第20話 セリーナ side
「くそっ。どうしてボクがこんなことを……」
隣で魔法を使って瓦礫の撤去をしていた男子生徒が不満を漏らす。
「なんでわたくしが平民のために服を汚さなくてはいけないのかしら」
また別の女生徒は跳ねた泥が服に付いてしまって嫌そうな顔をしていた。
現在、魔法学園は休校状態であり、暇を持て余していた生徒は全員が町の復興支援に動員されている。
山を背負った巨大なドラゴンの出現によって魔法学園のすぐ側にあるこの町は大きな被害を受けた。
とはいえ、立て直しが効かない規模で破壊されたわけでもなく、半月もあれば補修作業や道路の整備は終わるだろう。
物流やインフラ基盤さえ元通りになれば完全に壊れてしまった家の建て直しも早くなる。
どれだけ早く町が元通りになるかは魔法学園の生徒の頑張りにかかっているわけだが……。
「あーあ、疲れたから休憩だ」
「泥に塗れた姿を殿方に見せるわけにはいきませんわ。シャワーを浴びて着替えなくては」
この通り、やる気が全くない。
連中は魔法を使える高貴な自分が汗水流して平民如きのために働くのは馬鹿らしいと思っている。
自分達が裕福な暮らしをしていられるのはその平民から巻き上げた税金のおかげだっていうのに。
「セリーナ姉!」
「リアム……。私をその名前で呼ぶなって言ってるでしょ」
茶色の短髪に能天気そうな顔をした弟分がこちらに向かって走って来た。
「何で?」
「私が平民なのは学園中に広まっているけど、孤児院の出なのは知らない人が大半なのよ。バレたら色々と面倒でしょうが」
何度も説明したはずなのにすっかり頭から抜け落ちているようだ。
この年頃の男の子って頭の中に何が詰まっているのだろうか。悪巧みする知恵はあるのだからもっと考えて行動して欲しい。
平民というだけで私は学園で白い目で見られてきたが、そこに親なしの孤児院育ちが加われば勉強がしづらくなる。
貴族連中にとってはどれだけ親や実家が太いのかが大きなステータスになっているので、私はその点が見下されやすい。
実力で黙らせてやるのは簡単だが、孤児院のことが下手に広まって私がいない間に何かをされるのはゴメンだ。
「へー、わかったよ」
「わかってない返事をありがとう。それで、わざわざ何の用で来たのよ?」
生返事をするリアムに呆れながらも、とりあえず話は聞いておく。
孤児院の家族達は学園で避難生活をしているわけだが、もしかして何かあったのだろうか?
それこそ貴族連中が何かしてきたら私の魔法で生まれてきたことを後悔するくらいにボコボコに叩きのめしてやるけど。
「セリーナ姉にこれを渡したくて! 近くで作業してるって院長から聞いたからさ」
そう言ってリアムがポケットから取り出したのは古紙に包まれていた芋だった。
二つある芋の片方を自慢げに私に押し付けて来るが、リアムは自由に使えるお金を持っていないし、避難所で食事が配給されるような時間でもない。
「アンタまた……」
「違うって!」
ついこの前にリアムがやらかしたことを思い出してキツく睨みつけると、弟分は慌て出した。
「八百屋のおっちゃんが仕事を手伝ったご褒美だってくれたんだ。蒸した芋をおやつくれたから姉ちゃんに食べてもらおうと思って……」
リアムが手伝っている八百屋はこの馬鹿が盗みを働いた店だ。
一緒に頭を下げに行って、タダ働きをさせると約束したのに駄賃を貰うなんて……後でお礼を言いに行こう。
「私に分けなくても自分で食べればいいじゃない。どうせ、下の子に多く食べさせて自分はあまり食べていないんでしょ?」
「うっ!?」
リアムがバレていたのかと驚いた顔をしているが、そんなものはお見通しだ。
馬鹿でイタズラ好きな悪ガキのリアムだが、面倒見はいいので下の子達からは慕われている。
特に私が魔法学園に通うようになってからは昼間の間に下の子の世話係を買って出たらしい。
ただ、そのせいで自分のことを後回しにして終いには食べ物を盗んだのだからどうしよいもない馬鹿だ。
「私はいいからアンタが全部食べなさいよ」
「嫌だ。半分はセリーナ姉に食べてもらう! だってさ、セリーナ姉が腹一杯になって魔法を使えた方が得じゃんか! なぁ、食べようぜ」
それらしい理由を付け加えてリアムはまだちょっと熱い紫色の芋を私に握らせた。
「知ってんだからな。セリーナ姉が自分の分の飯を包んでチビ達に食わせてるの」
「はぁ……。仕方ないわね」
絶対に引かないという意思を感じたので渋々と芋を食べることにした。
周りに学園の生徒がいないうちにさっさと食べ切った方がいいだろう。
近くにあった丸太を椅子の代わりにしてリアムと並んで座る。
「この芋、なんと中身が甘いんだぜ!」
「スイートポテトにすると美味しいわよ」
八百屋に教わったのだろうか、リアムが自信満々で知識をひけらかすが普段は学園の食堂で食事をする私はその先を行く。
「何だよそれ?」
「甘いお菓子よ。今度、お金が入ったら作ってあげるわ」
孤児院だとおやつの時間という概念がない。
甘い食べ物も庭に生えてる果物を使った砂糖が入ってないものを食べている。
毎日のようにお茶会をしている貴族にはわからない生活だ。
だからまぁ、特待生で学費のかからない私は食堂のメニューにデザートが付いてくるのに驚いたし、今は毎日の楽しみになっている。
「約束だからな!」
「はいはい。……美味しいわねこの紫の芋」
渡された芋を皮ごと齧ってみると想像以上の甘さに驚いた。
おそらくは品種改良をして甘さに特化させているのだろう。
やっぱり悪ガキの駄賃にしては贅沢な品を貰ってしまったわね。
「八百屋のおっちゃんが言うには肌がキレイになったりうんこが出やすいらしいぜ。やったねセリーナ姉!」
「外でうんことか言うな! あと、そのドヤ顔がムカつく」
余計なお世話だ! と私はリアムの頬を引っ張ってお仕置きをする。
孤児院では頼れる兄貴分をやろうとしているなんて院長が言っていたけど、私からしたらまだまだ馬鹿な悪ガキの弟分だ。
「芋を食べたらさっさと戻りなさいよ。どんな奴が見てるからわからないし、変に絡まれたら面倒だから」
「セリーナ姉も大変だな。貴族って変なやつばっかりだし。この前のデッカいライオンの女とか」
大きなライオンの女。
それだけでリアムが誰のことを思い浮かべているのかすぐにわかった。
誰かに頼まれたわけでもないのに万引き犯を探しに駆け回って孤児院にまで乗り込んできたお節介な貴族の娘。
もし、アイツがリアムのことを教えてくれなかったら今もこの馬鹿は同じことを繰り返していたかもしれない。
そしたらいつかは捕まって、私の手が届かない場所で罪人として裁かれていただろう。
家族から犯罪者が出たとなれば孤児院の運営は厳しくなるし、下の子達は兄貴分を失って悲しむはず。
結果としてルミナ・セラフィーのおかげで私達は助かった。
リアムの件も、ドラゴンの件も。
古い伝承や古代文明の遺跡に記されていたドラゴンがどうしてこの時代に再び姿を現したのか、ブレイヴレオンとかいう使い魔はなんなのかさっぱりわからないことだらけだ。
これからアルケウス王国はルミナ・セラフィーの扱いを巡って大きく動き出す。
あんなちんちくりんの世間知らずそうなお嬢様にこの国の未来を任せてなくてはならない判断を迫られることになると私は考える。
「本当にムカつく女よね」
私があの女に対して苛立ちを覚えたのは入学してすぐのことだったかしらね?
♦︎
「新入生の諸君、魔法学園への入学おめでとう」
関係者から直々のスカウトを受けて私は魔法学園に通うことを許可された。
親の顔なんて知らないが、魔力持ちとして産んでくれたことだけは感謝してやってもいい。
私はこれから魔法使いとしての道を最速で最短で登り詰めて大富豪になるのだ。
そのためだったらどんな努力や苦労も惜しまない。
「入学時に受けてもらった試験だが、このクラスにはなんと学年首席と次席がいるようだ。みんなには期待しているよ」
学年首席というのは私のことだ。
自分と違う世界に入るのなら最初から出し惜しみせずに実力で黙らせるのか効果的だと知っていたので全力で挑んだ。
おかげで歴代でもトップの成績だと告げられて鼻が高い。
それにしても、次席が同じクラスなのね。
私を脅かす存在になるかもしれないのなら要注意しておかなくては。
平民の出の私が卒業後にエリート街道を進むなら首席卒業は絶対条件だ。
どいつがライバルになるのかとそれとなく教室を見回すと、目を惹く存在がいた。
「殿下、ご入学おめでとうございます」
「殿下はやめてくれよ。同じ学舎で暮らす仲間なんだからさ」
赤髪に薄紫色の大きな目をした男子生徒。
人当たりが良さそうで非常に整った顔立ちをしているが、隣にいる別の男子は気が気じゃないらしい。
殿下って呼ばれていたわね。
そこで私はスカウトされた時に学園関係者から聞かされていた話を思い出した。
なるほど。彼が噂のエドワード第一王子ということか。
まさか王族と同じクラスになるなんて夢にも思っていなかったが、相手にとって不足はない。
国の頂点にいる王族よりも優れていると証明すれば私の評価にも箔がつくってものだ。
学園での生活は私にとって新鮮で興味深く、同時に退屈で苦痛だった。
生徒は全員が寮に住んでいて、成績優秀だった私は希望で一人部屋を割り当ててもらえた。
孤児院だと同じ部屋に何人もいて個人のプライベートスペースなんて無かったので、一人部屋は静かで集中がしやすかった。
お風呂も毎日入れるし、食事もお腹いっぱいになるまで食べられて、私にとってこの学園はホテルのような暮らしが毎日出来る場所だった。
他にも嬉しかったのは、魔法に詳しい人間が大勢集まっているということだ。
生徒は全員魔法使いだし、教師に関しては魔法に関する知識が豊富だった。
いつも学園のどこかで魔法に関する話題が上がり、知りたいことは質問をすれば教えてもらえた。
孤児院では魔法使いの素質があったのは私だけで、誰も魔法について語り合える相手はいなかった。
他の子と私は違うのだと疎外感を感じることも一度や二度ではなかった。
図書館には膨大な本や資料があり、卒業までに全てを読み尽くそうと思った。
夢のような空間であると同時にどうしても息苦しい場所でもあった。
「貴女、平民なんですってね」
「ちょっと目立ち過ぎじゃないかしら?」
やっぱり私の想像通りに貴族の子供達が絡んで来るようになった。
何よりも自分の面子を大事にしている連中なのは知っていたが、わかりやすいことだ。
出る釘は打たれるとはこういうことなのね。
魔法を使った勝負なら絶対に負けないが、いかんせん数が多いので疲れそうなのと乱闘した場合に内申点に響きそうだと考えると手が出しづらい。
「君が首席のセリーナだね」
わざと絡まれているところを教師に見せつけて嵌めてやろうかと悩んでいるところにエドワードは声をかけてきた。
「はい。エドワード様におかれましては本日もご機嫌麗しゅう存じます」
「そういう堅苦しいのはいいから。僕らは同じクラスなんだし」
相手は王族で無礼なことをしたら物理的に首が飛ぶと思っていた私は面を食らった。
この王子は気さくというレベルを越えて距離が近くないか?
「普通に砕けた口調で話していいよ。君のことは調べ上げてあるし」
「っ!?」
穏やかな顔で近づいてきたものだから油断したが、調べ上げたですって?
まだ数日しか顔を合わせていないのに何を何処まで知っているの?
「安心してくれ。君の家庭事情は誰にも言わないし、怖がらせるつもりもない。僕はただ、君の助けになりたいんだ」
怪しくて不審な人物だと思い私は警戒をしていたが、話をしているうちにエドワードは他の貴族とは違うのだと気づいた。
「つまり、私をスカウトしたいと」
「現時点ではそこまでハッキリしたことは言えないね。ただ、僕が王位を継承した時に優秀な魔法使いが近くにいてくれたら助かるなって」
彼は私を潰すのではなく、育てて利用しようとしていたのだ。
この私の凄さに気づいて高く評価してくれているのなら話は早い。
王族がバックにいてスポンサーになってくれるのは非常に助かる。
「学園で困ったことがあれば頼って欲しい。出来る限り力になるから」
「では、早速お願いしますね」
私は彼に学園生活を送る上で困っていたことを相談した。
これで少しは改善されると良いなと思っていたら、翌日から効果があった。
「「「俺達に勉強を教えてください!」」」
「はぁ?」
エドワードが他のクラスも含めて何人かの男子を連れて来たのだ。
ビックリしたし、意味がわからなかったのでエドワードに説明を求めた。
「彼らは家督を継げなくてね。長男じゃ無かったり愛人の子供だったり」
なるほど。家族から期待されていない連中ってわけね。
そうなると彼らの未来は婿入りするか自分の就職先を探さないといけない。
人気職である魔法騎士団に入るにしても厳しい試験がある。
その手伝いを私にしろっていう訳だ。
「私で良いんですね?」
平民に貴族の令息が教わるなんてプライドが許さないとか文句を言わないわよね?
「殿下が言うなら間違いないさ!」
「エドワード様を信じますぜ!」
王家のお墨付きパワーは凄く凄かった。
しかも驚くことに彼らはエドワードの昔からの友人ではなく、学園に入ってからの関係だという。
「人たらしの才能でもあるんですか?」
「ん? 昔からパーティーで挨拶されたりしたから覚えていただけだよ」
勉強を教えている間に彼らに聞いたことだが、エドワードのこの対応は普通じゃなく、貴族の子供だけでも何千人といてそれが一気に挨拶しにくるので大抵は自分に有益か敵対する人物ぐらいしか覚えられないらしい。
王族というのは普通じゃないとよくわかった。
エドワードの介入があったおかげで、私の生活は以前より楽になった。
陰口を言う人間がいなくなったわけではないが、正面から突っかかってくる奴は消えて清々した。
私が実力を見せつけ続けたのも効果があったのか、平民の凄い天才だと認めさせることに成功したのは気分が良かった。
嫉妬する連中の顔をみたらざまぁ見ろと言いたくなったわよね。
「これもエドワードのおかげよ」
「僕は大したことはしていないよ。みんなが君を認めたのは君自身の力だ」
エドワードは謙遜したが、私はそうは思わない。
これは非常に便利で頼もしい人間と縁を結べたと私は自分の運の良さを喜んだ。
「ねぇ、次の休日に何かお礼をさせてくれない?」
「お礼? いいよ、そんなの」
「駄目。借りを作ったり、恩を売られたままなのは性分に合わないの。だからお礼をさせてくれるわよね?」
「まぁ、そこまで言うなら……」
エドワードは乗り気じゃ無かったが、そうはいかない。
緊急事態や立場が危なくなった時に、あの時こうしてやったから助けろ恩知らずなんて言われたくないからだ。
昔に色々あったので、以降は教訓として実践している。
とはいえ、王子相手に何をしてやればいいのだろうか?
後日、エドワードへのお礼は彼を満足させることが出来た。
王都にある城に暮らしていた彼は殆ど町に出かけたことがないという。
外出も騎士団についていって山や森でキャンプする程度で、欲しい物は基本的に誰かに頼んで買って来てもらうのが当たり前なのだとか。
やっぱり住む世界が違うのだと改めて認識しながら私は自分が普段やっている町歩きをレクチャーしてあげた。
とはいえ、買い食いしたり食材や日曜日を安く買ったりするだけのつまらないものだ。
「美味しいよセリーナ!」
あんまり楽しいものじゃないに決まってる。
「こんなに値切って店はやっていけるのかい? むしろチップ多めに払う方がお互いにいい気持ちになるんじゃないかな?」
適当に紹介して切り上げて、貸し借りを無くしておくのが理想的だ。
「これが欲しい!」
「そんな使い道が限定的な道具は買わなくてよろしい。というか、エドワードはそもそも料理をしないわよね? 無駄な物は買わないの!」
「えー……」
結論を言うと凄く疲れた。
次から次へと興味が移り、好奇心旺盛に質問を投げ続けられ、ぼったくり紛いの商人にカモにされかけた挙げ句の果てに鍛冶屋の前から全然動かずに変な調理器具を買おうとする。
「楽しかったよセリーナ」
「ははは……それは良かったわ」
イケメンの王子とのデートのような外出だったが私は微塵もときめかなかった。
なんというか、エドワードはその優秀さやカリスマ性とは裏腹に中身が子供っぽいのだ。
見た目やふとした時の振る舞いは大人びているのに、センスや反応が孤児院にいる弟分達に似ている。
正直、私のタイプじゃない。
あと二十年くらい経って見た目が渋くなればギリギリ範囲に入るが、総合評価で今のエドワードはガキンチョだ。
「また機会があったら外出に連れて行ってくれないかな?」
「都合が合えばいいわよ。……マジかー」
お気に召したのは良かったが、同じようなことを繰り返していたらいつか手が出る。
流石に王族の頬を引っ張るのは不敬罪でしょうね。
でも、こういうガキンチョを連れて歩くと買い物が非効率的になるから困る。
誰かに代わってもらうか押し付けようかしら?
「久しぶりに同年代の子と遊べて楽しかったよ」
学園に戻る途中、エドワードは笑顔でそう言った。
私は彼の言葉に疑問を持った。
「仲の良さそうな男子が沢山いるわよね。あの子達とは遊ばないの?」
私が勉強を教えている子達もそうだが、エドワードの周りには学年を問わず大勢が集まってくる。
学園内での様子を見るに親しげに話していたはずだ。
「僕が一緒に遊ぶとみんな緊張してしまうんだよね。僕を……というよりは王家に恥をかかせないようにアレコレと動くんだ」
簡単に想像できる。
次期国王になる彼は雲の上の人間だ。
そんな人物をぞんざいに扱うわけには……。
今日の私はセーフよね?
ちょっと心配になって汗が流れて来たが、気のせいということにして忘れる。
「だから何というか、遠慮なく話したり遊べたりする同年代の子が今はいないんだ」
「昔はいたの?」
「うん。僕とよく一緒に遊んでいた幼馴染がいたんだけどね……」
俯いて寂しそうな顔をするエドワード。
「祖父同士が仲が良かったし、家族ぐるみの交流もあった。けれど、関係性が変わったり身内の不幸があったせいで疎遠になったんだ」
その言い方から察するに、本当に仲が良かった相手なんだろう。
ただ、時間が経てば人間は変わるわけで、いつまでも幼い子供のままじゃいられない。
嫌でも成長して違う自分にならなくてはならない。
孤児院で新しい子がやって来る度に私がそうしてきたように。
「寮にいる時くらい、その子に話しかけてみればいいんじゃないの?」
「無理だよ。だって寮が違うんだから」
「……女子なの?」
「うん」
ちょっと話が変わってきたわね。
「同じクラスで僕の婚約者なんだけど、セリーナは知らなかったかな?」
さらっと婚約者という言葉が出てきた。
そうだ。貴族だから常識が違うんだった。
「ルミナ・セラフィーっていうんだけど」
ルミナという名前にピンと来なかったけど、セラフィー公爵家の令嬢がクラスにいたのは覚えている。
学問や魔法研究に秀でた貴族の家で、歴史の教科書にも名前が出てくる。
特に私が興味を持っているのが考古学の権威で謎が多い古代文明の遺跡をいくつも発掘したレオナルド・セラフィー氏だ。
そういえば年か前に亡くなっていて、身分の不幸って彼のことなのね。
「ルミナは昔と違って堅苦しい他の貴族達と変わらなくなったんだ。もう、あの頃の彼女じゃない」
確か、授業中によく教師から怒られていた生徒だったわよね。
初歩的な魔法も使えずに失敗をやらかし続ける不器用な娘。
貴族の令嬢だからって甘やかされて私の嫌いなタイプの貴族らしい人間になったんだろう。
授業についていけていないように見えたが、自業自得ね。
「セリーナについても僕に色々と小言を言ってきたよ」
うわっ。
自分の実力じゃ私に敵わないからって婚約者に告げ口でもしてるのかしら。
「そんな子が相手ならエドワードも苦労するわね」
「僕は大丈夫だよ。それより心配なのは彼女がセリーナに何かしてこないかだよ」
「私に?」
授業や普段の様子を見るに、私があのちんちくりんな少女に負ける要素はない。
魔法の腕も知識も私の方が上だし、家柄以外で劣る部分があるなら何でもやってやるわよ。
「流石にセラフィー公爵家だと僕も強く出れないからね。婚約者だし、父上や母上がルミナの味方をする可能性もある」
王様や王妃様か。
それなら確かに私に勝ち目はない。
お貴族様らしい権力の使い方をしてくるかもしれないってことね。
「大丈夫よエドワード。そんなに心配しなくても自分の身は自分で守るわ」
「セリーナは強いね。僕にはそんな勇気は出せないよ」
勇気?
違う。私のは勇気じゃなくて虚勢だ。
弱さを見せたらつけ込まれて利用される。
だからこっちが相手に喧嘩を売るのが馬鹿げていると思わせるくらいに強がらないと駄目だ。
舐められたら終わりなんて孤児院のみんなでも知っている常識だ。
「私を誰だと思っているのよ。学園創立以来の才女のセリーナ様よ」
こんな風に言えるくらいの成績は出してきた。
これからだってずっと私が首席だ。
学園で一番の魔法使いになることがわたしの力になって守ってくれる。
「頼もしい限りだよ」
「あら、もう降参宣言するつもり? エドワードは私の次ぐらいには成績が良いんでしょ?」
「言ってくれるね。的が相手の授業なら僕の方が下だけど、実戦や魔物が相手なら討伐経験のある僕が有利だよ。ドラゴンだって倒してみせるさ」
ドラゴンなんて、そんな御伽話に出て来る怪物を出して大口を叩くなんていい度胸ね。
「その勝負、受けて立つわよ。野外訓練で白黒つけましょう」
「その前に使い魔の召喚もあるからね。僕が一番凄くてカッコいい使い魔を呼び出すんだ!」
エドワードがやる気満々で勝負に乗るが、使い魔についてはカッコ良さとかはどうでもいい。
便利な移動手段になって、荷物持ちにも使えるのが欲しいくらいね。
「セリーナと一緒にいると僕は楽しいよ」
「っ!?」
「ライバル的な会話とかワクワクするよね!」
「……そういうの、私以外に言わない方がいいわよ」
「ん? わかった」
本当にこの王子が私のタイプじゃなくて良かった。
やっぱり距離感というか、人たらしな部分が紛らわし過ぎる。
私じゃ無かったら勘違いして恋に落ちても知らないわよ?
なお、この会話の数日後にあった古代語のテストで私は一位を取り逃がしてしまった。
学年首席としてのプライドにヒビを入れてくれた相手の名前はルミナ・セラフィー。
ふ〜ん。そっちがその気ならこっちも全力で相手をしてあげるわ。
覚悟しなさいよね。次こそは金持ち貴族の娘より私の方が凄いんだって全員の前で証明してあげるわ。だから、逃げるんじゃないわよ!
今思えば、私は自分の力に酔って自惚れていた。
自分より凄い魔法使いなんていなくて、学園創立以来の天才なんて煽られて調子に乗っていたのだ。
ブレイヴレオンとか名乗っている規格外の使い魔を見て自分の地位が脅かされるなんて勘違いをして、野外訓練で現実を見せられた。
初めてドラゴンを見た時に怖くて動けなくて、やっと体が動いた時にはユニコーンに乗ったまま森の中を走っていた。
エドワードがドラゴンに挑んで、それを助けるためにあの子は逃げずに立ち向かった。
彼や勉強を教えていた子達と自分の命を天秤に乗せた結果、背中を向けて逃げた。
他人の命より自分の命が一番大事に決まっているじゃないか。私が死んだら誰がお金を稼いで孤児院を守るの?
そんな理由で逃げて逃げて逃げて、炎と光がぶつかって爆発するのを見て足を止めた。
人間が勝てる相手じゃない存在であるドラゴンは消し飛んで、巨大な人型の鉄の塊が拳を突き上げて立っていた。
ルミナ・セラフィーが使い魔と一緒にドラゴンを倒した。
エドワードも、逃げ遅れていた生徒や教師も全員彼女のおかげで助かった。
たった一日で公爵家の落ちこぼれからドラゴンスレイヤーへと成り上がったのを見て、私は嫉妬した。
もしも私が相手を冷静に分析して対抗策をキチンと練っていればエドワードや他の生徒と協力してドラゴンを撃退出来たかもしれない。
強い使い魔を引き当てただけのあの子に私は負けてないんだと自分を奮い立たせてドラゴンや古代文明に関する情報を片っ端から探していた。
その中で観光名所の日時計の秘密に気づいたのは我ながら天晴れだと思う。
でも、二度目も私はドラゴンに立ち向かえなかった。
自分を育ててくれた孤児院が崩れて壊れたのをこの目で見て悟った。
あんなのは相手にするべきじゃない。ただ逃げ隠れて自分が殺されないように祈るべきだと。
「アンタはどうするの」
「勿論戦います」
「勝算は?」
「やってみてから考えます」
それだっていうのに、あの子はまた戦いに行った。
悩む素振りもなく即答で策もなしに突っ込んで行った。
考えなしで、無謀な蛮勇だ。
わけがわからない。本当に馬鹿じゃないの?
孤児院の子供達を心配して迎えに来た院長と兄や姉貴分に合流した時にエドワードに出会った。
騎士団と一緒にあの子の元へ行くのだと言う。
遠くに見える巨人の姿は山のようなドラゴンよりも小さい。
お節介にもリアムのことを心配して家まで押しかけて来て、手伝うって言ったくせに不器用で役立たずで、それでも私の料理を美味しいと言って食べたちんちくりん。
「私も連れて行って!」
「セリーナが行く必要性はない。危険なんだ」
「私を誰だと思っているの? 天才のセリーナ様よ。ドラゴンについてだって調べたし、古代文明について気になる情報も持ってる」
「でも、君が無茶をする理由は無いだろ」
「……このままあの子が勝ったらまた貸しを作ることになるのが嫌だからよ! 何か文句ある!?」
追加でユニコーンの足が普通の馬より速いし、治癒の魔法も使えると有能さをアピールして無理矢理について行った。
あの子もエドワードも恥ずかしいことを言ってくれたが二人のおかげで騎士団も協力してくれた。
そして、二匹目のドラゴンは討伐をされたのだった。
♦︎
残っていた芋を口の中に押し込めながら私は魔法学園に入学してから今日までのことを振り返った。
あまりにも中身が濃くて怒涛のような日々だったと思っていると、ズシンズシンと大きな足音が近づいてきた。
「あっ! セリーナさん!」
『それとリアム少年だな』
丸太の束を軽々と運んでいたゴツい巨人からムカつくちんちくりんの声がした。
魔力切れや怪我の具合はもういいのか、彼女は町の復興作業を手伝っていた。
「休憩中ですか?」
「セリーナ姉と芋食ってた!」
「甘い紫の芋ですね。シュークリームにはピッタリの食材です!」
シュークリームじゃなくても良くない? と私は思ったが、何故だかそれを口にすると長話が始まりそうな予感がしたので黙っておく。
「ほら、リアム。食べ終わったならさっさと戻りなさい」
「はーい」
「アンタも他所見せずにさっさと仕事を終わらせなさいよ。王都に行くまでに出来るだけ作業を進めるんでしょ?」
「はい……」
ドラゴンを二度も倒した鋼鉄の巨人のはずなのに、ちんちくりんのしょんぼりした姿が重なって見えて滑稽だ。
「さてと、」
私も休憩はこのくらいにして作業に戻るとしよう。
芋を食べて回復した分の魔力で効率を倍にすれば当初の見込みより道路の修復も終わるだろう。
復興活動を他人事みたいに思ってサボって戻って来ない連中は後で学園の教師に言いつけてやるとして、相変わらず私は貴族のことが嫌いだし、上から偉そうに命令するだけの頭が固い奴も嫌いだ。
でも、今はガキンチョのエドワードやちんちくりんのルミナの頼みなら引き受けてやらないでもない。
べ、別にあの二人に絆されたとかじゃなくて、ただ単に興味が湧いてきただけだ。
国王と王妃になった時にあの二人がどんな国を作るのか。それがちょっとだけ楽しみだ。
第一部 学園編〈完〉
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