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ロザリアンヌが冒険者ギルドの場所を探し当て、辿り着いた時にはキラルもレヴィアスもジュードも既にみんな揃っていた。
『ごめんなさい、私が一番最後だったね』
『大丈夫、僕達も今来たところだよ』
念話に参加できない筈のジュードが、ロザリアンヌとキラルのアイコンタクトを見詰めながら頷いているので、一瞬ジュードも念話が可能になったのかと思ってしまう。
『ところでギルドの騒ぎって何なのか分かってるの?』
ギルドの中の騒ぎ声からかなりの冒険者が集まっているのが伺え、ロザリアンヌは先にレヴィアスに話を振ったが、ジュードは相変わらず頷き続けているので、一瞬可笑しさを感じ笑ってしまいそうになる。
『ああ、例のダンジョンの調査隊の選定をしている様だ』
『調査隊の選定で騒ぎになっているの?』
『国から依頼料が出る上に大勢で攻略できるとあって冒険者は皆目の色を変えている。それに踏破した暁には冒険者ランクも上がるとあっては、誰もが選ばれたいと思うのは仕方のない事だろう』
国の調査というから国が抱える戦士や魔導師から選ばれるのかと思ったら、ダンジョン関係だから冒険者なのかとロザリアンヌは何となく考えていた。
『ダンジョンの中で何があっても、冒険者なら自己責任で済ませる事ができるからだよ』
ロザリアンヌの考えを読んだのかキラルが補足してくれる。
『だが、ギルドとしてはその様な事が無いように考えている様だな』
ロザリアンヌは冒険者ギルドの騒ぎは意外に重大なものではなかった事にホッとした。
『あまり難しく設定してないし大丈夫よね』
『どうだろうな』
既にダンジョン踏破しダンジョンの設定変更を済ませていたので、ロザリアンヌが確認するかのように言うとレヴィアスは曖昧な返事を返した。
レヴィアスの曖昧な返事というのも珍しかったが、しかしロザリアンヌはそれ以上追及する気は無くなっていて、それよりもキラルの話の方に移りたかった。
『それよりキラルの方の騒動はどうなったの』
『ロザリーは僕が反対してもどうしても行く気?』
『キラルが何を心配しているのか聞かせてよ。でなくちゃ私も答えようが無いよ』
ロザリアンヌは本気で念話ではなく、キラルやレヴィアス達の考えている事が分かれば良いと思った。
キラルやレヴィアスはロザリアンヌの考えを読んでいるのではないかと思う事が多々ある。
それが自分にもできたなら、言葉を必要とする事無く分かり合えるのだろうかと考えていた。
考えてはいるが、実際に相手の考える事のすべてが分かるのは関係を深めるには弊害にしかならないと思っていた。
それに自分の考えている事のすべてを読まれるのはやっぱり嫌だ。
『分かった。じゃあ一緒に行こう。でも驚かないでね』
キラルは説明を諦めたのか、意を決してロザリアンヌの同行を許した。
そうして案内された場所は街の外れのスラムと化した場所だった。
殆どの家屋が倒壊または倒壊寸前で、人の出入りができない様にバリケードで囲まれ封鎖されていた。
「中はもっと酷いよ。ロザリーには見せたくないんだ」
いつも笑顔でいる事が多いキラルが初めてとても辛そうな表情を見せる。
バリケード内から漂ってくる臭いで、ロザリアンヌはその光景を何となく想像できた。
そして変な病気が蔓延するのも当然だと考え、もしここにリュージンが居たら、またお祭り騒ぎの様にしてみんなを救おうと行動するのだろうかと思っていた。
「ここは無理だ。もう既にそんな気力すら無いだろう」
レヴィアスがロザリアンヌの考えを読んだ様にポツリと呟いた。
しかしロザリアンヌは、いつもの様に通り過ぎるだけの旅人だと簡単に諦める事ができなかった。
もし救える命が一つでもあるのなら、自分にできる事は何でもしてみようと決めた。
それがたとえ一時しのぎにしかならなかったとしても、自己満足で終わったとしてもやれるだけやってみようと。
「私はクリーンでこの一帯を綺麗にしていくわ。キラルはいつもの浄化の笑顔でみんなを元気にして。レヴィアスはこのポーションを具合の悪い人に飲ませて。ジュードはこの鍋いっぱいに消化の良さそうなスープを作って」
ロザリアンヌは最近回復魔法の熟練を兼ねて作り溜めたポーションをレヴィアスに預け、ジュードには練成鍋と以前お祭り騒ぎの時に使った大鍋と食材を渡した。
「僕がんばるよ!」
「大役だな」
「了解いたしました」
ロザリアンヌはあいにく臭いを防ぐ結界を知らないので、バンダナの様な布で顔の半分を覆うとそこからクリーンを発動しながら移動を始めた。
認識阻害を使い上空からだと街の様子がそのまま伺え、キラルが心配した様にロザリアンヌの気分は憂鬱になる一方で、目を背けたくなるような酷い惨状をあちこちで見る度に胸が詰まる思いだった。
昔どこかの国には罪人を壺に入れ、自分の排泄物で身体を腐らせると言う拷問があると聞いた事があるが、動けなくなった人がそんな状態で道端に転がっているのを見るのはさすがに辛かった。
空腹に耐えかね、他人や犬の戻したものを奪い合うという話も聞いた事があったが、話で聞いた時の衝撃と実際に目の当たりにするのとでは段違いだった。
ロザリアンヌはこの世界にもこんな惨状が存在するのだと初めて知り、現実の恐ろしさを感じていた。
ファンタジーな世界でロザリアンヌの知識から作られた世界なら、前世の自分が暮らしていた様な平和な世界が当然だと思っていた。
せいぜいが小説でありがちな不便さを感じる程度だと。
だからジュードの身の上を聞いた時も、どこかファンタジーにありがちなんて考えていた様に思う。
ロザリアンヌは自分の認識の甘さ考えの甘さを身に沁みて感じていた。
そしてロザリアンヌは自分に何ができるのか、この大陸でいったい何をすべきなのかと考え始めていた。