでも食べた。
「これもとっても美味しいです!!」
テンダーはその細身でどれだけ食べるんだという程食べ続けている。
下手をしたら手掴みの両手持ちも披露する。
エルフなのに……
とても綺麗なエルフなのに…
「里では手に入る食材もそれ程豊富ではありませんから食に拘るものはあまりいませんでしたが、お酒造りには拘りがありますよ」
ロザリアンヌが早急に熟成させたお酒をリュージンにすすめられテンダーがそんな話を始めた。
「何!? エルフは酒を造るのか? いったいそれはどんな酒じゃ。旨いのか?」
「私はこの酒より家の酒の方が好みです。それに各家秘伝の酒というのがありましてね。私の家では木の実の他に薬草などを使い風味付けをしています。なので時折ある集会では各家の酒を持ちより自慢し合います」
「そんなに旨いのなら飲んでみたいのぉ…」
「リュージン殿が里においでになる事があればその時はご馳走します」
「是非明日にでも案内してくれ!!」
「無理ですよぉ。私は祖父からこの方々に付いて行けと言われています。せめてそれなりに実力をつけるまでは里に戻る事はならんと厳命されましたしね」
「分かった。では儂一人でも行く。おぬし紹介状のような物を書いてはくれぬか?」
「別に構いませんが、里の者達がリュージン殿を認め酒を振舞うかは分かりませんよ」
「よいよい。争いにならなければ話はできるだろう。ロザリー、おぬしも一筆書いてはくれぬか?」
「私が書いても意味がないと思うよ」
お酒の事になると目の色が変わるリュージンがロザリアンヌにまで紹介状を書かせるつもりらしい。
しかしロザリアンヌが何を書いたとしてもエルフ達に効果があるようには思えなかったし、そもそもこの大陸を離れる気でいるロザリアンヌには関われる問題ではないように思えた。
「そんな事はあるまい。大事な孫を弟子に差し出す位じゃ、少なくともおぬしは認められている。安心せい」
「そうですよ。長老達からは絶対に逆らうなと申し付かってます。あの長老たちがそのような事を言うこと自体初めてなので私達も驚きました。リュージン殿が言うように認められた証でしょう。エルフは実力者には逆らえないものなのです」
「そうなんだ」
「そうです。だからみんな己の実力を上げる為に鍛錬に励むのです」
「リュージン、それに関して私に考えがある。紹介状は私が書こう」
「本当か!?」
「ああ、後で話し合おう」
「今じゃダメなのか!」
「私は酒を飲んだ奴は信用しない。話は酒が抜けてからだな」
「……」
レヴィアスにピシャリと言われたリュージンだったが、それでも酒を控える気は無いように思えた。
ロザリアンヌはそんな話よりフードファイターかというような食べっぷりのテンダーに呆気に取られていた。
そしてテンダーに対する印象も少し変わっていた。
「そんなに食べて大丈夫なの?」
さすがにロザリアンヌはテンダーを心配し声を掛けた。
「大丈夫です。薬なら持ってます」
口をもごもごさせながら器用に喋るテンダーに感心しながら、薬と聞いて俄然興味が湧いた。
「薬ってどんな? テンダーは薬に詳しいの?」
「私の母は薬草に長けたところがあるので私も必然的に覚えましたね」
ロザリアンヌは新しいポーションのレシピが増えることを期待して、この大陸でも薬草に関して学びたいと思っていた。
それに考えてみればその土地にしかない薬草もあるだろう。
しかしこの大陸でその知識を得る手段が思い付かずにいたが、目の前にその知識を持っているテンダーが居る。
となればこのチャンスを逃すのは勿体ないとロザリアンヌは考えた。
「それ私にも教えてくれない!」
「教えるのは構いませんが、あの森にある薬草の事しか私は知りませんよ」
「それでもいいわ」
テンダーを何となくこのまま置いて行く事を考えていたロザリアンヌだったが、途端に立場が逆転したように思えた。
「それじゃあ、私を一緒に連れて行ってくれるのですよね?」
テンダーの冷ややかな笑顔にロザリアンヌは思わず頷いた。
「良かった~。レヴィアス殿は今日一日口を利いてくれないし、ロザリー殿は目も合わせてくれないし、このまま置いて行かれるんじゃないかと不安だったんです」
「そ、それはほら、慣れなかったから…」
「そうなんですか? 私はまた嫌われているのかと思ってました」
ロザリアンヌはテンダーの事を鈍感なのかと思っていたが、実はちゃんと気付いていたのだと分かって申し訳ない気もしていた。
分かりやすく拒絶したつもりはなかったが、きっと態度に出ていたんだろうと反省した。
「ロザリーって呼んで。これから仲良くなれる様にしていきましょう」
ロザリアンヌは改めてテンダーに手を差し出し握手を求めた。
「こちらこそ足手まといにならないように頑張ります」
ロザリアンヌとテンダーはしっかりと握手を交わし、これからの旅の同行を約束したのだった。




