第2話 その名はブレイヴレオン!
熱は下がっていたものの、体の怠さは消えなかった。
体調不良を理由に授業を休もうかと考えていたけれど、それじゃセリーナさんに負けを認めて逃げたのと同じだ。
何も出来ずに負けるよりも最後まで足掻いてやるというちっぽけなプライドが今のわたしの体を動かす原動力になっている。
「今日の授業は使い魔の召喚だ。事前に授業でも説明したがみんなきちんと復習してきたな?」
担任の教師がみんなの前でおさらいをしてくれる。
使い魔とは魔法使いが契約して使役する精霊の一種だ。魔法使いの才能や属性によって様々だけど基本的には動物の姿をしている。
使い魔は魔法使いにとってペットであり、頼れる相棒でもあり、戦闘時には魔法を使うまでの時間を稼ぐ味方にもなる。
主従関係を結んだ魔法使いは主人として使い魔に対価や報酬を与えなくてはいけないが、基本的には餌を与えたり遊び相手をしたりするだけ。
アルケウス王国では魔法使い全員に使い魔の召喚を推奨している。
「一人ずつ前に出て魔法陣の上に乗ってくれ。あとは魔法を唱えて魔力を流すだけだ」
先生に名前を呼ばれた生徒が順番に並んで使い魔を召喚していく。
興味深いのは生徒によって魔法陣の光り方に変化があるということだ。光の強弱や色まで違うのだからくじ引きのような雰囲気で誰がどんな使い魔を呼び出すか生徒達は盛り上がっている。
魔法使いにとって、使い魔の凄さは一種のステータスにもなっているからだ。
「俺は犬だな。デッカくて賢そうだ」
「私は黒猫よ。いかにも魔法使いって感じですわ」
「いいなぁ〜。自分なんてオウムだよ? 喋り相手くらいにはなるけどね」
わいわいと騒ぎながら次々と召喚は進み、使い魔だらけになった周囲は動物園のようだ。
「では次はエドワード・アルケウス」
「はい」
名前を呼ばれてエドワードが魔法陣の上に立つ。
使い魔は主人の才能や属性によるけど、優秀な人ほど優秀な使い魔を呼びやすい。
エドワードが呪文を唱えて魔力を流すとこれまでの誰よりも強く赤い光が周囲を包み込む。
「出でよ、僕の使い魔!」
ひときわ大きな光は空に舞い上がり弾けた。
すると、光の中から美しい羽を広げた真っ赤な鳥が現れたのだ。
「おぉ、フェニックスですか。王族の方が呼び出すなんて何十年振りでしょうか」
先生が拍手をするとそれにつられてみんなが称賛の拍手を送った。
フェニックスはアルケウス王国の国旗にも描かれている生物でとても貴重で強力な使い魔だ。
口から炎を吐き、素早く空を飛び、その尾は優れた薬の材料にもなる。
「流石ですエドワード様!」
「殿下だからこのくらい当たり前ですね」
「みんなそこまで煽てないでくれよ。僕はこれでもかなり緊張していたんだからね」
クラスメイト達の言葉に安堵したような笑顔で応えながらエドワードはみんなの輪の中に入っていった。
王族という身分であることや自分の強さに驕らずにああやって気さくに話してくれるのも彼が慕われている理由だ。
身分だけで相手を判断することなく、一人の人間として平等に接してくれる。
平民だって優秀であれば友や臣下に迎える。身分なんて関係ないさ、と彼に昔言われたことがあった。
けれど、今はその考え方のせいであらぬ噂が立っていることに気づいているのだろうか。
「では、セリーナくん」
次に呼ばれたのは学年トップであり、このクラスでエドワードを超える才能を持つ天才の番だった。
王族のエドワードの時とは違う嫉妬や厳しい視線が彼女の元へと向けられる。
しかし、彼女はそんなプレッシャーにも怖気づくことなく召喚を開始した。
「出てきなさい。私の使い魔!」
エドワードと同じかそれ以上の明るさで魔法陣を包む光は単色ではなく七色に光っている。
一体、どれだけの才能がセリーナに宿っているのだろう。
溢れ出した光が収まると、彼女の側には美しい毛並みに鋭く尖った一本の角を生やした白馬が立っていた。
「まさかユニコーンだと!?」
「嘘でしょ。平民の子が伝説の聖獣を!」
「絵本の中でしか見たことな〜い」
先生を含めてその場にいた全員が驚きの声をあげた。
わたしも思わず目を見開いて「嘘……」と呟いてしまった。
「先生。ユニコーンってそんなに珍しいんでしたっけ?」
「あぁ。ユニコーンはかつて大きな災害で苦しんだ国を救った伝説の魔法使いが使役したという記述しか残っていない。ここ数百年使い魔にする人間が現れなかった存在だ」
先生の解説で生徒達の反応がより大きくなる。
自分の使い魔と比べて妬ましそうにする者もいればユニコーンの美しさに見惚れてしまうもの、純粋に称賛を送るものと様々だ。
「凄いじゃないかセリーナ」
「当然でしょ。私ってば天才なんだから」
素直な感想をエドワードが伝えるとセリーナは謙遜することなく褒め言葉を受け入れた。
これは歴史に残る快挙だと先生が興奮してクラスの盛り上がりは最高潮になる。
その中でわたしはセリーナと一瞬だけ目が合った。
挑発的な笑みで音を出さずに彼女の唇が動く。
『次はアナタの番よ』
そんなことを言ったのだろう。
緊張する体を落ち着かせるためにわたしは大きく深呼吸をして魔法陣へと一歩を踏み出した。
王族であるエドワード、成績トップであるセリーナと続いてクラスで一番最後に呼ばれたのがわたしだ。
これには訳があり、一番最後なら大失敗をして魔法陣にトラブルが発生しても召喚できずに困ってしまう生徒がわたしの後にいないという学園側からの配慮だ。
勿論、最初からこういう扱いをされていたわけではなかったけれど、何度も何度も失敗を繰り返しているうちにこうなった。
いつものわたしなら恥ずかしくて惨めな気持ちになって堪らないけれど、それが今日に限っては逆に頼もしい。
何故なら、失敗しようが何をしようが遠慮する必要がない最後のチャンスだから全てを出し切れる。
「全ての物質を構成するマナよーー」
ただ失敗を恐れて後悔するのだけは嫌だ。
「我が力、我が魂の器に従いーー」
わたしにだって譲りたくないものがあるから。
「告げる! 我が名はルミナ・セラフィー!」
お願いだから、この一度だけでも成功して欲しい。
「顕現せよ、我がちゅかい魔よ!!」
って、一番最後で噛んだ!?
「噛んだぞ」
「噛んだよな?」
「噛んだわね」
「ルミナ、君ってやつは……」
使い魔の召喚儀式は正しく行われなければならない。
クラス全員がそわそわしながらこの授業を受けようとも詠唱をきちんと理解し、覚えて本番に臨んだ。
わたしだけが気負い過ぎて肝心なところでやらかしてしまった。
やり直そうにも遅い。既にわたしの魔力が儀式の魔法陣を満たしているため中止は不可能だ。
お爺さま。あなたの孫はまたやってしまいました。
それも、一生に一度の取り返しがつかない授業で。
キュッと形見のペンダントを握ると、まるで誰かが心配ないよと慰めてくれているかのような温かさを感じた
というより、物理的にペンダントが光って温かいを超えて熱い。
「なにこれ!?」
どうにかして怪奇現象を止めようと模索している内にペンダントが一際明るく輝いて光が放たれた。
熱を帯びた赤い光はスルッと魔法陣に吸い込まれる。
すると、魔法陣が眩い黄金色に輝き出して何かがゆっくりと姿を現した。
『ーーガガッ』
使い魔の中では比較的に大きめだったセリーナのユニコーンよりひと回りもふた回りも大きなシルエットのライオンだった。
ただし、おかしな点が山のようにある。
目が眩むような見事な金色をした立派なたてがみに汚れひとつないツルツルとした真っ白なボディー。エメラルドのような瞳は微かに発光している。
『やぁ、ルミナ・セラフィー。ワタシの名はブレイヴレオンだ! これからよろしく頼むぞマスターよ』
使い魔なのに意思の疎通ができて、
ライオンのはずなのに全身が硬い金属で、
何故だかわたしの名前を知っていて、
凛とした男性の声がする珍妙な生物がわたしを見下ろしていました。
「な、なんなのこれ〜!!」
この日、わたしは、
この日、ワタシは、
【運命】を感じるのちの勇者と出会った。