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「どうしたの、浮かない顔をして」
「ちょっとね…」
確かにロザリアンヌ自身も満足のいく物を作れたとは思っていないが、それよりもユーリに心から喜んで貰える物が作れなかった事に落ち込んでいた。
前世での事、知人から気に入った生地を手に入れたので、洋服を作ってくれないかと頼まれた事があった。
確かに工業用ミシンを色々扱えたし、その頃洋裁にも興味があって型紙を購入しては自作していたが、人の物を作れる程の自信は無かったので断った。
しかし洋裁店に頼む様な料金は出せないから期待もしない、生地を無駄にしたくないんだと強引に押し付けられて作った記憶がある。
市販の型紙を使い無難に作り上げたが、微妙にサイズが合わず思った程喜んでもらえなかった。
直すと申し出たが、これ以上は迷惑だろうと断られた。
今となってはオーダーメイドの洋裁店がする様に、仮縫いの時点でサイズ合わせなどすれば良かったのだと考えつくが、その時はそんな事など思いつきもしなかった。
頼まれ事だったので、一刻も早く仕上げる事ばかりを考えていた。
結局喜んで報酬を受け取る気にもなれず、実費分だけを受け取ったが、個人の頼まれ事は二度としないと決めた出来事だった。
あの時の苦い思いも今回も、自分の至らなさを思い知る結果にしかなっていない。
誰かに心から喜んでもらうのは本当に難しいと考えていた。
「ロザリー。ロザリーが笑ってくれないと僕が笑えないよ」
キラルの言葉にロザリアンヌが顔を上げると、キラルはいつもより優しく穏やかな笑顔を投げかけている。
「ありがとう」
ロザリアンヌはキラルの笑顔に気持ちが吹っ切れて行く。
至らないのならもっと努力すれば良いだけだ。
いつか必ず問題を解決させ、アドレス転送できる物を作ってみせると思う事ができた。
「それよりね、僕はここには井戸が必要だと思うんだ。綺麗な水がいつでも飲める環境が大事なんだって。だからね、ここにも井戸を作ってくれない?」
珍しくキラルが頼み事の様に提案してきた。
「井戸が無いの?」
「あるけれど、綺麗な水とは言えないのが問題なんだ」
ロザリアンヌがクリーンで浄化しても、井戸の水は浄化しきれなかったのかとちょっと残念だった。
しかし問題はきっとそんな事じゃ無いのだろうと理解する。
「それは大変ね。分かった何か考えてみようか」
ロザリアンヌはこの地に綺麗な地下水が無い事を知り、どこかから綺麗な水を引いて来る方が早いのかと考える。
忍者の知識を応用し自然のろ過装置を作る事も考えたが、そもそも地下水が豊富に流れてはいないのじゃないかと思ったからだ。
「綺麗な水を探しに行ってくるわ」
そう言うとロザリアンヌは綺麗な水を探し飛び立った。
湧水が豊富な湖や泉が無いか、山から綺麗な水が流れる川は無いかとあちこち見渡す。
今度こそみんなに喜んで貰える物を作るのだと一人意気込んでいた。
そうして小高い森の中に泉を見つけ降り立つと、早速水の味を確認する。
「美味しい~」
掌ですくった水は透明なのに美しく輝き、飲んでみると冷たくてとても美味しくて、キラルと出会った泉を思い出させていた。
しかし問題はその大きさだった。
スラム全体を賄うには水量が足りない気がした。
飲み水だけだったらどうにかなるのだろうが、井戸として引いたら生活用水にも使われるだろう。
そうなると泉の水が枯渇しかねない心配が出てくる。
「はぁ~。ここなら意外に街にも近いんだけどな…」
ロザリアンヌはスラム迄水を引く事を考えると、あまり遠くも無いこの距離は有り難いのにと溜息を吐いた。
スラム迄は暗渠にして井戸に水を引く気でいたので、遠すぎると開通させるのに時間もかかると頭を抱えた。
そして諦めて別の場所を探そうかと考えて、例の壺の存在を思い出した。
中に入れた物が絶えず補充されるという、ダンジョンで手に入れたあの有難い壺だ。
(あれを地下に置いておけば良いのか?壊されない様に厳重に結界を張って置けば大丈夫か?)
あれからまたいくつか手に入れながら、いまだに活用されずマジックポーチの肥しになっている壺を活用する事ができるとロザリアンヌは喜んだ。
誰かに見つかったら奪い合いになるだろうが、この泉の底で密かにみんなの役に立つならきっと壺も喜んでくれるだろうと思えた。
ロザリアンヌは早速泉に潜ると思った以上に深かった。
久しぶりの水中遊泳に少しテンションが上がったが息が持たなくなり、一度水面に顔を出すと酸素を確保する為に結界を張った。
そして再度水底迄潜ると、一番大きな壺を取り出し泉の水を充満させ水底に角度を付けて埋めた。勿論壺から絶えず水が流れ出る様に考えて、壺に特別な蓋を錬成し取り付け中に少し空気を入れるなどの工夫をする。
これでこの泉の水位は絶えず保たれるはずだ。
そして生物が入れない様に結界も張った。
壺が何かの巣になったり、壊されたりするのを防ぐ為の結界なので、水には何の影響もないだろう。
(これで枯渇の心配は無い筈)
ロザリアンヌは湧水が湧く様に水底の砂を揺らす様子を確認し地上へと戻った。
そしてその後キラルとジュードと合流して手伝わせ、少し時間が掛かったが新しい井戸をスラムの何カ所かに作った。
万が一のことを考えて、井戸の水を泉から引いている事は秘密にした。
誰かに調べられ、あの壺が見つかるのを警戒したからだ。
ロザリアンヌはこれでスラムに変な病気が蔓延する事も無くなるだろうとホッとしていた。
「ロザリー、よく頑張ったね。僕のお願いを聞いてくれてありがとう」
スラムのみんなが喜ぶ姿を見るよりも、キラルのその一言が心に響いた。
今回もみんなに喜んでもらおうと意気込んではいたが、夢中になって作っていた部分が大きかったので、何だか認められた様な気がしてとても嬉しかった。
誰かにではなくキラルに認められたのが本当に嬉しかったのだ。
「うん」
返事らしい返事もできず涙を流し始めたロザリアンヌの背中を、キラルはゆっくりと摩ってくれた。
その温かい手がとても心地良くて、ロザリアンヌは涙を止める事ができなかった。




