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「あの森から出たのね」
ロザリアンヌの第一声はそんな感想じみたものだった。
「でもどうしてこの場所が分かったの?」
「はぁはぁ…。せ、精霊様にし、導をお、お願いしました」
いまだに息が整わない様子のテンダーに、どれほど急いで来たのかが窺えた。
「と、途中で、方角が突然変わったのには驚きました」
多分ロザリアンヌが海底ダンジョンの攻略を終え、この村に転移したのが原因だろう。
という事は、テンダーがあの森を出たのはロザリアンヌ達が海底ダンジョンを攻略し始めてからという事になる。
レヴィアスの言っていたように、エルフ達はどれだけ長い話し合いをしていたのかとロザリアンヌは呆気に取られていた。
「それでどうしてここへ?」
「祖父からあなた方の弟子になるように言いつかりました」
「祖父?」
「四長老の一人が私の祖父です」
「ふ~ん、それでテンダーは納得しているの?」
確か最後に会った時のテンダーはロザリアンヌを殺す気満々だったように感じていたので、取り敢えず聞いてみる。
「長老の決断は絶対です」
「長老の考えじゃなくて、私はテンダーあなた自身の考えを聞いているのよ。弟子と言いながら私達に敵意を剥き出しにされてはたまったものじゃないわ」
「反省しております。あの時は森の秘密を守る事を第一と考えていましたので」
「ロザリー、付いて来れなければ置いて行くという了承は得ている」
レヴィアスはこれ以上の会話は無駄だと言いたいのか、それとも安易に置いて行こう言っているのかロザリアンヌには判断できない助言を入れてくる。
「分かったわ。じゃあ好きにして」
ロザリアンヌは誰に言うでもなくそう言い放つと熟成樽の練成を続けた。
「そう言う訳には参りません。是非ご師事ご指導をお願いします!!」
「……」
練成中は集中を切らしたくないのに、跪き指示を求めるテンダーが実にうっとおしい。
今までキラルもレヴィアスもジュードも、そしてあのアリオスだってロザリアンヌの練成中は気を利かせてくれていたのにと思う。
「はぁー。レヴィアスお願い」
ロザリアンヌはレヴィアスに丸投げする事にした。
「私はこの村に商業ギルドを呼ぶ準備に行く。連れてはいく必要性を感じない」
この村に冒険者ギルドはできていたが、商業ギルドはまだない。
ここでお酒を造るとなれば、確かに商業ギルドが近くにあった方がこれから取引もし易いし、さらなる人口の増加も見込めるだろう。
そうなればお酒造りももっと手を広げられる。
その為にも製造樽も熟成樽ももっと練成しておきたい。
それに麦畑や果物畑ももっと広げる必要がある。
この後のやる事があれこれと思い浮かぶ中テンダーに気を遣っていられない、というよりあまり関わりたくなかった。
「レヴィアス取り敢えず今日一日だけでもいいのお願い」
「……。はぁー、仕方ない。行くぞ」
レヴィアスはテンダーを連れて行ってくれたので、ロザリアンヌは心置きなく練成を続けた。
その後森をさらに切り開き、守護木の時に学んだ方法で土地も開拓し、何を植えてもいいようにしておいた。
そして気付けばリュージンは味見で飲み比べの為に作ったお酒で村人と宴会を始めていて、飲み辛いと言っていた熟成の若いお酒までも飲んでいるのにはさすがに驚いた。
「リュージン、分かっていると思うけれど、この村のお酒はちゃんとお金を払って飲むのよ!」
「分かっておるわ。儂を何だと思っておる」
(ついこの間まで村人にタダ酒を飲ませてもらっていたんじゃない)とは口には出せず、何となく不安を拭いきれなかった。
「大丈夫だよロザリー。リュージンはドワーフと人間が友好的に交流できる道を探しているんだと思うよ。リュージンはリュージンなりにドワーフ達の人間に対する態度や意識を変える気でいるんだよ。これは僕の推測だけれど、リュージンはドワーフがロザリーに示した態度を反省しているんだと思うんだ」
「なんでリュージンが? だってリュージンは関係ないじゃない」
「リュージンは関係あるって考えたんじゃないかな」
「ふぅ~ん」
キラルに説明されてもロザリアンヌはどこか納得できなかったが、種族間の意識の違いが改善され平和的友好的に交流できるのならそれは確かに悪い事ばかりではないと思う。
それにこの大陸には種族関係なく平和を願うリュージンが居る、そう思うだけでロザリアンヌは心強くなる。
次の大陸へ出発する上で少なくとも心残りの心配事は無くなりそうだ。
「ロザリー様、少しお話をいいでしょうか」
ロザリアンヌは楽しそうなリュージンと村人達を眺めていると、いつの間にか傍に来ていたジュードに話しかけられた。
「どうしたの改まって」
「大事な話をさせていただきたく。今、聞いていただいても宜しいでしょうか」
何故か硬い表情のジュードにロザリアンヌは疑問を持つ。
ジュードの祖父である村長との話で何か重大な事でもあったのだろうか?
それともまた体調でも悪くして困っているのだろうか?
「何かあったの? 私で力になれる事?」
「いえ、そうではありません……」
とても言い辛そうに顔を顰めたジュードに、ロザリアンヌはいったい何事かと思うのだった。




