第12話 アルケウス魔法騎士団
「こちらに今回の調査のため王都から来てくださった騎士団の責任者の方がお待ちです」
エドワードとわたしが学園の職員から案内されたのは外部からの客人と話をするための応接室だった。
休校になり、騎士団が訪れた今日は生徒達は学生寮で大人しくしておくように指示が出ている。
学園内では教師と職員が慌ただしく騎士団の対応に動いていた。
今回の件で中心にいる重要人物であるわたしとエドワードも職員側で動いて協力することになった。
「失礼します」
ドアを開けて部屋の中に入ると立ったまま控えている武装した騎士と大きな勲章が縫い付けられた騎士服を着た大柄な男性がソファーに座って湯呑みでお茶を飲んでいた。
熊のような大男は灰色の髪を短く刈り上げ、服の上からでもハッキリとわかる鍛え上げられた肉体。野生動物のように鋭い琥珀色の瞳は相手を圧倒するような鋭さがある。
「お久しぶりですな殿下」
「ガイルじゃないか。まさか、君自らやって来たのか?」
湯呑みを目の前テーブルに置き、気さくに騎士が声をかけるとエドワードが驚きの声を上げた。
騎士の名はガイル・エバンズ。
アルケウス王国を守護する魔法騎士団のトップである騎士団長だ。
エドワードと同じでわたしもガイルの登場に目を丸くする。
「ええ、流石にドラゴン退治ともなれば俺の出番でしょうよ」
真っ白な歯を見せつけるようにガイルはニヤリと笑う。
「騎士団最強が来てくれたのは頼もしいが、ドラゴンはもう討伐済みだよ」
「あれぇ!? じゃあなんで俺が呼ばれたんですか?」
エドワードの言葉にガイルは初耳だと言わんばかりに驚いて焦り出した。
それはこっちが聞きたい。
「団長が書類仕事を全然やらずにサボるから副団長がちょうどいいって追い出したんすよ」
「あんにゃろー!」
情報の伝達に不備があったのかと心配していると部屋の壁際に立っていた部下らしき騎士が事情を説明してくれた。
「マーサ副団長も苦労しているな」
「殿下までそんなこと言わないでくださいよ〜」
ガイルが派遣された理由に納得して苦笑するエドワードと泣いたフリをするガイル。
親子ほどに年が離れている二人だけど先程から会話の雰囲気や距離感が親しげだった。
それもそのはずで、騎士団長のガイルはエドワードの剣術の師匠でもあるからだ。
「えーと、そちらのご令嬢は……」
「彼女はルミナだよ。ガイルも知ってるだろ?」
「あーっ! 昔よく殿下と遊んでたお嬢ちゃんだ」
「どうもお久しぶりです。ガイル騎士団長」
こちらを指差して大きな声を出すガイルに困惑しながらもわたしは令嬢らしくスカートの先端を軽く摘みながら頭を下げて挨拶をした。
「団長。相手はセラフィー公爵家のご令嬢なんすからもっと礼儀正しくして欲しいっす」
「そんなこと言われてもなぁ……」
「あの、わたしは気にしませんからお好きなようにしてください」
部下に礼儀作法を指摘されて困ったように頭を掻く姿に威厳や先程までの鋭さはなく、叱られて落ち込む子供みたいに見えてしまいおかしくて頬が緩んでしまう。
そういえばこういう人だったなとわたしも昔のことを思い出した。
感情表現が豊かな年の離れた気のいいお兄さんというのがこの人の昔の印象だ。
「ガイルを甘やかしちゃだめだよ。今は騎士団長なんだから」
「俺は運が良かっただけのお飾りですよ。実務とかは部下に任せっぱなしですし」
本人はこう言っているが、お飾りなだけでは騎士団長にも王族に指導する立場にもなれない。
間違いなくこの世界でも頂点に近い実力があるのをわたしは知っている。
「団長。飾りでもなんでも仕事してくださいよ。じゃないと自分が副団長に叱られるっす」
「へいへい」
久しぶりの再会ムードはここまでにして、わたしとエドワードはテーブルを挟んでガイルと向き合うようにソファーに座った。
「それじゃまぁ、何が起きてドラゴンが倒されたのか話を聞かせてもらいましょうか」
「あぁ。あの日は野外訓練のために僕らは近くの森で魔物の討伐をしていてーーーー」
調査をスムーズにするためにエドワードは情報を集めて簡潔にまとめてくれていた。
学園側の報告書も準備されており、ガイルと部下の騎士は書類を見ながらエドワードの話を聞く。
わたしが補足する必要もなく、ただ黙って話を聞いている間に状況の説明は終わってしまった。
「ーーというが今回の事件についてだ」
「なるほど。ルミナお嬢さんとその使い魔が巨人になってドラゴンに勝った……」
「その顔は信じられないって感じだね」
「いやぁ、集団で幻覚を見たんじゃないかと疑いますよ。使い魔がドラゴンに勝つなんて」
誇張でもなんでもなく事実をそのまま話しただけなのにガイルと部下の騎士は何とも言えない顔をした。
「僕も最初は自分の目を疑ったよ。けれど、今説明したのが事実だ」
「うーん。じゃあ、よろしければその使い魔を見させてもらっても構いませんか?」
ガイルからの申し出にわたしとエドワードは顔を合わせて頷く。
予想していた反応通りで、わたし達も実物を見せた方が早いと考えていたからだ。
「勿論です。では、移動しましょうか」
♦︎
「デカいな。普通の魔物でもここまでのサイズは中々は見ないぞ」
場所を変えて騎士団を連れて行ったのはブレイヴレオンの待つ屋外の演習場だ。
彼が寝床にしている倉庫もあったけれど、ドラゴンを倒した実力や動きを照明するならこの広い演習場の方が都合がいい。
『彼らが派遣された騎士か?』
「うわっ、本当に喋った」
ガイルが流暢に良い声で話し出したブレイヴレオンに驚く。
騎士の中には思わず腰にある剣に手を伸ばしてしまう人もいた。
初々しいこの反応が少し懐かしいと思うくらいにわたしとエドワードは慣れてしまっている。
『ワタシの名前はブレイヴレオン!』
「どーも。俺は騎士団長のガイル・エバンズだ!」
名乗りを上げるブレイヴレオンに何故か張り合うように大きな声で自己紹介をするガイル。
そして、一匹と一人は少しの間見つめ合う。
「うーん……。こいつ良いやつですね、殿下」
「「「団長! しっかりしてください!」」」
まだ挨拶しかしていないのにガイルはすっかりブレイヴレオンに気を許したのか、たてがみを撫で始めた。
「大丈夫。俺の直感ってやつを信じろ」
「団長の場合は野生の勘でしょ」
「そうとも言うな。わははははは」
豪快に笑うガイルを見て騎士達は剣の柄から手を離して警戒を解いた。
「今のでいいんですか?」
「ああ見えてガイルの勘は鋭いよ。父上も彼の進言は聞き入れるしね」
わたしからすると大雑把でくだけた人にしか見えないが団員の騎士やエドワードは長い付き合いで彼の言うことは信じるに値すると判断したらしい。
「そんじゃまぁ、打ち解けたことだしドラゴンを倒した腕前ってのを見せてもらおうか」
『あぁ。いくぞ、ルミナ!』
「う、うん……」
やっぱり今からでも拒否できないかと口にしたいが、わざわざ足を運んでもらったのでそういう訳にもいかない。
『「ブレイヴチェンジ!!」』
巨大化し、大きく口を開いたブレイヴレオンの中にわたしは収納される。
他人から見たら捕食されているようにしか見えない絵面だが、これが正しい搭乗方法だと使い魔は言う。
外の様子が映る窓……モニターと呼ばれる画面には腰を抜かしたり口を大きく開けたりと驚く騎士達の姿が映る。
まだまだここからが凄いのにあそこまで驚いているとみんなの心臓は大丈夫なのだろうか?
『「勇気一閃 ブレイヴレオン!!」』
四足歩行のライオンから人型の巨人へと変形を完了する。
わたしの服装も操縦に適したパイロットスーツへと変わっていた。
「えーと、如何でしょうか?」
「ルミナ嬢の声が!?」
このパイロットスーツには外部と会話するための機能があり、いきなりブレイヴレオンの体からわたしの声がしてガイルが周囲をキョロキョロと見る。
「わたしは今、ブレイヴレオンの中にいます。これから軽く動くので少し離れていてください」
操縦桿である水晶の上に手を乗せて安全確認をしておく。
普段見上げるばかりの校舎もこうしてブレイヴレオンの目線の高さだと演劇用のハリボテのようだ。
『では、行くぞ!』
巨大化したブレイヴレオンの性能を見せるためにわたし達は準備体操や体力テストのようなことをする。
それが終われば次はヒートレオクローで頼まれていた演習場の傍にある伐採予定の木を切り倒したり、邪魔な資材を運んだりする。
『ワタシの使命はドラゴンと戦うことだが、こうして人の役に立つ行為も悪く無いな』
「ブレイヴレオンがそれで納得しているならわたしはいいけど……」
途中からやっていることが教師に頼まれた雑用ばかりな気がしてなんとも言えない気持ちになった。
調査を開始して半刻ほど時間が経った頃、わたしは騎士達に調査終了を申し出た。
「説明のあった活動限界ってやつか」
「はい。そろそろ警告音が……」
ちょうどタイミングよく額のクリスタルが点滅を始めた。
魔力を大量に消費する必殺技を使っていないのでゆるやかだったが、この大きさを維持して動くのはこの辺りが限界らしい。
「よし。今回の調査はこれで終了だ!」
撤収の指示も出たのでブレイヴレオンはまたライオンの姿に戻り、彼の口からわたしは排出された。
パイロットスーツは光に溶け、ブレイヴレオンも元のサイズに縮む。
「いやぁ〜、実物を目の前にすると驚きより困惑の方がデカいな。これをどう陛下に報告すればいいのやら」
「何かあれば僕も手伝うよ。父上はガイルのことを信頼しているし、国の一大事にしっかりとした判断を下せる人だ」
「へぇ〜。何だかちょっと見ない間に大人っぽくなりましたか?」
エドワードとガイルが何やら話し込んでいるようなのでわたしは先に戻って休ませてもらおうと思う。
前回みたいに魔力を全消費したわけではないので気絶とまではいかないが、疲労感がある。
『ルミナ、大丈夫か?』
「うん。ドラゴンと戦った時に比べたらかなりマシだよ。なんというか、馴染んできたって感じ」
『そうだな。キミとワタシの適合率も上昇をしているので今後は安定した戦闘を行えそうだ』
「今後か……」
突如として森の中に現れた巨大なドラゴン。
これまで毎年のように学園の生徒が訪れていたのにドラゴンがいる形跡なんて全く無かった。
地面から急に現れたので何処かから移動してきたにしても目撃情報は入っていない。
結局、何が目的でどうしてあの場所に現れたのかは不明だけど倒すことは出来た。
「また現れるのかな?」
『ワタシが思うに異変の前触れのようなものだろう。かつてない脅威が迫りつつある……とワタシは考えてる』
授業が行われていない学園は生徒の騒がしい声がしないため比較的静かになっている。
また元のような賑やかさを取り戻せるように、エドワードと学園生活を過ごすためにもわたしが頑張らなきゃ。
「おーい、ルミナ! 食堂に行って昼食にしようか。今日は頑張った君のためにデザートのシュークリームを、」
「はい! 今、行きます!!」
『えっ? ワタシはどうすれば……』
そのためにも、今は疲れた体を癒すための糖分補給が大事なのだ。
決して自分の好物に目が眩んだわけじゃないとだけ説明させてもらいたい。
『ワタシも昼寝でもするか』
「あっ。ブレイヴレオンさんはこの後、我々と身体検査してもらうんで残っていてほしいっす。疲れ知らずで食事も必要ないって便利っすよね」
『…………』
食事を終えた午後、ブレイヴレオンが拗ねて口を聞いてくれなかったけれど、わたしにはその理由が全くわからなかったのでした。




