第19話 約束のシュークリーム
「おはようルミナ」
「……エドくん?」
目を覚ますと、私の顔を覗き込んでいるエドワードの姿があった。
薬品の匂いといい、体を包む気怠さといい、既視感を覚える状況だった。
「また魔力切れで眠っちゃったんですね」
「うん。ブレイヴレオンの中から出てきたかと思ったらすやすや寝息を立てていてね。僕が運んだんだよ」
寝ているわたしがエドワードに抱っこされて運ばれている図を想像して顔が熱くなる。
重たくなかったかな? 寝ている時に変な寝言を言ってないよね?
「一晩中ぐっすり眠っていたけど、今の気分はどうだい? 痛いところとかないかい?」
「大丈夫です。少し倦怠感はありますけど、前よりも起きた時の疲労感に比べたら全然好調ですね」
ドラゴンとの二度目の戦闘で、恐らく体がブレイヴレオンの操縦に慣れたのだろう。
これならすぐにでも起き上がって動き回れそうだ。
「学園は休校中だし、無理はしなくていいからね。後始末は僕と騎士団がやっておくから」
力こぶを見せて元気なのをアピールしたけれど、エドワードからやんわり腕を下げさせられた。
ここはお言葉に甘えてゆっくり休ませてもらおう。
「町の被害はどうですか?」
わたしは気になっていたことをエドワードに質問した。
ドラゴンが町中に侵入して暴れ回るのは阻止したが、最初に現れた時の地震といい、ブレイヴレオンが走り回ったせいで被害も出たはずだ。
「道路はボロボロになっているし、観光名所なんて滅茶苦茶になってしまったけれど、それ以外に大きな被害は無かったよ。怪我人は沢山いるけど幸いにも死者は出なかったらしい。昼間でみんなが外に出ていたからだね」
エドワードの報告を聞いて、わたしは安心して胸を撫で下ろした。
あれだけ派手に大立ち回りをして、崩れてしまった建物も見ていたので大勢の死者が出たんじゃないかと心配だったのだ。
「ルミナとブレイヴレオンのおかげで町は守られたんだよ。ありがとう」
ホッとしている姿を見たからなのか、エドワードが優しい声で褒めてくれた。
「君達がいなかったら町は今頃滅んでいたかもしれない」
「いいえ。今回はセリーナさんやガイルさん率いる魔法騎士団のおかげですよ」
特にセリーナがブレイヴソードのことを教えてくれなかったらあのまま戦って負けていたかもしれない。
彼女がドラゴンや古代文明について調べていたり、詳しくなかったら自爆覚悟でドラゴンに突撃して今頃はお爺さまと再会していた可能性だってあった。
「そうだね。セリーナには何か特別な褒賞をあげないといけないね」
「出来れば孤児院の建て直しがいいと思います。町外れの方は特に倒れた建物が多かったので」
ブレイヴレオンに乗って駆け付けた時にはドラゴン出現の余波で倒壊していた。
その後も戦闘が続いたので跡形もなく壊れているかもしれない。
「考えておくよ。とりあえず孤児院の子供達や家を失った人達はしばらく学園の敷地内に住んでもらうことにしたからね。建て直しは被害調査が住んでからだ」
「学園の敷地内ですか?」
「元々避難先だったし、休校しているなら空いている教室もあるし演習場にテントを張れば避難キャンプの完成だ」
医務室のベッドの上から窓の外を見ると、確かに学生じゃない見慣れない服装の人や幼い子供の姿が見えた。
互いの無事を確認して笑い合っている様子にわたしは改めて安心と、みんなを守れた喜びを感じた。
「休校が長引きそうですね」
「テストや宿題が無いなら休日が伸びて嬉しいと僕は思うな」
「もう! 王子がそんなことを言っちゃダメですよ」
冗談っぽくエドワードが言うものだから、わたしは思わずツッコミを入れた。
実は成績のことで親に報告しなくていいのが嬉しいと一瞬だけ考えたが、口には出さずに秘密にしておく。
「まぁ、授業の代わりに残っている生徒は魔法を使って奉仕活動をするんだけどね」
魔法を使える者はその力を民のために役立てなければならない。
これはアルケウス王国の基本的な考え方だ。
便利な力がある魔法使いの生徒を学園側はいつまでも寮で暇させておくつもりがないということだろう。
瓦礫の撤去や資材の移動、火をつけたり水を溜めたりとやれることは山のようにある。
将来、実家を継ぐことになる貴族の子供達にとっては緊急事態の時に何をすればいいのかを学ぶ良い機会になる。
「わたしもブレイヴレオンと一緒に手伝いますね!」
「君達がいるなら百人力どころか千人力で頼もしいよ」
エドワードがクスクスと笑いながら言った。
「でも、無理せずに今日は休むように」
「そうさせていただきます」
ここは言う事を聞いて大人しくするのが良いだろう。
ブレイヴレオンだって傷ついた体のダメージがまた残っているかもしれないし。
「よろしい。ちゃんと良い子にして休んでいたら後でプレゼントを持って来てあげるよ」
「プレゼントですか?」
エドワードの言葉にわたしは首を傾げた。
「ガイルの奴が気前よくお菓子を買って来てくれたんだ。ルミナの好きなシュークリームだよ」
あっ、そうだった!
ドラゴンを倒して一晩しか経っていないのにガイルは律儀に約束を守って買って来てくれたのだ。
サボろうとしていたことに対する口止め料なのか、本当に労うつもりのご褒美なのかは本人に問いたださないとわからないが、シュークリームが食べられるならそれでよし!
「嬉しそうで良かったよ」
神に与えられた至高のお菓子であるシュークリームを味わえるという喜びが顔に出ていたのか、エドワードに指摘されてしまう。
また恥ずかしくなって顔が赤くなってしまうが、シュークリームだから仕方ない。
約束通りならアニーおばあちゃんのお店のシュークリームだ。
濃厚なクリームともちもちとした食感のあるシュー生地が合わさった絶品スイーツ。
「ルミナはシュークリームが好きなんだね」
「はい。だって……お爺さまの好物でよく一緒に食べていたので」
遺跡の調査を終えて帰って来たお爺さまの土産話を聞きながらお茶の時間にする。
その時に二人で仲良く食べると幸せで、まるでシュー生地の中にたっぷり詰められたクリームのような幸福感があった。
「レオナルド氏はよく城に来た時もシュークリームを持参していたね」
「懐かしいですね。わたしとエドくんで全部食べたりして怒られましたっけ?」
祖父同士が仲が良かったので、そういう機会は多かった。
交流が減ってしまったのはやっぱりわたしのお爺さまが亡くなってからだろう。
思い出話をしていると、急にエドワードが難しそうな顔をした。
「レオナルド・セラフィーか……」
「お爺さまがどうかしましたか?」
「君が持つペンダントといい、広場に突き刺さっていた剣といい、古代文明に関係するものがドラゴンへの対抗策になっているなと思って」
確かにそうだ。
二度もドラゴンの襲撃を退けられたのはお爺さまが偶然持っていたこのペンダントのおかげでブレイヴレオンを召喚出来たから。
ブレイヴソードも誰かが作ってあそこに刺さっていなければ勝利は無かった。
「古代文明に詳しいレオナルド氏の遺跡調査の結果を本格的に洗い直した方がいいだろうね。これからに備えて古代文明の情報を集めないと詰みかねない」
真剣な顔をしてエドワードは話を続ける。
「一度ならず、二度もドラゴンは現れた。近年起きている異常現象も気になるし、ドラゴンの仕業かもしれないと考えるのが自然だろう」
「エドくんは今後もドラゴンによる襲撃があると思っているんですね」
「うん。嫌な予感だけどね」
彼の感じている不安にはわたしも同意する。
古代文明について鍵を握っているブレイヴレオンの記憶を早く取り戻したいと思った。
そうなると、お爺さまの残したものについて詳しく調べる必要性がある。
わたし一人だけだと古代語の解析や情報をまとめるのに手間がかかるのでセリーナにも協力をお願いしよう。
きっと彼女なら今回のように頼もしく活躍してくれるだろう。
「わたし、実家に連絡してみますね。処分してしまったものもありますが、お爺さまの残したものがあると思うので」
「あー、連絡をする必要はないかもしれないよ」
どういう意味だろう?
エドワードは制服のポケットから何かを取り出した。
手紙を入れる封筒のようで、押してある封蝋印の紋章がチラッと見えた。
翼を広げた不死鳥の紋章。それを使うことが出来るのはアルケウス王国の中でもたった一つの家系。
「父上から騎士団長のガイルと一緒に王都に来るように連絡があったんだ。ルミナとブレイヴレオンも一緒にね」
国王陛下からの召集命令。
断ることの出来ない絶対的な指示だ。
「王都にはセラフィー家の屋敷もあるし、手紙だと君の両親も今はそこにいるらしい」
エドワードと一緒に王都へ行けば両親に会える。
それなら連絡をして王都にいる間に学園に返事が届く行き違いも起きずに説明もしやすい。
「出発の予定は五日後だからそれまでに準備をしておいてくれないか」
「わかりました」
学園に入学してから初めての両親との再会。
話す内容がお爺さまについてのことや、ブレイヴレオンという常識外な使い魔についてなのでちょっとだけ不安だったりするけど、エドワードも一緒に王都に行くなら心強い。
「じゃあ、僕はそろそろ戻るね」
騎士団や学園側との話し合いがあるらしく、エドワードは医務室を去る。
後でシュークリームを持って来るからと言い残した姿に、忙しい中で様子を見に来てくれた申し訳なさとわたしを気にかけてくれているという嬉しさの二つがある。
「王都か……」
ベッドの上で二度寝をしようとして、わたしはあることに気づいた。
陛下から王都に呼ばれたということは、顔を合わせて話す機会があるということだ。
城には他にも王妃様だっているだろうし、つまりはエドワードの婚約者であるわたしは未来の義父と義母に挨拶をしなくてはならない。
ど、どうしよう!? 絶対に失敗出来ないし、変な子だって思われないようにしないと!
自分の親にブレイヴレオンの紹介をするよりも、義理の両親に会うことの方がプレッシャーが大きくてわたしは中々二度寝が出来なかったのでした。




