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路線魔導車の中は観光バスの様な座席形式だったので、ロザリアンヌとキラルが並んで座り、レヴィアスはロザリアンヌの後ろの座席に座る。
暫くすると、大きながま口の様なカバンをお腹の前で抱えるようにぶら下げた車掌が乗り込んで来て、ロザリアンヌ達に行先を聞いて来た。
「どちらまで?」
「モーリスまでです」
車掌はがま口カバンを開くと「一万ギリね」と言うので、ロザリアンヌは「三枚お願いします」と三万ギリを渡し切符を三枚受け取った。
魔道具が発達しているのにICカードの搭載も無くワンマンでもない路線魔導車に、ロザリアンヌは少しばかり感動していた。
(昭和レトロみたい…)
そして路線魔導車が発車し街の外を走りだすと、辺りの景色もだんだんと昭和レトロ感が漂い出す。
メイアンの街の中ではあまり感じる事も無い日本様式や日本の風景だったが、街の外はそうではないらしい。
そう高くない山が近くにあったり森や竹林が見えたり、田園や畑の広がる様子は本当に長閑で、昭和初期の田舎にでも迷い込んだ気分だった。
時期的に少し寂しいが、新緑の季節や稔りの季節に紅葉の季節はもっと美しいのだろうと思っていた。
ロザリアンヌがメイアンの街を目指して歩いていた時は、ただただ父の後を付いて行くのに夢中で景色など気にする余裕も無かった。
それが今はこうして路線魔導車の座席に座り、ゆったりと景色を楽しんでいるのだから人生とは本当に分からないものだ。
(帰りは上空からの景色も楽しんでみようかな)
ロザリアンヌはメイアンまでの帰りは妖精の羽を使い飛んで帰る事を考えながら、流れゆくとても長閑な景色を楽しんでいた。
そして途中6つの停留所を経由して、2時間弱でモーリスへと着いた。
モーリスの街はメイアン程大きくは無いが、それでも街というだけあってそこそこに大きかった。
特にモーリスは商人達の中継地点とされる街でもあり、近隣の町や村からの農産物も集められるのでメイアンとはまた違う賑やかさのある街だった。
ロザリアンヌの実家は街の外れの方にある。路線魔導車を降りたロザリアンヌ達はゆっくりと歩き始める。
5年も街を離れていたし、幼い時の記憶頼りなのであまり自信が無かったが、結構覚えているもので足は自然と家へと向かっていた。
賑やかな商店街を抜け、高級住宅や一軒家が並ぶ地域を抜け、長屋の様な集合住宅街が建ち並ぶ地区へと辿り着く。
ロザリアンヌの家はこの集合住宅の中でも比較的新しい場所にある。ただしそれだけ奥まってもいた。
「ただいま」
ロザリアンヌは一瞬玄関前で立ち止まり、呼吸を整える様にしてからドアを開け家の中へと声を掛ける。
家の中はキッチンに風呂トイレと部屋が2室という、あまり広くもない作り。
ロザリアンヌが家を出るまでは、ここで7人で暮らしていたのかと思うと尚更に狭く感じた。
「あっ、ロザリーだー」「ロザリーお帰りー」
ロザリアンヌの4歳下の双子の妹が揃って顔を出した。
「ただいま。他のみんなはどうしたの?」
「みんな仕事だよ」「私達はお留守番です」
留守番と言っているが、ロザリアンヌがそうだったようにきっと家事をしているんだろうと思った。
ロザリアンヌが10歳でメイアンに行くまでは、二つ上の兄とロザリアンヌが妹たちのお守りと洗濯や掃除といった家事をしていた。
貧乏子沢山の家では当たり前の事で、この集合住宅街にはそんな家が結構あった。
ロザリアンヌはキラルとレヴィアスに妹たちを紹介する。
「この子達は私の妹で、リリーとダリア」
「初めまして」「姉がお世話になってます」
「僕はキラルよろしくね」
キラルがニコニコの笑顔で挨拶をするが、レヴィアスは素っ気なく「レヴィアスだ」と名乗るだけだった。
「お昼ご飯は食べたの?」
ロザリアンヌは仕方なく話を変える。
「えっと、まだ…」「何を食べようかって言ってたの」
仕事に出かける父も母も朝は忙しく、家に残る者のご飯の心配まではしない。
だから家にある物を適当に食べて済ませるのは以前から変わっていない様だ。
「たまには外で食べようよ。今日はお客さんも一緒だし、どこか案内してくれる?」
「えっ、良いの?」「やったー!」
ロザリアンヌはリリーとダリアを連れて、また街中へと戻る事にした。
あの家には泊まれないので、ついでにどこか宿屋を探そうとも思っていた。
久しぶりの実家は懐かしいというより、貧しかった頃を思い出して気分が少し重くなって行く様だった。
「ロザリー何を食べるの?」
声を掛けられ振り返ると、キラルのキラキラな笑顔が輝いていた。
精霊は本来食べなくても良い筈なのに、キラルはいつも本当に美味しそうに楽しそうに食べる。
余程食事が楽しみなのだろう。何気にお茶も語っていたし。
そしてロザリアンヌは、キラルの笑顔で重くなっていた気分をすっかり明るくしていた。
「リリ、ダリ、何食べたい?今なら何でもご馳走するよ」
「ホントに何でも良いの?」「お金大丈夫?」
「大丈夫よ。今日はこのお兄さんがご馳走してくれるわ」
ロザリアンヌは咄嗟にレヴィアスに振った。何となくではあったが、双子にロザリアンヌがお金を持っているとは知られたくなかった。
「お兄さん?」「おじさんじゃなくて?」
レヴィアスは一瞬ロザリアンヌの顔を見て不服そうに「おじさんとは誰の事だ?」と聞いて来たが、「ああ良いぞ。なんでも好きなだけ食べると良い」と話を合わせてくれる。
ロザリアンヌはそんなレヴィアスに頼りがいを感じ、この際だからレヴィアスに財布を預け気が大きくなって散財しないように気をつけようかと思うのだった。




