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「えい、えい、えい」
ロザリアンヌは目の前でプルプルと動いている、バレーボール程の大きさのスライムにしゃもじを振り下ろす。
初めは木の棒で叩いていたが、狙いを外す事も多くどうしたものかと考えていた時に家の納戸で見つけた物だ。
しゃもじと言っても業務用なのか大きさはバトミントンのラケットより少し小さめ。
もしかしたらロザリアンヌがしゃもじだと思っているだけで別の何かかも知れないが、スライムはその体内にある核を壊せば簡単に倒せるので、スライム対策に丁度良い物を見つけたと喜んで使っていた。
スライムはダンジョンの掃除屋とも言われどこのダンジョンでも生息しているが、この薬草ダンジョンに居るスライムはこちらから攻撃しない限りプルプルと移動するだけなので無害だった。
しかしロザリアンヌには理由があり、今はそのスライムを倒すのに夢中になっている。
ロザリアンヌはフロア内に居た13匹のスライムを次々と効率よく倒すと、次はフロア内に生えている薬草の採取を始めるのだった。
このメイアンの街は大陸中に散らばっていたダンジョンを、とある大賢者の秘術により一カ所に集め国が管理し始めてできたダンジョン都市だった。
9つのダンジョン塔を囲うようにして、探検者が住まう住居地区・各種商業施設が建ち並んだ商業地区・魔法学校に騎士学校、学術大学といった専門学校や研究施設のある学業地区・主に貴族達やその関係者が住まう貴族街地区・ダンジョンの管理を含めた行政を執り行う施設や王城がある政府管轄地区と、切り分けられたシフォンケーキの様な形に区分されていて、ロザリアンヌは商業地区の一画にある錬金術師の祖母が営む錬金術店に祖母と二人で住んでいた。
ダンジョンは貴重な素材を提供してくれるだけでなく、探検者や騎士や魔法使い達のレベル上げにも活用される有難い場所と認識されてから、国はそこに利権が絡む事の無いように、そして安全に攻略できるようにと考えて手を尽くし管理するようになった。
全部で9つあるダンジョン塔の中にはダンジョンの出入り口が階層ごとに並べられている。
そしてそのそれぞれに推奨探検者ランクが設けられ、入場許可を持たない者は入れない仕組みになっていた。
探検者は自己の情報が細かく記録された魔石が嵌め込まれた探検者カードをダンジョンの入り口にある魔晶石に触れさせる事で、入場許可を得ている者だけがそのダンジョン内へと転移できた。
転移先で他の探検者とかち合う事の無いようにするためか、それとも長時間無理をしてダンジョンに籠るのを防ぐためか、その広さは1つの階層を幾つかの程よい広さに分割されていた。
そしてダンジョンに入る人数によっては幾つかを結合させるので、広さも変わる仕組みになっている。
そのため目的によっては何度も出入りする事を余儀なくされ、人気のダンジョンともなると次に入るのにも大分並ぶ事となっていた。
だが考えようによっては、大荷物を抱え何日もかけて階層深くまで潜る事無く好きな階層をいつでも探検できた。
その上ダンジョンで得た魔物のドロップ品や採取した素材を確実に持ち帰る事ができたので、時間効率や安全性を考えると概ね評判は悪くはなかった。
ただ根っからの冒険を希望する探検者も存在し、実際攻略が進んでいないダンジョンもあったので、ダンジョンの攻略を進める高位ランクの探検者は探検家と呼ばれ敬われていた。
魔法学校や騎士学校に所属する学生は、卒業後は国に仕えるか探検家になり新たな階層の攻略を進める事を義務付けられる事になるが、その生徒の殆どは貴族の子女だった。
故に魔法学校生徒も騎士学校生徒も自身にプライドを持ち勉学に励む優秀な人材が揃う場所でもある。
というのが【プリンセス・ロザリアンロード】という乙女ゲームの冒頭の説明にあった。
ロザリアンヌが向かう先は、通称薬草ダンジョンと呼ばれる草原フィールドの浅い階層なので、まだ探検者ランクの低いロザリアンヌでも簡単に攻略できて、そう混み合う事も無くいつでも入れた。
そしてそんなまだレベルも低いロザリアンヌには誰にも言えない秘密があった。
それはロザリアンヌが転生者だという事だった。
多分産まれた時から前世の記憶は持っていた、しかしこの世界が【プリンセス・ロザリアンロード】という乙女ゲームの世界だという事実に気付いたのは最近になってからだった。
ゲームの中で主人公は幼少期に精霊に導かれ光の魔法を顕現させ、それを嬉し気に母に報告する事でやがて国に知られる事になる。
結果聖女候補として平民としては珍しく魔法学校へ奨学生として招かれ、そこで攻略対象の王子や近衛騎士候補に賢者候補に英雄候補達と知り合いストーリーが進んで行く。
まあ、言ってしまえばありきたりでお決まりのストーリーだったので、あまり夢中になる事は無かったが、折角買ったゲームだからとそこそこには楽しみ、一応スチルもサブストーリーもエンディングもすべて回収した。
中でも特に夢中になったのは、ダンジョン攻略での自分のレベルを上げる作業だった。
ダンジョンを周回しながらレベルを上げるのも、宝を手に入れるのも本当に楽しかった。
攻略対象相手の好みに合わせたステータスに調整するのが一番の攻略法だったので、自分の全てのステータスをMAXにまで上げて相手に隙を見せず、何なら全股攻略よと息巻いていたのを覚えている。
しかし【プリンセス・ロザリアンロード】が現実となったら到底受け入れられるストーリーではなかった。
攻略対象の男達もゲーム内での攻略対象者だったから多少は熱を上げる事もできた(容姿と声は好みだった)が、現実には血筋が良いだけの王子と結ばれて一生窮屈な王城暮らしとか、正義感が強いだけの脳筋近衛騎士候補や参謀タイプの賢者候補に、間違いなく亭主関白気取りそうな俺様英雄候補などと結ばれるなどまっぴらごめんだ。
だいたいがどいつもこいつも既に婚約者がいるというのに、主人公に現を抜かすなどもうその時点であり得ない。
仮に一夫多妻が許されるお貴族様だろうが、絶対に我慢できない風習だった。
現実問題いくら経済的に問題無いとは言え、そんな誠実さに欠けた男と結ばれて他の女と男を共有する人生は、本当に幸せなのかって話だ。
たとえ誰とも結ばれないトゥルーエンディングだったとしても、聖女となって一生世界の安寧を祈りながら教会で暮らすなどもっと嫌!!
もっともバッドエンディングで魔法学校を追い出されるという方法もあるが、それは自分の人生に傷がつく様で我慢できない。
と言うか、在学中ステータスも上げずにダラダラと過ごして何が面白い。
ただでさえ短い青春時代を男に振られるために無駄にするなど考えたくもない。
折角転生できたのだから誰かに選ばれ縛られる人生ではなく、自分の思った通りに自由で気ままな人生を自分の手でつかみ取りたいと息巻いたが、あいにくロザリアンヌは主人公ではなかった。
多分・・・。
しかしこの際そんな事は関係ない、この世界が私の知っている【プリンセス・ロザリアンロード】の世界だとしてもロザリアンヌにはやりたい事があった。
それは錬金術師になる事だ。
そもそも前世では小学生の頃から刺繍や編み物にビーズ細工にパッチワークといった手芸を幅広く趣味に持ち、18歳で革細工工房に就職し30歳を過ぎてからDIYも始めるぐらいに物作りが好きだった。
何なら工業用ミシンに電動工具を扱うのもお手の物だ。
そして生前に一番楽しんだのは錬金術師が主人公のシリーズにもなっているゲームだった。
あくまでもゲームだが、毎シリーズごとに錬金方法が変わるのも楽しかったし、素材を手に入れる為に冒険するのも楽しかった。
自分の思い描く便利な物が作られるって妄想するだけで本当にワクワクした。
だから実際に錬金術師という仕事が前世の世界にあったなら、間違いなく錬金術師になっていたと思う。
錬金術は究極の楽しさとワクワクをくれる仕事なのは間違いないと今でも思っている。
だからこの世界に錬金術師という職業が存在するのなら、絶対になりたいでしょう錬金術師!!
そう思っていたら自分の祖母がこのダンジョン都市で錬金術師として暮らしていると知った。
母が言うには頑固で厳しい人らしいが、10歳になったロザリアンヌは祖母と一緒に暮らしたいと両親を説得した。
だってそんなに長くダンジョン都市で錬金術師を続けているというのなら、絶対に高名な錬金術師に違いない!
平民で兄弟も多く生活もそう裕福でない両親は、祖母が了承するやいなや即座にロザリアンヌを手放した。
祖母は歳を取り自分の知識を誰かに受け継がせたいと考えていた事もあり、錬金術師になりたいというロザリアンヌを弟子を取ったかのように受け入れ、殊の外可愛がってくれている。
だから当然ヒロインが進めるであろうストーリーとはまったく関係無く、この世界で人生を気ままに送るのだと決めている。
でも折角だからゲームの知識は大いに活用させて貰い、ダンジョンの攻略もする。
だってダンジョン攻略は楽しいし、錬金に必要な素材も手に入るから。
10歳になったばかりのロザリアンヌは今日も一人密かに張り切って、錬金術師となるためにダンジョンへと足を運ぶのだった。
TOブックスさんよりこの作品の書籍が7月19日に発売されます。
かなり加筆しているので、結構読み応えのある少し印象の変わった作品になっていると思います。
特典のSSも分からないながら自分なりに力を入れ
書籍版2作品、電子書籍版1作品、TOブックスさん予約特典として1作品の全4作品書いてみました。
下のサイトより予約できます。是非お手に取って読んでいただけると幸いです。
https://tobooks.shop-pro.jp/?pid=186257459
よろしくお願いします。