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クリーンでそう広くはないスラム全域を綺麗にするのに丸二日かかった。
当然ロザリアンヌだけでなくキラルもレヴィアスもジュードも寝ずに頑張ってくれていた。
ロザリアンヌはキラルの笑顔に浄化の作用があるのだとずっと思っていたが、実際にはキラルの笑顔の効果ではなくキラルの持つ特別な力なのだという事が分かった。
何故ならキラルが姿を見せない人達の所までその効果が届いていたからだ。
レヴィアスもロザリアンヌが渡したポーションを症状に合わせ的確に一人一人に飲ませた様で、みんな病気の苦しさからは解放されていたと思う。
しかし今はまだ自力で食事をとる事もできない人々に、手分けしてジュードの作ったスープを与えていて、このスラムの人々が完全に元気になるにはまだまだ時間が掛かりそうだと考えていた。
そして栄養補給に使えそうなポーションの開発もしてみようと思い付いていた。
「ユーリに会いに行ってくるわ」
スープを飲ませ終わったロザリアンヌは、器とスプーンを握りしめ意を決して立ち上がりみんなに宣言していた。
「どうしたの急に?」
「フンッ」
キラルは驚いた様に声をあげ、レヴィアスは何を期待しているとでも言いたげに少し笑う様に鼻を鳴らした。
「この国の偉い人に少し考えて貰うのよ。その為の交渉を頼んでみようかと思うの。やっぱりできる人に任せる方が話が早いでしょう」
ロザリアンヌは自分の考えを話して聞かせた。
実際にロザリアンヌが個人でできる事などたかが知れている。
この街でユーリと出会ったのはきっとその為なのだろうと何となく考えていた。
偶然なのか必然なのかそれとも強制力なのか、ロザリアンヌには今はまだ判断はできないが、利用できるものは利用し、難しい事はできる人に丸投げするのも手だと考えた。
「思う様にやってみると良い。私はギルドの方に少し働きかけてみよう」
「ギルドに?」
「ああ、交渉できる材料は色々ある」
レヴィアスの意外な話にロザリアンヌはキョトンとする。
レヴィアスはいったいどんな材料を持って何を交渉する気なのか、ロザリアンヌにはまったく思いもつかなかった。
「じゃあ僕はこの場でみんなにもう少し元気になって貰える様に頑張るね」
「キラル殿、お手伝いいたします!」
みんながそれぞれに自分のやる事を決めた様なので、ロザリアンヌは黙って頷き、そしてユーリを強く思いながら転移を念じる。
ユーリの滞在先を聞いていなかったロザリアンヌは、街中をユーリを探して移動している暇など無いと判断しての事だった。
転移の便利な所は人を設定にしても転移できるところだと認識はしていたが、実際に実行するのは初めてだったので、成功するかどうか自信が無くてかなりドキドキしていた。
そうして一瞬の浮遊感の後目の前に居るユーリを確認し、転移の成功を実感してホッとしていた。
が……。
そう広くは無いが豪華な部屋の天蓋付きベッドで眠るその寝顔は美しく、普段接していたロザリアンヌが持つイメージとはかけ離れていて、眠れる森の美女が王子様でも待っているのかと妄想してしまう。
そんなに長く見惚れていたつもりはなかったが、ユーリが突然パチリと目を開け目が合った瞬間、ロザリアンヌは慌てふためき固まった。
「あっ、あの…」
ユーリは何も身に着けていない上半身を起こすと立てた片膝に肘を置き、髪をかき上げる様にして頭を抑え眉間にしわを寄せた。
低血圧なのか寝起きで反応ができないのかは分からなかったが、ロザリアンヌは懸命に言い訳を考える。
眠っている間に部屋から出ておけば良かったと後悔しながらも、正直に話すしかないと覚悟を決めていると、ユーリは再び瞼を下げそのままの態勢でスースーと寝息を立て始めた。
(助かったのか?)
ロザリアンヌは急いで認識阻害を掛け建物の外へと転移すると、そこはお城の様なとても大きな邸の前だった。
「はぁ~~~。こんな所に滞在しているのか…」
ロザリアンヌは色んな意味を込めた溜息を吐いて、改めてユーリのこの国での待遇を確認していた。
それにしても、人を設定した転移にはとても危険が伴うのだと、身をもって体験し深く反省をした。
これがもし入浴中やユーリにとって都合の悪い場面だったならと考えて顔を赤くし、もし人混みだったらかなり大勢の人に転移能力を見られる事になっていたと顔を青くする。
そしてこれからは極力人への転移を避けるか、厳重に警戒しなくてはと心に誓う。
「まだ寝てるのかぁ…」
ロザリアンヌは意気込んで急いで来た手前、これからどうしようかと邸を見上げ思い悩む。
そして取り敢えず面会を申し入れるだけはしてみようと、少し離れた場所で認識阻害を解くと邸の門前に立つ兵士に声を掛ける。
「すみません。こちらに居るユーリ様に面会したいのですが」
「ユーリ様にですか?どのようなご用でしょうか?」
「話の続きをと言っていただければ分かるかと思います」
口調は丁寧だが鋭い目つきで睨まれ、明らかに警戒されているのを感じていたが、ロザリアンヌも引く気は無かった。
あの日考え固まっていたユーリを勝手に置き去りにして、今さら話の続きをと言って受け入れて貰えるか自信が無かったが、用件をと聞かれると他に話せる理由は咄嗟には思い浮かばなかった。
(コーヒー代を払っていないから、払いに来たでもよかったのか?)
これから重大な頼み事をしようとしている手前、自分の都合を押付けるばかりの様で後ろめたさを感じ始めていた。
それでももし断られたら、起きた頃を見計らって認識阻害で忍び込もうかとも考えていた。
「少々お待ちください」
兵士の一人が邸の人に何かを伝えて戻ってくるとそう言って来た。
中に入って待って居ろとは言われないのかと思いながら、ロザリアンヌは頷いた。
「はい」
そうしてロザリアンヌは豪華な邸の前で、兵士に睨まれながら暫く待たされる事になり、その居心地の悪さに塀に身体をあずけ足元を蹴飛ばしながら時間を潰した。




