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ロザリアンヌはとうとう自動翻訳機を作り上げる事に成功した。
翻訳作業を進めるにあたり異国語の発音に注意を向ける事で、実に当たり前で簡単な事実に気が付いたのだ。
ロザリアンヌは言語理解スキルのお陰で自動で脳内変換しているので違和感を感じなかったが、良く聴けば相手は確かに異国語を喋っている。
逆にロザリアンヌは異国語を喋ろうと思えば苦労せずに喋れている。
初めからもっと簡単に考えて、相手の口から発する音声を魔力を使って変換すれば良いだけだったのだ。
思念を変換するだなんて実に難しく考え過ぎていただけだった。
翻訳した辞書を使って、トランシーバー型の翻訳機を作り上げた。
勿論片耳イヤホンを装着するタイプで、比較的小さく軽くしてある。
相手の放った音声をトランシーバー型の翻訳機が拾い自動で翻訳し、それを音波にしてイヤホンから耳に届けるといった感じ。
折角翻訳した辞書を錬成に使ってしまったのでユーリには申し訳ない気もしたが、どう考えても自動翻訳機の方が喜ばれるだろうと意気揚々とユーリを訪ねた。
「失礼します」
「翻訳作業が終わったのか?随分早かったな」
「いえ、終わったのは終わったのですが、実はこれに作り替えてしまいました」
ロザリアンヌはユーリの執務机の上に自動翻訳機を置く。
「これは?」
「自動翻訳機です。これを片方の耳に嵌め、これのこのスイッチを入れれば、相手の話が理解できる様になります」
ロザリアンヌは自動翻訳機の使い方をユーリに説明する。
「ほほう、それは随分と便利そうだな。だがこれ一つでは相手の話を聞く度に付け替えねばならないのじゃないか?」
ロザリアンヌはユーリに突っ込まれ初めてそこに気が付いた。
会話を成立させるためには最低でも二台は必要だったと顔を青くする。
複製したいところだが、翻訳した辞書は錬成に使ってしまったためもう無い。
材料が揃わなければ複製ができないのだから、先に翻訳した辞書をコピーし部数を増やしておくべきだったと深く反省した。
またもや練成する事に意識が行きすぎて夢中になり、他に考えが及ばなかった事を反省し、何度同じ失敗を繰り返せば良いのかとロザリアンヌは自分を呪いたくなった。
「えっと、辞書をまだお借りしていても良いですか。急いでもう何台か揃えます」
「悪いな頼んだぞ。しかしその自動翻訳機は本当に便利そうだ。これからの交易も捗る事になるだろう、期待しているぞ」
ロザリアンヌはユーリに褒められたことが意外にも新鮮で、何だかちょっと嬉しくなった。
「ありがとうございます」
「それで、その自動翻訳機とやらはやはり魔道具としても作れるのだろう?だとしたらレシピの用意も頼む、魔道具部門に高く買わせよう。これからかなりの需要が見込まれるだろうしな、おまえの言い値を聞いておこう」
ロザリアンヌはいきなりの交渉に戸惑った。
今までロザリアンヌが錬成した物のレシピの値段を決めたり交渉するのはソフィアに任せていた。
なのでロザリアンヌにいきなり決めろと言われても、相場なんて想像もつかないし考えた事も無かった。
練成品の値段を決めるのなら素材の価値や購入価格から計算できるが、レシピの値段ってどう決めるんだろう?
そしてああそうだとふと思いつく。別にお金じゃなくても良いのだと。
レヴィアスは浮遊魔法の交渉に魔動力船や魔動力飛空艇を要望していた。
だとしたらそれに見合ったものなら、交渉の材料になるのだろうと。
「大賢者様の汚名をすすいでください。大賢者様の冤罪の証拠は手に入れてあります。過去の王様や貴族達がいったい何を考え何をしたのか、今はその件に関わった人達は誰も存在してませんが、せめて大賢者様がダンジョンでどれだけ苦しみ亡くなったか、その事実は公表して欲しいです」
レヴィアスが何かを考え計画を進めているのは感じている。
ロザリアンヌはそれが復讐で無い事を祈っていたので、レヴィアスの代わりに交渉してみようと考えた。
それにもしかしたら、レヴィアスも自分が考える計画に戸惑いや悩みもあり計画が実行されないのではないかとも思っていた。
「伝記ではどこかに姿を消したと言う事になっているのじゃなかったか?なんだその汚名とか冤罪とか、少なくとも私はそんな話は聞いた事が無い。第一おまえは何でそんな話を知っている?」
「Sランクダンジョンでアンデッド化した大賢者様と戦いました。その時に大賢者様に宿っていた闇の精霊が、過去に何があったのか話してくれました」
ロザリアンヌはSランクダンジョンでレヴィアスと戦った時の事を話した。
「俄かには信じられんな・・・」
ロザリアンヌは交渉した相手が失敗だったかと溜息を吐く。
考えてみれば、そもそもあの連判状に名前があった王家や貴族の末裔にしか通じない話だったのだ。
広く世間一般には大賢者様の名前すら忘れ去られ、ユーリが言った様に伝記では知らぬ間に姿を消した事になっていて、冤罪で追われた事も、ダンジョンに逃げ込んだ事も記録に残されていない。
しかしレヴィアスにとってはけして過去の出来事ではない。そこが問題なのだとロザリアンヌは考えていた。
今さら過去の人間に生き返り謝れと言っても無理だし、自分の先祖のしでかした罪を抱え教会に寄付を続ける子孫達に償えというのも何か違う。
だからせめて過去にあった事実をすべて公表し、大賢者様の苦悩を世間に知らしめることで、レヴィアスの抱えた思いが少しでも晴れればと思っていた。
「王家に確かめてみてください。事実ですよ」
曲がりなりにもジュリオも王家の一員だ。ユーリがジュリオに確かめれば事実かどうかは確認出来るだろう。
しかしその結果はあまり期待できないだろうと、ロザリアンヌは既に落胆していた。
そしてレヴィアスに内緒で勝手に交渉した事を叱られるだろうかと思いながら、ロザリアンヌは部屋を出た。




