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「そんな顔してまで言わなくちゃならない事? 命にかかわる事じゃないんなら嘘を吐いても私は許すよ。今ならジュードが私の事を嫌いになったから離れたいって言ったとしても私はジュードを信じられるから大丈夫」
「ロザリー様!!」
ジュードにきつく抱きしめられた。
「ロザリー様。ロザリー様…。ロザリー様……」
耳元で囁かれるジュードの声が切なさを帯びどんどん低くなって行く。
いったい何があったのか、いったいどうしたのか知りたい気持ちはあったが、ロザリアンヌは黙ってジュードの気が済むまで、気持ちが落ち着くまで待つ事にした。
暫くしてロザリアンヌはジュードの胸から解放されるが、ジュードはロザリアンヌの肩に手を置き熱い瞳でじっと見詰めてくる。
そこには固い決意が込められているらしく、今はもう揺るぎの一つも見せてはいなかった。
「私はこの村に残ろうと思います」
何となく予感はしていたジュードの思いを言葉としてハッキリと聞くと、正直とても淋しさを覚えた。
気付けばジュードは既にロザリアンヌにとって大事な仲間の一人になっていたのだ。
「うん、分かった」
「理由をお聞きにならないのですか?」
「この村の村長になるつもりなんでしょう? もう村と言ったら失礼ね。ジュードならきっと素晴らしい街長にもなれると思うわ」
「祖父母の長年の願いを断念させたくはないのです」
「そうよね。その為に苦労してもこの地に留まっていたんだものね」
「ロザリー様方には本当に良くしていただきました。私の願い通り外の世界も十分に見せていただき学ぶ事も本当に多かったです。感謝してもしきれません」
「学ぶ事があったとしたらそれはジュードに学ぶ姿勢があったって事よ。私はたいした事してないわ。それにこれでお別れじゃないわよね? 私はまたこの村に遊びに来てもいいのでしょう」
「勿論です!いつでもお待ちしています」
ジュードの硬かった表情が緩み、途端に笑顔になる。
「私はこれからもこの村の発展を願っているわ」
「ありがとうございます」
ロザリアンヌはジュードの腕から解放されたが、胸に抱いた淋しさはまだ消えそうもなかった。
折角のジュードの決意を揺るがせ惑わせてはいけない、その思いだけがロザリアンヌを気強くさせていた。
「お酒造りの説明をするわね」
ロザリアンヌは努めて平常心を保ち、ジュードに練成した製造樽や醸造樽の説明をしお酒造りのコツを教える。
新しく開拓した畑にも案内し、何を植えたいかを話し合い苗や種を提供した。
「他に私に何かできる事はある?」
「転送文箱を私にもいただけますか?」
「勿論よ。そんなの当然じゃない。文箱型がいいの?」
「いえ、ロザリー様と同じキーホルダー型にしてください」
「いいわよ」
ロザリアンヌはジュードの目の前ですぐにキーホルダー型転送文箱を練成すると、その片方を渡す。
ロザリアンヌの物もジュードのもまったく同じ薔薇のモチーフのキーホルダー型の転送文箱だった。
錆びる事のない銀を素材にして、バラの中央に海底ダンジョンで見つけたパールをあしらって作ってみた。
少し大きくなってしまったがけして邪魔なサイズにはなっていないと思う。
「大事にします!」
「当然じゃない」
ロザリアンヌが笑うとジュードも可笑しそうに表情を崩す。
「ロザリー様、もう一つお願いをしても宜しいでしょうか」
「いいわよ、何でも言って」
「それではもう一度二人だけでこの夜空を飛んでは頂けませんか?」
「そんな事で良いの?」
「はい、この綺麗な星空をこの胸に焼き付けておきたいのです」
それはロザリアンヌも望んでいた事のように思えた。
二人は妖精の羽を装着すると早速夜空へと飛び上がる。
雲一つない満天の星空の中、いつの間にか繋がれた手を離す事無く二人並んでゆっくりと飛んでいた。
この国もだいぶ明かりの魔道具が浸透したのか、集落がある場所は町中や家の明かりで確認できる。
百万ドルの夜景には程遠いが、夜が明るくなりすぎるとこの星空も見えなくなってしまうかも知れないとふと淋しさを覚えた。
今日はやたらと感傷的にさせられる一日だと思いながら隣に居るジュードを見るとジュードも此方を向いていた。
「今夜の事は生涯忘れません」
「やあね、それじゃこれで永遠のお別れみたいじゃない」
「そうでした。ロザリー様が来て下さればいつでも会えるのでしたね」
「そうよ」
「少し冷えて来ましたね。そろそろ戻りますか?」
「もういいの?」
「はい、私はこれで充分です」
ジュードが納得したようなのでロザリアンヌは素直に頷いた。
そして二人だけで飛んだこの満天の星空をロザリアンヌも忘れずにいようと思うのだった。




