第5話 はじめての二人デート
ブレイヴレオンを召喚したその週末。
学園の授業がない休日に何をするかは生徒それぞれの自由になっている。
学園内に残って勉強するもよし、学園側に申請して演習場で鍛練に励むもよし、外出許可を貰って学園の外の町に友達と遊びに行くのもありだ。
ただし、休日でも学園の生徒の証明である制服を着ないといけないのだけが残念ではある。
さて、そんな休日にわたしは人との約束があったため外出をしている。
待ち合わせ場所は巨大な日時計のある町の広場だ。
誰がいつ作ったのかはわからないが、とにかく目立つので今は観光名所兼待ち合わせ場所に利用されている。
「よ、よし。変じゃないよね?」
近くにある服屋のショーウィンドウに映った自分の顔を見て髪型を再確認する。
寝癖は無いしちょっとだけオシャレのつもりでリボン付きの黒いカチューシャをつけて見たけどおかしくないよね?
で、でもやっぱり気になって仕方ない。
もう一度だけ髪型をチェックしようとしたら店の中でわたしを見てニヤニヤと笑っている店員さんを発見してしまった。
恥ずかしさと気まずさからわたしは急いで服屋の前から離れた。
浮かれ過ぎて早めに来たのが間違いだった。もっと寮の中でじっくり準備した方が良かったのかも?
「おや、ルミナの方が早かったんだね」
悶々としているとわたしの名前を呼ぶ声がしたので振り返る。
「ごきげんよう。エドワードさま」
「ごきげんよう。ルミナ」
振り返った先にいたのはわたしと同じ学生服姿のエドワード・アルケウス。
わたしの婚約者であり、この国の第一王子だ。
♦︎
「見てよルミナ。あの串焼きって凄く美味しそうじゃないかな!?」
「えっと、そうですね」
隣を選ぶエドワードの視線が香ばしい匂いと煙を出している屋台に釘付けになる。
作法やマナーに厳しい王族の人間が屋台で買い食いなんてはしたないという考えが頭をよぎったが、身だしなみを気にする時間が長くなったせいで朝食をあまり食べていなかったのでお腹は空いている。
このままお腹の音が鳴るのを彼に聞かれるのも嫌なので、仕方ないフリをして諦めた。
「店主、串焼きを六本頼む」
「おぉ、学園の生徒さんじゃないか」
屋台での注文や金銭のやりとりはどうすればいいのかわたしが悩んでいると、エドワードがスムーズに注文をして財布から硬貨を取り出した。
「美男美女の兄妹で買い物とは仲がいいね。オマケで二本追加してあげよう」
「きょ、兄妹……」
確かに身長差はあるし普段のエドワードは大人びた好青年という見た目だ。
小さくてオドオドしているわたしが隣に並んでいると学生服を着ていても婚約者には見えないのかもしれない。
「オマケは有り難いが、彼女は婚約者なんだ」
「ありゃ、そうだったのかい。こりゃあ失敬」
そんなにわたしが幼く見えるのだろうかとショックを受けているとエドワードがすかさず訂正を入れた。
店主から串焼きの入った袋を受け取って道の端に移動する。
「ほら、君の分だよルミナ」
「……あっ、ありがとうございます」
少しボーっとしていたわたしに手渡されたのは香ばしい匂いのするタレのついた串焼き。
人前で淑女が肉に齧り付くのは恥ずかしいが、エドワードから買ってもらったものを受けとらないのはもっとあり得ない。
「い、いただきます」
おそるおそる串焼きを食べると、口に入れた瞬間に甘辛いタレの味が一気に押し寄せてきた。
焼きたてでホクホクした肉の種類は豚だったようで、脂身と肉が絶妙なバランスで溶けていく。
「美味しいです!」
「はははっ。気に入ってもらえたようで何よりだよ」
エドワードも自分用の串焼きを手に取ると豪快に根本からひと口で食べてしまった。
「うーん。やっぱりこういう肉!! っていう感じの味が美味いなぁ」
「慣れた様子で購入されていましたが、エドワードさまはよく食べられるんですか?」
仮にも王族である身分だ。
学園の食堂で出される食事も貴族に相応しい料理が提供され、作られた料理は事前に毒味が済まされている。
そのためこういった買い食いとは無縁の生活なはずだが……。
「騎士団の演習に付き合った時に似たような料理は食べたよ。基本的に現地調達だからね」
エドワードは祖父である先代陛下によく可愛がられていて、英雄と呼ばれる祖父に憧れていた時期があった。
武芸に秀でた先代陛下が騎士達に稽古をつけていた中に紛れ込んで剣術の鍛練をしていた光景はわたしも覚えている。
「でも、こうやって買い食いをするのはつい最近になってからだね。前にセリーナと来た時に買い方を教えて貰ったんだ」
セリーナ。
その名前が彼の口から出た時に胸に鋭い痛みが走った。
「そ、そうなんですね……。やはり、エドワードさまはセリーナさんと親しいのですね」
「あぁ。彼女についていくと色々と面白いんだ。この前は商店でのお得な買い物術なんかをーー」
嬉しそうにセリーナとの思い出を語るエドワード。
今日はわたしが隣にいるっていうのに別の女性の話をするなんて……。
「本当は彼女も一緒に誘っていたんだけど断られてしまってね」
それもそうだろう。断られるのは当然だ。
わたしは彼女から嫌われている。
恋敵と一緒に出かけるなんて彼女のプライドが許さないだろう。
「まさかユニコーンに乗ろうとして腰を痛めるなんてね」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ。なんでも乗馬の経験がなくてこっそり練習をしたけど上手くリズムが合わなくて落馬もしたらしい」
貴族にとって馬に乗るのは嗜みのようなもの。
一番の理由は緊急時に素早く避難するための技術を身につけるためだが、貴族にとって乗馬できるかは一種のステータスになっている。
大半の貴族は乗馬して歩くくらいがやっとで、わたしは跨ってしがみついているのが限界だが、エドワードは随分と乗りこなしていて彼専用の早馬が城で飼われている。
「セリーナさんにも苦手なものがあったんですね」
「勉強や研究をするのは得意だが、運動は苦手だと言ってたよ。そこはルミナとは正反対だね」
「わたしだって運動は得意じゃありませんよ。他より少し出来るだけで……」
勉強も芸能もさっぱりなわたしに残された唯一の取り柄のようなものだ。
それでも他が平均より低いから多少マシに見える程度である。
「昔は僕よりもルミナの方が足が早かった頃があったじゃないか」
「いつの話をしているんですか? その後すぐにエドワードさまの方が早くなったじゃありませんか」
「当然だよ。女の子に負けなんて悔しくてお祖父様に言えないからこっそり猛特訓したんだよ」
いかに周囲にバレないように特訓したのかを自慢げに話すエドワード。
子供っぽい彼の行動に思わず笑みが溢れてしまう。
そうだ。わたしにはセリーナには無い過去の彼との思い出があるんだ。
彼女が知らない彼のことをわたしは知っている。そう思うと少し胸が軽くなったような気がした。
「じゃあ、そろそろ目的の本を買いに行こうか」
「はい!」
今日の一番の目的は新発売された本を買うことだった。
エドワードもわたしも文字を読むことに抵抗はなくてむしろ好きな方である。
実家にいる頃は欲しい物を頼めば贔屓にしていた商人が家まで運んでくれていたけれど、やっぱり店頭に並んでいるものを確認して他に自分が好きそうなものをつい見つけてしまった時のわくわくを楽しむためには店で買うのが一番だ。
「着いたよ」
学園の近くにあってわたしたちと同じように貴族の子供達が頻繁に利用するだけあって目的地の本屋は品揃えが良かった。
古い本や魔法に関係のある資料なら学園内の図書館で済ませてもいいが、流行り物や新刊となると店の方でしか手に入らない。
「おっ、この作者の新シリーズが出てたのか」
店内に入るとさっそくお目当ての本があったようでエドワードが手に取る。
表紙に鎧を着た勇ましい騎士の姿があって、冒険や戦記物のようだった。
ペラペラと数ページめくって彼は満足そうに本を脇に抱える。
わたしも欲しかった本を探してみるが中々見つからない。
本棚は親切に名前順で並べてあるのでこの辺りにあるはずなのだが……。
「あっ、あった」
目を凝らして探すと気になっていたラブロマンス小説が本棚の一番上にあるのを見つけた。
中々見つけられなかったのはわたしの目線よりもかなり高い位置にあったからだ。
手に取ろうとして背を伸ばした瞬間、本に手が届かないことに気づいた。
精一杯の背伸びを何度もして足をプルプルさせるが発育の悪い低身長なわたしでは指先が背表紙の下に触れるかどうかだ。
いっそ思い切って大ジャンプすれば届くのではないかと考えて膝を曲げて狙いを定めていると、横から手が伸びた。
「この本が欲しいのかい?」
「えーと、はい……」
余裕そうに本を引き抜いたエドワードがそのままわたしに本を手渡した。
「お手を煩わせてしまいすみません」
「全然いいよ。あのままジャンプして倒れて怪我でもしたら大変だしね」
確かにバランスを崩して転倒してしまえばわたしは後頭部を硬い本棚にぶつけていたかもしれない。
「それから……短いスカートではしゃいじゃいけないよ」
「っ!!」
こっそり指摘されてわたしは自分のスカートの裾を抑えた。
普段のわたしなら問題ないのだが、今日はエドワードとの外出ということもあり派手な見た目の生徒を真似してスカートの丈を短めに調整していたのだ。
「み、見ましたか!?」
「見てない見てない! ただ、いつもと格好が違ったら気になっていただけだよ」
ちょっとした変化に気づいて貰えて嬉しいのか、あのままムキになって飛び跳ねたら見苦しい物を見せてしまうことになったのが恥ずかしいのかわからないが顔が熱くなる。
「「…………あはははは」」
少しの無言の後、わたし達は誤魔化すように笑ってそれぞれの買い物に没頭した。
大きめの本屋だったことと、入学以来バタバタしていて中々買いに来れなかったこともあって会計を済ませた後はちょっとした大荷物になってしまった。
「つい買い過ぎちゃいました」
「僕もだよ。小遣いは計画的に使いなさいと父上からは言われているけど、欲しい物が多いのは困るんだよね」
王族であり、大抵の欲しい物や望みは口にすれば手に入る身分のエドワードだが、金銭感覚は普通の生徒とあまり変わりないようだ。
まさか王子様がお小遣いのやりくりで苦労しそうなんて他の誰も知らない……。
「わたしだけの秘密なのかな?」
「ん? 何か言ったかいルミナ?」
「いえ、何でもありません! そういえばこの後って〜」
不思議そうなものを見る目をするエドワードに苦笑いしながらわたしは会話を流した。
なんだか今日一日で彼との間にあった壁が少しだけ薄くなったような気がする。
こうしてエドワードと一緒に話せたのも、結果的に二人きりのデートに誘って貰えたのも全部ブレイヴレオンが私の元に来てくれたからだ。
白と金色で高貴な色をしているし、実は幸運を引き寄せるラッキーアイテムだったりするのだろうか?
頭の中で招き猫のポーズをするいかついライオンを想像して思わず笑ってしまいそうになる。
「楽しそうだね」
「はい。とっても楽しいです!」
隣を歩くエドワードに聞かれたので、わたしは今日一番の笑顔で答えた。
♦︎
「くそっ。せっかくの休日なのにベッドから降りるのも苦労するなんて……」
黒髪の少女は愚痴を吐き捨てながらベッド脇にあるテーブルに置いてある痛み止めを飲む。
医務室の教師から貰った薬で彼女自身も調合や改良に関わっているので効果は抜群だ。
ただし、薬がよく効くとしても一日は安静にしていないと体の打ち身や腰の痛みは完全に引かず、授業や今後の練習に響くかもしれないので大人しくするしかない。
まさか自分が呼び出した使い魔に恥をかかされた挙句に怪我までさせられてしまうとは思っていなかった。
まぁ、じっくりとお話しという名の上下関係を叩き込んであげたので多少はまともに矯正出来た。失敗は次の機会に絶対挽回しようと少女は違う。
「うっ、苦い……今度は少しだけ甘味を加えようかしら」
よく効くとはいえ、味を犠牲にするべきではなかったと反省する。
口の中に残る苦味を流し込もうと水の入ったコップに手を伸ばす。
その次の瞬間に異変は起きた。
「な、何これ!?」
カタカタカタカタッ! と音がしてコップの中の水が揺れる。
いや、コップだけではなく建物自体が揺れているのだ。
「地震?」
幸いなことに揺れはすぐに収まり、特に物が倒れたり壊れたりするようなことは無かった。
「なんか最近、こういうのが多いのよね。大丈夫かしら?」
窓の外から見える町外れの方を眺める瞳が揺れる。
妙な胸騒ぎを感じながらも少女は大人しくベッドに横になって図書館から借りて来た本を手にした。
かなり古くなっている本で、元々は何処かの貴族が処分に困って学園に寄贈したものだ。
「まぁ、私には関係ないわ。今はもっと勉強してあのふざけた使い魔を呼び出した女をコテンパンにしてやるんだから……」
復讐に燃える少女ことセリーナは最後まで気づくことは無かった。
彼女が手にしている本には掠れたセラフィー公爵家の家紋が押印してあることに。
そして、彼女の様子をこっそりと窓越しにかなり離れた場所から観察する高性能なレンズを搭載した瞳を持つ使い魔がいたことを。
『あそこがあの女のルームだな……』