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第14話 神妙にお縄につきなさい!

 

「それで、何の用なのよ」


 教会から出てきたセリーナに案内……というより連行されたのは教会の裏に隠れていた建物だった。

 居住区画になっているこの建物もお世辞にも綺麗とは言えない場所で、歩く度に床板がギシギシと軋む音がする。

 そんな場所の食堂でわたしとセリーナは長机を挟むように椅子に座っていた。


「というか、そのふざけた格好は何?」

「は、はい。すぐ取ります」


 指摘されて気まずくなったわたしは慌てて変装を解いた。

 ブレイヴレオンを連れていたせいですぐにわたしの正体はバレてしまっている。


「えーと、まず最初にどうしてセリーナさんの方こそここに?」

「私の実家なのよ。この孤児院」


 初めて聞く情報だった。

 確かに、窓の外に見える空き地でブレイヴレオンとユニコーンと遊んでいる子供達は髪や目の色がバラバラで血が繋がっているようには見えない。

 教会に併設された孤児院ならば彼らが寂れた町外れに住んでいるのも納得だ。


「学園にいても今年度分の授業の予習は済ませていて暇だし、様子を見に顔を出したんだけど……」


 机に肘をついた手を顔に当てながら睨むようなセリーナの視線がわたしに向けられる。


「何でお貴族様と出くわすのかしらね」


 やっぱりわたしは彼女が苦手だ。

 何も悪いことはしていないのに、彼女はわたしを強く敵視している。

 学園でのセリーナは自信家で上から物を言うことはあるが、それは優秀な成績とずば抜けた実力から来るもので平民とはいえ、実力が成績に反映される学園ではセリーナに正面から喧嘩を売る人間はあまりいない。

 エドワードが何か裏で手を回したのかもしれないが、それを抜きしても彼女は天才と認められるだけの証明をしてきた。

 そんな人がわたし個人に絞って敵意を向ける? 

 理由はやっぱりエドワードの婚約者だから?

 ぐるぐると頭の中で思い当たることを考えるが答えは出ない。


「答えなさいよ。何の用があって来たの? まさか、私の跡をつけてきたの?」

「いえ、違います。わたしはとある事件の犯人を探していて……」


 セリーナが何故わたしに突っかかって来るのかを聞いてもみたかったが、今は泥棒を見つける方が優先だ。

 わたしは町で何があったのかと、どうやってこの孤児院を探したのかの理由を丁寧に説明した。


「ここにその犯人がいるかもしれないんです」

「窃盗した罪人がウチにいるって言いたいの?」


 今までにない鋭く怒りに燃えた黒い瞳がわたしを見据えるが、真っ正面から受け止める。

 怖いけれど、犯人を目前にしてここで引くわけにはいかない。


「はい」

「そう……。じゃあ、ちょっと待ってなさい」


 震えそうになる体を頑張って押さえつけて返事をすると、セリーナは席から立って食堂から出て行ってしまった。

 わたしはどうすれば? と悩んでいたのはほんの少しだけで、騒がしい声と共に彼女は戻って来た。


「痛いって! 何のつもりだよセリーナ姉!」

「アンタに客が来てるのよ」


 セリーナが耳を引っ張りながら連れて来たのは短い茶髪の少年だった。

 年齢でいうと十歳くらいだろうか。


「誰だよこのブス」

「ブ、ブス!?」


 いきなりの罵倒に面を食らったわたしだが、叫ぶ少年の声に聞き覚えがあった。


「あなた、紙袋を被っていた泥棒さんだよね?」

「なっ!?」


 変装していないので誰だかわからなかったようだが、わたしと同じように声を聞いて自分を捕まえようとした人間だと気付いたようだ。


「何でここが!?」

「口を割らせる手間が省けたわね。アンタが泥棒したのよね」


 セリーナは勢いよく握った拳を少年の頭に落とした。

 げんこつがよっぽど痛かったのか、少年はその場にしゃがみ込んだ。


「ふざけんなよセリーナ姉!」

「ふざけているのはアンタの方でしょ!!」


 思わず耳を塞ぎたくなるような音量の怒声が彼女の口から飛び出した。


「私、言ったわよね。いくら貧しかろうが犯罪にだけは手を出すなって。身寄りがない孤児だろうと人間の最低ラインを越えるなって」

「だ、だって……」

「言い訳なんて聞きたくない。アンタは今からウチと何にも関係ない浮浪者よ。衛兵の詰所に自首して裁かれてきなさい」


 どこまでも冷たく低い声だった。


「バインド」


 彼女が魔法を唱えると、魔力で編まれたロープが現れて少年をぐるぐる巻きにして拘束する。

 手際の良さと容赦の無さにわたしへの嫌味なんて目じゃないくらいの怖さがあった。


「待ってよセリーナ姉! 謝るから見捨てないでよ! ここから出ていきたくないよ!」


 少年は顔をぐちゃぐちゃにして泣きながらセリーナへ縋りつこうとするが、全身を拘束されて身動きがとれず、床を転がるだけだった。


「さっさと連れて行きなさいよ」

「セリーナ姉!」


 蹴り転がされてわたしの方へ来る少年にさっきまでの生意気さは残されておらず、懇願するような目をセリーナへ向けるだけだった。


「あの……衛兵には連れていきませんよ?」

「「えっ?」」


 わたしの言葉にセリーナと少年が驚く。

 とりあえず床に転がったまま放置するのも心苦しいので上体を起こしてあげてその場に座らせる。

 魔法のロープについては成績優秀なセリーナの魔法をわたしなんかがどうにかできる訳ないのでこのままにしておこう。


「物を盗まれた店主には被害にあった分のお金を払って謝罪しておきました。衛兵への連絡も今回はしないでもらっています」


 盗まれたのは果物や野菜などの比較的安いものばかりだったので手持ちのお金でどうにかなった。

 店主達も被害が補填されたのと、魔法学園の制服を着た貴族だと思われる人間からのお願いで渋々納得してもらった。


「アンタ、何のつもりなの?」

「盗んだのは食べ物ばかりで、一人では食べ切れない量でした。だから、きっと何かしらの理由があると思ったんです」


 子供とはいえ、盗みはれっきとした犯罪だ。

 場合によっては保護者にも罰が与えられることがある。


「それで? どんな理由があっても罪人は罰を受けるべきよ。お貴族さまは子供のしたことだからって見逃してあげるの?」


 セリーナの言うことは正しい。

 彼女からすればわたしがやったことは金持ちのお情けだと言いたいのだろう。


「はい。自分で判断できる大人ならともかく、子供が飢えて食糧を盗むような状態なら、そんな環境を作ってしまった貴族に責任があります」


 それは半分合っていて、半分間違いだ。


「何よそれ……。貴族って、アンタには関係無いでしょ」

「わたしはエドワード殿下の婚約者。未来の王妃になる人間です。でしたら、アルケウス王国の問題はわたしの問題でもあります」


 いずれ、そう遠くない未来にわたしとエドワードは結婚する。そしたら無関係ではない。

 きっと正義感が強く、子供が好きなエドワードが今回の件を知ったら悲しそうな顔をするだろう。

 だからわたしは彼の笑顔を守るために動いた。

 わたしがこの事件を解決してみせる。

 そのためにこうして一人と一匹だけで犯人探しをしていたのだ。


「ですので、今回は犯人に事情を聞くのと厳重注意をしようと思いました。協力してくれますか?」


 犯人の少年はわたしが何を喋っているのかよく分からないという顔をしているが、セリーナの方はこめかみを抑えながら困ったような顔で溜め息を吐いた。


「はぁ……。ちゃっちゃと全部吐いて店に謝りに行くわよ。それと、アンタのことやっぱり苦手だわ」

「えぇ!? どうしてそれを今言うんですか!?」


 渋々と協力してくれることになったセリーナの口から苦手発言が飛び出してわたしは目を丸くして驚くのだった。




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