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約束通り会計はロザリアンヌが払う気満々だったのに、この大陸は国によって通貨が違っていたので結局ユーリに出させる事になった。
普段会計をレヴィアスに任せっきりだった事を少し反省した。
「本当にすみません」
「良いんですよ。もともと出して貰おうなどと考えてもいませんでしたしね」
学校に居た頃とは明らかに言葉遣いまで違っていて、ロザリアンヌは少しだけこそばゆい感じがした。
「これからどうしますか?」
ユーリがロザリアンヌに予定を聞いてくるが、ロザリアンヌは他に気になる事があり気もそぞろで返事ができずにいた。
店の中で宝箱を出して見せたのも、それを収納バックに仕舞ったのも失敗だった様で、明らかに後を付けられている気配があった。
ロザリアンヌ一人なら認識阻害を使ってまくのは簡単なのだが、ユーリが一緒なのでどうしたら良いのか考えていた。
それにロザリアンヌの迂闊な行動が原因で、犯罪者を作るのも騒ぎになるのも避けたいと思っていた。
「ちょっとだけじっとしていてくださいね」
ロザリアンヌは事前にユーリに注意を促すと、認識阻害を掛け妖精の羽を装着し、ユーリを抱え追跡者をまいた。
「ぎゃぁぁ~~」
じっとしていろと言ったのに、ユーリは上空に浮き上がった事で驚き大声を出していた。
暴れる程でも無かったのが幸いではあったが、ロザリアンヌはここで手を離すよと脅してやりたい気分になりながら、ユーリの滞在する邸に近い目立たない場所に降り立った。
「高い所が苦手になりそうです」
ハァハァと息を切らしながら四つん這いになり、顔を青くしたユーリが言う。
「気分が良くなかったですか?上空から見る景色はとっても素晴らしいですよ」
「景色を楽しむ余裕がどこにあったんですか!」
恨めし気な視線を投げかけるユーリの姿も意外過ぎて、ユーリの印象がどんどん変わっていく様だった。
というより、もはや別人に思えた。
「じゃあ、景色を楽しみながらもう少し飛んでみますか?」
「い、今は止めておきます…」
完全に拒否る訳ではなかったので、ロザリアンヌはユーリの本心を図りかねた。
社交辞令の様な返事には思えず、飛ぶのが嫌なのか本当は飛んでみたいのか、それとも素晴らしい景色に興味があるのか、ツッコんで聞いてみようかとも思ったがやめておいた。
そしてやはり前世のスマホとまでは言わないが、離れている人との連絡手段が欲しいと本気で考えていた。
手紙を書くにしても、ロザリアンヌの様にいつどこに出没するか分からない相手には難しいだろうし、手紙が確実に届くかという心配もある。
ユーリに頼みごとをした以上その結果や進捗状況も知りたいとなると、連絡手段は絶対に必要に思えた。
「連絡手段を考えなくてはなりませんね」
「ええ、それは絶対に必要です!!」
ロザリアンヌの呟きに、すっかり元気になったのか、ユーリは勢い良く立ち上がり言い切った。
「しばらくこの街に滞在するのですよね?お部屋に密かに忍んで行っても良いですか?」
「部屋に直接ですか?」
「ごらんの様に認識阻害が使えるので、その方が時間も手間も省けて便利かなと思って」
ロザリアンヌはユーリにもはっきり分かるように、目の前で姿を消してみせた。
「便利だとは思いますが、いきなりというのは色々と問題があるかと…」
歯切れの悪い返事にロザリアンヌは、ユーリの寝室に転移した時の事を思い出し慌てた。
確かにあの時一瞬とはいえ覚醒した筈なのに、ユーリは覚えていないのだろうかと考える。
覚えていたとしても知らない振りをしてくれているなら、ロザリアンヌにとっても都合は良いが、少しの罪悪感を覚えずにはいられなかった。
「そ、そうですね。それじゃあ…」
と考えて、ふと思いついた事が合った。
(手紙を転送できる道具があれば良いのか!)
たとえばロザリアンヌの持つ文箱とユーリに渡した文箱をリンクさせ、中に入れた手紙が相手の持つ文箱に届くようにすれば良いだろう。
人を設定しての転移が可能なら、文箱を設定しての転移もできる筈だ。
思い付いたと同時に次々とアイデアが浮かびイメージが広がっていく。
「ロザリー!何か思いついたのなら私の部屋でゆっくり考えるか?」
ユーリに耳元で話しかけられ、ロザリアンヌは飛び上がった。
耳に何かくすぐったい様なゾワゾワしたものを感じたからだ。
慌てて耳を抑え、ロザリアンヌは何故か顔を赤くする。
「えっと、少しだけお邪魔させてください。多分連絡手段をどうにかできると思います」
「それは助かる。では行くか」
自然に手を取られ、急ぎ足で歩くユーリに引き摺られる様にしながら、ロザリアンヌの鼓動はドキドキとしていた。
(この程度の運動で動悸がするなんて、やっぱり運動不足か?ジュードが加わってから余計に動く事も無くなったしなぁ。やっぱりもう少し運動するか。でも運動って言ってもなぁ…)
ロザリアンヌがそんな事を考えている間に、ユーリの部屋へと到着していた。
そしてその場で転送文箱を錬成し、実験をすると見事に中に入れた物は転送された。
「これで届いた時に音でもすれば、分かり易くて便利なんだけどなぁ」
問題点を見つけ改善の方法は無いかと呟くロザリアンヌとは対照的に、ユーリは大袈裟な程喜んでいた。
「コレは凄いぞ!自動翻訳機以上にみんなが欲しがるに決まっている。まず私はこれを3台は欲しい。というか、ここからどこへでも転送できる様になればもっと便利なのだろうな」
ユーリの要望はロザリアンヌも考えている事だった。
「ごめんなさい。今のところ何処へでもというのは無理です。別のリンク方法を考えてみます」
スマホの様に個人アドレスを作ればいけるかも知れないが、アドレスを認識させ転移させる方法が思い付かず、結局文箱に仕込んだ魔石同士を同調させる事しかできなかった。
「私が悪かった。これだけでも十分に便利なのは確かだ。本当に助かった」
ロザリアンヌは満足がいかない結果に少し落ち込んだが、ユーリが取り敢えず喜んでくれた事は嬉しかったので、要望に応え三セット作って渡した。
そして「何かあったら連絡ください」と言うと、どこか浮き上がれない気持ちを抱えキラルの元へと転移して戻ったのだった。




