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二次元でしか見た事が無かったその姿が現実となって目の前に現れた衝撃。
ましてや何やら子供っぽさなど欠片も無くした大人の姿となって・・・
元々イケメン王子様と言うキャラだけあって、エフェクトがかかっている様だった。
たいして好きでも嫌いでも無かったただの攻略対象だった筈なのに、さすがに実物ともなればその破壊力は半端なかった。
現実世界では何の接点も無く知る筈も無いその人の名前を思わず口走りそうになり、ロザリアンヌは慌てて口を押えていた。
そんなロザリアンヌの様子を同じく驚いた様子で窺っていたジュリオは「まさかこんなに幼い子供だったとは」と呟いたまま呆然としていた。
(本当に驚いたよ、この状況で私を呼ばないでよ)とは言えず、ロザリアンヌは視線をソフィアへと移した。
「師匠何かご用ですか?」
努めて冷静を装いながらソフィアに声を掛ける。
「こちらの商人様がおまえの作ったマジックポーチのレシピを買い取りたいと仰っていらっしゃるんだがね、おまえにその気はあるのかい?」
さっきまでのやり取りを聞いていたロザリアンヌはしばし考えこんだ。
正直レシピを公開するのは吝かでは無い。
実際に探検者達にはとても喜んで貰えているし、他に必要と考える人が居るのなら是非有効的に活用して欲しいと思う。
しかしそもそも空間魔法を使えない事には作れないよ?
仮に作れたとしても、ただのマジックポーチじゃかなり使いづらくてイライラするよ?
それにきちんとしたイメージが無くちゃ、錬金術を使って作ったとしても便利機能は付かないと思うよ?
まさかその辺が上手く行かなかったと後で難癖を付けられたりしないよね?
色々と考えた末にロザリアンヌはその辺のことを正直に丁寧に話し説明した。
「それに私もまだまだ改良中なんです」
説明を終えたロザリアンヌに商人はそれでも構わないと言うので、その後の交渉はソフィアに任せ錬金室へと戻った。
(あ~びっくりした)
まさかこんな風に攻略対象者に突然出会うなど考えてもいなかったので、心の準備ができていなかった。
と言うか、既にバッドエンディングで済んでいる筈のストーリーに強制参加させられた様な気分になった。
(まさかこの先も関わるなんて事無いよね?)
ロザリアンヌは錬金術に身も入らなくなり、一人悶々と不安と戦っていた。
◇
「マークスおまえどう思う?」
「どうって何が?」
「あの少女だよ。どう見たってまだだいぶ幼かったぞ。それなのにこんなものを作るとは大したものだと思わないか?」
「ああ、確かにあの錬金術師の弟子と聞いた時はあんな幼い子が出て来るとは思いもしなかったな」
だからどうしたと言わんばかりのマークスの態度にジュリオは少し苛立った。
(まったくコイツは相変わらず自分の関心事以外には本当に考えが及ばない、もっとも逆にそれに救われる事も多いのだがな)
ジュリオは心の中で毒づきながらも、マークスにさらに話し続ける。
「錬金術とは確かかなりの魔力を使うと話に聞いた事がある。逆に言うとあの子はそれだけの魔力量を持つと言う事だ、だとしたら魔法の才能もかなりあると思わないか?」
「そうかも知れないな」
相変わらず気の無い返事をするマークスを尻目に、ジュリオは自分の考えをさらに話し続ける。
「あの子を魔法学校への進学に推薦しようと思うのだ」
「おまえがそう考えるのは自由だが、平民が魔法学校に通っても続かない事はおまえもその目で見ているだろう」
マークスは自分が騎士学校に在学中に、平民で魔法学校へ進学したアンナと言う生徒が中途退学して行った事を思い出していた。
かなり期待されて入学して来た生徒だったのでジュリオ達だけでなく、騎士学校に居たマークスも注目していたのに、日に日に元気を無くしやる気をなくして行く姿は見ていられなかった。
普段脳筋と言われがちのマークスでも気付く程の様子に、今でも思い出すと胸が痛んだ。
「もしかしてアンナの事を言っているのか?聖女としての資格を全うできなかった様だな」
思いの外平然と話すジュリオにマークスは少し苛立った。
ジュリオは平民が騎士学校や魔法学校に通う事もあるのは知っていたが、今までそれ程興味を持つ事も無かったので深く考える事も無かった。
しかしさすがに聖女と騒がれたアンナの事はジュリオも気にしていたので、マークスが誰の事を言っているのかは察する事ができた。
「聖女候補がその扱いだったんだぞ。ただ魔法の才能がある程度の子がどうなるか考えられないのかおまえは」
思わず怒鳴り声をあげたマークスにジュリオは何をそんなに興奮しているのだと窘めた。
「何にしても本人のやる気次第だろうが、けして強制はするなよ」
何を言おうが自分の考えを曲げないだろうジュリオにそう釘を刺すのが精一杯のマークスだった。
◇
マジックポーチのレシピが3000万ギリという値で売れた事で、ソフィアは少しだけ肩の荷が軽くなる思いだった。
その値段が適正かどうかはソフィアは実はあまり考えていなかった。
何故ならあのレシピで同じマジックポーチが作れるとはまったく思ってもいなかったからだ。
錬金術師になりたいという孫を引き受けてみれば、自分も及ばない程の才能を見せた。
その実力があって作れる物だとソフィアは思っていた。
それにこの国は錬金術が廃れ、錬金術師と呼ばれる者もそうは居ない。
近い将来自分が教える事など何も無くなるだろうと覚悟はしていたが、まさかマジックポーチまで自力で作り出すとは思ってもいなかったソフィアは、ロザリアンヌの将来を思案していた。
できる事なら魔法学校へ通わせて、きちんとした魔法の基礎から学ばせたい。
そうすれば錬金術師としてもさらなる高みを目指す事もできるだろう。
どの位のお金を用意すれば通わせる事ができるかと考えていた時のこの大金に、まるでロザリアンヌの運命が魔法学校へと向かっている様にしか思えないソフィアだった。




