192
「仕方ないだろう。だが先に言っておく、これ以上の譲歩は無い」
レヴィアスがエルフのリーダーに威圧をかけたのを見て、多分ロザリアンヌが結界の中の事を知りたがっている事を尊重してくれたのだろうと理解した。
しかしロザリアンヌにしてみれば確かに世界樹の存在も気になるし、できればエルフと仲良くしたい思いはある。
それは前世の記憶の影響であって、今現在この世界この大陸の事を考えれば何が正しいか等判断できない。
ドワーフと仲良くなれずにリュージンとも別れてしまった事も踏まえ、これ以上エルフに関わる事が本当にロザリアンヌに必要かなど分からない。
もしかしたらまた何かの強制力が働いているのかとも疑えるし、そうだったとしたなら少々面白くないのも確かだ。
「僕は反対だな~。だいたいあの結界の中に僕達に似た存在の気配を感じるけど、隠しておきたいと言うなら放っておいた方が良いと思うよ。僕はこれ以上ロザリーに関わって欲しくないよ」
キラルは拗ねた様に吐き捨てそっぽを向く。
(ちょっと待って、今何気にとても重要な事を言わなかった?キラルに似た存在?関わって欲しくない?)
ロザリアンヌはキラルの独り言の様な呟きを反芻する。
「精霊が隠されているって事?」
「その様だな。封印されているのか匿われているのか知らないが、閉じ込められているのは確かだ」
「もしかしてキラルもレヴィアスも知ってたの?」
「この森に入ってから何となく感じてはいた。今ははっきりと感じ取れるし、コイツの話から推測するにそう言う事だろう」
キラルが静かに頷くのを見て、キラルが柄にもなくエルフ達にやたらと好戦的というか反発していたのはそのせいかとロザリアンヌは漸く理解した。
そしてレヴィアスも柄にもなくエルフのリーダーに譲歩したのはやはりそのせいかと思う。
ロザリアンヌ達の話を聞いていたエルフのリーダーはみるみる顔を青くする。
「キラルとレヴィアスはどうするのが良いと思う?」
「だから僕はこれ以上ロザリーには精霊に関わって欲しくないの!」
「私が精霊に関わると何かマズい事があるの?」
「ただの嫉妬だろう。私は別にロザリーが望むなら構わないがな」
ロザリアンヌはキラルが嫉妬していると聞いて少々頭が混乱する。
「えっと…」
困惑して黙り込むロザリアンヌに、キラルは仕方なく口を開く。
「僕は僕だけのロザリーでいて欲しいのに、段々遠くへ行ってしまう様で不安なんだ。これ以上精霊を宿す様な事になったら、僕の事なんて忘れてしまうんじゃないかって…」
話しながら静かに涙を流し始めるキラルに、ロザリアンヌは胸が詰まり熱くなり、思わずキラルを抱きしめていた。
「キラルは私の大事な仲間よ。忘れるなんて事あり得ないし、キラルが私に愛想をつかして何処かへ行かない限り私の方から離れるなんてある訳ないじゃない。これからもずっと一緒よ。そうでしょう?」
「うん、分かってる。でも何故か不安なんだよ」
泣きじゃくるキラルを抱きしめ静かに頭を撫でるロザリアンヌは、何がそんなにキラルを不安にさせているのかと考えていた。
キラルと初めて森の泉で出会ってからずっと一緒に居て、傍に居過ぎて何かを見失っているのだろうか?
知らず知らずのうちにキラルを不安にさせる様な言動をしていたのだろうか?
キラルを蔑ろにした覚えなど無いが、キラルからしたらそう感じた出来事でもあったのかも知れない。
「どうすればキラルの不安は消えるのかしら?」
「じゃあ僕と契約してくれる?」
「契約って…」
「ロザリーは制約無しで僕を宿しているけど、それってその気になればいつでも解除できるって事なんだよ。僕達精霊は本来契約を取り交わす必要があるんだ。ロザリーと僕は今はただ魔力を同化させ繋がっているだけでしか無いんだ」
「もっとも魔力の相性も必要だし、そもそも相当の魔力量を持っていないとそれ自体無理だがな。他にはロザリーが精霊を魂に取り込むと言う方法もあるぞ。その場合精霊はロザリーが朽ちるまで外の世界に戻っては来れないがな」
キラルの説明をレヴィアスが補足する。
「契約をすればキラルは安心できるって事?」
「契約をすれば少なくとも魂同士の繋がりとなり、お互いを永遠に縛り合う事ができるな」
「そうじゃない。そうじゃなくて。僕はただ…」
レヴィアスの皮肉気な言い方にキラルは困惑している様だった。
「私はキラルが望むなら構わないわよ。レヴィアスは縛り合うなんて強制的みたいな言い方をするけど、そもそもキラルもレヴィアスも私と繋がる事を選んでくれたのでしょう?私はその気持ちが嬉しかったし、この先何があったってずっと一緒に居たいという気持ちは変わらないわ。だって今だってこんなに頼りにしているのよ。離れられたら私の方が困ってしまうわ」
「それって頼りなくなったら離れるって言ってるみたいだよ」
「違うわ、そうじゃなくて」
「分かっているよ。僕を元気づけようとしてくれたんでしょう。でもそうだね、僕がもっとロザリーに頼られる存在になれば良いんだよね」
「だからそうじゃなくて、一緒に居てくれるだけで充分なんだってば」
ふふ、と笑うキラルはいつもの明るいキラルに戻った様だったが、ロザリアンヌは本当にキラルに思いが届いたかは自信が無かった。
「それでどうするの?」
「その精霊の存在を確認しない事には始まらんだろう」
「そ、それは困ります」
キラルの問いにレヴィアスが答えると、エルフのリーダーが慌てて言葉を発した。
「おまえ達の都合など私達には何の関係も無い」
「そうだね、その精霊の意志を確認しなくちゃやっぱりダメだよね」
「仕方ないおまえ達は仲間の所へは送ってやるが、それから先は好きにさせて貰う」
ロザリアンヌを置いてきぼりに進む話に戸惑っていると、レヴィアスは構わずみんなを取り残したエルフ達の所へと転移させた。
「ここからは別行動だ」
そうして今度はロザリアンヌ達だけをダンジョン入り口へと転移させる。
「さて…」
ダンジョン入り口へ着くと同時にロザリアンヌ達はまたもエルフ達に囲まれた。
先程ダンジョン出入口に一時転移した時も気配は感じていたが取り囲まれる事は無かったので無視していたが、白蟻攻略している間に相当数のエルフが集まったとみえる。
ここから全員を無視して進む事も可能だが、あまりにも好戦的な態度にちょっと面白くないという気持ちもあった。
エルフのリーダーに騙された様な形になった事も関係していると思うが、もうエルフ達を手放しで信用し話したいと言う気持ちも無くなっていた。
「取り敢えず眠って貰うか?」
「はぁー」
ロザリアンヌが溜息を吐いたのが合図となり、レヴィアスはすかさず闇魔法を放った。
黒い粒子の霧が一斉に広がりエルフ達を覆うと、ロザリアンヌ達を取り囲んでいたエルフ達はバタバタと倒れだし全員が深い眠りについていた。
「これで邪魔されなくて済むねー」
キラルのいつもの笑顔にロザリアンヌはさっきの話は解決したのかと疑問を抱いたが、ここでそれ以上話をするのは止めた方が良いのかと判断した。
しかし折を見てこの先ちゃんと話、もっと理解し合える様にしなくてはと思うのだった。