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家に入るとロザリアンヌは、ほわほわの温かい気分で上がったテンションのままお土産を披露した。
「お母さんとお父さんには私が作ったポーションだよ。これはね疲れた時に飲むと元気が出るヤツで、これは化粧品の代わりに肌に塗ると良いって評判のヤツで、これはお腹が痛くなった時に飲むと良いヤツで、これはどこか痛いときに飲むと痛みが和らぐらしいよ」
「ロザリーってばお薬屋さんみたい」「ロザリーってばお薬作ってるの?」
「お薬だけじゃなくて色んなもの作ってるんだよ」
「色んなものじゃ分かんない」
「そうよ他に何作ってるの?」
ロザリアンヌは他にと聞かれ正直困った。
マジックポーチや妖精の羽は家族にも見せちゃダメだとソフィアにきつく言われていた。
かと言って武器や防具といったものを説明しても仕方ないだろうし、爆弾や煙球といった攻撃アイテムなんてもっと興味が無いだろう。
そう考えると家族に自慢できるような物を何一つ作れていない事に気が付いた。
みんなに喜んで貰える便利な物を作っている気になっていたが、家族が喜ぶ様な物を何一つ作れていない。
「今考えている所なんだ、リリとダリはどんなのを作ったら良いと思う?」
リリーとダリアを纏めて呼ぶときはつい縮めてしまうのは家族全員がそうだった。
「良く分かんない」「聞かれても分かんない」
ロザリアンヌは当然そうだよねと納得してしまう。
そもそも錬金術がどんなものかの理解も薄いのに、何ができるか等分かる訳も無かった。
カトリーヌはそんなロザリアンヌ達のやり取りを、黙って見守るようにニコニコしながら聞いているが、錬金術師になるのを嫌い家を出たカトリーヌの心の中までは、ロザリアンヌには計り知れなかった。
「そんな事よりリリーは聖女様になりたい」
「ダリアも聖女様になる」
「なんで急に聖女様?」
「だって聖女様は偉大な人だって教会で教えてくれた」
「そうだよ、光の精霊にとても愛された清らかな乙女なんだって」
「リリとダリは教会へ文字と計算を学びに行ってるのよ」
最近になって平民にも教育をと言う国の方針により、教会が学校の様な役目を果たしているそうだ。
もっとも国が方針を変えたのも、教会がそれに協力しているのも、すべてはロザリアンヌが動いた成果だと言う事は殆どの人が知らない。
ジュリオの考え方を変え、教会や貴族達の隠していた闇を暴いたお陰だと言う事は当のロザリアンヌも知らなかった。
教会学校は常時来る人を拒まず、希望者は大人も子供も関係無く無料で習えると言う事で、かなりの希望者がいるらしい。
リリとダリは文字が読めるようになり、教会にある本が読めるのを楽しみに通っているそうだ。
そしてその中にある聖女様伝記にかぶれたのだろうとカトリーヌは説明してくれる。
「それにね、聖女様の生家がこの街の近くにあったんだって」
「今でも子孫がひっそりと暮らしているんだって」
「ええぇっ、聖女様ってこの街の生まれだったの?」
「そうだよ知らなかったの」「ロザリーってば知らなかったんだ」
「でもねその家がどこのどの家かは分からないんだって」
「分ったらダリアも行ってみたいのに残念」
それってもしかして、何かしらの結界が使われているって事なのかとロザリアンヌは考えた。
そこまでして守られていると言う事は、何か大事な物が隠されているかも知れない。
初代聖女様に関する何か重要な物が・・・
ロザリアンヌはそう思いつくと、何故か急激に初代聖女様の生家を探したくなった。
『初代聖女様の生家探してみようか?』
『僕は賛成ー』
『付き合っても良いが、あまり期待するなよ』
キラルは簡単に賛成してくれたが、レヴィアスはロザリアンヌを自制させたい様だ。
『分かってる。ただ聖女様に何があったか知れるかも知れないでしょう』
ロザリアンヌは帰省の目的から少し外れ、明日の予定を決めていた。
「それでロザリーは今夜はどうするの?」
カトリーヌがいきなり話を変えてきたので、ロザリアンヌは慌てて返事をする。
「お客様も一緒だから、宿を取ってあるの」
「そうなのね。でも夕飯は一緒に食べられるのよね?」
「えっと、キラルとレヴィアスはどうする?」
ロザリアンヌは咄嗟にキラルとレヴィアスに聞いていた。
「僕はみんなと一緒に食べたい!」
「私はどちらでも構わない、おまえが決めろ」
「なんでだよ、レヴィアスもみんなと一緒に食べた方が楽しいだろう」
「キラルおまえは馬鹿か。こういう時は家族水入らずにさせる方が良いに決まっているだろう」
レヴィアスにピシャリと言われ、キラルは途端にしょぼくれる。
「あらあら、そんな事仰らないで一緒に食べてくれると私も嬉しいわ」
「ほら見ろレヴィアス。お母さんだってこう言ってるじゃないか」
「誰のお母さんだ、まったくおまえは」
「ロザリーのお母さんなんだから、僕のお母さんみたいなもんだろ」
人前だと言うのに、珍しく言い合いを始めるキラルとレヴィアスに驚き過ぎて、ロザリアンヌは口を挟む事もできなかった。
「それじゃあ今夜は久しぶりに腕によりをかけるわね」
「あっ、私も手伝います」
ロザリアンヌは席を立ったカトリーヌを見て我に返り、慌ててカトリーヌの後を追う。
「じゃあリリーはお客様の相手をする」
「うんダリアに任せておいてー」
張り切って立ち上がるリリーとダリアに少々不安を感じたが、ロザリアンヌは聞こえない振りをした。
そしてロザリアンヌはカトリーヌと母と娘だけの時間を過ごし、キラルとレヴィアスはリリーとダリアに賑やかな接待を受けながら父親であるオットーの帰りを待った。
そうして本当に賑やかな食事を済ませ、楽しいひと時を過ごしたロザリアンヌは、帰って来て良かったと心から感じていた。
ロザリアンヌが勝手に感じていたわだかまりの様なものは、何一つ無くなった様な気がしていた。
「ロザリアンとはバラを育てる人の事を言うんだが、ロザリアンヌの名前はバラの様な美しい花を咲かせて欲しいと言う願いからつけたものだ。これからも美しく気高いバラの様な心を育てて行って欲しい」
「そうよ、女の子が生まれた嬉しさで私達二人で一生懸命考えたのよ」
突然のオットーの話に、ロザリアンヌは少しだけ驚いた。
オットーが饒舌に喋るのを初めて聞いたからだ。
そして自分の名前の由来を聞き、初めてオットーとカトリーヌ二人の愛情を実感して、ロザリアンヌは泣きそうな程心がギュッとなる。
「私の名前はどんな意味があるの?」「私の名前はー?」
リリーとダリアの相変わらずの賑やかさに、ロザリアンヌは思わず笑みがこぼれていた。
「それはまた後でな。それよりも幼いロザリーを手放してずっと心配していたんだ。こんなに大きくなっていて俺は嬉しくて仕方ない」
「そうよあの時はロザリーが何が何でも錬金術師になりたいって言うし、お母さんも是非弟子が欲しいって言うし、私達に選択肢は殆どなかったわ」
「それにロザリーは生まれた時から不思議な子だったしな」
「そうそう、まったく手がかからないから逆に心配したわ。でもそんなロザリーが初めて言った我儘だもの、本当は手放したくなかったけど泣いて帰って来るだろうと思ってお母さんに預けたのよ。それが何だか立派になって、本当に驚いているのよ」
ロザリアンヌは両親の思いを打ち明けられ、これが自分の今の家族なんだとしみじみと思う。
「そうだぞ、お義母さんから毎月の知らせと仕送りが無かったら迎えに行ってたかもしれないな」
「そうそう、ロザリーのお給料は私達が預かっているけどどうする?今渡した方が良いの?」
「えっと、それはお父さんとお母さんが取っておいて。私魔法学校を卒業したらしばらく旅に出るの。そうしたらそう簡単に帰れなくなるし、親孝行もできないからその代わりだと思って」
「そうはいかないわ、ロザリーが頑張って働いたお金よ。ロザリーが好きに使いなさい」
「そうだぞ、旅立つなら尚更だろう」
ロザリアンヌは仕方なくポーションなどの売り上げでそこそこ儲かっていると説明し、お金には困っていないとオットーとカトリーヌを説得した。
必要無いのならリリーとダリアの為に使ってくれと言うと、漸く納得してくれた様だった。
ロザリアンヌは何となく、実家に帰って来た目的は果たされた様な充実した気分でいた。
そうして家族と賑やかに過ごしたロザリアンヌは、後ろ髪を引かれる思いで夜が更ける前に宿へと向かうのだった。




