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沖から見たトーガの街は夜だった事もありとても美しかった。
そう高くはなさそうな緩い山の斜面に段々畑の様に家が並んでいて、その家々の灯りがクリスマスツリーのイルミネーションを連想させた。
魔道具の灯りではないらしく、明るすぎる事無くロウソクの灯りが揺らめく様に瞬くのがまた幻想的でもあった。
「綺麗だね」
ロザリアンヌが船の上から街の明かりを眺めていると、いつの間にか魔導船は港へと着き使節団や乗客が次々と船を降りて行く。
ロザリアンヌも慌ててその列に並び船を降りると、みんなは既に泊まる宿が決まっているらしく迷いなく歩いている。
「私達はどうしようか?」
ロザリアンヌは街に着くのが夜になるとは思ってもいなかったので、先に立てていた予定が狂っていたのでキラルやレヴィアスに意見を求めた。
「宿に泊まるの?」
「少なくとも街の散策は無理だろうな」
当初の予定では街を散策し、この大陸に絶対あるだろう冒険者ギルドにて冒険者登録する予定だった。
この世界が前世のロザリアンヌの記憶を参考にしているならば、この中世ヨーロッパ風大陸は間違いなくファンタジーの定番世界だろうと考えていた。
そうとなれば、冒険者ギルドは定番中の定番だ、絶対に無い訳がない。
「それじゃ私達も先に宿を探しますか」
ロザリアンヌはこの街の情報を得る為にも宿に泊まる事を決め、船から降りた人達の後をついて歩き出した。
そして繁華街の中に建つ何軒かの宿に散らばる様にして吸い込まれて行く人影を追いかけ、ロザリアンヌもそのうちの一軒へと入り受付前で順番を待った。
「いらっしゃいませ、お泊りですか?」
カウンターに立ち受付をしているのは人の良さそうなおばちゃんだった。
「三人なんですが泊まれますか?」
「部屋は空いてますが、うちは前金制なんですよ。お一人様5000ダルーになります」
ロザリアンヌはお金の単位を聞いて頭を捻る。当然と言えば当然だったのに、今まで考えてもいなかった通貨の違い。
「えっと、ギリで払えませんか」
ロザリアンヌは自分が持つお金を出して見せるた。
「困りましたねぇ、家では両替はやっていないんですよ」
「えっと、じゃあどこでなら両替をして貰えますか?」
ロザリアンヌはこの国の通貨を手に入れるべく、必死に食い下がる。
少なくともこの街で使えるお金が無い事には、明日に予定をずらした街の散策ができなくなってしまう。
折角港町で流通の盛んな街なのだから、魚介類だけでなく珍しい食材も手に入るとロザリアンヌは考えていた。
それにこの国の特産や珍しい食べ物など、楽しみにしていた事は山ほどあるのに、そのどれもこれもはお金が無い事にはどうしようもない。
「今の所領主様がこの街の商人ギルドに任せていますが、この時間ですともう閉まっているかも知れませんね」
「行ってみます、場所を教えてください」
ロザリアンヌは宿のおばちゃんに商人ギルドの場所を聞き、宿を出ると急いでその方角へと走った。
そして見つけたそれらしい建物には人の気配も無く、扉も固く閉ざされていた。
仕方ないかとロザリアンヌは諦める。
Sランクダンジョン攻略の時に用意していた泊まり込み用のグッズがあるので、最悪野宿はできる。
それに明日になれば商人ギルドで両替して貰えるのが分かっただけでも良いだろうと考えていた。
「どこかテントを張れそうな所を探そうか」
そう言って振り返ると、何軒か先にその建物を見つけた。
剣と盾の看板を大きく掲げた、多分冒険者ギルドだろう建物。
商業ギルドは閉まっているが、まだ煌々と明かりを灯している。
そして隣に併設されている多分飲み屋と思われる店からは大勢のざわめき声も聞こえている。
ロザリアンヌは冒険者ギルドに登録して、海で倒した魔物を売ればどうにかなるかと考えた。
「やっぱりあの冒険者ギルドに行ってみよう」
キラルもレヴィアスも既に返事も無くロザリアンヌに付き従っているだけなのが気になり、もしかして疲れているのかと心配して二人に声をかける。
「どうしたの?疲れているならギルドは明日にするよ」
「僕は大丈夫、気にしないで」
「ああ、この地の魔力は少し違う様なので順応させるのに手間取っているだけだ」
ロザリアンヌはまったく感じていなかったが、精霊であるキラルとレヴィアスはこの地の魔力の違いが身体に馴染んではいない様だった。
「それって本当に大丈夫なの?」
「問題ない」
「そうだよロザリーももしかしたらもっと魔力量が増えるかも知れないよ」
ロザリアンヌはこの地の魔力の違いが、ロザリアンヌ自身にも変化を及ぼすと聞いて少し驚いた。
「そうなの?」
「ああ、この地の魔力は濃度が濃い様だ」
「その分魔物も活発かもしれないのが心配だね」
ロザリアンヌはキラルとレヴィアスの説明に、大陸によってそんな事まで違っているのだと初めて知った。
ただ単に大陸ごとに世界観が変わるだけで、他の事にあまり違いは無いと思っていた。
「魔力濃度が違うと何か他に変わる事はある?」
「そうだねぇ、ロザリーの魔法の威力も強力になるかもね」
「その分魔物に警戒されるかも知れないな」
「警戒されるって、私を怖がって逃げ出すとか?」
「雑魚ならばそうだろうが、強敵となると海の魔物の様に逆に寄ってくるかもしれないな」
ロザリアンヌは思ってもいなかった事を聞き、驚くよりも何故か少しワクワクし始めていた。
「ドラゴンにも会えるかしら」
ファンタジーで定番のドラゴンやフェンリルやミノタウルスとかケルベルスなんて強敵がいるかも知れなくて、そしてそんな強敵と戦える力をロザリアンヌは手に入れている。
だとしたら戦ってその素材を手に入れたいと考えるのは、錬金術師として当然だよねとロザリアンヌは考えていた。
「街の中に居ないのは確かだな」
「じゃあ、その情報を貰う為にもキルドへ行きましょう」
ロザリアンヌはキラルとレヴィアスの返事も待たず歩き出していた。




