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「それで師匠、折り入ってご相談があるのですが」
「何だい、また畏まって」
「別の大陸へ行ってみようかと思っているのですが、お許しいただけますか?」
ロザリアンヌは単刀直入に切り出した。
本当なら何故そう考えたか、どうして行きたいか、もっと詳しく説明した方がいいのだろうが、まさか大陸の守護者に会い願いを叶えて貰う為だなんて話はできない。
もっともらしく錬金術の修行をしたいというのでは少し嘘くさくなってしまう。
修行をしたいという理由だけなら、ソフィアにはまだまだ学びたい事が沢山ありここを離れたくない。
それに魔法学校卒業後は、錬金術店の経営なども教えて貰う事になっていた。
一番それらしい理由を上げるとすれば、まだ見ぬ素材を手に入れて、錬成できる物の幅を広げたいといったところだろうか。
ロザリアンヌは理由を口にした方が良いのかと迷っていると、それより先にソフィアが口を開いた。
「ああそうだね、もっと知見を広げるのには私も賛成だ。行っておいで。ただし無茶はしないように。おまえは時々状況も考えず突っ走ってしまう傾向があるから気をつけな。それが周りにどんな影響を及ぼすか分かったもんじゃない。私はそれだけが心配だよ」
心配しているというより、とても優しく穏やかな眼差しで見詰められ、ロザリアンヌの少し緊張していた気持ちも解れていく。
「師匠ありがとう」
ロザリアンヌはもし反対されたらという気持ちもあったので、あっさり許して貰えた事に安堵し感謝しか口にできなかった。
「大丈夫だフォローなら私がする」
何故かレヴィアスが自信あり気にソフィアに答えると、キラルまで「僕に任せて」と言い出していた。
「ちょっと待って、それじゃまるで私が問題児みたいじゃない」
ロザリアンヌがレヴィアスに反論するが「その通りだろう」と返されて、ロザリアンヌは少し悔しい思いをする。
しかし自分でも多少は自覚はあったので、仕方ないかと諦めた。
「ロザリーこれだけは言っておくよ。別に何かを成し遂げられなくても、帰りたくなったらいつでも帰っておいで。けして無理をする事は無いからね」
ソフィアは突然真剣な面差しでロザリアンヌとレヴィアスに割って入った。
「はい」
あまりに急に言われたので、ロザリアンヌは咄嗟に反応できず返事をするしかできなかった。
しかし徐々にソフィアの言葉が心に沁み込んで行くのを感じていた。
帰る場所というのはきっと、待っていてくれる人が居ると言う事なのだとロザリアンヌは思っていた。
ソフィアがこうして待ってくれていると思えば、それだけで頑張れそうな気がした。
「とにかく卒業までにしっかりと準備をする事だね」
「ああそれなら国が持つ他国の情報は貰える事になっている。安心しろ」
レヴィアスが得意気に言うが、多分ジュリオとの話し合いの中で貰える事になったのだろうと察した。
「でもそれって、この国が交易を始めた先限定だよね?ここの他に大陸は6つもあるのよ。どこへ行くかまだ決めて無いのに気が早いんじゃないの」
ロザリアンヌとしては何と言うか、守護者が解放するつもりだった順番通りに冒険するとは決めてはいなかった。
既に6つ全部の大陸を開放してあるのだから、どの順番で回ろうが関係無い筈だ。
だとしたら、この国が交易を始めた国を優先に廻る必要もないし、第一視察団等の後を追ったら追ったで面倒くさい事を押付けられそうで避けたかった。
その為のロザリアンヌ専用の魔導船や魔導艇だと思っている。
要するにロザリアンヌは、どこの大陸を冒険するかは自分の意志で決めたかったのだ。
「だが魔動力飛空艇ができあがるのは多分まだ先の話だ。卒業までに急がせて魔動力船が手に入るかどうかもギリギリだろう。おまえがそれより早くに旅立つ気なら、次の交易船に乗せて貰うしかないぞ」
「そうなの?私はてっきりすぐに手に入るものかと・・・」
「そう簡単に作れる物なら誰も苦労などしないだろう」
そう言われれば前世でも車にしても船にしても飛行機にしても、部品がやたらと多く作るのに時間が掛かると聞いた事がある。
魔道具として作るにしても同じ様に、部品一つ一つを作り上げ組み立てる作業も大変なのだろうなと察する。
この際だから錬金術を使って部品を作る位の手助けを申し出てみようか?
でもそれはプロとして頑張っている人達に失礼か?
それに多分色んな機密も絡んでいるだろうし、半端に関わるのはまた何か問題が起こりそうだしな。
「ロザリー、時間に余裕があるのなら一度カトリーヌに顔を見せて来てはどうだい。別の国へ旅立つとなったらまたしばらく帰れなくなるだろう。一度元気な姿を見せて来な」
あれこれと思い悩んでいたロザリアンヌに、ソフィアは実家に帰れと言って来た。
正直すっかり忘れていた。父の事も母の事も4人の兄弟の事も。
自分がいかに薄情と言うか、この世界の家族に対してもまったく愛着が無かったか、言われて初めて気が付いた。
そう言えば前世での家族の事もあまり思い出す事も無かった。
親より早く死ぬという一番の親不孝をした私だが、父も母も妹も悲しんでくれただろうか?
たまには思い出してくれたりするのだろうか?
自分が家族に対して薄情なのに、そんな事を望むのは間違っているのだろうか。
ロザリアンヌはそんな反省に似た憂鬱を抱え、せめてこの世界では同じ過ちはしたくないと思う。
しかし自分がこの世界の家族にできる事って何かあるだろうかとも考える。
ロザリアンヌはそれを確かめる為にも、一度実家に帰った方が良いのかと思い悩む。
「ユーリと相談してみる。登校免除になる様なら、しばらく実家に帰ってみるよ」
ロザリアンヌは何となく実家に帰る事の決定をユーリに委ねていた。




