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ロザリアンヌはかなりの試行錯誤を繰り返し、どうにか思った様なマジックポーチを作り上げていた。
容量自体は1000ℓ位の物しかできなかったが、それでもインベントリの様に中に入れたアイテムは纏められたし、出し入れもポーチの口に触れながら思うだけでできる様になった。
もっと容量の大きなものを作ろうと思えば作れない事も無かったが、売り物と考え同じ容量を目指したところこの大きさが落ち着いて無理なく作れた。
それに機能的にはとっても便利と言って間違いないだろうから、この大きさでも十分だろうと考えていた。
初めは一日に3つ作るのが限界だったが(気力と体力と技術的に)いつの間にか噂を聞き付けた探検者達の予約で一杯になり、ロザリアンヌはその期待に応えようとかなり頑張って作る様になっていった。
そのお陰で錬金術の腕も大分上がったのか、最近では1日に10個程は作る事ができる様になっていた。
師匠がマジックポーチをいったいいくらで売っているのかはロザリアンヌは知らなかった。
お金の事を考え始めるにはまだ早いというのが師匠の意見で、欲に目が眩む事無く錬金術の腕を磨けと言われていた。
ロザリアンヌもマジックポーチを作る事で格段に錬金術の腕が上がった事を感じていたし、探検者達に喜ばれる事が本当に嬉しかった。
錬金術師として初めて何かを成したような気になって満足していた。
そして師匠からは絶対に無理はするなと言われていたので、一日のルーティンは変えずに相変わらずダンジョン攻略にも出かけていた。
それから今までお使い偉いねと温かい目で見られていたロザリアンヌの知名度も段々と変わっていた。
「ロザリー、このポーチ本当に便利だぞ、ありがとうな」
「そのポーチとあの子と何か関係があるのか?」
「おまえ知らないのか、このポーチはあの子が作ったそうだぞ」
「えっ、あんなに小さい子が?」
「ああ見えて立派な錬金術師様だぞ、おまえ子供だと侮って絶対に失礼な事をするなよ」
「でもあの子はあそこの道具屋の婆さんの孫じゃなかったか?」
「あの婆さんはたいした物作ってなかったが、孫はたいしたもんだな。鳶が鷹を生んだってところか」
そんな冒険者達の話が耳に入るとロザリアンヌは顔を赤くするほど照れたが、同時に無性に嬉しくなって声を掛けてくれた探検者に「ありがとう」と手を振って答えた。
そして前世での事を思い出していた。
革細工工房に勤め始めて3年目、初めてデザインから任されて作った革の財布。
いつもは口うるさい親方職人に「まあ良いだろう」と言われた時の嬉しさが蘇った。
受注製品では無かったので、工房に併設されていた店に置いて貰ったらいつの間にか売れていた。
あの革財布を今でも誰かが大事に使ってくれているかも知れない、そう思うだけで嬉しさが込み上げ初心に帰れる気がしていた。
やっぱり誰かに喜ばれる製品を作るってこんなに心が満たされるのだと、胸が熱くなって行く。
そして知らず知らずロザリアンヌの瞳から静かに涙が溢れていた。
◇
「こちらが今巷で噂のマジックポーチにございます」
ジュリオは執事から手渡されたポーチを受け取ると、その性能を確かめる様にしてみせた。
「これはそんなに画期的な物なのか?」
手にしたポーチを一通り触ってみたジュリオは、その必要性を問う様に執事に説明を促した。
ジュリオがその必要性を実感できないのは当然と言えば当然だった。
何故なら自分で荷物を持つなど産まれてからこのかた一度だってした事が無いからだ。
箸より重い物は持った事が無いという例えがある様に、従者がすべてを賄ってくれていた。
魔法学校に在学中や必要な時には帯剣こそしたが、実際に剣を振るったのも数える程度だったので、自分が出歩くのにどの位の荷物が必要かなど考えた事も無かった。
「王もこの品は凄いと期待しておいででした」
執事から、先に見聞した父王が感心していたと聞き、ジュリオは若干の焦りを見せた。
父王に理解できる事が理解できない自分は、まるで世間知らずの無能だと言われた様な気がしたのだ。
事実自分は剣の才能にもさほど恵まれておらず、魔法の才能があると言われ魔術学校へと行ってはみたが、実際には賢者候補には及ばず、自分の才能を伸ばせたとは思えない成績で卒業した事を少し恥じていた。
自分はその地位から周りの者に忖度されているのだと言う事は充分に感じていた。
かと言ってその気持ちを反動にして鍛錬に励もうという向上心も持ち合わせてはいなかった。
自分の役目は父の後を継ぎ王となる事だと、ただ漠然と考えているだけの男でしかなかった。
それでも執務はそこそこにこなしてはいるので何を恥じる事も無いのだが、妻である正室と側室との間に子供が3人もいる父親としては少しばかり考えるところがあった。
「ではその実用性とやらを確かめてみるか」
ジュリオが発した言葉を執事は一瞬理解出来ずに固まった。
「確かめるとはいったいどの様に?」
「ダンジョン攻略で喜ばれているのであろう、では実際にダンジョンで使ってみるのが良かろう」
今まで自発的に何かをしようとした事が無いジュリオが、ダンジョンに行くと言い出すなど考えてもいなかった執事は驚きを隠せずに言葉に詰まった。
「何を驚いているマークスを呼べ、今からダンジョンに行くぞ」
ジュリオの言葉に執事は「直ちに」と答えお辞儀をすると慌てて退出したのだった。
◇
「これは驚きですな。見た目以上に物が入れられるなど、これの利用価値は計り知れませんな」
「やはりそう思われますか?」
「このポーチに荷物を詰めバッグや背負子にしまえば一度にどれだけの荷物を持ち運べるか、今まで小商いしかできなかった行商もかなり楽なものになるだろう。これを探検者のダンジョン攻略だけに使うのはとても惜しい」
この世界に移動手段として車の存在はあったがその価格はとても高く、燃料はダンジョンから採れる魔石を必要とするので維持費もそこそこにお金が掛かった。
なので結局貴族や豪商でもなければ車などに乗れる訳も無く、行商で生計を立てる商人はいまだに馬車移動の小売り商売が限界だった。
そしてそんな行商人は荷物の積み下ろしや馬車の世話に盗賊対策などから少なくとも2~3人の人手を必要とし、荷馬車に積める荷物からすると儲けも少なくなるのが通常だった。
「私も同感でございます」
「これの利用価値を考えればこの価格はあり得ない、その錬金術店がそれで良いというのならうちがもっときちんとした価値を価格で示し世に広めるとしよう。うちでの独占販売の許可を取りつけるか、その制作方法を聞き出し商人達にはうちから売り出すとしよう」
「ええその様に致しましょう」
とある商人の家では興奮気味の商人達が少々物騒な話し合いをしている事など、ロザリアンヌは夢にも思っていないのだった。




