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「下手に声を掛けても迷惑だろう」
見ると中央の大きな樹木の中に巣でもあるのか、エルフ達が倒す白蟻の数よりそこから出てくる白蟻の数の方が多く徐々に増え広がっている様だった。
エルフは三人一組で戦っていてそのグループが五組の総勢十五人。
それぞれのグループがそれぞれに統制の取れた戦闘をしているのに、声を掛けるのも戦闘に加わるのも確かに邪魔にしかならない様に思えた。
結局ロザリアンヌ達は上の階へと戻り、エルフ達が出てくるまで休む事にした。
階段のすぐ傍に陣取る事で階段の場所が変わるのを防ぎ、ダンジョンに入ってから久しぶりにのんびりとした気分で時間を過ごしていた。
しかし程なくしてボロボロになったエルフ達が階段を上がって来る。
ロザリアンヌは一瞬姿を消そうかとも考えたが、怪我をしている者もいた事から思わず声を掛けていた。
「大丈夫ですか?回復はしないのですか?」
確かあの年若いエルフ達はレヴィアスの投げ返した矢で負った傷を治していた。
という事は、当然このエルフ達も回復手段を持っている筈だと考えたのだったが、突然声を掛けられたエルフ達は驚き咄嗟に身構える。
「何奴!」
「どうしてここに居る?」
「ダンジョンを踏破しに来たのですよ。それより回復手段はあるのですか?」
ロザリアンヌの言葉にエルフ達はさらに驚きの表情を浮かべ、何かを思案する様に黙り込んだ。
ロザリアンヌはエリゼとの一件を思い出し、下手な事を言ってまた何かの逆鱗に触れても面倒だと思い会話を試みるのは止める事にした。
「良かったら使ってください、傷と体力くらいなら回復できると思います」
そう言ってマジックポーチから人数分のポーションを取り出しその場に置くと、キラル達と顔を見合わせ階段を下りた。
エルフ達が立ち去ったばかりだった事もあってか、相変わらず空間いっぱいに白蟻がわらわらと湧いていた。
「中央の樹木は私が焼き払うわ。後の白蟻はお願いね」
ロザリアンヌは作戦という程の事も無く、キラル達に自分が今から行う攻撃を伝える。
そして炎属性の上級魔法フレアと風属性の上級魔法トルネードを同時混合魔法で発動させた。
ブォーーンブォーンと唸りを上げた灼熱の竜巻が太く大きな樹木を包み込み激しく燃え上がらせる。
風に煽られた灼熱の炎は辺りに居た白蟻達を瞬時に溶かし、その炎の余熱が空間内の温度を徐々に上昇させている様でもあった。
ロザリアンヌは樹木が燃え朽ち始めた事を確認し、フレアトルネードの発動を止め燃え尽きるのを見守る事にした。
樹木の外側が燃えるにつけ中が伺え始めると、巣に居ただろう白蟻もその卵も燃え尽きて行くのが確認できる。
そして最深部にひと際大きな女王だろう白蟻がもがき苦しむのが見えた。
ロザリアンヌはその女王白蟻に目掛けファイヤーアローを何発か発動させる。
激しい炎を纏った槍が女王白蟻の頭上に現れると、ドスドスドスと重低音を響かせ女王白蟻の身体に突き刺さり貫いて行く。
キィィーーという断末魔を上げながら光の粒になる女王白蟻を確認し、ロザリアンヌは漸く安堵の息を吐く。
後はいつもの様にロザリアンヌの覚えている攻撃魔法の熟練度を上げるべく、白蟻達を一匹ずつ倒して行く。
最高難易度の蜘蛛部屋の蜘蛛達は魔法を何発か撃ち込む必要があったが、ロザリアンヌのレベルも魔法の熟練度も上がったお陰か、まったく手古摺る事無く数を減らして行けた。
そうしてたいした時間も掛けずに全滅させ、ドロップ品の回収を始めると女王白蟻が居た辺りに黄金に輝く蜜が落ちていた。
(白蟻なのに蜜?)
何となく不思議に感じ鑑定してみると、女王白蟻のドロップ品ではなく、巣になっていた大樹のドロップ品だった。
あの大樹も魔物という括りだったのだろうかとロザリアンヌは頭を捻るが、その効能がとても素晴らしいものだった。
体力と気力を回復させるだけでなく活力も与え、時間制限はあるが身体能力を向上させる効能があると言う。
ロザリアンヌは迷うことなく、蜜が入りきる壺を選び中に入れ、新しいポーションを作れそうだと内心でほくそ笑んだ。
それから不思議な事に女王白蟻のドロップ品はとても純度の高い銀で、その上酸化し錆びる事も無いと言う説明書きにもロザリアンヌは心から驚いた。
どうしてという疑問は勿論湧いたが、考えても分からない事なので追及するのは止めておいた。
そして気付くとエルフ達がこの空間の入り口に集まり戸惑った様子を見せている。
ロザリアンヌは一瞬だけどうしようかと考えたが、エルフ達から何かアクションを起こす様子が無かったので、構わずにドロップ品の回収を終えたキラル達と転送陣の上へ乗った。
思った通り転移した先はダンジョンコアの部屋だったので、早速設定を変えていく。
このダンジョンに関しては誰に要望を受けている訳でも無かったので、ロザリアンヌの好きにさせて貰う事にする。
思った通り難易度は最高難易度に近いものだったので、エルフ達への嫌がらせで最高難易度にする事も考えたが止めておいた。
色んな感情が渦巻き悩んだが、結局ダンジョン内部が変化する設定だけを停止して後はそのままにした。
いずれこのダンジョンをエルフ達が踏破し、ダンジョンマスターの書き換えをされても構わないと考えたからだ。
多分もうこの森にもこのダンジョンにも二度と来る事は無いだろうとロザリアンヌは思っていた。
同族のエルフ達にも隠さなくてはならない秘密が何なのかは気になるが、とってもとっても気になるが、無用な争い事は避けるに限ると考えていた。
「それでどうするの。さっきのエルフ達はロザリーと話をしたがっていた様だけど」
いつもの様にロザリアンヌが宝箱の回収を済ませるとキラルが聞いて来る。
宝箱は何の変哲もない弓と矢筒に入った矢ととても大きな魔晶石の三つだった。
大きな魔晶石が出たのはこれで5つ目だ。
「キラルはあのエルフ達と話をしろって言ってるの?」
「その程度の寄り道なら構わんだろう。第一このままではあのエルフが人間界まで追って来そうで面倒だ」
レヴィアスが言うあのエルフとはテンダーの事だろう。
しかしそれにしてもキラルもレヴィアスもテンダーには好戦的な感じだったのに、今は話をした方が良い様な事を言う。
ロザリアンヌにはキラルとレヴィアスの考えが良く分からなかった。
「そうした方が良いならそうするけど、私にも分かるように説明はしてくれないの?」
「偶には恩を売るのも良いかと思っただけだよ」
「誤解も解きやすいだろう」
ロザリアンヌは自分の求めた回答を貰えなかった様に感じたが、ロザリアンヌ自身もエルフと話をするのは嫌な訳ではなかったので了承する事にした。
「またうまく会話ができなかったらその時は迷わずに転移するからね」
「うん、大丈夫だよ」
「当然だろう」
「私はロザリー様に従います」
「はぁぁーー」
ロザリアンヌは溜息を吐き覚悟を決めると、まだエルフ達が居るだろう空間へと転移で戻ったのだった。




