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第11話 パイロットスーツ

 

「お待たせしました。エ、エドくん」

「全然平気だよ。僕も今来たところだし」


 図書館で借りた本を自室に置いてブレイヴレオンの待つ倉庫へ行くとエドワードがちょうど中に入ろうとしていた。

 やっぱりまだ愛称で呼ぶのは少し恥ずかしかった。


「慌てていたようだけど、そっちは大丈夫だったのかい?」

「はい。ちょっと借りる本を選ぶのに迷っていただけなので……」


 流石にセリーナと小競り合いして時間がかかったと説明するのは嫌なので適当に誤魔化しておく。

 これはわたしの我儘だけれど、エドワードの前であまりセリーナの話題を出したくはなかった。


「そうなんだ。勉強のために本を借りるなんてルミナは偉いね。僕なんか教科書を開くだけで眠たくなるよ」

「それでも学年トップクラスの成績なのは凄いよエドくん」

「まぁ、入学前に父上から叩き込まれた分の予習が役に立っているだけだよ。実技の授業だって騎士団に頼んだズルしていたし」


 初めての魔物討伐の野外訓練でエドワードが臆することなく戦えたのは魔物討伐が初めてじゃなかったからだそうだ。

 パニックになった現場で最初に正気を取り戻して声を張り上げ指示を出せたのも騎士団の訓練に混ぜてもらったことがあるからだと話してくれた。


「だから僕はルミナの方が凄いと思う。テストの点数よりも誰かを助けた実績の方がよっぽど評価されるべきだしね」


 さりげなく口にしたエドワードの言葉を聞いてわたしは嬉しくなった。

 こうやって誰かに褒められる経験がわたしにはあまり無かったし、それが好きな相手からというのが何より心地いい。


「やぁ、ブレイヴレオン。元気にしているかい?」

『心配無用だ。ワタシはこの通り元気さ』


 ブレイヴレオン専用の寝床である倉庫に入ると伏せのポーズで休んでいた金色のたてがみのライオンが起き上がった。

 日光浴を済ませ、体の傷もすっかり癒えて全回復したブレイヴレオンはいつも通りの迫力ある雄々しい姿をしている。


「ルミナも君も元気になったみたいだし、騎士団が来る前に情報共有や打ち合わせをしていた方が調査がスムーズになると思ってね」

『その意見にワタシは賛成だ。まだ自分自身でも深く理解していないことがあるのだ』


 話がまとまったのでわたし達は倉庫の中でこれまで何が起きたのか、ドラゴンにどうやって勝ったのかを整理しつつ、今後はどうすべきかの話し合いをすることになった。

 元が物置小屋だった倉庫には都合の良いことに黒板とチョークがあったので使わせてもらう。


「……なるほど。つまりブレイヴレオンは普通の使い魔じゃなくて人工的に造られた存在なんだね」

超錬金機械生命体(アルケミスゴーレム)。それがワタシを表す通称だ』

「高い知能を持つ生命体を生み出す技術……。とても今の人類には不可能だね」


 エドワードが腕を組みながら難しい顔をする。


「錬金術は既に失われた技術だし、関係がありそうなのは古い歴史に出てくる古代文明かな?」

「多分そうだと思います。ブレイヴレオンを召喚した時も、彼が巨大化して人型になった時もこのペンダントが光っていました」


 わたしはお爺さまの形見だったペンダントを服の内側から取り出してエドワードに見せる。


「これはお爺さまが遺跡で発掘した古代文明の遺物です」

「綺麗な赤い石のついたペンダントだね」

「はい。ですが、ついこの前までこの石は黒く濁っていたんですよ」


 お爺さまが身につけていた時は今と同じ赤くて美しい宝石だった。

 しかし、形見として受け取った時には輝きが失われていて、そのまま身につけているうちにわたしも元の宝石の姿を忘れかけていた。


「ブレイヴレオンを召喚したあの日に急に熱くなって光り輝いたんです。それからはずっとこの状態で……先日のドラゴンとの戦いではなんだかよくわからない状態になりましたし」

「よくわからない状態?」


 首を傾げるエドワードになんと説明すればいいのかわからずに困ってしまう。

 なんかピカーって光ったら恥ずかしい格好になってブレイヴレオンの中にいました……って言って頭のおかしい子扱いされたりしないよね?


『ルミナ。見せた方が早いと思うぞ』

「で、でもあんな格好は……」


 パーティーなんかで着るようなドレスとも騎士の纏う鎧とも違う目のやり場に困るような服。

 それをよりにもよってエドワードに見せるのが一番恥ずかしい。


「安心してくれルミナ。僕は君がどんな服装をしても笑ったり軽蔑したりしない」

「エドくん……」


 エドワードの顔は真剣そのものだった。

 当たり前だ。彼は自国の民を襲った怪物やそれを阻止するための方法について真面目に考えているのだ。

 それをわたし一人の個人的な羞恥心で妨げるなんて未来の妻として許されないこと。


「わかりました。お見せします」


 一度でやり方はなんとなく体が理解している。

 わたしは呼吸を整えて精神を落ち着かせ、首からぶら下げたペンダントを強く握り締める。


「ブレイヴチェンジ!」


 体の中から魔力がペンダントへと吸収され、輝く赤い石から光が放たれる。

 わたしの全身を光が包み込むとそれまで着用していた衣服が光に溶けて全身をあのぴっちりした服が覆う。

 足元にブーツ、手には指が出る穴の空いたグローブが現れて最後に胸元を守るような防具のようにペンダントが変化する。


『ここまで僅か一秒。これなら隙を狙われることはないな』


 ブレイヴレオンは感心したようにうんうんと頷いているけれど、わたしが反応を知りたいのはエドワードだ。


「ど、どうかな?」


 倉庫内には全身鏡もあって、改めて自分の格好を見ると恥ずかしさの方が勝つ。

 恐る恐ると俯いて肩を震わせているエドワードに感想を求めるけれど、やっぱり変だよね。


「すっっっごくカッコイイね!」

「えっ?」


 予想と真逆の反応をしたエドワードは瞳をキラキラと輝かせながらサムズアップした。


「凄いよ! 一瞬だけピカっと光ったら別の服に変わるだなんて。こんな魔法は見たことないし、この服も中々見ない素材だね」


 興奮冷めやらぬといった様子でわたしの服に顔を近づけて観察を始めるエドワード。


「装飾もそうだけど強くて頑丈そうな鎧に見えて綺麗な曲線で関節の動きを邪魔しないようにしてるんだね。着心地はどうなんだい? 重たくないの?」

「えーっと、見た目よりは全然軽いですよ。熱くもないし寒くもないちょうど良い着心地です」

「付与魔法が施された防具に近いのかな? だとしてもここまで複雑かつ性能が高そうものは城の宝物庫にもあるかどうか……」


 ぶつぶつと自分の世界に浸りながらわたしの服を分析していくエドワード。

 その姿は馬鹿にしたりからかうような様子もなく、わたしが心配し過ぎだったと気づくのには十分な反応だった。

 ただし、一つだけ言わせてもらいたい。


 ーー近いです。


 よく目を凝らして強度や仕組みを知ろうとするのは構わないのだが、彼の整った顔がわたしの体に触れるかどうかまで近づいているのが恥ずかしい。

 ちょっとでも動いたら彼の髪がわたしの顔に触れそうだ。

 それから昨日はお風呂に入って石鹸できちんと体を洗ったけれどさっき慌てて倉庫に来たから汗をかいたかもしれない。

 この距離で匂いを嗅がれて臭いって言われたらどうしよう!?


「エドくん。もういいですか?」

「あっ、うん」


 我慢できなくなったわたしが一歩下がると、彼は残念そうな顔をしながら衣装鑑賞をやめてくれた。

 ごめんなさいねエドワード。


「ブレイヴレオンはこの服が何か知ってるんだよね?」


 これ以上はわたしの心臓がもたないので話をする相手を変える。


『あぁ。それはワタシと一つになったパイロットが戦闘の負荷や反動を軽減するためのスーツだ。ワタシに魔力を供給して操縦してくれる者がいなければ人型になれず戦えないのだ』


 ドラゴンとの激しい殴り合いの衝撃や巨大化してパワーアップしたブレイヴレオンの高速移動にかかる重力を体感しているわたしは納得して頷いた。

 あんなの普通のわたしなら気絶したりぺっちゃんこに潰れたりしたかもしれないものね。


『ちなみにスーツのデザインはパイロットに合わせて自動生成されるのでワタシには一切変更出来ないことを予め伝えておく』

「嘘でしょ!? ずっとこのままってこと!?」


 もう少し無難なデザインに変えてもらおうと考えていたわたしの計画は失敗した。

 つまり、騎士団の人の前でもこの格好をするのは確定してしまったわけね。


「パイロットスーツを脱ぐ時はどうしたらいいの?」

『ペンダントに込めた魔力の供給をオフにするんだ。そうすれば元に戻る』


 教えてもらった通りにやってみるとスーツは光になって消え去り、わたしは制服姿に戻ってペンダントも元の形状になった。


「ねぇ、もしもなんだけど僕がそのペンダントを持てばルミナみたいにスーツを着て君と一緒に戦えるのかい?」

『それは不可能だ』


 興味深そう見ていたエドワードが挙手をして思いついたことを口にするがブレイヴレオンに否定された。


『ペンダントは適合者の資格があると認めたルミナにしか反応しない』

「適合者か。条件は一体何なんだい?」

『実はワタシにも詳しくはわからない。多分、破損している部分にデータがあったかもしれないのだが……』


 ブレイヴレオンは首を横に振る。

 ドラゴンとの戦闘による衝撃か、ペンダントの光による影響なのか一部の記憶は戻ったけれど、まだまだ彼は記憶喪失なままのようだ。


「わかったよ。引き続き何か思い出したら報告して欲しい」

『承知した。あまり役に立てなくてすまない』


 しょんぼりとした様子で体を丸めて小さくなるブレイヴレオン。

 過去のことを思い出せなくて一番辛いのは彼自身だろう。

 古代文明についてはお爺さまが一番詳しかったはずだが既に亡くなっているため相談できないのが残念だ。

 そうだ。今度、実家に手紙を出してお爺さまが発掘した遺跡について何か情報が残っていないか聞いてみよう。


「じゃあ、次は……」


 わたしとエドワードとブレイヴレオンの二人と一匹による情報共有はこの後も続いた。

 話し合いで特に新しかったりめぼしい情報は手に入らなかったが、もしも次にドラゴンが現れた時にはエドワードも出来る限りの協力とサポートをしてくれると約束してくれた。

 一緒に立ち向かってくれる仲間が増えて、その最初の一人がエドワードだというのがわたしにとっては何よりも頼もしく、こうしてコソコソと二人で話していると幼い頃の冒険ごっこをしていた時のような懐かしさをわたしは感じていたのだった。


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