第17話 巨山、動く
『ルミナ。さっきのはワタシとしてはいかがなものかと思うのだが?』
「何のことかしら? わたしは何も知らないよ」
ガイルと別れたわたしとブレイヴレオンはセリーナのいる孤児院を目指して町の中を歩いていた。
『物で買収されるのは良くないと思うぞ』
「だって……」
買い損ねてしまったチーズクリームシュー。
また次の機会を狙って買いに行っても、その時には新しい味に変わっているかもしれない。
試作品や期間限定商品はその時に買って味わわないと一生食べられない可能性があるのだ。
「でも、今回はわたしだけじゃなくて他の団員さんやエドワードにも買ってきてってお願いしたからみんなが幸せになるんだよ?」
いくらわたしでも、自分だけが幸せになればいいとは思っていない。
ガイルにはみんなを労う差し入れとしてシュークリームを買ってくるようにとお願いを聞いてもらったのだ。
『ならば今回は無かったことにしよう』
口封じは完了した。
倉庫では何も無かったのだ。
魔法騎士団団長によるサボり事件はこれにて終了。
わたし達にとって今日大事なのはセリーナとの交渉だ。
「それで、セリーナさんにブレイヴレオンや古代文明の調査に協力を依頼しようと思うの」
『ルミナがそれで構わないのであればワタシが拒む理由はない』
話が早くて助かる。
一応、わたしは誤解の無いようにセリーナを誘うきっかけと理由についてブレイヴレオンに説明をした。
『悪役令嬢とヒロインが手を組むのは熱い展開だ。お互いを高め合うライバルというのは素晴らしい』
一人の世界に入り、何かを噛みしめているブレイヴレオン。
たまに彼が人間臭くて使い魔だということを忘れそうになる。
彼を作った錬金術師は何を考えていたのか非常に気になるが、それはこれからセリーナと一緒に解き明かしていけばいい。
はたして彼女はこちらが申し出る話に乗ってくれるだろうか?
そう考えている時に異変が起きた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッーーーー!!
「きゃ!」
『ルミナ! ワタシに掴まれ!!』
大地が唸りをあげた。
立っていられないくらいの大きな揺れが襲いかかり、咄嗟にブレイヴレオンの足にしがみつく。
彼はわたしを守るように身を低くし、周囲を警戒する。
広い道の真ん中にいたおかげで物が落ちてこなかったのは幸運だった。
揺れは激しく、体感で数分にも渡って地響きが鳴る。
町の各地から物が倒れて割れる音や建物が崩れる音と人々の悲鳴が聞こえてきた。
わたしはこの現象を知っている。
「ゴァアアアアアアアアアアアーーーーッ!!」
悪い予感は的中し、耳を塞ぎたくなるような恐ろしい咆哮が響いた。
『ルミナ、アレを見ろ!』
ブレイヴレオンが示すのは町の外れの方角。
町の外周部の更にその先でもくもくと上がる土煙りの中から姿を現したのは黄土色の巨大な生物。
頭部に二本の角を生やし、トカゲのような顔をした魔物の頂点に君臨する存在。
「ドラゴンなの?」
戸惑いを隠せなかったのには理由がある。
前回戦ったドラゴンは巨人に変形したブレイヴレオンと同じくらいのサイズで、学園の校舎とほぼ同じ高さだった。
これまでの人生で初めて見る巨大さに圧倒されたのは記憶に新しい。
だが、今回のドラゴンは桁が違う。
「山が動いている」
ズシン。ズシン。
四足歩行のドラゴンは背中に山を背負っていた。
実際には山ではなくゴツゴツとした岩石のような外殻をしているだけだとブレイヴレオンが隣で解析をしてくれたが、規格外な大きさに山が動いているかのような錯覚を覚える。
イメージとしては陸亀ような姿のドラゴン。
あんなものが町にやって来たら全てを踏み潰して蹂躙するだろう。
『ルミナ!』
「うん。行こう!」
どう戦うとか、体格が違うのに勝てるのかなんて考えるのは後回しだ。
巨山のドラゴンがあのまま進めば最初に犠牲になるのは町外れのエリアだ。
あそこにはセリーナがいる孤児院がある。
『「ブレイヴチェンジ!!」』
胸のペンダントを握り締め、敵に立ち向かうための勇気を叫ぶ。
全身は光に包まれ、制服はパイロットスーツへと変化をしてわたしはブレイブレオンと一つになる。
『変形は無しだ。このまま距離を詰める』
「わかった!」
彼の体の中にある操縦席に立ち、操縦桿である水晶を握る。
目標までは距離があるので、移動速度が速いライオンの姿のまま大地を駆ける。
建物を飛び越え、人や物を踏み潰さないように注意をしながら町の中を進むとあっという間に町外れに着いた。
「セリーナさん!」
孤児院のある場所に到着すると、教会が地震によって倒壊していた。
併設されている孤児院の方も無事とは言えず、屋根が半分ほど崩れ落ちている。
瓦礫の下敷きになっているなら急いで助けなきゃ、と慌てていると子供の声がした。
「あっ! 昨日のライオンさんだ!」
「なんかでっかくなってる!」
孤児院の裏手にある家庭菜園らしき畑に子供達と昨日は見なかったシスター服のお婆ちゃんもいる。
そして、その側にはユニコーンとつなぎ姿に麦わら帽子を被ったセリーナがいた。
「ガシャンガシャンってうるさい音がすると思ったらアンタだったのね」
「セリーナさん無事だったんですね!」
「子供達に野菜の収穫をさせていたから助かったわ」
幸運なことに巨山のドラゴンが現れた時に畑作業を偶然していたらしい。
もしも屋内にいたり寝ている時だったらと思うとゾッとする。
「ここは危険なので早く避難をしてください」
「言われなくてもわかってるわよ。ったく、何なのよあの化け物は……」
山を背負ったような巨大な影は刻一刻と町を目指して歩いている。
距離が縮まって改めてその大きさに圧倒されてしまう。
足の一本一本が樹齢千年を超えた大樹のようだ。
「アンタはどうするの」
「勿論戦います」
「勝算は?」
「やってみてから考えます」
分厚い外殻にヒートレオクローは効果があるのだろうか?
こちらには最終手段としてガオーブレスがあるが、全魔力を使い果たして早々にエネルギー切れになる恐れもある。
「なら、まずは相手を挑発して町から遠ざけなさい。あの巨体が近づくだけで町が壊れるし、どこに避難しようが踏み潰されて終わりよ」
「ありがとうございます!」
とりあえず正面からぶつかることしか考えていなかったわたしにアドバイスをくれたセリーナ。
魔法学園とその周囲には数万人が住んでいる。
それだけの人数が避難できる場所は無いし、近くの大きな町まで半日以上はかかる。
何としても戦場を町中にならないようにしなくてはいけない。
「べ、別にアンタのためじゃないわよ。アレに対抗できるのがアンタの使い魔しかいないから……って最後まで聞きなさいなよ!」
ブレイヴレオンの耳は高性能だから聞こえていますよ、と言いたかったが、やる事が決まったならまず動く。
『改めて近くで見ると迫力があるな』
全身をエネルギーで満たして巨大化している今のブレイヴレオンの視点から見ても山を背負ったドラゴンは異常なサイズだ。
ドラゴンは視界の中で動く小さな敵に気づいたようで、目を大きく見開いた。
「ゴァアアアアアアアーーーー!」
『来るぞ!』
前回戦ったドラゴンと同じように口から炎のブレスを吐くことを警戒してドラゴンの死角になっている側面へと飛び込む。
『ヒートレオクロー!』
熱を帯びた鋭い爪がドラゴンの横腹を狙う。
外角が分厚いので左右の爪で連続攻撃をするが、やっぱり体が硬くてダメージが全然通らない。
「なら、足を狙う!」
ライオンの姿から人型へと変形を行う。
モニターに映る視点が胴体から迫り上がる人間に近い額に赤いクリスタルを埋め込んだ顔へと変わる。
より繊細に、わたしの動きをトレースしやすい勇気を宿した巨人の登場だ。
『「勇気一閃 ブレイヴレオン!!」』
胴体部分はまともに攻撃が効かないのでターゲットを変更して後ろ足に攻撃を集中させる。
『ブレイヴキック! ブレイヴパンチ!』
巨木の幹のような太い足に打撃をお見舞いしてドラゴンの動きを封じる作戦だったのだが、いくら攻撃をしてもビクともしない。
難攻不落の砦の門のように筋肉が厚く硬い。
いっそのことしがみついて動きを封じようとしてみるが、ずるずると押されてしまうだけだろう。
考えろ! わたしがやらなきゃ町が滅びるんだ!
『高エネルギー反応!? ルミナ、急いで離れるんだ!』
「えっ?」
モニターから警告音が発せられ、危険を知らせるマークがドラゴンの背中に現れた。
「ゴァアアアアアーー!」
轟音と共にドラゴンの背中が爆発する。
すぐさま逃げようとブレイヴレオンを動かすが、モニターが危険信号で埋まった。
『グワァーーーーッ!!』
ドラゴンの口を警戒していたわたし達だったが、この個体の攻撃方法は背中に背負った岩石のような外殻を魔力を爆発させることでばら撒くことだった。
さながら火山の噴火のような攻撃は重量のある外殻が雨のように降ってきて、ブレイヴレオンを飲み込んだ。
「がはっ!?」
衝撃がフィードバックされて体が痛む。
いくらブレイヴレオンが特殊な金属の体をしていても、こんな攻撃を何度も受けるわけにはいかない。
弱っているところをあの質量で押し潰されたらスクラップ間違いなしだ。
『大丈夫か?』
「うん。なんとか」
攻撃の衝撃でかなり吹き飛ばされてしまった。
さっきまで町から離れていたのに今はすぐ後ろに民家の集合地帯がある。
幸いにもこの辺りの人が避難を終えてくれていたおかげで誰かを押し潰してしまった様子はない。
ブレイヴレオンは立ち上がり、戦闘続行の構えをとる。
ヒートレオクローも打撃も通らないとなるとこちらに残された攻撃方法はガオーブレスのみ。
ただし、それで倒し切れなかったらわたし達が潰されて町も蹂躙される。
「ゴァアアアア……」
幸いなことにあの外殻を射出する攻撃はドラゴンにとってもエネルギーを大きく消費したのか、足が止まった。
だが、いつ動き出すかもわからないので早急に何か策を練らないといけない。
体格もパワーも防御力でさえ劣っている状況で何が出来るのかと悩んでいるとモニターがこちらへ向かってくる何かを見つけた。
「ルミナ! ブレイヴレオン!」
「エドくん! セリーナさんも!?」
モニターにはユニコーンに乗ったセリーナとエドワードの姿があった。
そして、彼等の隣には鎧を身につけた騎士団の面々も揃っている。
「あれがドラゴンか……。こうして実物を目で見るとこの世の光景とは思えないな」
「戦うんすか? 災害と同じでしょアレ」
魔物との戦いに慣れている魔法騎士団でもスケールの大きさの違いに困惑している。
「馬鹿野郎。相手がなんであれ学生のルミナお嬢さんが戦っているのに大人の俺らが黙って見てるだけなんて面子が立たないだろうが!」
唯一、剣を抜いて仲間を鼓舞して戦う気概を見せていたのはガイル団長だった。
騎士達はリーダーの激励を受け、自分達も続くぞと剣を抜く。
『頼もしいな。だが、ご覧の通り我々の攻撃でも歯が立たないんだ。無茶はしないでくれ』
「その様子だとかなり苦戦しているみたいだね」
『あぁ。有効な攻撃手段が無くてな』
ブレイヴレオンは実際に戦ってみて感じたことをエドワードや騎士団に伝える。
自慢の鋭い爪や打撃による攻撃でもダメージだ与えられず、あの大きさなので押し比べをしようとしてもパワーで負ける。
「ドラゴンの関節部分を狙うのはどうだ?」
『ワタシの爪では表面を削るだけで密集した筋肉を断つことは出来ないだろう』
魔物の討伐に慣れているガイルが提案をしてくれたが、ブレイヴレオンは首を横に振る。
あれだけの体を支えるために発達した足は太くで強靭だったからだ。
「そうか……。俺達みたいに武器があればいいんだがな」
「いや、巨人用の武器なんて用意するのにどんだけ時間かかると思ってるんですか」
打開策が思い浮かばず、騎士団が頭を悩ませる。
そんな重苦しい雰囲気の中で手を上げた人物がいた。
「あるわよ。あのバケモノに通用しそうな武器が」
唇をニヤリと吊り上げ、天才少女セリーナが自身ありげに呟いた。




