154
リュージンに連れられて来た山脈の頂上付近は空気が薄いのか息苦しいだけじゃなく吐く息も白く肌寒かった。
「こんな所にあるダンジョンなんてそう簡単には見つけられないか」
「少なくとも人間が好き好んでくる場所では無いのぉ」
岩ばかりの山肌に人が気軽に歩ける場所など見当たらなかったが、そこから見る下界の景色は最高だった。
遥か遠くまで見渡せる絶景には山だけでなく森や平原に人が営む街や海までもあり、いつか見た風景写真よりグッと心に響くものがあった。
暫く景色に見とれながら、なんでまたこんな所にダンジョンができたのか不思議に思っていた。
「じゃあダンジョン踏破したらお迎えお願いします」
ロザリアンヌはダンジョン踏破に何日掛かるか分からない為、一時別れの挨拶のつもりでリュージンにお辞儀をした。
「安心しろ儂もドラゴと一緒にダンジョンに入るからのぉ」
「ダンジョン攻略に参加する気だったの?」
つい今までそんな事を考えても居なかったロザリアンヌは慌ててリュージンに聞いていた。
「考えてみたらその方が手っ取り早いじゃろう」
言われてみるとまったくその通りだったので、ロザリアンヌは別に反対も賛成もする事も無く素直に受け入れた。
そうして入ったダンジョンはやはり洞窟ダンジョンで、蟻の巣ではなくどこかの坑道の様だった。
ひたすら続くトンネルの様な坑道は迷路の様でもあり、少し息苦しさと窮屈さを感じさせけして明るい気分になれるものではなかった。
実際坑道の中は明るくは無かったので、光魔法のライトを松明の様に空中に掲げた。
「最短で移動するぞ」
レヴィアスがロザリアンヌにそう言って来たのは、蟻の巣ダンジョンの様に隅々まで回らないという確認だろうと判断した。
「そうしましょう」
迷路の様になっている坑道の迷路を解き道案内をする気らしいレヴィアスが先頭を歩き始めると、それにキラルとジュードが続きロザリアンヌとリュージンとドラゴが後を追った。
ライトの灯りのせいか姿は見せずワサワサと動き回る魔物の気配を感じながらロザリアンヌがゾワゾワした物を感じていると、前衛の三人は次々と祓う様に倒しながら歩き、後ろではドラゴが捕まえては捕食している様だったので怖くて振り返る事ができずにいた。
ただロザリアンヌははっきりと見えない敵の姿を確認する事無く、ひたすらドロップ品の回収にだけ専念していた。
そうして迷路を抜け三度ほど地階に降りたところで辺りの壁が動き始める。
「いったい何事!」
驚き思わず声をあげたロザリアンヌだったが、ダンジョンがその様子を変え始めたのだと気が付いた。
入る度に様子が変わるのではなく、時間の経過で様子を変えていたのだと理解した瞬間だった。
「壁が動き始めると魔物も姿を消すのだな」
気配探知していたのかそれともその目でしっかりと確認したのかレヴィアスが教えてくれた。
「壁に挟まれないようにだけ気をつければ良いのね?」
「多分人が居るところは動かないんじゃないかな」
キラルが推測の様に言うが、言われてみればロザリアンヌが居る辺りはそのままだった。
そうして変動が治まるのを確認してからダンジョン攻略を再開させ、さらに二度ほど地階に降りた時だった。
カーンカーンと少し甲高い音が聞こえ始めた。
「何か聞こえるな」
それはまるで誰かが何かを採掘でもしているかのようで、ロザリアンヌにはとても不思議に思えた。
このダンジョンはまだ人に見つかっていないとリュージンが教えてくれた、という事はこのダンジョンで採掘をしている人など居ない筈。
それともたまたま見つけた誰かが届け出はせずに独占し、こんな場所まで採掘の為にわざわざ来ているのか?
しかし良く聞くと採掘らしき音は一人のものではなく、複数人で行っているというのが分かった。
一瞬魔物の出す何かの音かと疑っていたロザリアンヌも、もう採掘を行っている人が居る事を疑わなかった。
「誰かいるのかしら?」
「人間はこの山脈には寄り付かんはずじゃがのお」
リュージンは自分の知識に自信があるのか不思議そうにするばかりだった。
「確認してみれば分かる事だよ」
キラルは確認しに行くつもりらしいが、別に無視して最短でダンジョン踏破する事も可能だろう。
「どうする?」
ロザリアンヌは思わずレヴィアスに判断を委ねた。
「いや待つのじゃ。もし儂の考えがあっていればロザリーには少々危険が伴う、慎重にした方が良いだろう」
リュージンがレヴィアスが判断を口にする前に助言をしてきた。
「何があるっていうの?」
「儂もすっかり忘れておった。この地にはドワーフ達の住む街があった。ドワーフどもは地底や山脈に洞窟を掘り暮らす種族じゃが、人間とは相いれぬのじゃ。それに何故か女性が少ない種族なので、人間の女性が居るとなれば攫われかねん、気をつけるんじゃな」
ロザリアンヌはドワーフと聞いて少し首を傾げる。
ドワーフと言ったら小柄で酒好きで陽気で器用な種族じゃないの?
だいたい前世での記憶からしたらドワーフってそういう種族だった筈だよ。
「ドワーフって本当にそんな種族なの?私の知識とは違い過ぎるんだけど」
この世界がロザリアンヌの前世の知識から作られているのなら、絶対にそんなはずはないと断言しそうになるが、確か一番初めに読んだ小説では多少違っていたような気もすると自信を無くす。
「お主の知識ではどういう種族なのじゃ?」
ロザリアンヌは転生している事を誰にも言っていない手前、リュージンに逆に問われ思わず口ごもるが仕方なしに話始める。
しかしこの世界が自分の知識から作られているなどと誰にも話せない手前やはり断言はできない。
「小柄で色黒で酒好きで陽気で、武器や防具の製作にとても拘る腕の良い職人って感じかな」
「小柄なのは確かじゃが酒が好きかどうかは知らん。それにいう程陽気ではなかったと思うぞ。生活道具を鉱石から作っているせいか寧ろ好戦的な種族じゃ。ただ数が少ない種族ゆえに人間どもとの接触を避けているのじゃ」
「それでももし接触を試みたらどうなるのかしら?」
「儂には分からん。話が通じれば良いが、儂は無駄な争いは避けた方が良いと思うがな」
リュージンは下手に接触すれば争いごとになると考えている様だった。
「ロザリーがどうしても接触したいと思うのなら幻惑の術を応用し男に変化するのも可能だがどうする?」
レヴィアスはロザリアンヌが女だと確実に争いが起きると判断したのか、闇魔法の幻惑の応用を提案してくれた。
ロザリアンヌはこの世界のドワーフに興味が無いと言えば噓になるが、ここで寄り道をしてまで接触をして何がしたいのかと考えると悩んでしまう。
ただの興味本位で近づいて結果争いしか生まなかったらそんなに悲しい事は無い。
迂闊に接触し人族に興味を持たれ、それが結果この大陸に平和をもたらすとは言い切れない所もあった。
実際リュージンも住み辛い環境になりつつある現在、いつだって自分達の方が優れていると考える人族と数の少ないドワーフ族が平和に暮らせる世界は作れるのだろうか。
と言うかロザリアンヌが簡単に介入して良い物なのだろうか?
ロザリアンヌはしばし悩んだ末に答えを出す。
「わざわざ会いに行くのは止めておきましょう。会ってしまったら、その時にまた考えれば良いわ」
運命に委ねるという明らかに問題の先送りという結論だった。
「そうだな、私もその意見に賛成だ」
レヴィアスはすかさず賛成してくれる。
一番の重要事項はさっさとこの大陸のすべてのダンジョンを踏破し、強制力の発動を停止して貰う事。
そして次の大陸でレヴィアスと大賢者様の再会を願う。
この二つの目的だけは今の所はっきりしているのだ、悩んで寄り道をしている暇など無い。
ロザリアンヌはそう自分に言い聞かせていた。




