120
出航の日か決まったロザリアンヌは尚更に忙しく準備を進めていた。
次に行く大陸は中世ヨーロッパ風の文化レベルだと聞いていたし、船が着く国は未開の地も多いという話だった。
なので何となく食事事情にまったく期待が持てないと感じ、ロザリアンヌは料理を錬成できる練成鍋の改良に力を入れていた。
何しろ材料さえ揃えれば失敗も無く料理が錬成されるのだから、ロザリアンヌにとって最も便利なのは確かで、唯一の難点と言えば他の人には何故か使えないので、練成鍋を商品化できない事だ。
今までは鍋と言うだけあって煮込み料理が専門だったので蒸し料理はともかく、焼き料理や揚げ物と言った料理は作れなかった。
まぁ最悪揚げ物は油さえあればどうにかなるのでそれはともかく、焼き料理は魚や肉を焼くだけの話ではなく、ピザにグラタンにクッキー等のお菓子まで幅が広いので是非とも作れる様にしたかった。
そうしてどうにか作りあげたのが結局オーブンだった。温度調節もできる優れ物。
しかし魔道具のオーブンと違う点と言えば、材料を揃えロザリアンヌの魔力を流すだけでできあがるというチート性能な点だった。
そして何故かオーブンで揚げ物も作れる様になっていて、本当に便利仕様だった。
後は少しでも多くのレシピを増やすだけだと、キラルを伴ってあちこち食べ歩いた。
お陰で料理だけでなく、お菓子やデザートまでかなりの数のレシピを手に入れた。
何なら醤油に味噌に酢に油、それからソースにマヨネーズにケチャップといった調味料まで作れるようになっていた。
なので今は食材や香辛料といった材料を買い漁っている所だ。
何しろ次の地ではどんな食材が手に入り、何が無いかまったく予測ができなかったから。
「ねえロザリーさすがに買い過ぎじゃないか」
キラルと二人で市を見て回りながら、珍しい香辛料や食材を見つけると買い占めて歩いていた。
そんなロザリアンヌをキラルはさすがに止めに入った。
「旅先でどうしても食べたくなったものができた時に我慢できる?キラルが食べないで我慢できるなら別に良いよ、私も我慢すれば良いんだから」
ロザリアンヌは転生して来てから感じていた思いを、心の限りキラルにぶちまけていた。
前世でお気に入りだったスナック菓子の数々に、コーヒー専門店のあの複雑で美味しい味。
有名なお店のシュークリームにケーキなどのスウィーツ等々、どんなに願っても今は食べる事も飲む事もできないもどかしさを我慢しているのに、ロザリアンヌはこれ以上食事レベルを絶対に下げたくはなかった。
「分かった分かった、僕が悪かった」
キラルは両手を上げ降参のポーズをとると、その後も大人しく買い物に付き合ってくれた。
そうして旅立つ準備が着々と進む中、レヴィアスが不穏な知らせを持ち帰った。
今度の視察団はまたもやジュリオが先頭に立つらしいが、今まで同行していたマークスは結婚の準備が忙しいだろうと外され、その代わりにユーリとゼルファーが同行する事に決まったと言うものだ。
ロザリアンヌはその知らせを聞き思わずポカンと口を開けてしまった。
魔法学校を卒業したのだから当然恋愛イベントから解放されたと思っていたのに、何故にここでまたユーリの名を聞く事になるのか。
あの時きっぱりと断っているからこれ以上の進展はないだろうが、何だか色々と腑に落ちない思いでいっぱいだった。
そして何よりロザリアンヌは今さらユーリと顔を合わせづらかった。
航海が何日続くのかは分からないが、考えるだけで本当に気が重くなってしまう。
「やっぱり交易船に乗せて貰うのは失敗だったかも」
そう言って落ち込むロザリアンヌに、キラルは会心の笑顔を向けてくれた。
「大丈夫、ロザリーが望まない事からは僕が守ってあげるから」
ロザリアンヌの落ち込んだ気分は途端に回復する。
「だいたい奴らは特別室だ。向こうから接触して来ない限りそう簡単に会う事も無いだろう。気にするな」
レヴィアスも対処法を教えてくれるので、ロザリアンヌは少し心が軽くなった。
「そうだよね。だいたいあの人達とは全く関係ないし、構え過ぎるのも良くないよね」
ロザリアンヌは口ではそう言いながらも、船上では認識阻害を使い絶対に接触を避けようと心に決めた。
そうしていよいよロザリアンヌは旅立つ日を迎えた。
ロザリアンヌは朝早くから目覚め、そしてドキドキとワクワクで地に足が着いていない思いだった。
カトリーヌ達の出迎えに路線魔導車乗り場まで行き、兄達と到着を待った。
兄達は既にマジックポーチを買えるほどに稼げるようになっていたらしく、一家の引っ越し荷物は兄達が渡したマジックポーチで済んだ様だった。
ロザリアンヌはそんな報告でさえも嬉しくて仕方なかった。
そしてカトリーヌ達を出迎えるとその足で今度は港へと向かった。
慌ただしいようだったが、時間の都合上そうしなくてはロザリアンヌの出航に間に合わなかったのだ。
「大丈夫だとは思うが身体を壊すんじゃないよ」
ソフィアが心配して声をかけると、何故かキラルが「任せておいて」と返事をする。
「元気でな。無理をするんじゃないぞ」
「そうよ帰りたくなったらいつでも帰ってらっしゃい」
オットーとソフィアはそれぞれ抱き付きながら別れの挨拶をする。
「まあ頑張れよ」
「いつか俺達も行くから情報をよろしくな」
兄達は素っ気ない言葉で元気と勇気をくれた様だった。
「ロザリーの留守は私に任せて」
「そうそう、ロザリーの留守は私が預かるから」
リリーとダリアは大人びた挨拶をするが、本気で錬金術師になるとでもいうのだろうか?
ゆっくりと話はできそうもないので、結果は今度帰った時の楽しみにしようと心に仕舞った。
「みんなありがとう、みんなも元気でね」
ロザリアンヌはそれだけを言うと、魔導船へと乗り込んだ。
そして程なくして出航する魔導船の上から家族に向かって手を振った。
速度が段々と上がって行く中、どんどんと小さくなる家族の姿にロザリアンヌはいつまでも手を振り続けた。
今度家族とこうして揃って顔を合わせるのはいつになるだろう。
寂しくなる気持ちを抱えそんな事を考えながら、ロザリアンヌは次の大陸へと旅立ったのだった。
これにて第1章完結です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
明日からは新章が始まりますが、大陸によってガラッと変わった冒険を予定しています。




