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結界を張ってもそれを維持するのに魔力を注ぎ続けなくてはならないのは考えてみればとても不便だ。
しかし考え様によっては結界を維持し続ける事で、エルフ達と精霊との絆が深まるからそれも有りなのか?
それにロザリアンヌの結界をここの精霊やエルフの魔力で維持できるのだろうか?
実際ここでロザリアンヌが結界を張ったとして、その効力がどの位続くのかははっきり言って分からない。
その点の問題はどうしたら良いだろうか?
いざ結界を張ろうと思うとあれこれと問題点も浮かんでくる。
(!)
ロザリアンヌはダンジョンの宝箱から手に入れた超特大魔晶石を思い出した。
あの魔晶石に結界の魔法陣を書き込み、蜘蛛部屋で手に入れた魔力を吸収する糸で包めば良いのか?
そうすれば多分永久的に結界は維持できるはず。
しかしそうなると守護木や精霊からも魔力を吸収してしまう事になるのか?
(空気中の魔力だけを吸収できる様にできれば良いんだけどなぁ…)
ロザリアンヌは蜘蛛の巣が張られた様子を思い浮かべていた。
(やるだけやってみるかぁ…。ダメだったらやり直せば良いんだし)
先に結界の範囲を確かめながら、超特大魔晶石に結界の魔法陣を刻んで行く。
結界の中には今ここに居る者だけしか入れない様に指定した結界だ。
問題はこの魔晶石をどこに設置するかだが、取り敢えず大きな枝と幹の間に蜘蛛の巣の様に蜘蛛の糸を張り巡らし、その中央に魔晶石を置いてみる。
「守護木の魔力を吸いつくす感じは無い?」
ロザリアンヌは精霊に聞いてみる。
「吸われている感じはするけど、今は根っこが元気になったからあまり問題無いよ」
魔晶石を守護木から少しでも離した事で、魔力の吸収に関してはあまり問題も無い様だった。
念の為に守護木に面する方には糸袋の素材で覆ってあるので大丈夫だとは思うが、念には念を入れて確認したのだが考えていた程の問題にもなっていず、あまりにもあっさりと結界問題が片付いた事にロザリアンヌは安心する。
しかし結構な量の蜘蛛の糸を使ってしまった事に少し不安を抱き、以外に実用性があり便利な糸だけに、ロザリアンヌはもっと確保しておきたいと考えた。
そこでロザリアンヌは空いている例の樽を取り出し、樽の一つに蜘蛛の糸、もう一つに錆びない銀を入れてみた。
何しろ液体じゃない物を入れるのは初めてだったので、何となく本当に補充されるのか不安があったが、みるみる間に樽いっぱいに補充されて行く様を見てロザリアンヌは安心した。
そしてもしかして生き物でも補充可能なのだろうかと考えてロザリアンヌは身震いをした。
もし本当にそんな事が可能だったなら、それは所謂クローンって事だよね?
この樽はもしかしなくてもやはりロザリアンヌが考えている以上に危険な物なのかもしれない。
そう思い慌てて樽をマジックポーチに仕舞い、急いで辺りをキョロキョロと見回し仙人エルフと目が合ってドキッとする。
(見られてた?!)
ロザリアンヌの心臓がドキドキと早鐘を打ち始める中、仙人エルフも驚きの表情を隠さずにロザリアンヌを見詰めていた。
「あのぉ、えっと……」
ロザリアンヌは何をどう言い訳しようかと考えたが、うまい言葉が浮かばなかった。
「いやぁ、本当に何と言ったら良いのか…。そんなに大きな魔晶石など見た事も聞いた事も無い。いったいどこで手に入れたのか…。私はそんな人に挑んだのですなぁ……。それにこうもあっさりと結界を張っていただけるなど精霊様以上の力を見せられ、今さらながら自分の小ささを思い知りました。儂もまだまだ修行不足という事ですな」
仙人エルフの言葉にロザリアンヌはホッと溜息を吐く。
そもそも魔晶石の大きさに驚いていたらしい。
そしてこの大きさの魔晶石を持つ魔物と戦ったと勝手に思い込み、ロザリアンヌの実力を図っている様で樽に言及される事が無かった事に安心する。
「でも結局霞が掛かっている様にしか見せられなかったから、完全に元の結界と同じという訳にはいかなかったのが残念です。でもこの魔晶石のお陰で魔力は自動に補充されるので、以前の様に結界の維持を続ける必要は無くなりました。ああそれから今この結界内に居る者しか結界には入れない様になってますが、他に誰か指定しておいた方が良かったかしら?」
「今のところそれで結構ですぞ。しかしいずれはもしかしたら追加していただく事になるやも知れませんな」
いずれはってまた面倒くさい事を言い出したなと、ロザリアンヌは思わず顔を顰めていた。
事前にここにはもう来ないと言った筈なのに、また連絡しろという事だろうかと考えて、本当に面倒臭いという思いが隠しきれなかった。
もっとも長老達が永遠に生き続ける事ができない限り、代替わりという問題は付いて回るから仕方のない事なのか?
だとしたら結界内に入れる手段を考えれば良いのか!
ロザリアンヌは錆びない銀を取り出し手形の様な物を錬成し、その手形を持つ者は結界内に入れるようにと新たに魔晶石に魔法陣を刻む。
「この手形を持つ者なら結界内に誰でも入れる様にしました」
ロザリアンヌは仙人エルフに手形を渡し、これ以上エルフ達には関わらないと伝えたつもりだった。
「それは有り難い。しかし儂も修行半ばと思い知らされた以上長老を名乗る訳にもいかなくなりましたしのぉ。できればロザリアンヌ達にその座を譲りたいのだがいかがかのぉ」
「お断りします!!」
ロザリアンヌは仙人エルフの申し出に、すかさずきっぱりとお断りを入れる。
「いや、しかしじゃのぉ…」
「だいたいエルフでもない私達が長老になんてなれる訳ないじゃないですか!」
「別に長老じゃなくて長という事でエルフ達を鍛え直して頂ければ…」
「もっとお断りです」
「それじゃせめてエルフの一人でも弟子に加えていただきたい。了承して貰えるまで私はこの手を離しませんぞ」
仙人エルフはロザリアンヌの手首をしっかりと握りしめる。
ロザリアンヌはこれじゃ転移で逃げる事もできないのかと、握られた仙人エルフの手を見詰めていた。
「ロザリー弟子だってさぁ~」
「付いて来れなければ放っても良いのなら了承しよう」
キラルは何故か楽し気に、そしてレヴィアスは既にどこかで放置する事を考えているかの様に返事をする。
「マジ?」
断る気満々だったロザリアンヌは思わずレヴィアスの顔を見ると、レヴィアスには何か考えがある様で微かに頷いた。
「勿論それでも構いませんぞ。本当に有難い事じゃ。では急ぎ選任するので少し時間をいただきたい。その間宜しければ里に滞在してくださるかな」
「私達はこの結界の様子をもう少し確認したいので、ここに後一日だけ留まる。その間に話が纏まらなければその時はこの話は無かった事として立ち去ると思ってくれ」
「いっ、一日ですかな?」
「そうだ明日のこの時刻までの猶予だ」
レヴィアスは仙人エルフに冷たく言い放つ。
「では急がねば」
長老エルフ達が連れ立って立ち去るのを見ながらロザリアンヌはレヴィアスの考えを確認する。
「何を考えてるの?」
「奴らには多分時間の観念があまり無いだろう。研鑽を積むと言って個人で過ごす時間が長い弊害だ。明日のこの時間まで待っても結論も出せず誰も来ないと踏んでいる」
「そうなの?」
「精霊種と言われる長命種族には往々にしてそう言う所がある。私も以前はその様なものだった」
レヴィアスの言う以前がいつの事かはロザリアンヌには分からなかったが、きっと大賢者様に出会う前の事を言っているのだろうと何となく感じていた。
そして大賢者様と出会いレヴィアスの人生の時計が動き出したのかと思うと、ロザリアンヌは少しだけ心にもやもやとした感情が浮かんだ。
「そっかぁ……」
ロザリアンヌの歯切れの悪い返事にキラルが全開のキラキラ笑顔を向けて来る。
「一日ここで何してようか?」
「まずは何か美味しいものでも食べようか」
キラルに明るく問いかけられ、ロザリアンヌは心に湧いたもやもやを振り払う様に答えていた。




