プロローグ
心療内科の病院のドアを開け、アスファルトが眩しい外へと繰り出す。
「本当にこんなの効くのかな。」
今日は初診で、担当医に心療内科に来ることになった経緯を説明した。恋愛ごっこに巻き込まれ友人関係がおかしくなり、結果元友人たちに軽く村八分されているという、まあ女子高生にはまれによくある話だ。教室に居づらくなり保健室に入り浸っている私を見かねて、保健の教師がお節介を焼いたのである。別に村八分にされたのは私がうまく立ち回れなかったのが良くなかっただけであり、勉強はしっかりしていたので干渉して欲しくなかったのだが世の中そう上手くはいかないものだ。診断結果は軽いうつ病で、処方箋にはよく知らない漢方の名前が印刷されている。軽いってなんだ。軽いって。どうやら希死念慮というものは心身共に健康な人間の標準装備ではないらしい。まったくもって想像がつかないな。なんせ物心ついた時からの相棒なもんで。
鋭く差してくる光に目を細めながらスマホで最寄りの薬局までの道を検索し、画面の線の通りにゆったりと歩き出す。いい感じに人通りもまばらで、久しぶりの散歩と洒落こもうと道路脇の花壇に目を向けた。しばらく歩くと地面に置かれたビビッドな赤い傘が目に飛び込んできた。傘の陰には段ボールが置いてある。もしやこれが漫画でよくある「拾ってください」のやつなのだろうか。初めて見た。一体何が入っているのだろう。犬猫ならもしかしたらうちで飼ってあげられるかもしれない。好奇心と一抹の期待を持って傘を避け、段ボールの中を覗き込む。
…
「なんだこれ?」
そこに入っていたのは一輪の真っ赤な椿だった。そこそこの大きさの段ボールに花が一輪だけとは中々奇妙なことをする人間もいるものだと思いながらも、気高く美しく咲く椿から目が離せない。なぜだかこの花が自分のために用意されたものに感じられて、つややかに光る椿の枝へと手を伸ばした。その時、ーーーダァンという轟音と共に背中と胸に衝撃を感じ、伸ばした手をそのままに前へ倒れこむ。胸と背中から暖かいものが流れ出る感覚と目の前の地面に広がる赤い液体から、何故か冷静な脳は、銃のような何かで背中を撃たれ、大量に出血していると判断を下した。体の先から冷たくなり、意識も希薄になっていく。これはもう死ぬなぁ。死ぬってこんな感じなんだ。思ったよりあっけないな。体はどんどん重くなっていくのに反して、心はまるで長い間ついていた重りが外されたかのように、飛んでいけそうなくらいの解放感に溢れていく。そして最後にかすれていく視界の中で、男がしゃがみ込み、こちらに笑いかけたのが見えた。