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ロザリアンヌはレヴィアスと3日程地図を埋める作業をして過ごした。
レヴィアスと二人っきりの時間はなんて事も無く、坦々とした時間だけが流れて行く様だった。
そして思った通り大森林の広さはかなりのもので、上空をジグザグに飛んだとはいえその全様を地図にするのに2日以上掛かった。
途中大森林の比較的浅い場所でキラルとアリオスの気配を探知したが、口を出さないと決めていたのでその時はスルーした。
しかし4日と言うか、ロザリアンヌが眠っていた1日を足して5日も連絡も無く戻って来ないと流石に少し心配になる。
「キラルの様子を見に行ってみようか?」
「キラルもそれだけ本気なのだろう。もう少し待ってはどうだ」
キラルが本気なのはもう十分に伝わっているけれど、何をそんなに本気になっているのかが知りたかった。
「だってあのキラルがご飯も食べに帰らないんだよ、何を食べてるのか心配じゃない」
簡易テントや水筒などは見せ掛けにアリオスに持たせたが、食材だけでなく多分冒険に必要だと思われる物の殆どはロザリアンヌが持っている。
「忘れたのか、キラルには本来食事も睡眠も必要ないぞ」
「でもその代わりに私の魔力が必要だって言ってたじゃない、それに食べ物の楽しみを絶たれるのはかなりのストレスになるのよ」
「分かった、そんなに心配なら様子を聞いてみるか?」
「それができるなら心配してないんだってば。もし戦闘中にでも邪魔をして困らせる事になったら嫌じゃない。一緒に居て様子を見ていないから余計に心配なんだよ」
ロザリアンヌはトーガの街から大森林辺りまでの地図を埋め終わり、キラルを待つ為の目的が一段落した事もあり余計に心配が募っていた。
「ではキラルと合流してダンジョンへと向かうか。続きはダンジョン到着までと言う事で」
「でも特訓しながらの移動って大丈夫なのかな?」
「キラルは気配探知を覚えさせると言っていた。本当にそれだけなら十分だろう」
「じゃあそうしようか」
ロザリアンヌはレヴィアスから自分の望んでいたままの回答を貰えた事で心からホッとした。
そしてその後の準備はとても早く、隠れ家を回収すると急いでキラルの元へと向かう。
「キラルー、心配したんだよ」
ロザリアンヌは上空から見つけたキラルに飛びついた。
5日も離れていた寂しさもあったが、何か欠けていたものを取り戻したような気持ちになったのだった。
「ごめんねロザリー。でも僕を心配してくれたんだね、ちょっと嬉しいかも」
「ごめん、ずっと心配してた訳じゃなかった。キラルの事は信頼してたからね」
ロザリアンヌは正直にレヴィアスと大森林の地図を埋める作業をしていた事を話し、その作業が一段落したので合流する事にしたと伝えた。
「続きはダンジョンへ行くまででもできるよね?」
「そうだね、気配探知はもうできるだろうからアリオスもそれで良い?」
キラルは何故かアリオスに問いかけるので、ロザリアンヌがアリオスの姿を探すと、そこにはボロボロに汚れすっかりやつれ果てたアリオスが居た。
キラルとはまるで違うその様相にそのスパルタ振りが窺えるようだった。
どうしたのと思わず聞いてしまいそうになったが、ロザリアンヌはその言葉を飲み込んでアリオスの返事を待った。
しかしアリオスはなかなか口を開こうとしないので、ロザリアンヌはどうして良いのか迷いもう一度キラルの顔を見るが、キラルは首を傾げるだけだった。
「出立するか」
沈黙を破ったのはレヴィアスだった。
「そうだね、遅れた分サクサク行こうか」
ロザリアンヌもキラルに向けて声を掛けると、既に移動を始めていたレヴィアスの後を追った。
「おまえは飛ぶこともできるのか」
突然アリオスが後ろから声を掛けてきた。
「ああこれね、私が作った魔道具だよ。魔力が無いと使うのは難しいらしいけどアリオスも使ってみる?」
ここ何日か妖精の羽を装着慣れていたのですっかり忘れていたが、アリオスには秘密にしていた事を思い出した。
しかしもう良いかなと言う気持ちの方が大きかった。
収納のスキルがこの大陸の人の常識にあるように、もしかしたら飛べるスキルを持つ人もいるかも知れない。
それにここは普通の人は寄り付かないと言われている大森林だ、まず誰かに見つかり騒ぎになる心配も無いだろう。
「錬金術師だなんて言うから侮っていたが、おまえは本当に凄い魔術師なんだな」
「この国にも錬金術師はいるの?」
ロザリアンヌは思わずアリオスに掴みかかる所だったが、その前にアリオスから漂う異臭で冷静になれた。
「錬金術師はいるが、大抵は非戦闘要員だ。錬金術師が魔物と戦うなど聞いた事も無い」
「それで今まで私の事を見下していたのね」
「それもあるが、おまえは俺に向かっておはよーと適当な挨拶をしただろう、忘れたとは言わせない。平民のそれも年下の女ごときがこの俺に向かってする態度ではない。いくら仲間になったとはいえ到底許せるものではないだろう」
そう言えばとロザリアンヌは出立の朝の事を思い出していた。
仲間になったからには年上だろうけど気楽にと気遣ったつもりだったのに、アリオスにはその態度が許せなかったらしい。
「ごめんなさい。私は仲間になったからには仲良くしようと思ったのだけど通じなかったのね。ならばその場で怒ってパーティー解除をすれば良かったじゃない、私はそれでも構わなかったよ」
「俺は家族を見返すって決めてるんだ、冒険者として名を上げるまで我慢するしかないだろう」
「別にもう街も出られた事だし、好きな街に行って自分の好きな様にしたら良いじゃない」
正直ロザリアンヌはアリオスが一緒に居るメリットを何も感じていなかったので、アリオスの言い訳の様な言葉のどれ一つも響いては来なかった。
「ダンジョン踏破が名声を上げる近道じゃないか。おまえ達を利用してでも俺はダンジョン踏破をすると決めたんだ、こんなチャンスを前に今さら他の街へ行って地道な活動などする気も無い」
「ふ~ん、じゃあアリオスにとって私達はただ利用するだけの相手だって事なんだね」
ロザリアンヌはアリオスの素直な気持ちを聞き最終確認をした。
アリオスがロザリアンヌ達を仲間だと思っていないのなら、それはそれで気が楽になる気がしたからだ。
無駄に気遣う必要もなく、ゴードンに提案された様にダンジョンに入る為の条件の一つだったと受け入れれば良いだけだ。
取り敢えずアリオスの身の安全だけを確保すれば良いのだろう。そしてダンジョンを踏破したら後は別れるだけの話だ。
「アリオスはまだ分かっていない様だね」
アリオスが返事を口にする前にキラルが凍り付くような笑顔で鋭い視線をアリオスに投げつけた。
するとアリオスは震え上がるようにして途端に顔を青くする。
キラルとアリオスの間にすっかりと主従関係の様なものができあがっている様だった。
「僕の大事なロザリーをいつまでおまえ呼ばわりする気?別にここに置いて行っても良いんだよ」
キラルの言葉にアリオスはさらに顔を青くし頭を左右に激しく振っている。
「すみませんでした」
絞り出すように呟くアリオスにキラルは「分れば良いよ。じゃあ気配探知よろしくね」と言っていつもの笑顔を見せる。
ロザリアンヌはそれを見てこの5日間に何があったのか、知りたい様な聞いてはいけない様な複雑な心境になったのだった。




