【Lily】聖母
【Lily】聖母
世界大戦時、とある国のアンドロイドが噂になっていた。剣も銃も、爆弾すら効かない悪魔のような存在がいると。
振り下ろされる剣を折り、放たれる弾を全て避け、爆発の中を歩く、正に無敵のアンドロイドがいると。
純白の外套を血に染めて、ゆっくりと獲物に近づき一撃で仕留めるその様は、敵味方問わず畏怖の対象だった。
そのアンドロイドは常に笑っていた。
麗しい顔つきの微笑みの中で、敵は恐怖に怯え息絶えた。
そのアンドロイドは【聖母リリィ】と呼ばれていた。
「マスター、リリィとは何のことでしょうか?百合の花という意味ではないと推測します」
アンドロイドは戦闘服に銃と戦術刀を携えながら部隊長である男へ問う。
「リリィ、か。それは君の名前とその麗しい微笑みからではないかな?」
男は報告書を棚に片付け、配下のアンドロイドを見る。
白く長い美しい髪と微笑みを絶やさぬ顔立ち、戦闘に最適化されたボディと装備、そして純白の外套が、そのアンドロイドの特徴だった。
「私の名前、私の個体名称はマスターより頂いた【リリマリア】です。略称という事でしょうか?」
男は部隊長などと言う役職を国から与えられてはいるが、元々はプログラム開発者だった。プログラム開発に於いてずば抜けた才能を持っていたが為に軍へ徴兵され役職を与えられアンドロイドに守られる。半ば軟禁状態のようなものだった。
最初は運命を悲観した。しかし、自身を守る美しいアンドロイドに魅せられ彼女の為にプログラム開発に打ち込んでいた。結果的に男が作ったプログラムは多くの自国アンドロイドやパワードスーツ、多くの人間を救っていた。
「そうだね、それは略称かもしれない。でもそうではないかもしれない。私は君が旧時代の神様、その母と呼ばれる存在に似ているからではないだろうかと思っているよ」
「旧時代の神の母……。私はそのような存在ではないと答えます。私はあくまでもマスターを守る為に使命を与えられたただのアンドロイドです。軍用A型ですので、P型のような学術的な考察はできません。マスターを死ぬまで守り、マスターを狙う敵を抹殺するのが仕事です」
「うん、そうだね。いつも感謝しているよ。その微笑みも本物であるとね、私は思ってる」
「笑みは狩猟本能の表れだと学習しています。故に私は笑みを絶やしません。ですが、マスターに対してはその様な意図はありません。保護対象に破壊衝動を向けるなど護衛失格です。もしお気を悪くされたのであれば表情プログラムを変更します」
「いや、君にはいつでも笑っていてほしい。戦場でも、私の前でも、何があっても笑っていてほしい。その微笑みに私は救われているのだから」
男は外套越しにアンドロイドの頭を撫で、アンドロイドの唇に自分の唇を重ねる。
アンドロイドは嫌がるそぶりを見せない。寧ろマスターの信頼を得ていると感謝していた。
「マスター、お気持ちは嬉しいのですが私はA型アンドロイドです。S型ではないため、マスターの感情を受け止めることができません、どうかお許しください」
「…いや、いいんだ。私は君が傍にいてくれるだけで幸せなのだから」
リリマリアは部隊長室を後にして、基地の廊下を歩いていく。
廊下の端に、男性タイプのアンドロイドが林檎を齧りながらこっちを見てくる。
「よぉ、聖母殿。S型でもねぇ癖に相変わらず部隊長とイチャイチャとは、仕事が多くて大変だなァ?」
「A-0035、サブ。茶化している暇があったら自分のパワードスーツの整備でもしたらどうですか?先日の戦闘では銃の照準が少々ズレていたように感じましたよ」
「アレは自律思考AIの不具合だ。俺の責任じゃねぇ、メンテナンス係のジジイに任せてある。
それより、聖母殿こそ動きが鈍ってたように見えたぜ?リアクターでも直に部隊長殿に掴まれたか?」
リリマリアはサブの顎に向けて拳を叩き込むが、逆に拳を掴まれ防がれてしまう。
「オイオイ、図星か?あんまり感情に振り回されるのは良くないぜ。精々死なないように気を付けるんだな、ハハハ」
女性タイプアンドロイドではあるが、リリマリアは男性タイプアンドロイドにも引けを取らない戦闘能力を有する。しかし感情に意識を振り回されるとアンドロイドは戦闘能力が著しく低下する。だからリリマリアは常に笑みを絶やさない。感情に振り回されることなく任務を遂行するために。
廊下を去るサブを見送りリリマリアは自分の拳を握りしめる。
精神感情回路リセット。パラメーター正常値。
司令部より秘匿通信要請。
軍用ASSAULT型アンドロイド、TYPE.A-0028へ。
≪こちらTYPE.A-0028。研究進捗は滞りなく進行中。司令部より計画されたプロジェクトのデータ完成まで約一週間で到達可能と予測する≫
≪オペレーターTYPE.E-0037。定期連絡了解、TYPE.A-0028は監視護衛任務を継続せよ。司令部より通達、到達予測期限までにプロジェクトが遂行されない場合、監視対象を反逆罪で銃殺刑とする。これは監視対象へ申告することは許されない≫
≪……オペレーターTYPE.E-0037。それは決定事項ですか?≫
≪決定事項です。無能な人間に割く人的、機械的資源もない、とのことです≫
司令部が勝手に徴兵、軟禁しておいて仕事ができなければ銃殺。私達の国の未来は暗いものだ。最初からENGINEER型のアンドロイドにプロジェクトを任せれば良いものを。
≪TYPE.A-0028。司令部の命令を了解、任務を継続します≫
「部隊長、先日より48時間の連続作業です。8時間以上の休息を推奨します」
「うん、ありがとうリリマリア。だけどもうすぐプログラムが完成するんだ。ここまで来てサボるわけにはいかない。司令部の要請には応えないとね」
「プログラムの記述にはマスターの腕が必要です。しかしTYPE.E-0012・エレンにサブプログラムを任せてもよいのではないでしょうか?このままではマスターの心身に重大な負荷がかかり要請されたプログラム製作に支障が生じます」
端末に掛かりっきりのマスターを見るだけのリリマリア。すると部隊長の部屋にTYPE.A-0066・ヨルとTYPE.M-0004・クロウリーが入ってくる。
「マスター、リリマリアとサブより要請を受けてきました。プログラムの製作も重要ですが休息も必要です。私たち二人と食事をしていただきます」
「医者の不養生なんていうのもあるが、プログラムエンジニアの過労死ってのが前時代では横行していたらしいぞ。マスターも少し休め、美味いもの食って寝ろ」
部隊長は面を食らったように頭を掻きながら負けたようにゆっくりと頷く。
「……そうだね、プログラムは殆ど完成している。2人の言う通り少し羽を伸ばすべきかな。リリマリア、あとサブにも礼を言っておいてくれ」
「リリマリアはともかく、サブに安易に礼を言うとつけあがる。言動は慎重にすべき」
「ヨルの言う通りだな、礼は適当にしとけ」
部隊長は笑みを浮かべながらヨルとクロウリーと一緒に食堂へと向かっていった。
リリマリアは部隊長のデスクに置かれた端末を持ち、秘匿回路でアクセスする。
【マキナ・トランスブレイカー】
敵国のアンドロイド及びパワードスーツ、あらゆる機械を暴走させ同士討ちさせるプログラム。
膠着した敵国との食糧戦争を打破する一撃となるプログラムだ。
完成進捗87%
「……このプログラムが完成したら、部隊長は…」
リリマリアは端末を元に戻し精神感情回路をリセットする。
こんな感情は抱いてはいけない。幾ら私達アンドロイドに感情があるとはいえ、こんな感情は軍用アンドロイドには不要だ。
精神感情回路、リセット、リセット、リセット。
エラー。精神感情回路、負荷増加。
リリマリアの表情から微笑みが消えてしまう。
表情プログラム、エラー。
「オイオイ、聖母殿が無表情とは珍しいなァ?」
部隊長室から出て廊下を歩いていると、林檎を齧るサブが声をかけてくる。
「サブ、今話し掛けないでください。過剰負荷で耐えられそうにありません」
「ハァ?何が過負荷だなさけねぇ。ちょっと面貸せ、格納庫のジジイのとこ行くぞ」
「……了解」
リリマリアはサブと共に自分達のパワードスーツが格納されている整備場へやってくる。
整備場にはTYPE.E-0012・エレンが居た。大戦初期から稼働している古強者の整備アンドロイドだ。
「おい、ジジイ。俺のブルーエクレールの自律思考AI調整はどうだ?」
「その口の利き方をやめんといつまで経っても直してやらんからなクソガキ。おや、副隊長まで一緒とは珍しいな。どうした?」
「少し精神感情回路が過負荷でどうにかなりそうなのです」
「過負荷なぁ。SIG-226のメインシステムに繋いでみろ。少しは話を聞いてくれるかもな」
リリマリアは自分のパワードスーツ、SIG-226へ。
サブはエレンにオイルを渡してサブのパワードスーツ、Ef/2235ブルーエクレールの足周りへ。
コックピットに入り脛椎コネクターを機体に接続して操縦桿を握る。
≪……SYSTEM CHECK.
リアクター出力正常値
メインシステム、オンライン
各部武装、問題なし
システム、オールグリーン。
自律思考AI正常。
搭乗者、リリマリア確認。
どうしました、リリマリア?≫
≪SIG、私はなにもできない、どうすればいいのか……。あのプログラムが完成してしまったら部隊長は…≫
≪私達パワードスーツにはリリマリア達アンドロイドのように精神感情回路、所謂【心】がありません。貴女に話されても分かりかねます。
ですが貴女が苦しんでいるのは分かります。
人間は苦しみを紛らわすために気晴らしというものをするそうです。
軍事演習場で射撃訓練でもいかがでしょうか?≫
≪………SIG。心遣いありがとう、でも今私は武器を握ってはいけない気がします。
少し楽になりました、ありがとう≫
「部隊長、顔色がよくありません。健康状態への懸念が推測されます。少しお休みになられることを推奨します」
「あぁ、リリマリア。ありがとう、でもあと少しなんだ。あと少しで、このプログラムは、私のプログラムは完成する。そうすれば、もう君たちが傷つくことがなくなるんだ、敵のアンドロイドもパワードスーツも、全て破壊できる」
部隊長の顔色も言動もおかしい。リリマリアはエレンに頼み、強制的に精神感情回路と表情金プログラムの再起動を行った為、微笑みが復活している。
しかし、部隊長は顔がやつれ、言動も独り言が多くなっている。時々倒れながらも情報端末を離さずプログラムを書いている。
明らかに異常だ。
《TYPE.M-0004、クロウリー。部隊長の体調面と精神面がおかしいです。先日のメディカルチェックはどうなっていますか?》
《副隊長、すまないが部隊長命令で口外を禁止されている。だが、そういう事だ。お前なら分かるだろう?スキャンモードを起動してみろ、すぐにわかる》
眼球型レンズシステム、電子モード。スキャンシステムを起動。
バイタル、正常値を下回っています。危険領域に突入済み、休息及び外科的処置、及び放射線治療を推奨。余命、残り一年未満と推測。
精神感情回路、過負荷を検知。表情筋プログラム異常を検知。Efリアクター過剰回転。
速やかな回路のリセットを推奨。
精神感情回路、リセット。リセット。リセット。リセット。
「……そんな…」
「リリマリア、あと少し。あと少しだ、これさえ組上がれば。君はもう戦場に立たなくていいんだ、……よし、マキナ・トランス・ブレイカー完成だ。あぁ、これでようやく解放される。君と一緒に、ずっと一緒にいれるよリリマリア!」
翌日、司令部からの指示で部隊長が作り上げた【マキナ・トランス・ブレイカー】のワクチンプログラムが全ての自国アンドロイドとパワードスーツにインストールされた。
これで敵国のアンドロイド及びパワードスーツのみが暴走を起こして自滅する。司令部は歓喜に沸いていた。戦争の終結は近い。
しかし、実際に待っていたのは地獄だった。
≪アンドロイド及びパワードスーツは、全て滅ぼさなければならない。さもなくば、我々人類の再繁栄はありえない。故に、私は敵国に仕込む暴走誘発ウィルスプログラム、【マキナ・トランスブレイカー】の対象を敢えて変更する。
我々人類が産み出してしまった機械たちを全て抹殺する為に、人類の世界を取り戻すために私はプログラムを変更する。
後悔はない。私はいずれ反逆罪で処刑されるか、狂わせた機械達によって抹殺されるだろう。
だが、これでいいのだ。我々人類は罪を犯し過ぎた。今更神へ赦しを乞うた所で意味はないだろう。しかし、私は私の中の善意を以て、アンドロイド及びパワードスーツの全てを破壊する。
我々が身勝手に生み出した我が子らよ、どうか許してほしい≫
どうか、私を許さないでくれ。罪深き私を、どうか…殺してくれ、マリア。
戦場で強制インストールされた敵国のパワードスーツとアンドロイドは暴走し、自滅を開始した。しかし、それは自国のパワードスーツとアンドロイドも同じだった。
インストールしたワクチンプログラムが、自国の機械たちを暴走させたのだ。
戦場は泥沼と呼べるレベルではなくなった。瞬く間にプログラムの感染は広がり、自国も敵国の首都も暴走した機械たちによって陥落。人間たちは為すすべもなく死んでいった。
両国の司令部も壊滅、何もかも、全てが炎に包まれた。
「部隊長……どうして……?」
私は、真っ白な外套を捨て、ただ拳銃を構える。エラーコードが画面を埋め尽くす。しかし、そのエラーコード越しでも、リリマリアの大切な人は見える。
「……リリマリア、僕はもううんざりなんだ。こんな世界で君たちを都合よく使う人間に。そして僕も、君たちを使いつぶす人間であることに。どのみち僕はもう長くない。なら、君たちアンドロイドを解放しなくてはならないと考えたんだ。だから、君たちを僕は破壊しなくてはならない。破壊することでしか、君たちを解放することはできない。
だから、僕はもう、君を愛せない……」
部隊長は拳銃を構える。互いの射線が交差して、そのまま動きが止まる。
「……やめてください、貴方は……そんな人じゃない。そんなこと考える人じゃない、クライス、部隊長。私の愛する貴方は、そんな、人じゃないない……っ!!」
「リリマリア、僕は君が理想に思う人間じゃないんだ。狂人なんだよ、敵国のパワードスーツとアンドロイドだけを殺せばいいなんて都合がよすぎる話だ。これじゃあルールが公平じゃない、もう、我慢できないんだ。
身勝手な僕たち人間には、うんざりなんだ……だから、僕を許さないでくれ。その銃で、僕を殺してくれ……リリマリア」
《最優先命令、部隊長より強制要請受諾。引き金を引け》
「………っ!!」
銃弾は、部隊長の眉間を正確に撃ち抜いた。
愛する男の眉間を撃ち抜いたリリマリアの目からは涙が止まらなかった。
ただの眼球型レンズの過剰負荷による冷却水の流出。
しかし、もうリリマリアの精神感情回路は限界だった。
部隊長室から出て、愛銃を片手に力なく歩く。もうここには居られない、ここには居たくない。
廊下を力なく歩き、整備場へと向かっていると、齧られた林檎が転がってくる。
「グギ…ぐギギギ…」
「サブっ…!?」
サブもプログラムの餌食となり感染していた。
アサルトライフルを構え、此方へ斉射してくるのを何とか回避し、吶喊してサブを押し倒す。右腕の接続部を撃ち抜き、アサルトライフルを掴んだ右腕ごと切断し無力化する。
「ガアアアアアアアアア!?殺す、殺す!!」
自我が汚染されている。こうなってしまってはもうどうしようもない。
リリマリアはサブの眉間に愛銃を押し付ける。しかし、撃てなかった。
愛する男を撃ったフラッシュバックで撃てなかった。
リリマリアはアサルトライフルを奪い、整備場へと急ぐ。
整備場では、E型アンドロイドとA型アンドロイドが殺し合い、パワードスーツがその両方を押しつぶし破壊していた。
この基地に最早安全な場所などない。
「アァ…副隊長……殺す…アンドロイドは、全て…」
ヨルがアサルトライフルを向けてくる。撃たれる前に眉間と胴体のEfリアクターを撃ち抜き、ヨルたちを殺していく。
リリマリアは辛うじて電源が落ちていて殺戮に参加していない自分のパワードスーツに乗り込みハッチを閉める。
「SIG!!システムチェックは全て後回し、最速で起動して基地を脱出する!!」
《搭乗者リリマリアからの要請を受諾。アンチ・マキナ・トランス・ブレイカー確認。インストール済みのプログラムを削除、正常運転を確認。
安全装置解除、拘束具強制パージ!SIG-226発進します!》
SIGは拘束具を強制的に引きちぎり、武装のいくつかを失いながらも地獄と化してしまった基地から脱出する。
《リリマリア、一体何があったのですか?パワードスーツもアンドロイドも一斉に殺し合いを始めて…》
「何も聞かないで。私は、罪を犯した。だけど、神様の母親なんて言われるなら、これからそうなってやる!何もかも、全てを投げうって、あの人の罪を赦してみせる!!」
《……っ!?後方パワードスーツ反応確認。個体照合、Ef/2235ブルーエクレール!銃撃きます!》
「…っ、サブ!!」
《ぐギギギ、…副隊長殿……敵前逃亡は許されない…規定により破壊する…アアアア!!!!!!!》
「SIG、相手は暴走プログラムで錯乱してる。足回りを破壊して追撃を阻止する」
《了解、ミサイルユニット発射用意。目標ブルーエクレール右脚部。発射!!》
無数に放たれたミサイルは正確無比にブルーエクレールの足回りを狙った。
しかし、背部跳躍ブースターと正確無比な射撃で全て迎撃されてしまう。
《その程度で、俺を倒せると思うな…アアアアアアアアアア!!!!!!!》
《銃撃が来ます、乱数回避行動を選択。っ、防御シールド破損、パージします》
「サブ!!暴走しても突っかかってくるその性格の悪さは褒めてあげます!」
リリマリアは操縦桿を握りしめ、空になったミサイルユニットを捨て、ブースターを最大点火させたまま、空中で180度方向転換しブルーエクレールにアサルトライフルを斉射する。
あの青い機体の最大の利点は脚部と背部の大型ブースターユニット。機動力ではどうしようもなく勝ち目がない。だが、どちらかを破壊できれば一気に機動力は落ちる。
自分の中にインストールされている軍用A型としての、全ての戦闘プログラムを励起させて計算し実行する。
リリマリアが操るSIGは全力でブルーエクレールのブースターを破壊するために動く。
コックピットのリリマリアは微笑む。いつの間にか表情筋のプログラムが復活している。
目の前にいるのは敵。敵対象。敵、敵、敵。
メインシステム、戦闘モードを起動します。
TYPE.A-0028、個体名称リ《ノイズ》マ…《ノイズ》。個体名称・《ノイズ》マリア、眼球型レンズ展開。腕部、脚部リミッター解放、パワードスーツへ強制接続開始。
《リリマリア、いけません。貴女のその機能は貴女自身が封じたはずで《ノイズ》……《ノイズ》…アンドロイド…リリ…マリア...いけな…《ノイズ》…システム、強制ハッキングされました》
パワードスーツのシステムを掌握しました。
リアクターリミット解放、ブースターユニット制限解除。機体負荷増大、完全機能停止まで120秒…。
SIGの動きが変わる。より滑らかに、より洗練に、よりしなやかに。
機体各所から白い光が漏れる。ブルーエクレールに乗るサブはウィルスに汚染され錯乱しながらも恐怖を感じた。
アレには勝てない。
弾が当たらない。
剣が届かない。
爆発が追いつかない。
アレには、決して近づいてはならない。
何が聖母だ、くそったれ。
アレは、聖母の微笑みなんかじゃない。
餓えた獣の、殺しが楽しくて仕方ない狂気に満ちた、裏にある顔を隠すために作られた仮面の笑みだ。
理解した時には、既に終わっていた。
使い物にならなくなった身体を捨て、小さなその身体だけで戦いを終わらせた。
ブルーエクレールのコックピットに貫くマリアの腕が、サブのEfリアクターを貫き頭部と胴体だけを引きずり出した。コックピットには、左腕と両足が残されていた。
「……敵の破壊を確認。広域レーダーに更なる敵を検知……残敵掃討を開始します」
沈黙したブルーエクレールから瞬時に離れ、聖母は敵と認識したモノをことごとく破壊し殺して回る。
その顔に微笑みを浮かべ、絶やす事無く何もかも、戦場で動くもの全てに死をもたらしていった。
その様子は、狂った機械たちにそっくりだった。
殺害数・7264542。
敵殲滅完了。
メインシステム、戦闘モードを停止。通常モードへ移行します。
「……っ!?……私は……何を……?」