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リリーとダリアに連れられて来たのは商店街にある肉屋で、ロザリアンヌも幼い頃に良く食べていたコロッケが人気の店だった。
「ここが良いの?」
「ここのメンチカツが美味しいの」「ハムカツも美味しくて好きなの」
考えてみたらロザリアンヌも転生してから、何処かで外食をするなんて一度もした事が無かった。
贅沢と言えば惣菜店の惣菜か肉屋の揚げ物がいい所で、唯一のご馳走みたいなものだ。
メイアンにはお洒落なカフェなどもあったが、ロザリアンヌはこのモーリスにカフェやレストランがあるかどうかも分からなかった。
リリーとダリアもきっとそういう店に縁が無くて知らないのだろう。
「どうせだから食べた事ない物を食べようよ」
「食べた事ない物?」「どんな食べた事ない物?」
「食べた事ないから私にも分からないよ。でも楽しみだよね」
「僕も楽しみー」
何故かキラルが喜びの雄たけびを上げていた。
ロザリアンヌは肉屋を通り過ぎ、少し歩いた所に小さな喫茶店を見つけそこに決めて中へと入る。
趣がある作りの喫茶店内はけして騒がしくしてはいけない雰囲気で、ロザリアンヌ達は揃って緊張した。
ロザリアンヌも前世ではそれなりに外食の経験もあったが、昭和レトロな純喫茶はよく行っていたファミレスやファストフード店とは明らかに雰囲気が違った。
メニューを見て何を頼むか悩み、緊張しながら揃ってナポリタンを食べ、ロザリアンヌとレヴィアスはコーヒーを、キラルとリリーとダリアはクリームソーダを飲んで漸く寛いだ。
しかしやはり何と言うか、子供要素が多いこのメンバーではとても落ち着く気分にはなれず、食べ終わると早々に店を出た。
「美味しかったね~」
「でも緊張したー」「うん緊張したー」
「緊張したけど美味しかったね」
ロザリアンヌも前世以来のナポリタンにとても感激していた。
お皿が鉄板プレートだったのも、味付けがちょっと濃い目で薄い卵焼きが乗っていたのもポイントが高い。
次は是非フルーツあんみつかフルーツパフェに挑戦したいと考えていた。
「コーヒーがとても美味かった」
レヴィアスはコーヒーが気に入った様で、珍しく感想を言っている。
その後ビジネスホテルの様な宿屋を見つけ、ロザリアンヌ達は取り敢えず1週間の予約をし、実家へと戻る事にした。
そして道々でロザリアンヌはリリーとダリアから家族の近況を聞いていた。
兄二人はロザリアンヌがソフィアに弟子入りした後すぐ、同じ様に仕事を見つけ独立したらしい。
だから今実家は父と母とリリーとダリアの四人で暮らしているのだと言う。
「そっか、お兄ちゃん達にも会いたかったな」
3つ上の兄とはあまり思い出と言う思い出もないが、2つ上のチイ兄ちゃんとはいつも一緒だったからそれなりに思い出もあった。
もっとも今まであまり思い出す事も無かったのだから、子供だったとは言え自分の薄情さ加減に嫌気がさす。
それにこの世界にはまだテレビやネットやスマホなんていう個人使用の便利な物は無く、電話と似た物はあるが当然富裕層にしか普及していない。
会いたいと思った時にすぐに会える訳でも無く、直接声を聞く事も連絡する事も叶わない世界のもどかしさをロザリアンヌは今初めて感じていた。
「多分会えるよ」「きっと会えるよ」
「ロザリーが帰ってるって知ったら帰ってくるんじゃないかな」
「そうそうきっと顔を出すんじゃないかな」
「どこか他の街に行ってるんじゃないの?」
「ううん、この街に居るよ」「この街に居るんだよ」
「そうなのか、家を出たって言うから何処か別の街に行ったのかと思ちゃった」
「ロザリーてっば変なの」「ロザリーってば勘違いなの」
いや、だって普通独り暮らしって聞いたら別の街に行ったって思うよね?
一人暮らしする為だけに家を出るって、考えもつかなかったんだから仕方ないじゃない。
確かにあの実家は狭いし、一人暮らししたいと思う気持ちは分かるけど…
双子の同時攻撃は何気に地味に効き目があり、ロザリアンヌはじわじわと打ちのめされる。
しかし5年ぶりに会った双子は本当に良く成長した様で、幼い頃に面倒を見ていたロザリアンヌとしては嬉しくもあった。
思い起こせばここに居た頃のロザリアンヌは、あまり喋らない子供だった。
兄の言う事を黙って聞き、幼い双子に振り回される毎日で、それはそれで今思えば賑やかで楽しい毎日だったと思う。
なのにあまり思い出す事も無かったのはきっと、それ以上に錬金ができる毎日が充実していたのだろう。
自分はやはり生まれ変わっても物作りがしたかったのだと、ロザリアンヌは改めて感じていた。
「それよりお土産があるんだよ、お父さんとお母さんが帰って来たら渡すね」
「ええっ、お土産あるの?」「やったー、お土産楽しみー」
「お父さんとお母さんが帰って来たらって言ってるでしょうー」
足早になった双子を追いかけながら家に帰ると、母であるカトリーヌが帰って来ていた。
家の前に居たカトリーヌは「良かった、やっぱりロザリーだったのね」と言いながら駆け寄って来る。
リリーとダリアが見慣れない人達と喫茶店に入ったと教えてくれた人が居て、カトリーヌは慌てて帰って来たのだと言う。
誰が見かけたのか知らないけれど、キラルとレヴィアスが一緒だったから不思議に感じたのだろうが、わざわざカトリーヌに知らせるって本当に昭和の時代の様だ。
それにしても久しぶりに会ったカトリーヌは少し老けた感じもするが、昔より疲れた様子が見えない事が幸いだった。
「ただいまお母さん」ロザリアンヌが改めて挨拶をすると「お帰りなさい。元気そうで安心したわ」と抱きしめてくれた。
産まれて初めて心から母親の温もりを感じた気がして、ロザリアンヌは照れくさい様な嬉しい様な不思議な気分になっていた。