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「キラルはどう思う?」
なかなか会話に参加して来ないキラルに不自然さを感じ、ロザリアンヌがキラルの方へと顔を向けると、キラルは真っ青な顔で立ち竦んでいた。
「どうしたのキラル」
ロザリアンヌは思わず声を掛け、キラルの両肩に手を置いた。
「ああそうだ、僕はどうして忘れていたんだろう」
いつもの口調とは全く違うキラルは崩れ落ちるように膝を突き、お墓に向かって謝るように涙を流し始めていた。
ロザリアンヌがびっくりして動けずにいると、レヴィアスがキラルに寄り添うようにしゃがみそしてキラルの背に手を置いた。
「思い出したのか?」
キラルはレヴィアスの問いに返事をする代わりに姿を変え始め、そしてレヴィアスと並んでも遜色のない成長した美精霊の姿になっていた。
「そうだ、僕がエリスをここへ眠らせたのだった。エリスの死があまりにも悲しくて、僕はここへエリスを眠らせて、そして自分の記憶を封印したんだ」
「封印とはまた思い切った事を」
「そうだよ僕自身の本体をここへ封印したんだ、エリスと永遠に一緒に居る為に」
「ちょっと待って、言ってる事が全然分からないわ。本体って何よ?封印ってどういう事よ?じゃあ今までのキラルは偽物だったって事?キラルはどうなっちゃうの?」
ロザリアンヌは突然成人の精霊体となった光の精霊も、そしてレヴィアスと光の精霊との会話もまるで他人事の様で、キラルが居なくなってしまった様に感じて不安しかなかった。
「まあ落ち着け。コイツの話を聞くのが先決だろう」
レヴィアスに窘められ、ロザリアンヌは腑に落ちない気持ちを抱えながらも口を慎んだ。
「エリスは本当に疲れ切って弱り切ってそして絶望したんだ。僕の言葉にも耳を貸さない位にね。そして生まれ変わって新たに大賢者と出会う事を願いながら死んでいった。あの時の僕はエリスに対してはてんで無力だった。何もできなかった。何より拒まれる事が怖かったんだ。だからエリスが亡くなった後僕はこの場所を見つけ、ここにエリスを眠らせた。結ばれなかった大賢者とまた未来で出会える事を願ってね。でもこんな気持ちを抱えたまま、僕は生まれ変わったエリスに出会う勇気を持てなくて、僕の記憶をここへ封じたんだ」
キラルはここに封印していたすべての記憶を思い出したのか、まるで懺悔でもする様にロザリアンヌとレヴィアスに聞かせていた。
そもそも属性精霊は一属性に一体だけと決まっている。
なのに精霊の本体となる記憶と力ごとこの場に封印してしまったから、光の精霊は何度も分身体での生まれ変わりを繰り返す事になったのだろう。
だから記憶を持たず、完全な力をつける事も無く何度も何度も。
しかしロザリアンヌはそれを聞いても何も言う事ができなかった。
光の精霊の言葉から、初代聖女様や光の精霊に何があったのかは推測できる。
しかしその気持ちはどんなものでどれ程だったのかは、きっと簡単には理解できないだろと思ったからだ。
大賢者様と初代聖女様が愛し合っていたのは分かる。
しかし光の精霊の持つ感情がどんな愛だったのか、ロザリアンヌが簡単に考え口にして良いとは思えなかった。
そう思うと今目の前にいる光の精霊は、キラルではなくなってしまったのだとロザリアンヌにも理解できた。
そして今までずっと一緒に居たキラルにはもう会えないのかと思うと、ロザリアンヌの瞳には涙が溢れ始めていた。
「ロザリーどうしたの?」
光の精霊は今までと変わらずにロザリアンヌを気遣ってくれる。
「私の事をまだロザリーと呼んでくれるのね」
目の前の光の精霊はもうキラルじゃないのだと思いながらも、ロザリアンヌの名前を呼んでくれた事が嬉しかった。
思わず抱き付きそうになるが、光の精霊の姿を見て躊躇する。
「当たり前じゃないか、記憶は取り戻したけれど僕はキラルのままだよ。それに僕はロザリーはエリスの生まれ変わりだと信じているから、これからも何も変わらないよ」
今までと変わらずにキラルだと言ってくれた事が心から嬉しかった。
そしてロザリアンヌの前世はこことは別の世界の人間だというのに、初代聖女様だと信じると言い切るのを聞いて何故か否定する事もできず、不思議だけれど心でおかしさに似た物を感じ始めていた。
「ありがとうキラル。そう言ってくれると私も嬉しいわ」
「あれっ、もしかして信じてないね。ロザリーがこの場所に辿り着いた事こそがエリスの生まれ変わりだって言う何よりの証拠だよ。僕が言うんだから間違いないよ。あっ、そうか、この姿だから不安になったんだね。大丈夫、今キラルの姿に戻るね」
そう言うとみるみるうちにキラルの姿へと戻り服を着ると、キラルはすっかりと元気を取り戻している様だった。
「封印が解けて記憶が戻ったお陰で僕も変幻自在さ。それに魔力も能力も取り戻したから、これからはもっと僕を頼って良いよ。今度こそ僕は絶対に君を守ってみせるから」
幼さの残る元のキラルの姿なのに、すっかりと大人びた口調で話すキラルには少し違和感を感じた。
「変幻自在って?」
「ロザリーが望むなら、僕はロザリー好みの成人の姿にもなれるけどどうする?」
「いやいやいや、突然は不自然過ぎるから。私もきっと慣れないから」
ロザリアンヌは成人したキラルの姿にも凄く興味を惹かれたが、レヴィアスにも正直まだ慣れ切ってはいないので咄嗟に断っていた。
何と言うか、キラルに急に口説かれた様な気分になり照れてしまったのだ。
精霊相手に口説かれた様な気になり、ドキドキするなんて恥ずかしい。ホント考えられない。
ロザリアンヌは何かふしだらな事をしでかしたような気分になり、少しの罪悪感と多大なる背徳感を抱いていた。
「それは残念だな。今ならロザリーを口説ける気がするのに」
姿とはまったく似つかわしくない声音で、キラルはロザリアンヌに追い打ちをかけて来る。
「おい、その位にしておけ」
真っ赤になって俯くロザリアンヌに、レヴィアスが助け舟を出してくれた。
「レヴィアスありがとう。キラルってば調子に乗らないの。そんな風だと絶交だからね」
ロザリアンヌはホッとすると心を落ち着け、レヴィアスにお礼を言ってからキラルに釘を刺した。
いつもこんな調子でいられたら、ロザリアンヌの心臓が持ちそうもない。
(男の人に迫られた事も無いというのに、精霊に揶揄われるなんてどうなの)
ロザリアンヌは今更ながら自分の人生経験の少なさを呪っていた。
「分かったよ、降参する。でも約束は覚えてくれているよね?折角だからここでお茶して行こうよ」
「賛成!」
ロザリアンヌとキラルとレヴィアスは聖女様に手を合わせてから、綺麗な花に囲まれたとても美しい東屋で優雅にお茶を楽しんだ。
勿論初代聖女様の分のお茶も淹れ、初代聖女様がキラルの楽しそうな様子を見て喜んでくれる事を願いながら。
「ところで聖女様の生家って話はいったい何だったの?」
「あの街に生家はあったよ。でも僕は関わっていないからどうなったかは分からないよ」
「噂とは得てしてそういうものだ」
「噂ほどあてにならない物は無いって事か」
でもと思う。行動したからこの場所を見つけられたのだと。
初代聖女様に何があったかは詳しくは聞けないけど、キラルの為にも知りたいと思っていた願いはきっと届き叶ったのだろう。
ロザリアンヌは良かったと心から満足していた。
それから念のために新たに結界を張り直すと、来た時同様飛びながら夕暮れが迫るモーリスの街へと戻ったのだった。