166
ジュードの為に妖精の羽の改良を試みて、ロザリアンヌはまたまた練成に夢中になっていた。
魔道具で作られた妖精の羽は魔石の魔力を使い浮遊し、装着者は飛ぶためのコントロールにだけ気を遣えば良いという感じの説明を聞いてはいた。
しかしそのせいでスピードや高度といった自由度がかなり制限されるという話だったと思う。
それに魔石に残る魔力を気にしながらとなると、メンテナンスも大変だろうが肝心な時に思い切った行動が取り辛いだろう。
ロザリアンヌと一緒に飛ぶ事を想定すると、それではまったく役に立たない気がして仕方なかった。
飛んでいる間だけでも魔力の共有はできないものだろうか?
そんな事を考えながら蜘蛛部屋の蜘蛛がドロップした品々をチェックしていると、糸袋の中の糸がロザリアンヌの魔力を吸収している事に気が付いた。
吸収しているというより、まるで糸の周りにある魔力を奪い取っている様な感じだ。
レア種からドロップした品だったので、特別な何かがあるだろうとは思っていたが、どうも周りにある魔力を吸着させ吸収する特性でもある様だ。
(これは利用できるかも!)
ロザリアンヌは素晴らしい素材を手に入れたと糸袋を手に踊りだしたい気分だった。
空気中にある魔力を吸収できるのなら魔力に制限を掛ける必要も無くなるだろう。
早速糸袋の糸を使い妖精の羽を錬成すると、ロザリアンヌは実際に装着し使い心地を確かめる。
すると途端にロザリアンヌの魔力をガンガンに吸い取られる感じがあり、何だかクラクラとした眩暈の様な感覚を覚えロザリアンヌは慌てて妖精の羽を外した。
空気中の魔力を吸収する前に装着者の魔力を吸い取る様では本末転倒じゃないかと、ロザリアンヌは膝を崩し項垂れた。
考えてみれば当然の結果なのだが、ではなぜ糸袋を持った蜘蛛は平気だったのだろうか?
良く良く調べてみると、糸袋の中にある段階では吸着機能は無く、糸になった途端に機能を発揮する様だ。
蜘蛛の習性から考えてみると、きっと罠を張り巡らせる糸に魔力を必要としたのだろう。
それと糸袋の袋には魔力の吸着を防ぐ機能もあった。
ロザリアンヌはこの特性を生かした新たな妖精の羽の構想を練る。
左右二枚づつある羽根の下側の先に浮遊の紋章を書き込んだ魔石を嵌め込み、魔石の周りだけを糸袋の糸で覆う様に編み込み、羽根の裏側は糸袋の袋を利用した膜で覆う。
そうする事で魔石には絶えず魔力が供給される様になり、糸袋の袋の膜が装着者から魔力を吸収するのを防げるだろうと考えた。
「どうせなら魔石を左右二つずつ付けたらより魔力も潤沢になるかも。あまり大きな魔石を付けられないしそれが良い」
早速練成してみると、デザイン的に妖精の羽というより蝶の羽に近づいた雰囲気だった。
実際に装着してみると、先程の様にロザリアンヌの魔力を吸われている感じは無かった。
「取り敢えずは成功ね」
次にロザリアンヌは外へ出て自分の魔力を使わずに飛んでみると、別段不便も無く飛べるのを確認できた。
(どの位飛べるのか確認しなくちゃね)
ロザリアンヌは高度と速度の限界に挑戦し確認する為に、上空に向かってまっしぐらに最高速度で舞い上がる。
ギュウ~ンという擬音とともに勢いよく飛び立ったのは良いが、その風圧と段々と薄くなっていく空気にロザリアンヌは忽ち気を失った。
気付くと目の前には心配そうにロザリアンヌの顔を覗き込むキラルと、腕を組み怒りの表情を隠そうともしないレヴィアスが居た。
「ロザリー大丈夫?」
「まったくおまえは!!」
キラルに抱き付かれた事より、レヴィアスの大声にロザリアンヌは驚いた。
あまり表情を露わにしないレヴィアスが怒鳴るなど考えてもいなかった。
「えっとぉ…」
しかし自分に何があったかをハッキリと思い出せていないロザリアンヌは戸惑うばかり。
「気を失い上空から落下したのは覚えているか」
「あぁ、そう言えば…」
「私達が気付いたから良かったものの、あのまま誰も気づかなかったらどうなっていたと思うのだ」
「そうだよ、真っ逆さまに落下してくるロザリーを見て、僕、心臓が止まるかと思ったよ」
「キラルの結界がクッションになって事なきを得たが、私だけでは受け止めるのも難しかっただろう」
レヴィアスはそう言うと「は~~~~~」と大袈裟過ぎる溜息を吐いた。
「でも何でもなくて良かった」
抱き付いたままのキラルは安心した様にロザリアンヌに顔を埋める。
「私は見ている事しかできませんでした。申し訳ない」
何故かベッドの脇で直立不動の姿勢のジュードが謝ってくる。
「みんなありがとう。そしてごめんなさい。ちょっと性能を確かめたくてつい夢中になっちゃった」
「だからいつも少しは考えて行動しろと…、いや、もう良い。私達が守ると約束したのだったな」
「ロザリーに何があっても僕が守るから大丈夫」
レヴィアスは諦めた様に言い、キラルはいつもの笑顔を見せてくれる。
ロザリアンヌは心から二人を宿した事を感謝していた。
「それよりこれ、これからはジュードが使って」
ロザリアンヌは装着したままになっていた妖精の羽を外すとジュードに渡した。
「性能は既に実証済みよ。ジュードにもきっと使いこなせる筈」
「コレを私にですか?」
「そうよ。これを使いこなしてくれないと、この先不便な事が多いから使いこなしてね」
「ありがとうございます。必ずや使いこなしてみせます!」
そう言うとジュードはすぐさま妖精の羽を装着し外へと飛び出して行った。
「ちょっと待って、使い方の説明をー」
「僕が行くからロザリーは少し休んでて」
姿が見えなくなったジュードの後を追いキラルも飛び出して行く。
「大丈夫かしら?」
「大丈夫だろ。キラルが言う様にロザリーはもう少し休んだ方が良い」
不安そうな表情でロザリアンヌの頭に手を置くと、レヴィアスは少しだけ笑って見せた。
先程の怒りを隠さない表情といい、笑っている筈なのに何故か悲し気な表情といい、レヴィアスはロザリアンヌにかなり素直な表情を見せてくれる様になったのだと感じていた。
少しは大賢者様の事を昇華させる事ができているのだろうか?
そうだとしたら嬉しい様な少し寂しい様な、ロザリアンヌは複雑な気持ちを抱いていた。




