第6話 わたしは悪役令嬢?
「ブレイヴレオン〜!!」
エドワードとの楽しい週末明けの初日。
わたしは授業を終えた放課後になってすぐに校舎裏にある倉庫を訪ねていた。
元々は物置小屋であり、荷物が押し込まれていた場所なのだが今日からブレイヴレオン専用の部屋になった。
理由としては彼と同じ飼育小屋にいた他の人の使い魔が怯えてしまってストレスを抱えていると苦情があったからだ。
困ったわたしが学園側に相談して、急遽この場所を手配してもらった。
しかし、今はそんなのどうでもいい!
「どうやったらセリーナさんからエドワードさまを取り返せるの!!」
半泣きみっともない姿を晒しながらわたしは頼れる友人に問いかけた。
『すまないが、まず何があったのかを聞かせてもらってもいいだろうか?』
「それもそうだよね。実は今日……」
わたしは事情を知らないブレイヴレオンに何があったのかを説明する。
エドワードとの買い物デートが楽しく、買った本の内容にも満足していたわたしは幸せな気分で朝を迎えた。
本日の授業は使い魔と関係ない魔法の実技に関するもので、わたしの苦手な科目だったけれどなんとか爆発しない普通の失敗で終わった。
成功しなかったことを残念に思いながら、それでも他人に害を与えるような失敗ではなかったので僅かに前進したのでは? と自分を慰めていた。
一方で成績の優秀な人達は与えられた課題を一発でクリアし、エドワードも難なく魔法を使いこなせていた。
セリーナが関係するのはその後で、なんと彼女は最上級生になってから学ぶような高度な魔法を披露したのだ。
まだ教えられていない魔法を独学で学んでしかも実際の授業で成功させる。
担任曰く、このレベルの魔法が使えるなら学園の卒業試験もトップで合格できるだろうと太鼓判を押した。
『ルミナからも聞かされていたが、彼女は凄まじい才能の持ち主なのだな』
「うん。特待生なだけのことはあるし、あちこちの貴族や組織が既にスカウトに乗り出しているなんて噂もあるんだよ」
現状のわたしの力では逆立ちしても敵わない。
それは彼女が天才だからとまだ納得できた。
問題はセリーナを褒めたエドワードに言った言葉だ。
『お褒めいただきありがとうございますエドワード様。よければ私が魔法の手解きをしましょうか? 誰かさんよりも私と一緒にいればアナタはもっと才能を伸ばせるはずですよ』
誰かさん、と口にした時のセリーナの目線は間違いなくわたしに向けられていた。
誘われたエドワードは『今のカッコイイ魔法を教えてくれるのかい?』と言って純粋に喜んでいたが、わたしへと敵対心を剥き出しにしていたセリーナにまんまとしてやられたような気がする。
「結局、放課後はエドワードさまとセリーナさんで勉強会をするって……」
『なるほど。そんなことがあったのか』
ほんの少しだけ彼の心を取り戻せたような気になっていただけで、わたしじゃセリーナに全く及ばないのだ。
「何かいい案はないかな?」
『ワタシはキミの使い魔だが、生憎と恋愛についての知識は……』
困ったような声を出すブレイヴレオン。
そうだよね。いくら意思疎通ができる知恵があって喋ることができる彼でも人間の色恋についてなんてわかるはずがない。
わたしはただ胸に抱えたモヤモヤを愚痴として誰かに吐き出したかっただけなのだ。
『無いこともない』
「あるの!?」
意外な返事にわたしは驚いてしまった。
『障害の発生しているワタシの記憶メモリーだが、なんとかそこに恋愛シュミレーションゲームのセーブデータが見つかった』
「恋愛しゅみれーしょんげーむ?」
聞いことのない単語だけど、何か凄そうだ。
『ルミナにもわかりやすく言えば、軍人が戦場を想定しながら駒を動かすチェスの恋愛版のようなものだと思ってくれて構わない』
「へー……凄そうだね」
やっぱりよくわからないけれど、チェスが強い人が物凄く賢いのはわかる。
だって、お爺さまがその一人だったからだ。
わたしの知る限りではお爺さまがチェスで負けたのは賢王と呼ばれている現在の陛下くらいである。
『いくつかの恋愛シュミレーションゲームによれば今のルミナの立ち位置は非常に危険だ』
「そうなの?」
『あぁ。セリーナが平民であり王子であるエドワードの気を引いているということは、キミは悪役令嬢というキャラクターの立ち位置にいる』
悪役令嬢。
悪役とはつまり敵役のことで、わたしの読むラブロマンス小説にもヒロインの邪魔をしてくる女性というのが必ずといっていいほど出てくる。
「その悪役令嬢の結末ってどうなるの?」
『大抵は主人公であるヒロインに成敗されたり、攻略対象のヒーローという立ち位置の者に拒絶されて罰を受けたり、なんの脈絡もなく勝手に破滅したりする。まぁ、悪は必ず滅びるという結末だ』
ブレイヴレオンの話を聞いてわたしはショックを受けた。
彼の言葉が真実ならわたしは倒されるべき悪者じゃないか。
後からセリーナが割り込んできたのに先に婚約者だったわたしが悪役なんて。
「ど、どどどうすれば……」
『心配はいらない。何故ならキミにはワタシという使い魔がいるからだ』
力強くブレイヴレオンが吠える。
『ワタシの持つデータとキミの持つ勇気があれば変えられない結末なんてない』
「ブレイヴレオン……」
不思議なことに彼の勇ましくて力強く包容力のある声を聞くと不安や悩みが軽減されてリラックスできるような気がする。
「具体的にどうしたらセリーナさんからエドワードを取り返せるのかな?」
『それは簡単だ。彼女にキミを認めさせればいいんだ』
「認めさせる?」
『あぁ。キミの話やワタシの盗さ……観察によれば彼女はキミに対して強い敵意を持っているように思える。つまり、キミが彼女にとって敵意を向けるのさえ憚られる存在になってしまえばいい』
「でも、わたしはこんなんだし……。セリーナさんに認めてもらうって言っても……」
天才で殆ど何でも出来て美人な彼女と落ちこぼれでチビなわたしではとてもじゃないが、勝ち目なんてない。
『いいや。今までのキミと今のキミには大きな違いがある』
「違い?」
『そう。キミの側にはワタシがいる! 使い魔も主人の実力の内だというならワタシがキミを高みへと導こう』
「ブレイヴレオン……」
窓から日が射して光を背中に纏う獅子。
言葉はまるで天啓のようにわたしへと突き刺さる。
凛とした声が意気地なしで悲観的なわたしへ勇気を与えてくれるのだ。
『全てにおいて相手を上回れとは言わない。何か一つだけでも勝るものがあればキミは臆せず立ち向かい、エドワードの心を振り向かせることができるはずだ』
「うん。わかったよブレイヴレオン。わたし、頑張ってみる!」
『では、早速その実力を見せつける機会についての打ち合わせをするとしよう。まずはこちらの資料を拝見していただいて……』
「何これ!? 目が光ったと思ったら壁に文字と絵が!?」
後から教えてもらったプロジェクター機能なるものを使用してこの日は遅くまで作戦を練ったわたし達でした。
♦︎
「あら、ノコノコついてきたのね。今日は危ないからお留守番していた方がいいんじゃないの?」
相変わらずの嫌味たっぷりな言い方をするセリーナはユニコーンの背に乗って手綱を握っていた。
あのユニコーンもきちんと調教をされたのか落ち着いているし、馬に乗り始めてからこんな短期間で乗りこなしているなんてやっぱり彼女は凄い。
「いいえ。この野外訓練には使い魔も一緒に参加可能ですからご心配なく」
しかし、わたしの方もただ言われっぱなしというわけにもいかず、事前に考えてきた返事をする。
慣れない台詞に緊張して上手くいってるのか不安だけれど、舌打ちをしてそっぽを向かれたので成功だと思う。
『今のは中々良い演技力だったぞ』
「ありがとうブレイヴレオン」
わたしが跨がっているライオンが上機嫌にステップを踏む。
どうやら作戦の一部が無事に進行したようだ。
セリーナにわたし達を認めさせるという目標を達成するための機会は意外にも早くに来た。
学園では使い魔を召喚した生徒に実戦的な魔法の使い方や魔力を宿した危険な生物である魔物の恐ろしさを学ぶために学園から少し離れた森に行く野外訓練がある。
新入生は近場に行くだけだが、最上級生になれば遠征として禁足地の手前まで泊まりがけで挑むことになる。
「えー、今日行く場所は低級の魔物しかいないが、十分注意するように。いざという時は先生達が対処します」
敷地内の演習場とは違い、いつ何が現れてもおかしくないので普段よりも引率の教師が多い。
特にわたし達のクラスは第一王子であるエドワードもいるので護衛という意味では他より厳重だろう。
「では、いくつかの班に別れて森を探索してください」
とはいえ、こんな人が住む場所に近いところでは精々が小動物くらいの魔物なので優秀な教師と使い魔を引き連れた魔法使いが集団でいるので大きなトラブルは起きない。
死者や重傷者はここ十数年は出ていないのでみんな遠足気分だったりする。
「魔物がいるぞ」
わたしのいるグループにはエドワードとセリーナの他にも何人かいて、そのうちの一人が魔物の存在に気づいた。
どうやら使い魔の犬が臭いを見つけらしい。
「よし。どうやって魔物を倒すかについてだが、」
「そんなの魔法で一発よ」
わたし達のグループを受け持っていた担任の提案よりも早くセリーナの魔法が飛んで行った。
放たれた風の刃は紫色のヘビの姿をした魔物をあっという間に切り刻んで倒し、後には魔力の塊である魔石だけが残っている。
「ポイズンスネークを瞬殺とは流石は学年首席だな。本来なら使い魔で気を引いたところに魔法を撃ち込むのが定石だが、その必要がないくらいの素早く正確な攻撃だった」
「このくらい余裕だわ」
また視線をこちらへと向けるセリーナ。
魔物と聞いて身構えてしまったわたしに比べて彼女は肝が据わっている。
『ルミナ。前方の茂みの中に魔物の反応を探知した』
「次はわたし達の番だよ」
小石程度の小さな魔石を回収して教師が解説をしている頃にブレイヴレオンが小さな声で知らせてくれた。
まだみんな話を聞くのに夢中で気づけていないから今がチャンスだ。
「キーッ!」
「っ!? 近くに魔物がいるぞ!」
次に敵の気配に気づいたのはエドワードの不死鳥で、相棒の鳴き声に反応して彼が剣を構える。
しかし、それよりも早く動き出したのがわたしとブレイヴレオンだ。
『レオクロー!!』
硬い剣のように研ぎ澄まされた爪が茂みの葉っぱごと敵を切り裂いた。
隠れていたのは赤い毛皮のブラッドベアーと呼ばれる魔物で、こちらも凶暴な魔物だったが流石に相手が悪かった。
「グガァ……」
何が起きたのかわからないという様子で短い断末魔を残してブラッドベアーの姿は塵になった。
わたしはブレイヴレオンから降りると拳の大きさくらいの魔石を拾い上げた。
「おぉ! ブラッドベアーの魔石か! あの魔物はこの森の中でも一番強い種類なんだぞ。それをあっという間に討伐するなんてセラフィーさんの使い魔には本当に驚かされるな」
教師がすごく興奮した様子でわたしが手に入れた魔石を眺める。
他の生徒達も大物の戦利品に興味があったようでわたしは囲まれてみんなから褒められた。
「凄いじゃないかルミナ」
「ブレイヴレオンのおかげです。とっても頼りになるんですよ彼」
エドワードから話しかけられて嬉しくなったわたしは忘れないように相棒の有能さをアピールしておく。
「いいよなぁ。やっぱり硬くて強そうなライオンってカッコイイし今からでも……」
「キーッ!? キーキーッ!!」
「ごめんごめん。怒らないでよ」
主人が別の使い魔を羨ましがったことに気づいて嫉妬したのかフェニックスがエドワードの頭をつついて追いかけ回した。
じゃれあいの範疇に見えるが、思ったより痛いらしくエドワードが謝りながら逃げる。
成績優秀で王子らしさを発揮することもあるが、こうやってユーモアのある姿も見せるのも彼が人から好かれる理由なのだ。
「学園に戻ったらブラッシングと美味しい餌を用意するから許してくれ」
「キーッ……」
どうやらお詫びをすることで納得したらしく、不死鳥は大人しくエドワードの肩に止まると羽から光を発した。
「へぇー。治癒魔法も使えるのねそのフェニックス」
「あぁ。軽い怪我ならすぐ治してくれるから優秀な奴だよ」
どんな効果のある魔法なのかを真っ先に見破ったセリーナが興味深いと何かをメモして、エドワードはご機嫌とりのために使い魔の頭を撫でた。
「どうやら今年の新入生は優秀な使い魔を持つものが多いな」
感心した様子で担任がうんうんと頷く。
「最近は自然災害や魔物による被害も増えているというし、これなら我がアルケウス王国の未来は安泰だな」
担任の言う通り、わたし達の住むアルケウス王国は魔法使いが多くいる大国として近隣の国との争いをしなくなって数十年が経ち、比較的平和な国である。
しかし、ここ数年は地震や凶作、海が大荒れしたり魔物が普段とは異なる場所に出現したりと何かとトラブルが続いている。
王国の上層部も災害の対策や原因の究明のために動いてはいるがめぼしい結果は得られていない。
「父上もかなり頭を悩ませていたよ。おかげで学園のカリキュラムにも少し変更を要請したようだし」
「何か変わったんですか?」
「あぁ。僅かでも王国の戦力を増強するために実技の授業の割合を多くして内容も前倒しにしたんだ」
父親が国のトップであるエドワードから初めて聞かされる学園の実情。
この野外訓練も例年通りならもう少し遅い時期にやっているんだと教えてくれた。
「丁度いいわね。さっさと授業が進んで新しいことを学べるなら私には好都合だわ」
「うぅ……。今より授業のスピードが早くなるなんて……」
授業内容が前倒しになることにセリーナだけはワクワクしているが、わたしを含めた他のクラスメイト達はげんなりしていた。
特にわたしは今のままでも追いつくのに精一杯だからもっと勉強しないといけない。
「要領の悪い誰かさんは諦めた方がいいかもね」
「セラフィー公爵家の娘としてそれはあり得ません。可能な限り努力しますよ」
またもや目が合ってバチバチとわたしとセリーナは火花を散らす。
「あくまで先の事を考えての保険だよ。今すぐに僕らが災害や魔物に対処しないといけないわけじゃないから気負わなくていい。まずは騎士団や大人達があたってくれるさ」
不安そうにしているクラスメイトをエドワードが穏やかな笑顔でフォローして、わたし達は森の探索を続ける。
やはり一番の大物はブラッドベアーだったようで、後から出てくるのは小型の魔物ばかりだった。
森に入ってから数時間が経ち、そろそろ生徒にも疲れが見え始めた頃に担任から休憩の指示が出た。
全員が一度集合してから持ってきた弁当を食べようというのだ。
「見張りは先生達が交代で行うから生徒諸君らはゆっくり体を休めなさい。休憩後は少し森を探索してから学園まで歩いて帰るからな」
「「「はーい」」」
注意事項の説明を受けて、やっと気を抜ける時間がやってきた。
わたしはずっとブレイヴレオンの上に乗っているだけだったが、魔物とセリーナへの警戒をしていたから精神的に疲れていた。
ブレイヴレオンから降りてその巨体を日陰にしてエドワードと並んで座る。待ちに待った昼食の時間だ。
うきうきしながら学園の食堂で選んだお弁当を鞄から取り出すと、隣にいたエドワードが苦い顔をしているのに気づいた。
「うっ……ピクルス入りか……」
「エドワードさまは昔からピクルスが苦手でしたね」
「僕は酢漬け全般が苦手だよ」
ただ、せっかく用意してくれた食事を無駄にするつもりもなく、エドワードはピクルスの入った部分を口に入れるとすぐさま水で流し込んだ。
「ふん。好き嫌いしてる余裕があるなんてやっぱり貴族はいいご身分ね」
「ちょっとセリーナさん!」
「いいんだよルミナ。彼女の言う通りだからさ」
何故かすぐ近くに居座っていたセリーナがエドワードに嫌味を言ったのでムカっとして立ちあがろうとしたのだが、エドワードに宥められる。
エドワードが酢漬けを苦手になったのは英雄である先代陛下に憧れてその食生活を真似しようとしたら保存食ばかりで酢漬けを食べ過ぎて具合が悪くなったからだ。
『好き嫌いか……。ワタシには無縁のものだな』
「ブレイヴレオンは食事が必要ないのかい?」
『あぁ。ワタシはマスターであるルミナからの魔力供給と少量の水と太陽光があれば活動可能だ』
エドワードの不死鳥が木の実を食べたり、セリーナのユニコーンが草を食べているのに対してなんとも異質な解答だ。
「生き物としておかしいんじゃないのその使い魔。ちょっと分解して調べさせなさいよ」
「嫌です!」
分解なんて物みたいな扱いをする発言に今度こそ立ち上がって文句を言ってやろうとした時だった。
『みんな伏せるんだ!!』
伏せていた体勢から突然起き上がったブレイヴレオンが大きな声で叫んだかとおもいきやほぼ同時に地面が大きく揺れた。
「「「うわぁあああああああっ!?」」」
つい最近も小さな揺れはあったが、その何倍もの大きな地震に生徒達がパニックになる。
「みんな落ち着いて! なるべく木から離れて平らな場所に集まるんだ」
揺れの影響で倒木の下敷きにならないように大きな声を出したのはエドワードだった。
教師陣からも同じような指示が出されて生徒達が一箇所に集まる。
「な、なんだよアレ!」
生徒の中の誰かが叫んだ。
地震と同時に森中にいた鳥たちが羽ばたいて逃げている中、大きな土煙が轟音と共に空に向かって昇っているではないか。
『何か来るぞ!』
ブレイヴレオンが警戒するように唸ると、大地がヒビ割れて大穴が空き、何かが飛び出してきた。
「ギャオオオオオオオオオーーーーッ!!」
ソレは魔物と呼ぶにはあまりにも巨大な大きさだった。
ブラッドベアーがかわいいく見えるような凶暴さにブレイブレオンやその辺に生えている木よりも大きな体長。
鋭い牙を持ち、全身が硬質そうな鱗に覆われていて長く太い尾がある。
『あれは……ドラゴンだ!!』
目の前に現れた災害に対して、わたしはただ胸のペンダントを祈るように握っていた。




