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「こんにちは~」
ロザリアンヌはとても懐かしい気分で魔導書店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
聞き慣れない声に出迎えられロザリアンヌがアレっと思っていると、中から出て来たのはアンナのお母さんらしい人だった。
「アンナさんに会いに来たんですが、いらっしゃいますか?」
「ごめんなさい。アンナは今出かけていて、急ぎのご用ですか?」
「あっ、いえ、急ぎじゃないんですけど…」
ロザリアンヌは久しぶりにアンナに会えると意気込んでいた分がっかりした。
「お昼には帰って来ると思いますよ」
アンナのお母さんはニッコリと笑うので、魔導書が欲しいんじゃないなら出直せと言う事なのだと勝手に理解した。
「私ロザリアンヌと言います。アンナさんに夕方にでもまた来るとお伝えください」
ロザリアンヌはアンナが確実にいる時間にまた出直す事にし言付けを頼んだ。
「えっ、ロザリアンヌって錬金術店のロザリーさんかい?」
「ああ、はいそうです」
「それは失礼したね。あなたに頂いたポーションには本当に助けられたよ。感謝してもしきれない、ありがとうね。私が今こうしていられるのも、娘が幸せになれるのもすべてあなたのお陰だ。娘も私もいつも感謝を忘れずに過ごさせて貰っているよ」
ロザリアンヌの手を取り大袈裟なくらいの言葉を並べるあんなのお母さんに、ロザリアンヌはちょっと戸惑いどうして良いか躊躇っていた。
万能薬のお陰で体調も良くなり少し若返り店番ができるまでになったとはいえ、危険が伴うかも知れないと言うのに了承も得ずに勝手に使ってしまった後ろめたさがあり、ロザリアンヌは手放しでお母さんの感謝を受け取る事ができなかった。
しかしそうは言っても、元気そうに働いている姿を実際に見られたのはとても嬉しかった。
「あっ、いえ、どういたしまして」
「娘が帰るまでお茶でもいかがですか?たいしたお茶はお出しできませんが」
「あ、あの、出直して来ます」
ロザリアンヌはアンナのお母さんの圧に負けたと言うより、アンナが帰るまでさっきの勢いで話をしながらお茶をするのかと思うと逃げる様に魔導書店を後にした。
「どうしようか?」
ロザリアンヌに付いて来ていたキラルに、空いてしまったこれからの予定を相談する。
「ジュードに街を案内するのはどう?」
「良いわね。じゃぁジュード、街を案内するけど私の買い物にも付き合ってくれる?」
「そ、それはもしかして、デ、デートとかいうヤツでしょうか?」
「はいぃ~?」
いきなりのジュードのデート発言に、ロザリアンヌは何がどうなったらそんな発言に繋がるのかと驚いた。
「ジュード、分かってると思うけど僕も一緒だよ」
キラルは笑顔に似つかわしくない鋭い視線を投げかけ確認している。
「いや、え、あっ、あのぉ…」
しどろもどろのジュードが可笑しくて、ロザリアンヌはつい笑ってしまう。
「そうね、三人でデートも楽しいかも知れないわね。じゃあ行きましょう!」
ジュードを庇ったつもりも無くロザリアンヌが歩きはじめると、キラルが手を繋いで「デートならちゃんとエスコートしなくちゃね」とウインクする。
「エ、エスコートですか!?」
何故かジュードもキラルを真似て手を繋いでくるので、ロザリアンヌは驚き焦った。
しかしびっくりはしたが、手を払うのも可哀そうかと思い三人で手を繋いで歩くという、なんともデートとは言い難い雰囲気で商店街から露店が並ぶ市へと移動した。
「私あれが見たいわ」
ロザリアンヌは駆け出すようにして自然にそっと繋いだ手を離し、内心でホッと溜息を吐く。
ジュードの緊張が繋いだ手から伝わってきて、ロザリアンヌまで緊張していたのだ。
その後もジュードはキラルのする事を何でも真似るので、初めのうちは可笑しさを感じて楽しかったが、段々と疲れ始めていた。
露店の品を見ようとするロザリアンヌの隣にキラルが屈めば、同じ様にロザリアンヌの隣にジュードも屈み、キラルがロザリアンヌに微笑めば、ジュードもぎこちない笑顔を投げかける。
あっちが面白そうだとキラルがロザリアンヌの手を引けば、ジュードも一緒になって手を取った。
「何か食べようか」
ロザリアンヌは二人のそんなやり取りに少々疲れ提案する。
「じゃあ僕は甘い物が良いな」
初めは露店で何かと考えていたが、すぐ近くにカフェを見つけ入る事にした。
オープンテラスに陣取りロザリアンヌがパフェを頼むと、キラルもジュードも同じものを頼んでいた。
「美味しい~」
「美味しいね」
「このような美味しい物を食べたのは初めてです!」
ロザリアンヌは久しぶりのパフェに感激し、知らずに夢中になって食べていた。
「ロザリー様、口元が汚れておりますよ」
ジュードがいきなりロザリアンヌの顎をつまむ様に手をやり、親指で優しく唇をなぞるようにした。
そしてロザリアンヌの唇をなぞったその指を、あろう事か自分の口に運んだのだ。
ロザリアンヌはただただ呆然とした。
(顎クイからの唇なぞりで間接キスって……。ジュードは恋愛初心者じゃないのか?少なくとも私にはハードルが高すぎるわ!っていうかキラルでもそんな事してきた事無いのに、天然なのか?困る、ホント困るわこういうの!私は初体験なのよ!!)
ロザリアンヌは段々と動揺し、顔が赤くなるのを止められなかった。
しかし動揺しているのを悟られたくなくて、一生懸命平静を装う。
「い、いきなり、な、何をするのよ…」
「失礼しました。母はいつもこうしてくれましたので」
「ロザリー、何か顔が赤いよ。ジュードもロザリーを家族の様に思えたって事だよ」
動揺するロザリアンヌと戸惑うジュードに、キラルが何故か可笑しそうにしながらツッコんでくるので、ロザリアンヌは適当に誤魔化す。
「食べすぎたかも。もう出ようか」
「え~っ、僕はもっと食べられるよ」
「でもここはもう良いでしょう。色々見て回って違うのも食べようよ」
ロザリアンヌは話題を変えたいというより、一刻も早く店を出たかった。
「じゃあ露店で何か食べても良い?」
「分かった、今日は何でも好きなだけ奢るわよ」
「やったー!」
三人は急いでパフェを食べると露店散策を再開させ、キラルは宣言通り見るもの聞くものをジュードと共に買い食いし、ロザリアンヌは調味料や食材を片っ端から買い漁った。
そして時々自然と繋がれるジュードの手にドキドキしながら商店街地区を案内して回った。
思いがけない初体験ではあったけど、こういう楽しい時間を過ごすのもデートと言うのだろうとどこか納得して「デートって楽しいね」と一人そっと呟いていた。




