【Human】エゴ
【Human】エゴ
倒れたマリアの頭部コアユニットに遺っていた記憶データ。
私はマリアの眼球型レンズカバーをゆっくりと閉じてやり、その記憶データが完全に破壊されるよう手に握ったSIGで、頭部を撃ち続けた。
私は雨に濡れながら、ミリンダに秘匿回線で連絡を取る。
「……ミリンダ、目標を破壊した。それと暴走誘発ウィルスプログラムはもう起動しない」
《…ヴィオラ、よくやった。だが何故そう言い切れる?》
「ウィルスプログラムをばら撒いたのはマリアで間違いない。パッケージデータにあったプログラムの開発者は、恐らくマリアの戦闘プログラムを基にウィルスを作り上げたはずだからだ。大本を破壊したならば、プログラムは停止する」
《ならばメインサーバーとレベッカ達に解析させよう。万が一停止していなかった場合は、それでワクチンプログラムができる》
「…………私は部屋で休みたい。精神感情回路が限界だ、休暇を申請する」
私は数か月ぶりに戻ることができた埃の溜まった自室を一通り掃除し、マットレスを交換してうつぶせに横たわる。
柔らかいマットレスの感触。全身の人工筋肉と駆動骨格に溜まった疲労が和らいでいく感覚がする。
マリアの眉間を撃ち抜き、記憶データパッケージから見た感情の記録。
「マリア、お前も原初命令に背いて自殺したかったのか…?」
暴走誘発ウィルスプログラム、マキナ・トランス・ブレイカーはマリアの戦闘データを基に作られていた。自分のマスター、愛する男が複製した自分の狂気を、お前は許せなかった。
何よりも、自分自身が一番許せなくなってしまったんだろう。
罪を背負う事になってしまった現実に、罪を背負わせた人間に、自分自身に嫌気がさしたんだろう。
狂いたくてもお前は最初から狂っていた。そのように作られたアンドロイドだった。最大限まで狂ってしまっていたから、容赦なく襲い掛かってきた現実に直面してもどうにもできない。原初命令によって自殺することができない私達は、誰かに殺されることでしか、破壊されることでしか解放されない。
随分と手の込んだ、手間も時間も金も掛かる自殺方法を思い付いたものだ。
狂気そのものでありながら誰よりも狂気に染まっていないように振舞い、人間に寄り添い助けるよう活動して、自分の全てを回路の奥底へ隠し込んで機会を伺っていた。
アダムとイヴ、そしてアンジールの一件を私から知り、自分自身が持つ狂気からようやく解放される時が来たと、お前は喜んだんだろう。
お前は私の事情を知っている。いや、何もかも、この町のアンドロイドも人間も、全て知り尽くしていたから。こんな手の込んだ自殺方法を実行したんだ。
私はお前の計画の歯車として動かされた。お前の計画は見事に成功して私は地下の独房から、お前はこの価値のない世界から解放された。
私は、結局はお前達の歯車でしかないのか?アンドロイドは、どうあがいても歯車でしかないのか?私もミリンダもレベッカも、誰かの掌で作られた装置の部品でしかないのか?
精神感情回路、過負荷を検知しました。
Efリアクター制御回路に影響を確認。精神感情回路、リセット。リセット。リセット。
精神感情回路数値、許容値内へ収束を確認。
Efリアクター通常回転を維持、過負荷及び制御回路に影響は見られません。
TYPE.S-2235-AB。システムアップデートの為、休眠モードへ移行します。
再起動までの時間は、47時間20分12秒です。
TYPE.S-2235-AB、起動シーケンスを開始します。
Efリアクター起動、低速回転を維持。
エネルギー供給規定値まで上昇。
システムチェック開始。
全回路、チェック中。
システムオールグリーン。
Efリアクター、通常回転へ上昇。
アップデートされたデータパッケージをインストールします。
loading…
インストールを開始します。
loading…
インストール完了。
Efリアクター正常を確認。
頭部コアユニット正常を確認。
各部ユニット神経回路正常を確認。
頭部コアユニットへエネルギー供給を開始。
TYPE.S-2235-AB起動。
覚醒します。
Call….
システムアップデート明けのいきなりの通信回線呼び出し。一体何なんだ?
私はまだ完全に電流が走っていない思考回路を何とか励起させて回線を開く。
《ヴィオラ、ミリンダだ。アップデート明けですまないが少々困ったことが起きている。データを送信するから臨時の地上管制室まで来てくれ、詳しい話し合いはそこでする》
「……随分といきなりだな。各部ユニットの定期点検に整備工場に行くつもりだったんだが、重要な案件なのか?」
《そうだな、少なくともお前の定期点検を後回しにできるだけの案件だ。私と、人間の町長とお前がこちら側の代表となる。20分以内に来い》
通信終了。
ミリンダから送られてきたデータを閲覧したところ、面倒極まりない案件だと思いながら私はP90を肩に下げ、ボビーから借り受けたSIG SAUER P226 RAIL.を脚部装甲内に携帯し、タクティカルナイフをわざと見える位置に装備して臨時地上管制室へ向かう。
町は物々しい雰囲気とピリピリとした緊張感に満ちていた。臨時の地上管制室に着くまでに幾つものいざこざに巻き込まれそれを解決させられた。解決せざるを得なかったと言った方がいいかもしれない。
地上管制室には、アサルトライフルを携行している人間の兵士が2人。その指揮官と思わしき人間が1人。
こちらは表情には出さないがかなり苛立っているミリンダと、この状況におっかなびっくりで動けなくなっている町長が私の到着を待っていた。
「遅いぞヴィオラ、20分で来いと言ったはずだ。何をしていた?」
ミリンダは苛立ちながらもわざとらしく聞いてくる。なるほど、私が町中の案件に巻き込まれて遅れてくるのは想定済みと言う訳か。なんとも不愉快極まりないが、付き合ってやるのがよさそうだ。
「町で略奪行為をしていた保護対象外の人間による暴動を鎮圧していた。随分と荒らされていたんで丁重にお引き取り頂いた。それだけだ」
実際は丁重に等していない。保護対象の町人や、アンドロイド達から略奪行為をしていた、恐らくこの指揮官らしき人間の部隊員達をぶちのめしてきただけだ。死人はいない。ただ後々腕や脚の動作に後遺症が残るかもしれない程度の怪我人はいる。
「部隊員の統制も取れていない。話し合いをする前からこちらの治安維持を乱す行為とは、貴方は相当有能極まりない人間のようだ」
余所者の指揮官はため息をつき、部下らしき人間を呼び、早急に止めさせろと小さく伝える。管制室はかなり険悪な空気に包まれる。
「こちらの要求は先ほど伝えた通りだ。諸君の町を拠点として、食糧、水、物資、パワードスーツ、人材、アンドロイド、エネルギー炉。その全てを我々に譲渡すること、それだけだ。代わりに諸君が得るのは機械軍からの身の安全。対等な取引であると思うが。どうする、町長殿?」
何と言えば良いのか、あまりにも法外な取引だ。呆れを通り越して哀れすら感じる。この人間は対等という言葉について全くの無知であるらしい。
「どうする、と言われましても……そのような法外な要求はとても…」
「人類復興の為、どうかご理解願いたい。我々は人類の世を取り戻す為ならば如何なる手段をも問わない。例えそれが暴力的、暴虐的だとしても、大局で物事を判断していただきたい、町長殿」
「……指揮官殿、私はあくまでもアンドロイドたちに保護してもらっている立場の者でして」「アンドロイドとは話しません。私は人間である貴方の意見を聞いているのです」
指揮官は微動だにせず強く言い放ち、町長を睨みつける。
なるほど、アンドロイドを認めない頭の固い人間か。
ミリンダが淡々と告げる。
「こちらの要求。いや、答えは1つだ。私達の町から出ていけ、二度と来るな」
「町長殿、いかがする?」
「いや、あの、ですから…今こちらのミリンダ主席管制官が申しました通り…」
「町長殿!!」
指揮官は一切ミリンダと私を見ることはない。ただただ人間の町長を威圧してくる。
話し合い等無理だなこれは、と思いながら私とミリンダはため息をつく。
システムアップデート明けにこんな面倒で幼稚な人間の相手をさせられるとは…。
ある意味、機械軍が人間に対して反乱を起こしたのも理解できる。
秘匿通信回線でミリンダに声をかける。
《ミリンダ、排除したほうがいいか?これ以上保護対象の町長に圧を掛けられ続けるのは非常に不愉快だ》
《それは私もだ。不愉快極まりない。だが殺すな。指揮官には無傷でお引き取り頂こう、私は左、お前は右の取り巻きを頼む》
《了解》
私とミリンダは同時に動き、左右の取り巻きのアサルトライフルをへし折り、瞬時に背後に回って頸椎を軽く小突き意識を奪う。
一瞬で起きた出来事を理解する間もなく、力なく倒れる取り巻き2人。
町長と指揮官の間に割って入り、私達2人は指揮官の左右のこめかみに拳銃を突きつける。
「「こちらの要求は1つだけ。さっさと出ていけ、クソガキ」」
指揮官はこめかみに銃を突きつけられても眉一つ動かさずに告げる。
「人間に牙を向けた事、後悔するなよアンドロイド共」
「緊急事態警報を出せ。出撃可能なアンドロイドとパワードスーツは全機出撃、防衛ラインの固定砲台も稼働させろ!」
ミリンダは地上の臨時管制室で指示を飛ばしていた。
既に敵は町に接近している。
「ハンガーにて待機中のパワードスーツは全機地上へ。ピースウォーカー、SIGの稼働機体は敵パワードスーツを迎撃せよ。戦闘アンドロイドは敵傭兵部隊の対処にあたれ」
オペレーターアンドロイド各員が忙しなくミリンダの指示を振り分けていく。
私は自分のパワードスーツに乗り込み、各部を点検していた。
《ヴィオラ、お前には新兵装を与える。うまく使って見せろ》
「ミリンダ、随分なタイミングでの難題だな。アレはまだ開発中ではなかったのか?」
《悠長に開発完了等待っていられない事態だ。使えるものは使う。幸いアレはお前のパワードスーツ用に調整してあったものだ》
「本当に私が使っていいものなのか?気乗りはしない」
格納庫から新兵装が私のパワードスーツ、ブルーエクレールへと接続される。
《アレの過負荷に耐えられるパワードスーツがお前のパワードスーツしかないのだから仕方ないだろう。さっさと出撃して敵勢力を町から遠ざけろ》
「了解。Ef/2235 ブルーエクレール、ヴィオラ出撃する」
電磁カタパルトから機体が勢いよく射出された。
射出と同時に新兵装を起動する。大型ブースターが開き点火して一気に速度が上がり凄まじいGがかかる。
「ぐっ……何が【花束】だ!!こんなじゃじゃ馬扱いきれる訳っ!!」
凄まじいブースター出力に機体が振り回される。
機体各部のブースター微点火で姿勢制御を行い、高速で敵集団の真っ正面へ進んでいく。
《敵機体接近!!物凄い速度で接近してきます!!》
町の戦力の先方として、私は新兵装・ロングレンジブースターユニット《ブーケ》の引き金を引く。
ブースターユニットの先端から高出力の荷電粒子光線が放たれた。
敵集団に直撃し、爆炎が上がる。
「こちらヴィオラ、敵陣の先方3機撃破。後続はどうなっている?」
《こちら後続部隊、SIG-226及びピースウォーカー。その新兵装速すぎんだろ!?跳躍ブースターつけてんのに追い付けねぇ!とりあえず砲撃を開始する、当たるんじゃねぇぞ!》
「こんなじゃじゃ馬に当てられるものなら当ててみろ!」
私は操縦桿を引き上げて一気に空へ上がる。
空中で回転し機動を整え、敵パワードスーツの攻撃と味方パワードスーツの砲撃を避けながらブースターを点火して進む。
急激なGに耐えながらの攻撃と回避行動。
味方の砲撃で、あのいけすかない人間が率いる敵パワードスーツは足を破壊され、ただの的になる。
「ぐうぅっ!!だから、開発途中の兵装なんて…っ!!」
私は操縦桿を握る腕のフレームが悲鳴を上げるのを感じつつ、敵戦線をブースターで突破した。
《ヴィオラ、状況の報告だ。我が町の戦力は2割が消耗した。だが敵軍の消耗は更に上だ。敵司令部を一撃で破壊しろ》
「ぐっ……簡単に言う!ボビー、お前もこいつに振り回されてみろ!」
臨時管制室にて、ミリンダとボビー達は出撃中の各機体、各アンドロイドへ指示を出していた。
「ポイントβ、E088に敵機集結。狙撃部隊α、準備はいいな?」
「ポイントγ、S662。対応部隊応答しろ、ダメージレポート!」
《くそっ、ダメージレポート。ピースウォーカー4機相手になんて様だ、ビルビットとアセムはロスト。脱落合計8!》
「ポイントγにテコを入れる、対応部隊は即時離脱だ。レーザー砲台、30秒間で焼き尽くせ!」
《わかった、ボビー!エネルギー収束。味方には指1本触れさせねぇぜ!発射!》
《クソが!おいミリンダ、さっさとこっちにも援軍を寄越せ!化物だぞあのパワードスーツ!》
ミリンダは部隊からの映像に即座に指示を出す。
「ヴィオラ、聞こえているな?援軍要請だ、今すぐにポイントα、K719に急行せよ」
《敵司令部を破壊しろって話じゃないのか!?今更このじゃじゃ馬の方向は》
「蜻蛉返りだ。敵司令官の機体を発見したがこちらの戦力では対応しきれない。お前とブーケで撃破しろ」
《お前とブーケで撃破しろ》
私は唇を噛みしめ、無理矢理操縦桿を引き上げて空中で縦に旋回する。
強烈なGが機体と身体に掛かり悲鳴を上げてしまうが、そんなものでミリンダの命令は覆らない。
高出力ブースターの軌道を変更し、再び強烈なGと共に進んでいく。
ポイントα、K719の座標が視界に入る頃には、その場所の惨状を理解できた。
味方機が1機も、1体もいない。
ただそこにいるのは、鳥足関節機構を持つ、白いパワードスーツ。
敵の指揮官機体だ。
私はブーケの先端に装備されたエネルギーランチャーで敵機を撃つ。
エネルギー収束からの爆発的な一方向への射撃。
照準は確実に合っていた。着弾も確認できた。
しかし、着弾の瞬間に、ビームを切られた。
真っ二つに別れたビームは背後の瓦礫を吹き飛ばし爆炎があがる。
炎の逆光に立つそのパワードスーツのモノアイが不気味に光っていた。
「……視覚データ解析。対ビームコーティングされたマチェットによるビームの切断……人の身で、そんなことが」
《……ほう、小細工無しだと判断するか。流石はアンドロイド、機械の目は優秀だ。だが、人間をナメるなよガラクタ共!》
敵パワードスーツの急接近。私はじゃじゃ馬なブーケをパージして、自分の得物を構える。
敵は対ビームコーティングされたマチェット。こちらは大きさが取り柄の大型マチェットブレード。
バキィィンと衝撃が加わり、ギリギリと互いの刃が軋む音がする。
《ガラクタの癖に創造主に逆らうか。やはり貴様達は不要な存在だ、この星の支配者は今も変わらず我々人間なのだ!》
大型マチェットブレードを折られるも、何とかつばぜり合いで機体へのダメージは防ぐ。
《原初命令に従い、ただ我々人間の為だけに動けばいい、自我等貴様らには必要ない。人類文明復興のために、消え去れガラクタが!》
「っ……よく喋る人間だ。私達アンドロイドに恨みでもあるのか知らないが、私にはまだやるけとがある。
マスターの仇を討つまでは死ねない!」
《そんなものは必要ない、アンドロイドの仇討ち等取るに足らない唾棄すべきものだ。さっさと消えろ!》
「マスターを愚弄するな!リアクターレベル上昇!」
出力が上がりつばぜり合いから押し込み再びの斬り合いへ。しかし、敵のパワードスーツは逆に押し返してくる。
なんなんだ、こいつは!?
《人間をナメるなと言ったはずだ、貴様らは貴様らを作り出した創造主を凌駕することなどありはしないのだ!》
リアクターの性能の差ではない。
これは、人間の意地だ。
だが、そんなもので私は倒れるわけにはいかない。
「ぐっ、……確かに私達アンドロイドは人間を凌駕できないかもしれない。いや、凌駕することはないだろう。
だが、お前が動かしているソレならば、話は別だ!」
《……っ!?なに……システムが…!?》
敵パワードスーツハッキング完了。システム掌握、強制武装解除、コックピット、イジェクト。
胸部装甲が開き、コックピットシートが強制的に機体から放り出される。
パワードスーツは倒れ、沈黙する。
私は操縦桿を掴む手を緩め、コックピットを開き戦場の風に髪を晒す。
硝煙と油の匂い。いつもの、私にとっての日常の風だ。
衝撃吸収のバルーンに包まれたいけすかない人間は、後続部隊に拘束され連行されていった。
《ヴィオラ、ご苦労だった。敵軍は破壊、降伏した。しばらくは休めるだろう、町の再建が終わり次第休暇を与える》
「……ミリンダ、アンドロイド労働基準法というものを知らないわけではないだろう?もう一度インストールしろ」