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「なるほどそういう事か」
ジュリオは魔法学校在学中に薬草ダンジョンは一通り攻略していたが、探検者としてのランクは低く今日初めてGランクダンジョンへ挑んでいた。
当時も学校の授業の一環としての攻略だったので当然採取などした事も無く、魔物のドロップ品などその日に組んだパーティーの誰かが管理してくれていたので、荷物に関して不便など感じた事も無かった。
しかし今日はマークスと二人だけで、ましてやジュリオにとって初めての場所の攻略と言う事もあって緊張気味に観察していると、マークスがドロップ品を拾いマジックポーチに入れているのを見て何となくその重要性を理解できた気がしていた。
「そうですよ、荷物が嵩張っては動きも制限されます。ダンジョン攻略にはこれ程有難い物は無いでしょう」
マークスは普段は護衛騎士と言う立場なので、荷物を持つなどやはりする事など無かったが、今日はダンジョン攻略、それもジュリオと二人っきりとなると当然荷物持ちとなるので、その実用性を心から感じていた。
「では攻略を続けるぞ」
「マジックポーチの重要性を理解できたんだからもう良いだろう」
「何を言っている、久々にダンジョンに来てみたが自分のランクの低さに驚いたわ。これでは子供達にも顔向けができん、しばらくランク上げに励むぞ」
「急にいったいどうしたって言うんだよ」
ブツブツ言いながらも付いて来るマークスを尻目に、ジュリオも自分の気持ちの変化に少し驚いていた。
今までは何をどうという気持ちを持った事など無かった。
ただただ運命の流れに逆らう事無く過ごしていただけの様な気がする。
しかしこのマジックポーチを手にしてからと言うもの、自分でも不思議ではあったが、それではダメだという思いに駆られ始めていたのだった。
「これを作った者に会ってみたいな」
しばらくダンジョン攻略を進めたジュリオは突然そんな思いに駆られた。
「では城に帰る前に噂の錬金術店へ寄ってみるか?」
マークスも頷いた事で、二人でダンジョンを出ると退ダン手続きを済ませ商業地区へと足を運んだ。
「うちは探検者相手の商売なんだよ」
「ですから何度も言いますが、これは商人にとって画期的な物なのです」
店の方から聞こえる騒々しい騒ぎにロザリアンヌは何事かと出入り口に潜み聞き耳を立てた。
どうもマジックポーチを売れ売らないの押し問答をしている様だった。
ロザリアンヌは何故ソフィアが商人に売らないと突っぱねているのか分からなかった。
必要とする人に売るのは当然じゃないのか?
「商人優先にしろと言われても困るね」
「私共がその有用性に見合った方法と値段でもっと世に広めてみせますぞ」
皆に喜んで貰おうと作ったマジックポーチなんだから、探検者だろうが商人だろうが相手を選ばず売っても良いはずなのになんで断っているんだとロザリアンヌは疑問に思う。
(もしかして師匠は本当は私がマジックポーチを作った事を面白く思っていないのだろうか?)
「そうすればお宅としてももっと有意義な商売ができる様になるでしょう」
「うちは別にそんな事は望んでいないよ。自分に見合った商売で充分さね」
あまりに頑なに商人の話を聞き入れようとしないソフィアにロザリアンヌは少し不信感を抱き始めていた。
「だいたいレシピを公開したとしてあんた達に同じものが簡単に作れると思っているのが腹立たしい。あれは私の可愛い弟子が心血を注いで作ってるんだよ。おまえ達が考える程数は作れないんだ、とっとと帰っておくれ」
ロザリアンヌはソフィアの言葉から自分の事を考えて断っていたのだと悟り嬉しくなった。
そして一瞬でもソフィアに不信感を抱いた事を恥ずかしく思う。
ソフィアが言う様にレシピを売ったとしても商人がそう簡単に作れるとも思えないし、商人が望む様な数をロザリアンヌが用意する事もできないだろう。
しかし商人達は儲けようと思ったらどんな無理をロザリアンヌに押付けてくるか分からない。
ソフィアはきっとそれを見越して断っていたのだとロザリアンヌは理解し、ソフィアに任せて大丈夫だと心から安心した。
その後も商人はレシピを公開すれば自分達が適正な値段でもっと売ってみせるので、ソフィアも同じ値段で売れば今より儲ける事ができるだろうと言う。
勿論ソフィアはそんな馬鹿げた話に乗る事は無く、商人のあまりのしつこさに辟易していた。
ロザリアンヌは自分が出る幕でもないと判断し錬金室へと戻った。
「何をそんなに揉めているのだ、そんな風では商売に差し障りがあるのではないか?」
錬金術店の扉を開いたジュリオは、店内の諍いを少しの間黙って聞いていたが、決裂した様子につい口を出していた。
「これは大変失礼しました」
ロザリアンヌの祖母であるソフィアはお客に不快な思いをさせた事に心から頭を下げていた。
そしてお忍び風とは言えかなり高価そうなその身なりから、機嫌を損ねてはいけないと咄嗟に判断していた。
「誰だかは知りませんが、今は商売の話の最中なので少しご遠慮願いたい」
商人としては少しばかり冷静さに欠けるのか、ソフィアとは違い目端も利かないその男の威丈高な態度にマークスは少しイラっとした。
「そこの男失礼だぞ、このお方をどなたと心得る」
ジュリオの前に出る様にしたマークスをジュリオは慌てて止める。
「マークスここではその話はよせ」
「だが、ジュリオ、本当に良いのか?」
マークスはどことなく納得がいかなかった。
今までのジュリオはどこであろうと名前を出される事に抵抗する事など無かった。
そしてその結果忖度される事は当然と受け入れていた。
いったいどんな心境の変化かとマークスはまじまじとジュリオの顔を見ていた。
そんなふたりの様子に冷静さを取り戻したのか、商人はみるみるうちに顔を青くしていった。
商人にはジュリオとマークスと呼び合う二人に心当たりがあったのだ。
絶対的権力で思うままに事を運ぶと噂に名高い王太子とその護衛騎士。
今さっきの二人に逆らったともとれる失礼な態度を考えると、思わず震えだしていた。
「た、大変失礼いたしました」
商人は慌てて深く頭を下げた。
「別に良い。それより諍いの原因を聞かせて貰おう、私にできる事なら仲裁をしてやろう」
ジュリオは震える商人の前へ行くと、話を聞くまでは帰らないとばかりに商人とソフィアの顔を交互に見ていた。
そうして二人の話を聞き終わったジュリオは二人に妥協案を提示する。
「お主がそれ程に有用性を唱えるのなら、そのレシピに見合った値段を付けてレシピを購入するが良い。そして店主がそれで納得できればそのレシピを売ると良かろう。その後そのレシピで同じものが作れようが作れまいが店主には責任が無いと私が断言し責任を持ってやろう。それで納得する訳にはいかぬか?」
ジュリオが責任を持つと言って関わった事に驚き過ぎて、商人はすぐには返事ができなかった。
「これを作ったのは私ではありませんのでね、すぐにとなると返事はできかねますね」
ソフィアの返事にジュリオは首を傾げた。
「ではいったい誰が作ったというのだ?」
「私の弟子ですよ」
「ほう、弟子が師匠を超えたというのか。それは面白い、是非会わせてくれ」
ジュリオに強請られ、普段はロザリアンヌを店に出す事の無いソフィアも仕方なく頷いた。
「ロザリー、店に顔を出しておくれ」
少しばかり響く大声で呼ばれたロザリアンヌは、珍しい事もある物だと店に顔を出した。
そしてそこに何処か見覚えのある二人を見つけ、それが【プリンセス・ロザリアンロード】の中で散々攻略していた相手だと気付き、ロザリアンヌは驚きと戸惑いを隠す事が出来ずにただ佇んでしまったのだった。




