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第15話 クッキングルミナ

 

 紙袋を被って食べ物を盗んだ少年リアムの取り調べはセリーナの協力もあって、あっという間に終わった。

 やっぱりというか、彼はお腹を空かせたので盗みをしたと白状した。

 孤児院では食事を与えられているが、全員が満足に食べられるわけではなく、リアムは他の子に自分の食べ物を分け与えていたそうだ。

 とはいえ、盗みは悪いことなのですぐにリアムとセリーナとわたしの三人で被害に遭った店を回って謝罪をした。

 店主達はそれぞれ怒ってはいたが、弁償済みなことと正直に謝りに来たことで許してくれた。

 衛兵に出してある被害届も取り下げてくれることになり、リアムが罰を受けることは無かったのだが、セリーナの案で物を盗んだ全ての店でリアムが無償の手伝いをすることに決まった。

 あくまで子供相手なのでキツい仕事は与えられないが、お金を稼ぐことの大変さを学ぶためのいい機会だと店主達も快く了承してくれた。


「明日は八百屋、明後日は串焼きの店で、その次の日は魚屋ね」

「……はい」


 リアムが頭にたんこぶの山を作ったのは、口答えする度に、生意気なことをいう度に姉から鉄拳制裁されたからだ。

 夕方に孤児院へと戻るとブレイヴレオンとユニコーンは真っ白に燃え尽きて地面に横たわっていた。

 いや、ユニコーンは元から白毛だったか。


「どうしたのブレイヴレオン!?」

『幼い子供の持つエネルギーとは無限なのだろうか……』


 どうやら子供達と走り回ったり、玩具にされて遊び疲れてしまったらしい。ユニコーンは毛をむしり取られて一部禿げ、ブレイヴレオンの体には落書きの跡があった。

 ドラゴンよりも子供達の方がよっぽど手強かったようだ。


「ねぇ、それでウチの子供達は?」

『眠たそうにしていたので部屋に戻るよう伝えておいた』

「ご苦労様。休んでていいわよ」


 ブレイヴレオンは的確な指示を出したようで、遊び疲れた子供達はお昼寝タイムらしい。

 労いの言葉をかけたセリーナはリアムに夕食の準備を手伝うように指示を出すと、自分の使い魔の元へと近づいた。


「ユニコーンはさっさと起きなさい。水汲みを手伝わないと馬刺しにするわよ」

「ヒヒーン!?」


 そりゃないですよ姐さん! と言ってそうな顔をしてユニコーンは飛び起きた。

 使い魔を呼び出してまだ半月程度だが、主従関係はきっちりと叩き込まれているようである。


「あー、アンタはどうするの?」

「事件も解決しましたし、わたし達は学園に帰ろうと思います」


 リアムの謝罪を見届けている間に本日の目的であったシュークリームの購入を思い出したけれど、わたしのグループと番号はとっくに呼び出しが終わっていて順番を飛ばした結果、無事に売り切れていた。

 残念だが今日のところは諦めて後日再チャレンジをしよう。


「今から戻って食堂の利用時間に間に合うのかしらね?」

「うっ、それは……」


 空は日が沈みかけていて、薄暗い。

 暦通りなら今日は休日なので普段より食堂の利用時間は短い。

 それに、休日の食事は学園の外で食べたい生徒も多いので元からあまり多く量が用意されていないのだ。

 ブレイヴレオンに乗って急いだとしても、何の連絡もしていないわたしがありつける食事はパンと具無しのスープのみ。

 最悪の場合は付け合わせのジャムだけの可能性がある。


「が、外食で済ませれば何とかなりますよ!」

『弁償をして財布の中身が心許ないのではなかったか?』


 そうだった……。

 わたしにも無限にお金があるわけではない。

 毎月のお小遣いは決まっているし、今月はエドワードとのデートでかなりの額を散財した。

 それに加えて今日の商品の弁償だったので確かに財布の中の現金は少ない。

 普段利用するような貴族向けの店では大した料理も食べられずに水を大量に飲むことになるだろう。


「セリーナさん。安いお店とか知りませんか?」

「そんなデカい使い魔を連れてどの店に行くつもりよ。貴族のお嬢様に仕事終わりで酒を飲んだおっさんが集まる店で注文できるかしら?」


 そう言われてしまうと不安になる。

 恥ずかしいことだが、わたしは箱入り娘なのでセリーナの言うような店を一人で利用した経験はない。というか、魔法学園の制服を着た貴族の娘が入っても店や客を萎縮させるだけかもしれない。


「……今回はリアムが迷惑かけたみたいだし、食べていきなさいよ。学園でジャム入り紅茶を飲むよりはお腹が膨れるわよ」

「お言葉に甘えさせていただきます」


 わたしはセリーナからの申し出を受け、有り難く夕飯をご馳走になることにした。


『では、ワタシは水をいただこう。ルミナの食事が終わるまではこの場で待機しておく』


 よいしょ、とブレイヴレオンは孤児院の入り口で伏せて休もうとした。


「アンタ、力持ちだったわよね。ユニコーンと一緒に水汲む係をしてきなさい」

『残念だがワタシはルミナの使い魔だ。キミの命令を聞くつもりはない』

「へー、だそうよ?」


 セリーナの視線がこちらに向けられる。

 どうやらブレイヴレオンはセリーナが今までわたしに意地悪してきたことを知っているので彼女の指示に従うつもりはないらしい。


「お願いしていいかなブレイヴレオン?」

『ルミナ!?』


 わたしの裏切りにショックを受けるブレイヴレオン。

 でも、せっかく食事を出してもらうなら手伝いはした方がいいし、子供達の相手をしていたとはいえ、ユニコーンは働かされているので協力した方が負担は少ないはず。


「ヒヒ〜ン!」


 こちら側へようこそブラザー、と言ってそうな上機嫌さでブレイヴレオンの隣を歩くユニコーン。

 馬面だけど人間みたいに喜怒哀楽がハッキリとわかりやすい馬だ。


「ほら、中に入りなさいよ」

「あっ、はい」


 トボトボ歩く二匹を見送り、セリーナに続いて孤児院の中へ入る。

 昼間に話をしていた食堂の奥にある厨房へ入ると三人の女の子がいた。


「「「セリーナお姉ちゃんおかえり」」」

「ただいま。リアムの後始末は終わったからみんなは安心して。それから私の知り合いが一緒に夕飯を食べることになったから」


 女の子達はわたしがセリーナと同じ制服を着ているのを見ると驚いていた。


「本物のお貴族さま?」

「美味しいご飯を作らなきゃ!」

「お嬢様の食べる料理って何!?」


 これまでわたしみたいな人間の客人はいなかったのだろう。

 女の子達は戸惑いながらも興奮していた。


「皆さんと同じ食事で構いませんよ。今日はご飯が食べられるだけで有難いので」

「「「可哀想なお姉さん……」」」


 何故だか同情と憐れみの目を向けられるわたし。

 何か変なこと言ったかな?


「アンタは貧乏貴族じゃなくて公爵令嬢でしょ。みんな、この人は王子様の婚約者だからね。無礼な真似したら首が飛ぶわよ」

「セリーナさん! 誤解を招くようなことを言わないでください!」


 不敬罪で相手を処刑するなんてセラフィー家では絶対にやらない。

 そもそも、不敬罪なんて今のアルケウス王国ではよっぽどのことをしなければ適用されない。


「王子様のお嫁さん?」

「つまりお姫様だ!」

「本物のプリンセス!?」


 何かが女の子達の琴線に触れたようでわたしは囲まれて質問攻めにあう。

 セリーナに助けを求めようとするが、彼女は困り果てたわたしを見てニヤニヤと笑っていた。

 子供達に慕われていたり、町の人に心から謝っていた姿に気を許しかけていたが、やっぱりこの人は苦手だ。


「お喋りも構わないけど、早く夕飯の用意をしないと下の子達が泣くわよ」

「「「はーい」」」


 遊び疲れた幼い子達が寝ているのは好都合なようで、セリーナと三人の女の子はテキパキと準備を始めた。


「わたしも何かお手伝いします」

「じゃあ、一緒に皮剥きやろうよお姉さん」


 三つ編みをした一人の女の子が声をかけてくれたので、わたしはボウルに山盛り入った野菜の皮を剥くことになった。


「こうしてこうするんだよ」

「大丈夫。花嫁修行をする中で料理の本も読んだから」


 手際よくお喋りしながらスイスイとジャガイモの皮を剥く女の子。

 わたしも手慣れた彼女の動きを真似しながら学んだことを活かすべし。


「どうかな?」


 一個皮を剥き終わると、わたしの手には綺麗に皮が無くなった細長い棒のようなジャガイモが握られている。


「今日の献立はフライドポテトじゃないよ?」

「……不器用でごめんなさい」


 野菜の皮剥きが向いてないとわかり、わたしはお役御免になった。

 次に手伝うのは剥かれた野菜を食べやすいサイズにカットする工程担当のお団子髪の女の子だ。


「煮込んだら野菜が小さくなるから大きめに切るんだよ」

「大きめってこのくらいかな?」


 野菜をまな板の上に置いて、動かないよう片手で押さえつけながら包丁を振り下ろす。

 ダーン! ダーン!


「どうかな?」

「お姉さんに包丁はまだ早いみたい」


 にっこりと笑みを浮かべながら女の子は優しくわたしから包丁を奪い去った。

 こうなれば残された作業を何が何でも成功させてやる! とおかっぱ頭の女の子を見つけた。


「……お皿運ぶ?」

「遠慮しておきますね」


 両手に皿の山を器用に乗せたおかっぱ頭の子は絶妙なバランス感覚で素早く動いていた。

 熟練のウエイターのような姿は見ているだけでわたしに出来るものじゃないと理解した。

 多分、わたしがやったら皿拾いと破片の掃除が加わってしまう。

 食器の数が限られている孤児院でそのトラブルは致命的だ。


「セリーナさん……」

「アンタの不器用さには脱帽するわよ。私が味付けするから味見と鍋をかき混ぜるのをやりなさい。火加減はこっちでやるから鍋だけ見てて」


 最終戦力外通告を受けたわたしは自分の情けなさに泣きそうになりながらセリーナに助けを求め、おたまでぐるぐると鍋をかき混ぜる係になった。

 たまに差し出された小皿を舐めて味見をしながらぐるぐるぐるぐるとかき混ぜて鍋を見守る。


「お爺さま。あなたの孫は女の子に生まれるべきでは無かったかもしれません」


 ペンダントに触れながら空の上にいる祖父に感想を報告している間に調理が全て終わった。

 美味しそうな匂いにつられて起きたのか子供達が続々と食堂に集まってきた。


「いただきます!」


 全部で二十人近い幼い子供がそう言って食事を始める光景はわたしにとって未体験だった。


「珍しいわよね。子供だけでこんな風に集まって食べるなんて」


 長机の端でわたしの隣に座るセリーナがそんなことを言った。


「孤児院にいる人はこれで全員なんですか?」

「まだまだいるわよ。私と同じくらいか、少し上の子は働きに出てるから帰りが遅い。ここの責任者のシスターも含めたら学園の一クラス分程度ね」


 この建物にそれだけの人数が集まって暮らしていると考えるといくつか気になることが出てくる。

 衣類や食事の量、読み書きの教育や将来についてなど部外者のわたしでも思いつくのだから実際に暮らしている人達はどれだけ苦労しているのだろうか。


「元々はこんなにいなかったのよ」

「そうなんですか?」

「シスターが犬猫みたいに孤児を保護してくるものだからいつの間にか教会前に捨て子が置かれるようになったの」


 遠い目をするセリーナの言葉にわたしは息を呑んだ。


「まぁ、ここが無ければ今頃死んでた子もいるでしょうし、悪いことだらけじゃないわよ」


 セリーナと女の子三人で作ったシチューを美味しそうに食べている子供達。

 わたしが王妃になったなら、この子達が満足に笑って暮らせるような国にしてあげたい。

 きっとエドワードもそう思ってくれるはずだ。


「セリーナさん。わたしに手伝えることがあれば何でも言ってくださいね」

「そんなもん無いわよ。別にアンタを頼りになんてしてないし」


 バッサリと切り捨てられてわたしは笑顔のまま固まってスプーンを皿の上に落とした。


「リアムのことは助かったから食事はそのお礼。これで貸し借り無しでアンタは明日からまた私の敵よ」


 彼女のことを知れて少しは距離が縮まったかと思ったらそんなことは無かったようだ。


「孤児院のことは私が何とかする。そのために魔法学園のトップになって、いずれは世界一の魔法使いとして大金を手に入れるのよ」


 目標を、夢を語るセリーナの瞳はギラギラと輝いていた。

 瞳の中に金貨が見えそうなくらい欲望に素直な姿だけど、これが彼女の原動力だ。

 世界一の魔法使いになるなんてわたしは考えたことも想像したこともない。

 でも、何故だかこの少女ならそんな夢物語みたいな願いを実現させてしまいそうな予感があった。


「だから、アンタには絶対負けるつもりはないわ」

「こちらこそ、負けるつもりはありません」


 わたしにだって悔しいという気持ちはある。

 どうしても譲れないものがあるからセリーナには負けたくない。


「エドワードの婚約者はわたしです!」

「うん。そうね」


 ………………。


「え?」

「は?」


 お互いに疑問符を浮かべたまま固まる。

 何か今、違和感があったような気がするので念の為確認をしておく。


「セリーナさんにエドワードは譲りませんって言う宣戦布告をしたのですが?」

「どうしてそれを私に言うのよ。婚約者なんだからアンタのものでしょ?」


 意味がわからないという様子でセリーナが首を傾げている。


「セリーナさんはエドくんのこと好きじゃないんですか!?」

「嫌いではないわよ。王族でコネはあるし、魔法の話は通じるし、話し相手に丁度いいわね」


 セリーナがエドワードについて話をするが、あっさりとした言い方だ。


「……ちょっと待ってください。セリーナさんはエドくんのことを愛していないんですか? 王妃になるために婚約者の私が邪魔だとか思っていませんか?」

「愛してるって、よくそんな恥ずかしい言葉を口に出せるわね。私は王子のことを恋愛対象だなんて思っていないわよ。タイプじゃないし」


 じゃあ、これまでの思わせぶりな態度は?

 親しげ二人きりで話している姿。

 休日に二人で買い物をする約束なんてデートじゃないか。


「まさか、本気で私が王子を狙っていると勘違いしてたの?」

「だって! そうにしか見えませんよ!!」


 わたしは身振り手振りを交えながらこれまでのエドワードとセリーナの行動をわたし視点で話した。

 どこからどう見てもお似合いのカップルだし、才能ある平民の少女に惹かれた王子が恋のために奔走するなんてラブロマンス小説じゃド定番中だ。


「ふふっ……あははははは〜っ!!」


 食事の手を止め、お腹を抱えて笑い出したセリーナ。

 そんな姉の姿に子供達がなんだなんだと注目する。


「私が王子狙いって……ぷーくすくす」

「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」

「いや、笑うしかないでしょ」


 笑い過ぎてとうとう涙を浮かべる彼女に顔を真っ赤にしたわたしは抗議するが、それでもセリーナは面白おかしそうに顔をニヤつかせていた。

 折角用意してくれくれた食事よりも、勘違いでセリーナに喧嘩を売ろうとしていた自分の恥ずかしさの方が大きくて、わたしはシチューの味がわからなかった。

 やっぱりこの人は苦手だ!!




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