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ドラゴパパが言っていた村はすぐに見つける事ができた。
本当にダンジョンにほど近い場所の大森林の入り口付近にあり、殆どの家が朽ち果てたていたり草木と同化してしまっていた。
しかしレヴィアスが感知していた様に、何人かの人の気配は確かにあった。
「ごめんくださいー、誰かいらっしゃいますか」
ロザリアンヌは声を掛けながら気配のある家へとゆっくりと近づくが、人の気配は動く事も無く返事が返ってくる事も無く、ロザリアンヌはキラルやレヴィアスと顔を見合わせどうしようかと考える。
「行くしかないだろう」
レヴィアスに促され、ロザリアンヌは家の前に立つと思い切って扉を開く。
「ごめんください、お話を伺えますか」
ロザリアンヌが家の中に向かい声を掛けると漸く一人の老人がのっそりと顔を出した。
「何か用かな?」
「ぁ、いえ、この村の話を少しお伺いしたくて」
ロザリアンヌは老人のあまりにもみすぼらしくやせ細ったその様子に驚き一瞬声を失った。
この村に畑は見当たらないが、大森林を移動してくる中で食べられそうなキノコや木の実などに魔物の気配もあった。
それに川に行けばきっと魚だって獲れる筈。
だから若く身体が丈夫に動くのであれば、ここまでやせ細る事も無いだろうとロザリアンヌは思う。
しかし他の街と交流が無い時点で、やはりいろんな問題があり難しいのだろうとも考え、そしてもしかしたらこの国にはこの様な村が他にも沢山あるのだろうかとも思っていた。
「ごらんのとおり襲われても抵抗のできない年寄りしか今はここにはおらん。話くらいならいくらでも話して聞かせるが、その前に何か恵んでくれるとありがたいですな」
「それは構いません。あっ、少し待ってください、今急いで何か食べる物を用意します」
ロザリアンヌはキッチンとはとても呼べない竈しかない土間の台所に場所を借り、マジックポーチから色々と食材を取り出していく。
(消化の良い物の方が良いんだよね?)
ロザリアンヌは消化の良い物と考えると頭の中にはおかゆしか思い浮かばず、しかし少しでも栄養のあるものをと考えて卵とヘビーモンクや芋などを使った味噌雑炊を作り提供した。
「あぁ旨い、こんなに旨い食事は久しぶりじゃ」
「本当に。生き返りますね」
老人と老婆が口々に喜びながら味噌雑炊を口に運んで行く。
「この村にお住まいなのはお二人だけですか?」
2人が食べ終わるのを待ってロザリアンヌは早速尋ねる。
「いや、もう一人ジュードと言う青年が居るが今は出かけておる。聞きたい話とはそれだけかね」
「いえ、あのぉ、どうしてこの村がこんな廃村になってしまったのかが知りたくて・・・」
「簡単な話さな。この村は国に見捨てられ忘れ去られた村だからじゃ」
老人が語ってくれた話はこうだった。
この地にダンジョンが見つかり、当時は国を挙げてダンジョン攻略を推奨していた事もありダンジョンの傍に街を作る計画をした。
その先駆けに送られた人々でこの地を開拓し村を作ったが、ここのダンジョンは少しばかり難易度も高く大森林と山脈に挟まれた場所と言う事もあり思う程冒険者が集まらなかった。
当初の計画では国が予算を出し街道も整備され街も大きくなる予定だったが、その計画もいつの間にか立ち消えこの村は好きにすると良いと突き放されてしまったそうだ。
「儂の先祖も領主になれると初めは喜んでいた様だが、結局はごらんのありさまじゃ。どうにか村の体裁を保っていたのは昔の話で、今じゃみんな村を捨て出て行ってしまいおったわ」
「それではどうして」
ロザリアンヌがどうしてあなた方はこの村に残ったのかと聞こうとしたら、老人の方が先に口を開いた。
「この村は好きにすると良いと言われたからじゃ。言ってみればこの土地はすべて儂らの物じゃ。どれだけ苦労してここまで開拓したか、祖先の気持ちを思えばここを離れる事はできなかった」
ロザリアンヌはなるほどと納得しながらも、そこまで土地に執着する事が本当に正しかったのかは分からなかった。
この人達の祖先の労力と思いはどれ程か、ロザリアンヌが想像してみてもきっと理解しきる事はできないだろう。
だからこの人達に何を言ってもそれは無責任な他人の言う言葉でしかないと分かったので、ロザリアンヌは何も言う事ができなかった。
この土地に執着し続けここで人生を終わらせる事が本当に正解なのかは、きっとロザリアンヌが判断する事でも無いだろう。
しかし何か少しでも手助けができればとロザリアンヌは既に思ってしまっていた。
「要はダンジョンに人が集まるようになれば良いのよね。そうすれば国もまた新たに開発計画を立ち上げるかも知れないわ」
ロザリアンヌが力強く叫ぶようにそう言うと老人が言葉を返す。
「あのダンジョンは入る度に様子を変える事は無くなったが、今まで以上に強い魔物が多く出るようになってしまっておるわ。ジュードも一人頑張っておるが攻略は難しいだろう」
「ダンジョンに一人で挑んでいる人が居るの?」
「ああ、昔この村を訪れた竜王様があのダンジョンを停止してくれた。村を潤す糧にすると良いと言ってな。その結果ダンジョンは様子を変えなくなったが、さらに強い魔物が多く出る様になってしまってな。村の者でも攻略するのが難しくなってしまった。しかし竜王様との約束じゃと言って儂の娘が当時の村の若い衆を集めて頑張っていたわ。しかし結局はダンジョンで命を落とし、今はその息子が娘の遺志を継ぎ一人で意地になっておる」
「竜王様?」
ロザリアンヌは思わず聞いてしまう。
ドラゴパパは人の姿に変化して村を訪ねたと言っていたけど、そもそも変化していたのがバレていたのか、それともまったくの別人の事を言っているのだろうか。
「ああ、昔は良く竜王様が人に化けて村や町を訪れるという話は有名じゃった。人に化けていてもそのオーラは隠しきれずみんなすぐに分かるが、竜王様が訪れるのは瑞兆として知らぬ振りをしてもてなすのが礼儀とされていた」
(ドラゴパパバレていたんじゃない)
それにドラゴパパはもう一つ失態をしている。
折角ダンジョンを停止させたのに、そのタイミングが悪く魔物の上位種やレア種の出現率を高めてしまったのだろう。
そのせいでダンジョンの攻略を難しくしてしまっては意味ないじゃないかと、ロザリアンヌは溜息を吐いた。
多分ダンジョン最深部にある宝玉とはきっとダンジョンコアの事だろうとロザリアンヌは考えていた。
そしてそのダンジョンコアを操作すればダンジョンの機能を色々と変える事ができるのだろうと。
だからダンジョンが入る度に様子を変えたりするのも、上位種やレア種の出現率も、そして何ならダンジョンの難易度だって変えられると予測している。
そうとなればさっさと最深部へ向かい、この村が発展する様なダンジョンに作り替えるだけだとロザリアンヌは改めて決意した。
ドラゴパパだってこの村の事を思って今まであの地に留まっていたのだ。
既にもうドラゴパパが恋した娘は亡くなってしまっているが、今はその息子が遺志を継いでいるのならきっとドラゴパパも少しは報われるはず。
ロザリアンヌはドラゴパパのため、見捨てられ今まで不遇を尽くして来たこの村のためにもとダンジョンへと向かうのだった。