11
「新たな精霊が目覚めた様よ」
ウィルの知らせを受けてアンナは安堵と喜びの表情を見せていた。
新たな精霊とはロザリアンヌに新しく宿った光の精霊の事で、アンナもとても気にしていたのだ。
「思っていたより早かったわね」
森の泉へ水を汲みに行くお礼として魔導書を一つプレゼントしていたが、アンナは精霊の目覚めを記念して別の魔導書もプレゼントする気だった。
「あれをプレゼントするの?」
「勿論よ、無属性魔法にはまだまだ可能性があると思っているわ。それにロザリーならきっと使いこなしてくれる筈よ」
アンナは自分の考えは間違っていないとばかりに自信ありげにウィルに答えていた。
ウィルが光の精霊としての格を落とされただの精霊となった時から、アンナは無属性となったウィルの可能性を考え始めていた。
そしてその可能性を世に知らしめるべく、魔法の開発と無属性魔導書の作成に特に力を入れていた。
「それに私にはロザリーを守らなくてはならないという使命ができてしまったしね」
アンナは新たに産まれた光の精霊を、ロザリアンヌに押し付けた様な格好になってしまった事に少なからず責任を感じていた。
精霊に愛されやすい子だと分かった時から、アンナは新たな光の精霊の宿主はロザリアンヌしかいないと思い込んでしまったのだ。
その結果自分と同じ運命をたどる危険が生じる事を分かっていながら、精霊に愛されたロザリアンヌが歩む自分とはまた別の新しい未来を見たくなってしまったのだった。
アンナは魔法学校在学中にある予知夢を見た。
自分が光の精霊を顕現させるためだけに聖女となって教会に生涯縛られ続ける未来。
またそれに反発し、貴重な光属性の魔法を王家のために使わせようと考え、王太子妃として王城に縛り続けようとする未来。
そしてまた光の精霊を取り合っての教会と王家の大人達の水面下での醜い争い。
聖女候補と言うジョブを与えられてから見始めた予知夢にアンナは怯えた。
しばらくは否定し続けていたアンナも、本科生になり正式に聖女のジョブを与えられると、自分に対する教会の対応も王家の対応も変わった。
その事でアンナは、毎夜の様に見る夢が事実であると受け止めざるを得なくなった。
それから悩み心を病みかけたアンナを支えてくれたのがウィルだった。
ウィルに支えられ気力を取り戻したアンナは決断も行動も早かった。
ウィルと二人だけで進む未来を考え、魔導書の作成と言う分野を密かに学び、聖女と言うジョブを捨てる為に魔法学校での行動はすべて放棄した。
その結果1年足らずで教会からも王家からも怒りを買い、見事に魔法学校を追い出される事になったがアンナは後悔はしていなかった。
光の精霊を奪う為に密かに処刑される事も国を追われる事も無く、ただ魔法学校から追放されただけだったのは逆に有難いと考えていた。
もっともそんな事が万が一行われようものなら、きっとウィルが力になってくれただろうとは思っていた。
それに今はどこからの干渉も無く暮らせているのでアンナには何の問題は無かった。
ただ今回光の精霊を宿したロザリアンヌに同じ体験をさせない為にアンナも手を尽くそうと考えていた。
光の精霊を宿したものにしか使えないとされている貴重な光魔法の数々を、ウィルが格を剥奪される前に既に魔導書として作成していた。
アンナにはまだ使えなかった光魔法の魔導書も、やがてはロザリアンヌの力を借りて作れる様になる。
光魔法の魔導書が販売されていると知られれば、例えロザリアンヌが光魔法を使っていてもすぐに光の精霊と結び付けられる事は無いだろう。
だからロザリアンヌが人前で光の精霊を顕現させる事さえしなければ、きっと自分の時の様にバレる事も利用される事も無いだろうと安心してはいた。
しかしロザリアンヌが宿した光の精霊が目覚めたとなると、その辺の事をしっかりと念を押しておかなくてはいけないとアンナは考え始めていた。
アンナは急ぎロザリアンヌに会って話をしなくてはと考え、錬金術店を訪ねた。
「こんにちは、すみませんロザリーは居ますか?」
「ロザリーなら今錬金室に籠ってるよ。呼ぶかい?何なら入ってくれて構わないよ」
アンナはソフィアの了承を得て、ソフィアに案内され錬金室へと入る。
「ロザリーお客さんだよ」
「ああ、はい、もう終わります」
アンナがソフィアの肩越しに部屋を覗くと、ロザリアンヌはポーションを錬成している最中だった。
ロザリアンヌの作業が終わるのを待って挨拶をする。
「ごめんね忙しい時にお邪魔してしまって」
「大丈夫です。もう終わりました。でも珍しいですね、アンナさんが訪ねてくるなんて」
「新たな光の精霊が目覚めたってウィルから聞いて、大事な話があって」
ロザリアンヌは精霊ってそんな事も分かるのかとちょっと驚きだった。
「でも今はまた私の身体の中に入っちゃいました。また後で紹介しますね」
「ええ、それより大事な話があるのだけど、今話しても良いかしら?」
アンナは光の精霊を宿した事の危険性を説明し、他の人に悟られない様にとロザリアンヌに注意する。
しかしそれはロザリアンヌもゲームの知識として理解していたので、もう既に気をつけようと考えていた事だった。
「気遣ってくれてありがとうございます。十分に気をつけます」
ロザリアンヌがそう返事をするとアンナもホッとした様子で安心していた。
「それよりロザリーが錬成している所を初めて見たけれど、何だか掌の先が光っていてスゴイって思っちゃった。何を錬成していたの?」
「そんな大層な物じゃないですよ。錬金術の練習で作ってる解毒作用と体力を回復させる作用があるポーションです」
「解毒ってどんな毒にも効くのかしら?」
「どうだろう、私は自分で試した事が無いので分からないです。でもどうしてそんな事聞くんですか?」
「ああ、えっと、私の母の病気をね、お医者さんは長年身体に溜まった毒素が悪さをしているんだろうって言うんだけど、何の毒なのかは分からないみたいなの。だから薬もあまり効かなくて・・・」
ロザリアンヌはこの世界にも原因の分からない病気があるのだと知った。
回復魔法もあって、薬やポーションの技術もかなり発達している筈なのにやはり病気に苦しむ人は居るのだと。
「効くかどうか分かりませんが、体に害はないと思うのでこのポーション試してみますか?」
効果が薄くても副作用の心配は無いし、少なくとも体力は回復してくれるだろうとロザリアンヌは今作ったばかりのポーションを差し出した。
「そうね、折角だから試させて貰うわね」
アンナもあまり期待もせずに気軽に受け取り家へと帰った。
そして気休め程度に考えて母親に飲ませると、みるみるうちに顔色を良くして行った。
いつも体調が悪そうに怠そうにしていて、何より表情が暗く塞ぎ込んでいる事が多かった。
でも今はすっかり治ったという訳では無いのに顔色が良くなり表情が明るくなっている。
アンナはそれだけで嬉しさで涙が溢れそうだった。
「何だか久しぶりに気分が良いよ」
アンナは母の言葉に涙が溢れた。
いくら薬を飲んでも良くなる気配が無く、ひどく悪くなる事は無かったがもうこんな表情を見られる事は無いかも知れないと諦めていた。
もしかしたらロザリアンヌの練成には何か特別な力があるのかも知れないと、さっきの様子を思い出し考えていた。
それが光の精霊を宿した影響だとすると、やっぱりロザリアンヌに出会い光の精霊と出合わせた事は間違いじゃ無かったと、アンナは心から思うのだった。




