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第13話 緊急出動。犯人を追え!

 

 騎士団が調査のために王都からやってきて三日目になる今日、学園の生徒の大半は町へと遊びに出かけていた。

 初日は寮での待機を命じられ、二日目は個別に呼び出されて事情聴取とカウンセリングを受けさせられて生徒達は退屈していた。

 真面目な生徒は自習をしていたが、やはり学生は友達と遊びたいお年頃なので週末に突入するタイミングで学園側から外出許可が降りたのだ。

 とはいえ騎士団による調査は続いており、今朝早くから野外訓練のある森でのドラゴンの痕跡探しや周辺への影響を教師達と調べている。


「確かこの辺りに……」


 ブレイヴレオンの能力を確かめる調査と事情聴取を終えたわたしも今日は休みをもらい、他の学生と同じように町へ出かけている。

 黒いサングラスに黒いベールを頭に巻いた変装状態で。


「暑いから色を白にすればよかったのかな?」


 ブレイヴレオンの件やエドワードと一緒に騎士団に呼ばれていたこともあって、わたしの顔と名前は全校生徒に知られてしまっている。

 これまでの王子の婚約者の落ちこぼれ公爵令嬢という扱いに比べればマシになったのだが、いつ何処で誰に見られて何を言われるのかが怖いのでこうして姿を隠しながら一人で外出しているのだ。


「ママ、あのお姉さん……」

「しっ! 見ちゃいけません!」


 完璧な変装のおかげでわたしが学園の誰なのかわからない状態のはず。

 事実、さっきから誰にも声をかけられていないのが証拠だ。

 そして、わたしがこんな変装までして外出しているのはある目的のためである。


「はーい。アニーおばあちゃんのチーズクリームシューの整理券はこちらで配布してますよ〜」

「す、すいません。一枚ください」


 そう、それは魔法学園周辺にある人気お菓子屋さんで販売されているシュークリームを購入するためなのだ。

 特に今回のチーズをクリームに混ぜ込んだ商品はまだ定番メニューではなく試作段階の限定品なので今日を逃すといつ買えるのかわからない。


「おい! 俺は貴族だから特別に買わせろ!」

「残念ですが、当店のお客様に身分は関係ありません。たとえ王族の方であれ、順番を守ったものにしか購入権を与えないのが店長の決めたルールです」

「なんだと!? 生意気な店員め!」

「喧嘩でしたら元魔法騎士の店長が受けますが如何しましょうか?」

「くっ、くそ……」


 公爵家令嬢のわたしがわざわざ整理券を貰って並んでいる理由がコレだ。

 この店では貴族だろうと魔法使いだろうと特別扱いはされない。

 何故なら二代目である今の店長は学生時代に店名にもなっている菓子職人のアニーさんのお菓子に惚れ込み、一度は魔法騎士になったがお菓子への憧れを忘れられずに貴族の身分を捨てて弟子入りした人物だ。

 凶暴な魔物相手に戦っていたエリート魔法使いにとって貴族なんて怖くなかった。

 誰しもが平等にお菓子を食べられる店を作るという信念で働いているので、横柄な態度の客は出禁にしてしまう。

 実家とは違い、使用人がいないので魔法学園の生徒は自らの足で並ばなくてはいけない。


「次は整理券のDグループの方〜」


 なので、まずは店頭に立つ店員から整理券を貰って書かれたグループごとに店の前に並ぶ。

 順番がまだの人は近くの店を見て回ったり、番号を呼ばれるまで休憩することができるため長時間じっと立ったままではないのは助かる。

 わたしが貰った整理券はGと書いてあるのでまだ少し並ぶまでに時間がある。

 買ったシュークリームを空腹で味わうために喫茶店に入って飲み物や軽食をとるのはやめておきたい。

 そうなると、近場の露店を見て回るのが丁度いい時間潰しになりそうだ。


「か、かわいい……」


 まずはシルバーリングやチェーンのネックレスがお手頃な値段で販売されている露店を発見した。

 中でも目を惹かれたのは本を読むことが多いわたしにピッタリな金属を丁寧に加工して作られた栞だ。

 自分用に買ってもいいし、わたしと同じように大量の本を買ったエドワードへのプレゼントにしてもいいかも。

 今日も騎士団長のガイルと一緒に行動しているから、その労いの意味も兼ねて……。


「って、実際はお揃いが欲しいだけじゃない」


 疎遠だった幼馴染からブレイヴレオンの召喚やドラゴン退治経てよく話す友人くらいにまで進展した。これを機にもう一歩近づきたいというのが今のわたしの願望だ。

 さて、どうしたものだろうとアクセサリー店の栞を眺めていると何やら騒がしい声が聞こえた。


「誰かそのガキを捕まえてくれ!」

「へっ、そう簡単に捕まるかよ!」


 頭にはちまきを巻いてふくよかな体に前かけをした男性が紙袋を頭に被った小さな子供を追いかけていていた。


「金払えよ小僧!」


 前を走る子供の手には何やら物が入った袋が握られていて、追いかける男性の様子から何かを盗まれたことがわかった。


「邪魔だ! どけどけ!」

「待ちなさい!」


 紙袋で顔を隠した犯人がわたしの隣を通り過ぎようとしたので、咄嗟に手を伸ばして捕まえようする。

 しかし、盗人はギリギリのところで身を躱して近くにあった樽を引っ張って倒した。


「きゃ!?」

「うおっ!」


 足元にいきなり転がってきた樽を避けようとしてわたしとはちまきをした男性はぶつかってコケてしまう。

 急いで立ち上がるが、犯人はとっくに姿が見えなくなってしまい、残されているのはかろうじて掴んで千切れた紙袋の一部だけだった。


「ごめんなさい。わたしのせいで逃げられてしまって」

「いやいや、お嬢ちゃんのせいじゃないよ。あの野郎、逃げ足が早いのなんの……」


 男性はかなり呼吸が荒く、悔しそうな顔で犯人が逃げた方を見つめていた。


「くそっ。また逃げられちまうなんて」

「また? 何度も盗まれているんですか?」

「そうさ。うちは二回目だが、魚屋も被害にあっててな。衛兵も見回りを強化してくれてるんだがどうも毎回逃げられちまって困ってんだよ」


 深いため息を吐いて男性はうな垂れる。

 彼はこれから衛兵のいる詰所に行って被害届を出すそうで、トボトボと歩いて去ろうとした。

 犯人が子供とはいえ、学園の近くでこんな事件が起きているなんて初めて知った。

 怖いと思うのと同時に何かしてあげられたらいいなと考える。

 わたしのお爺さまは常日頃から人に優しくしてあげなさい、困っている人に手を差し伸べることが出来る人間が本当の強い人だと言っていた。

 貴族の娘とはいえ、まだ未熟な魔法使いのわたしにできることは……。


「あの、ちょっと待ってもらっていいですか!」


 ♦︎




『なるほど。それでワタシの力が必要なのだな』


 盗まれた店の人と少し話して別れた後、わたしは急いで学園に戻ってブレイヴレオンを呼びに行った。

 魔法使いが使い魔を連れて外を歩くのは自然なことなので法律的には何の問題もないけど……。


「やっぱり目立つよね」


 町を歩くと周囲の人々がギョッとしてこちらを振り返り、そそくさと逃げ出した。

 魔法学園のすぐ側だから使い魔に比較的慣れている住人とはいえ、ブレイヴレオンのようなタイプは彼らの想定外なのだろう。


「ま、まぁ、とりあえず犯人探しを始めましょうか」


 わたしが変装したままの姿とはいえ、ブレイヴレオンが隣にいたら正体がバレるのは時間の問題なのでさっさと泥棒をした子を見つけないと。


「手がかかりはこの紙袋の破片なんだけど、どうにかなるかな?」

『ワタシは凡庸な他の使い魔とは違う。嗅覚センサーから対象の肉体情報を正確に割り出し、高精度識別カメラで対象を人混みの中から見つけ出すことが可能だと証明しよう』


 ブレイヴレオンがまた難しいことを言い出したけれど、自信はあるようで張り切っている。

 調査のためとはいえ、昨日は体を動かせずに一日中倉庫の中にいたし、町を歩くのは初めてだから嬉しいんだろうな。


『クンクン。……こちらだな』


 さっそく何かを嗅ぎ取ったのかブレイヴレオンは町の中を歩き出した。

 猫がなのに犯人を追跡する姿はまるで猟犬のようだ。

 犯人を取り逃した場所を通り過ぎ、入り組んだ道を無理矢理通ろうとして挟まったり、脱出するために建物を破壊しそうになったのを必死で止めたりしながら捜索を続ける。


『犯人の匂いがどんどん濃くなっているな。どうやら近くに拠点があるようだ』


 町をぐるぐると回って辿り着いたのは賑やかな中心部から離れた場所だった。

 古くて人が住んでなさそうな家や墓地らしきものがある町外れで、治安もあまり良くないので学園側からも近づかない方がいいと情報の発信があったことを思い出した。

 わたし一人だけならここで引き返したくなるが、今回は頼もしい相棒のブレイヴレオンがいる。

 ドラゴンにだって勝てたわたし達が子供の泥棒に負けるわけがない。


『ここだ』

「……教会?」


 ブレイヴレオンが足を止めたのは古くてボロボロになっている教会だった。

 壁や屋根が補修に次ぐ補修でつぎはぎになっていて元々が白色だったことがかろうじて窺えるくらいにペンキが色褪せている。

 とてもじゃないが、まともに運営しているとは思えない状態だった。


「隠れ家にするにはうってつけなのかな?」


 犯人に逃げられないように警戒しながら慎重に建物へと近づくわたしとブレイヴレオン。

 いざ、踏み込もうとした直後、教会の入り口の扉が勢いよく開かれた。


「うわっ! 姉ちゃんが怒った!!」

「きゃははは。逃げろ〜」


 中から笑いながら飛び出して来たのはまだ幼い子供達。


「こらぁ! ちゃんと勉強しなさいって言ってるでしょ!!」


 それからかなり年季の入った古着を着ている彼等を追いかけるように姿を見せた魔法学園の制服を着た女の子。


『「あっ……」』

「げっ!?」


 意外な人物の登場に呆気に取られるわたし達の姿に気づいたのか、セリーナは頬を引き攣らせて潰れた蛙のような声を出した。




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