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「すみません、卒業まで学校を休んでも問題ないようでしたら、一度実家に帰りたいのですが宜しいですか?」
「おまえの実家はこの街にあるのじゃないのか?」
「いえ、錬金術店は祖母の家で、私の実家はモーリスにあります」
「微妙な距離だな」
この国は街と街の間に前世でいうところの路線バスの様な魔導車が走っていた。
このダンジョン都市メイアンとモーリスの間にも当然路線魔導車は走っていたが、移動距離にして2時間ほど掛かる。
それに料金的にもそこそこの金額を必要とするので、平民が気軽に通える距離ではなかった。
「そうだな、あの自動翻訳機をもう10台ほど作ってくれ。その制作日程として登校を免除する」
結局自動翻訳機のレシピの交渉はソフィアに任せる事にしたが、ロザリアンヌの作る分は買い取ってくれる事になっている。
ユーリはその自動翻訳機の作成をするという名目で、あっさりと登校を免除してくれた。
ロザリアンヌとしてはお礼を言うべきだと思いながら、正直まだ実家へ帰る決断ができておらず微妙に戸惑ってしまった。
もともと希薄な家族意識の上、5年も離れて暮らしていた手前どんな顔をして帰って良いか迷っていた。
しかし決断をユーリに委ねたのだから、帰るしかないだろうとロザリアンヌは心を決める。
ロザリアンヌの返事が遅れた事をユーリはどう受け取ったのか、話の流れを変えるように話しかけた。
「そう言えばジュリオが驚いていた。精霊が人間に化ける事ができるとは知らなかったとな。もしかしてキラルは光の精霊か?」
思ってもいなかったユーリの問いかけに、ロザリアンヌは目の玉が飛び出る程驚いてしまった。
いきなりボディーブローの攻撃にでもあったかのように息も詰まる。
口をパクパクさせるロザリアンヌにユーリは平静に話し続ける。
「おまえが精霊を宿しているのではないかとずっと疑念を抱いていた。しかしジュリオから話を聞いて漸く納得がいった。ああ安心しろ今さら誰に話すつもりもない。ただ私は本当に肝心の事は何も見えていなかったのだと反省しただけだ。見ているとおまえも反省の多い人生を送っている様だが、後悔をする事の無い人生を送れ。何を悩んでいるか知らないが、折角実家に帰るのならもっと明るい顔をしろ」
ユーリに指摘されロザリアンヌはそれ程に暗い顔をしていたのだと思い知る。
詳しい理由を知らないユーリはそれをどう受け取ったのだろうか?
複雑な家庭事情があると勘違いされたかもしれない。
けしてそんな事は無くて、ただ単にロザリアンヌの気持ちの問題なのにきっとユーリに気を遣わせてしまったのだろう。
「ありがとうございます。ただ長く顔を合わせていないので、どんな顔をして帰れば良いか分からなくて」
「深く考える必要などないだろう。たとえどんなに離れていようが家族という絆でさえ繋がっていれば問題ないものだ。だいたい子供が親に遠慮などする事は無いと思うぞ。親に心配かけるのも孝行の内だと私の祖母が言っていたしな」
ユーリがロザリアンヌを励まそうとしているのは充分に伝わって来た。
「そうなんですか?」
「俺も親になった事が無いので良く分からんが、気負い過ぎるな。おまえはすべて一人で完結しようとするきらいがあるが、もっと人を頼っても良いと思うな。まして親なら子供に頼られるのは嬉しい筈だ」
前世での私は、誰かに何かを相談する事など殆どなかった。
すべて自分一人で考え、自分一人で決め、そして自分一人で行動してきた。
それが失敗だろうが成功だろうが、誰に何を言われる事も無く。
例え誰かに何かを言われたとしても、だからどうした関係ないだろうとさえ思う事もあった。
それがきっと当然のように心にも身体にも沁みついていたのだろうか?
ユーリに指摘され初めて自分がその様な人間で、その癖がいまだに抜けていないのかと考える。
しかしロザリアンヌになってからは、かなりアンナを頼りにしていたし、ソフィアに相談する事もあった。
なのでユーリに指摘されるほどかと考えてしまう。
だが指摘されると言う事はやはりそういう事なのだろうと、ロザリアンヌは取り敢えずユーリの言葉を飲み込んだ。
「実家へ帰ったら少しは両親に甘えてみます」
「ああそうすると良い。自動翻訳機の事は頼んだぞ」
「分かりました」
ロザリアンヌはユーリと別れると、キラルとレヴィアスに確認する。
「少しの間実家へ帰るけど、キラルとレヴィアスはどうする?」
「僕は絶対にロザリーと一緒に行く!」
「私も興味があるので付いて行くとしよう」
キラルもレヴィアスもロザリアンヌに付いて来るらしい。
「でも家族になんだって説明しようか?」
「弟子仲間なのだ別に構わないだろう」
「でも家は狭いから、二人を泊める事なんてできないし」
「連れて行きたくないと言っているのか?」
「そうじゃなくて・・・」
「旅の予行演習とでも考えろ。宿に泊まるかあの隠れ家を使うかすれば良いだろう」
レヴィアスに言いきられ、ロザリアンヌはキラルとレヴィアスを連れ里帰りをする事を漸く決意するのだった。




