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日が沈み始めた頃ロザリアンヌは、眼下にあまり大きくもない村を見つけた。
『もう夜になるしあの村で休んで行く?』
『私は構わないが良いのか?』
ロザリアンヌはこの国でいまだに宿屋体験を果たしていなかったので、少しだけ興味がありレヴィアスに休む事を提案したのに≪良いのか?≫の意味かが分からなかった。
『良いのかって何が?』
『隠れ家に戻った方がゆっくりできるだろう』
レヴィアスは転移で戻る事を考えたのだと漸く理解した。
今夜は隠れ家に戻り、明日もマップ埋めを続けるならあの村に転移してくれば良いのだから、何も無理にあの村で休憩する必要もない。
『じゃあ冒険者ギルドでどんな依頼があるかのチェックと、何か美味しいものが無いか探すだけなら良いでしょう』
『決めるのはロザリーだ。好きにすると良い』
通り過ぎるのは簡単だが、それじゃあ冒険として味気ない気もしていた。
さっさとダンジョン踏破を果たすだけじゃなく、錬金術の新しいレシピの閃きも求めると決めているからには寄り道も大事だろう。
ロザリアンヌとレヴィアスは村の近くに降り立ち、認識阻害を解いて村へと入る。
別にこれと言った囲いも門も門番も無い、少し大きな集落と言った感じの村だった。
村の周りには麦や野菜の畑はあるが、そんなに広大でもなく村の食材を賄う程度なのが伺える。
「この村って自給自足って感じなのかな」
「折角の肥えた土地が勿体ないな」
レヴィアスもロザリアンヌと同じ疑問を持った様だった。
大森林に近いお陰か、ロザリアンヌが見ただけでも土地が瘦せている感じはしない。
その気になれば広大な畑を作り、農作物で充分な収益も見込めそうなのに勿体ないと思っていた。
既に暗くなり始めていた時間からか村の中を移動する人影は見えず、ロザリアンヌは冒険者ギルドを自力で探すとその看板はすぐに見つける事ができた。
村の外れに近い場所でそう大きくもない建物なのに、剣と盾をモチーフにした看板だけはとても大きかったからだ。
建物の中に入りひと際目立つ掲示板で依頼のチェックをしていると、カウンターから声がかかった。
「見ない顔だな。依頼を引き受ける気か?」
ロザリアンヌはただ単に変わった情報を探し見ていただけで、依頼を引き受ける気は無かったのにまさか話しかけられるとは思ってもいなかった。
「情報収集だ。まだ決めていない」
ロザリアンヌが返事に戸惑っていると、レヴィアスが先に答えていた。
「えっと、グラントクラーケンやヘビーモンクの食材は買い取って貰えますか?」
「グラントクラーケンにヘビーモンクだと。腐った物じゃなきゃ当然買い取るよ」
カウンターに座る男は一瞬驚きを見せたが、ロザリアンヌを馬鹿にするような返事をする。
考えてみれば当然と言えば当然だ。
この国にはまだマジックポーチの様な収納袋は存在していないだろうし、あったとしても時間停止機能が付いているかどうかは疑わしい。
となると、海辺の街でも鮮度が重要視される食材を、こんな村に持って来られる人など居ないだろう。
ロザリアンヌはマジックポーチの存在を知られるのはどうかと考えたが、この国のましてやこんな外れの村で知られた程度で何があるとも思えなかった。
この先二度と立ち寄るかどうかも分からない村だ。
ロザリアンヌは「これなんですが」とカウンターの上にグラントクラーケンとヘビーモンクの切り身を出して見せた。
「驚いたな。収納スキル持ちか。良いだろう買い取らせて貰う」
「収納スキルですか?」
「違うのか?高位の魔術師が持っている事があると聞いていたが、あんたは高位の魔術師には見えんな」
この大陸の魔術師の中には収納スキルを持っている人が居ると聞いて、ロザリアンヌは少しだけ安心した。
これからはマジックポーチの仕様を自重しなくて良いという事だ。
しかし収納のスキルがあるなどロザリアンヌの居た大陸では聞いた事も無い。
だとしたら当然この大陸のステータス事情はウィンラナイとは違うと考えられる。
そうなるとこの大陸ではロザリアンヌのステータスに関しても何か変わる事があるのだろうか?
色々と疑問が浮かんだがステータスをチェックできる方法を知らない以上考えても仕方ないと諦め、手持ちの多い食材を少しだけ買い取って貰った。
「この村の名産を知りたい。何かあるか?」
買い取りを済ませているとレヴィアスがカウンターの男に聞いてくれた。
「こんな田舎の村に名産なんてあると思うか?旅の商人も滅多に立ち寄らない村だ」
「折角の肥えた土地をどうして活用しない」
「畑を耕すのにも人手がいるだろう、なのにこの村の若い奴らは村を出て行くばかりだ。残った者ではこれが限界という事だ」
ロザリアンヌは農作業の事などに詳しくないが、魔道具の普及もそんなにないだろうこの国ではこれが限界なのかと納得する。
しかしそれが悪循環になっているのだとも思う。
名産も無い村だから商人も足を運ばず若者が街へと出てしまう。
そして働き手となる若者がいないから畑を広げる事も名産品を作る事もできない悪循環。
いずれは限界集落となり過疎化して行くのだろう。
ロザリアンヌは話を聞いて前世で自分が育った町を思い出し、身につまされる思いがして胸がギュッとなった。
ロザリアンヌがどうにかしたいなんて大それたことまでは言わないが、何か手助けができればと考えた。
せめてこの村が少しでも賑わう様な知恵を貸せればと。
そして自分のマジックポーチの中にブドウとリンゴがあるのを思い出し、それを発芽させ苗にする事はできないかと考えた。
ブドウやリンゴならこの土地でも育ちやすいだろし、加工する事も可能だし何よりお酒が造れる。
ロザリアンヌはその苗と知恵を提供し、その先はこの村の人達がどうするか決めれば良いだろう。
ただの自己満足で終わってしまうかも知れないが、それでも前世で育った町とは違う未来が見られる希望を持ちたかった。
ロザリアンヌは冒険者ギルド内の隅を借り、目立たないようにブドウとリンゴの苗の練成を試みる。
時間を早めるイメージに病気をせずに元気に育つイメージで錬成して行く。
錬金道具を使わなかったのに、まるで魔法でも使ったかのように思った以上に簡単に錬成できた。
どちらの苗も10本ずつ用意できたところで錬成を止め、カウンターに居た男の人にいずれ実がなったら加工もできる事を教え、村の名産にすると良いだろうと話し手渡した。
信じるか信じないか、実行するかしないか、それを決めるのはこの村の人達だ。
この村にずっと関わっている事ができない以上、この程度の事しかできないのだとロザリアンヌは割り切り冒険者ギルドを後にした。
思いっきり呼び止める声が響いていたが、それを無視して村の外へと急いだ。
『私間違ってるかな?』
行動する前にレヴィアスに確認すべきだった疑問をロザリアンヌはそっと口にした。
『思う通りにするが良い。私は見守り手助けをするだけだ。だが、結果は必要ないのだろう?ならば気に病むな、関わり過ぎるのも彼らの為にはならない』
ロザリアンヌはレヴィアスに自分の考えを肯定された気がして、心からホッとした。
「帰ろうか」
ロザリアンヌはそう言うとレヴィアスと手を繋ぎ、隠れ家へと転移したのだった。




