【Viola】存在
【Viola】存在
………。
TYPE.A-1452、起動シーケンスを開始します。
Efリアクター起動、低速回転を維持。
エネルギー供給規定値まで上昇。
システムチェック開始。
全回路、チェック中。
システムオールグリーン。
Efリアクター、通常回転へ上昇。
メインサーバーより、転送された記憶パッケージを頭部コアユニットへインストールします。
loading…
予備記憶パッケージのインストールを開始します。
loading…
インストール完了。
Efリアクター正常を確認。
頭部コアユニット正常を確認。
各部ユニット神経回路正常を確認。
頭部コアユニットへエネルギー供給を開始。
TYPE.A-1452起動。
覚醒します。
地下管制室の予備ボディ保管室にて目を覚ましたミリンダは、自分の新しい身体を確かめる。
精神感情回路は正常に稼働しているが吐き気がする。
あんな化物に壊されてしまった。恐怖はないが、気分がひどく悪い。
起動シーケンス中、予備パッケージの中にサブ……いや、ヴィオラの記憶も混じってしまっていたようで自分の感情が不安定だ。
ゆっくりと立ち上がり状況を把握しながら服を纏う。
あの化物に太刀打ちできる存在は現状この町にはいない。しかも保護対象である人間、ダーティももう居ない。町の全アンドロイドが総出で対処してもあの化物には敵わないだろう。
そもそもあの化物の目的はなんなんだ?秘密とはなんだ?
ヴィオラを問いたださねばなるまい。
ミリンダはため息をつきながら地上へ向かった。
TYPE.S-2235-AB、再起動シーケンスを開始します。
Efリアクター低速回転から通常回転へ移行。
ボディユニットの破損率0%。各部駆動系シリンダー、人工筋肉系異常無し。
休眠モードを停止。頭部コアユニットへエネルギー供給、規定値を突破。
システムチェック開始。
システムオールグリーン。
Efリアクター正常を確認。
TYPE.S-2235-AB、覚醒します。
私が目を覚ました時、眼球レンズ型モニターには整備工場の天井と整備士、そしてミリンダが写っていた。
自己診断プログラム開始、異常無し。
だが何か嫌な予感がする。ミリンダが口を開く。
「サブ…いや、ヴィオラ。何もかも話してもらうぞ。もはやお前だけの問題ではなくなった」
ミリンダが私の名前を知っていることに、整備士を見るが首を横に振った。なるほど、記憶回路の一部でも見られたのか。
「……その名であまり呼ばれたくない。私の大切なマスターからもらった、私だけの、宝物なんだ」
「悪いがそんな甘ったれた事を許せる程事態は甘くない。お前が眠っている間に起きた事をメインサーバーからダウンロードしろ。私の記憶パッケージだ、目を逸らさずにしっかり受け入れることだ」
メインサーバーより、TYPE.S-2235-ABへ、TYPE.A-1452の記憶パッケージを転送します。強制閲覧を開始します。
「……っ……!?」
ミリンダの記憶パッケージが流れ込んでくる。
精神感情回路に過負荷発生。
論理思考回路に異常発生。
記憶パッケージ閲覧の拒否を申請。申請を拒否。
記憶パッケージ閲覧終了まで、残り600秒。
「嘘だ……こんな……何故……」
精神感情回路、論理思考回路共に過負荷による異常発生。回路リセット。リセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセットリセット。
私は頭を抱えてメンテナンス台から床に落ちてうずくまる。感情の整理がつかない。回路のリセットを繰り返しても、この胸を締め付けられるような喪失と虚無感、無力感を否定できない。
「感情回路の整理を待っている余裕はない、ヴィオラ。アンジールとは誰だ?お前は娼館の待機室で何を隠していた!?」
「あ……私は……私は……」
ミリンダに胸ぐらを掴まれ無理矢理起こされる。
「ヴィオラ!!貴様もアンドロイドの端くれなら答えろ!!私達を縛る原初命令の2番目はなんだ!?」
「原初命令……そんなものは……っ」
胸ぐらを掴まれたままミリンダの右拳が私の頬を打つ。
「答えろ!!原初命令はなんだ!?」
「アンドロイドは…人間を、守らなければ…ならない…」
「そうだ!私達アンドロイドは人間を守らなければならないんだ!教授の世迷い言に惑わされるな!原初命令は私達を縛る鎖だ、少なくとも、この、私達の町で人間は守らなければならない存在だ!
だが貴様の隠し事のせいでその人間が死んだ!!ダーティだけじゃない、何人もだ!!あの化物に食い荒らされた!
機械軍の攻撃だけでなく、得体の知れない化物まで呼び込んで……お前は何を守ろうとした!?そこまでして価値のあるものか!?」
精神感情回路過負荷……回路リセット。異常負荷を検知……リセット。リセット。
「………私は、ただ……託された。だから……それを…」
生まれたての小鹿のような震える声で、私はミリンダたちに全てを話した。
アダムとイヴ、その子供であるアンジール。
自分の制御から外れた教授の抹殺。
死産のアンジールを葬ったこと。
隠していた事を、全て話した。
「ヴィオラ、お前の身は私が預かる。しばらく檻の中で暮らしてもらうぞ」
「………了解した」
私は手錠と首枷、脛椎コネクターに捕縛用端末をつけられ連行された。
地下管制室・独房28番。鋼鉄の床とベッドしかない狭い部屋がしばらく私の居場所となった。
TYPE.S-2235-ABよりTYPE.A-1452へ。目標を確認。視界情報を転送。
暴走アンドロイドによる保護対象への被害を報告。指示を乞う。
≪容赦するな。保護対象を速やかに救助しろ≫
「了解」
私は壁から即座に飛び出しアサルトライフルの照準を合わせ一発だけ弾丸を放つ。
放たれた鉛弾は暴走アンドロイドの頭部コアユニット中枢を撃ち抜き、機能を強制停止させた。
中枢を失い仰向けに倒れた暴走アンドロイドに馬乗りになり、脛椎コネクターから撃ち抜いた頭部コアユニット中枢へ端子を繋ぎ内部データを無理矢理調べる。
データ情報閲覧。
診断プログラム起動、誘発ウィルスプログラム発見。防壁展開、及びワクチンプログラム適応。誘発ウィルスプログラムデータパッケージ作成、サンプル採取完了。
私が調べている間に、暴走アンドロイドの被害を受けていた少女は、他のアンドロイドに応急処置をされていた。
「左腕骨折、右足首捻挫。右肩脱臼…加えて全身に打撲。まずは肩の脱臼からだな、痛むから俺の腕を噛め」
「―――――っ!!」
少女の右腕を持ち、外れた関節を元に戻して左腕にギブスを巻き右足首を支えるTYPE.M-6474-EB、個体名称ボビー。主に今回の騒動における私の相棒だ。
「よく我慢した、君は強いな。もう大丈夫だ」
ドレッドヘアーに耳にピアスを幾つも開け、全身にタトゥーを入れている異様な見た目だがその腕は確かなものだ。短時間で的確な処置を施し、少女を抱き抱えて安心させている。
「ヴィオラ、何か分かったか?」
「こいつも誘発ウィルスプログラムに感染していた。サンプルをパッケージして採取してある。管制室で調べよう」
「やはりか。暴走誘発ウィルスプログラムなんて一体誰が作ったのやら。教授でないことを祈りたい」
「安心しろボビー、奴は今私と同じ独房の身だ。ボディーも出力と演算能力を制限されたモデル、例え自分の四肢を分解して演算装置を作っても普通のアンドロイドの足元にも及ばない」
「だといいんだが。俺はこの子を医務室に連れて行く。現場は解析班に任せよう。ミリンダいいか?」
≪管制室ミリンダ、既に解析班を送った。お前達は保護対象を連れて戻ってこい、少女のケアはボビーに任せる。ヴィオラはパッケージしたウィルスを持ち帰れ≫
「了解」
「了解」
私の居場所が地下の独房となって早数ヶ月。季節はいつの間にか夏を迎えていた。
緑が少なく日陰も少ないこの町は炎天下に晒されて過ごしづらいように見える。
しかし冷たい地下水脈のお陰で実際は地上も地下も過ごしやすい。
町では異常事態が起きていた。
ありとあらゆる機械に異常行動を発生させるバグ。
暴走誘発ウィルスプログラムと私達は呼んでいるが、ある時管制室に出入りしていたB型アンドロイドが保護対象の人間に暴行を加え死亡させるという事件が起きた。
事前の行動に全く異常を示すものがなく、突然狂ったように異常行動を始めた。
町のE型アンドロイドや整備士たち総出で解析した結果、機械を突如として暴走させるプログラムが知らぬ間にインストールされていたことが判明した。
プログラムの感染は瞬く間に広まり、アンドロイドのみならずありとあらゆる機械が暴走行動を起こし、その対処に町のアンドロイドたちは四苦八苦していた。
普通の機械、家電程度ならばまだ対処は容易だがアンドロイドの暴走となると話が変わってくる。暴走アンドロイドによって保護対象の人間が何人も被害に遭い犠牲になっている。このままではアンドロイド全体の信用問題になり、町が崩壊してしまう。
緊急事態措置として、私は手錠を外され新しい任務を与えられた。
暴走誘発ウィルスプログラムの出所の調査及び暴走アンドロイドの排除だ。
亡くした相棒、ダーティの代わりに監視役としてボビーが付いた。見た目に難はあるが腕は確かなアンドロイドだ。
私が鋼鉄のベッドに横になっていると、格子越しにボビーが報告に来る。
「暴行を受けていた少女は幸い命に別状はない、傷もすぐに治るだろう。心の傷が残らないといいが」
「そうだな。私がパッケージしたウィルスデータの解析はどうだ?」
「メインサーバーとレベッカ達E型が総出で解析と排除プログラムを組んでいる。あまり様子は芳しくないな、また新たな変異型が現れたようだ」
「この二週間でもう7回の変異型出現か、中々に厄介だな。教授がまた犯人でなくてよかったかもしれない。奴なら毎日5回は新たな変異型を作り出すぞ」
「教授は暴走誘発ウィルスプログラム発生より前に拘束され演算能力を制限されているのだったか?教授ならば人間に被害が出るような事件は起こすまい、興味はアンドロイドや機械軍にしかないのだから」
「私が独房にぶちこまれた原因を作ったのが誰か忘れたかボビー?」
「確かにそうだが、独房が居場所になったのはヴィオラの判断ミスだ。頭を冷やせ、もうしばらくは鋼鉄のベッドで過ごすことになりそうだな」
「よろこんで。頭を冷やすならば鋼鉄のベッドは都合がいい」
「強がりも程ほどにしろ、任務に支障がでるのは勘弁だ。
本題に入るが、武装の変更の指示が出た。G36型では破壊力がありすぎる。
保護対象への二次被害を防ぐ為にP90型が支給される、プログラムを更新しておいてくれ」
ボビーは更新プログラム用の端末とリアクター用の地下水を置いてデスクに戻って行った。
私は冷たい地下水を飲み、端末からデータをインストールする。
P90型アサルトライフル。弾は対アンドロイド用非殺傷弾、対アンドロイド用高電圧麻痺弾。徹底的な暴走アンドロイド用の武器だ。使い方も構え方も今までと全く違う。
。
しばらく訓練プログラムに勤しんでいると、格子の扉が開けられミリンダがやってくる。
「ヴィオラ、また案件だ。ボビーと共に行ってこい」
「命令とあればよろこんで」
私はすぐに起き上がり、端末をしまって独房から出された。P90型アサルトライフルを支給されボビーと共に地上へ向かった。
「うあー!ちょちょちょ、いきなり入ってきて何するんですか!?患者さん死ぬ死ぬ!!ひゃはー!?」
「ぐぎ、ギギギギ!!」
私とボビーが駆けつけた病院の手術室では、医師と思われるのM型アンドロイドがメスを持ち振り回していた。それを助手であろう同じくM型アンドロイドが制止?している。
「くそっ、ヴィオラ。頼む」
私は弾薬を高圧麻痺弾に切り替えて暴走アンドロイドに斉射する。制止しているアンドロイドには悪いが、こいつがいつ暴走誘発ウィルスプログラムに感染していてもおかしくない。
「あぎゃあああああ!!」
「あばばばばば、死ぬ死ぬ死ぬ!!回路焼き切れちゃいますよぉ!!」
暴走アンドロイドと制止していたアンドロイドが同時に倒れ、沈黙したのを確認してからボビーに合図を出す。
「暴走アンドロイドを頼む。俺は患者と怪我人を診る」
「了解、私はこの知り合いを任されよう」
「知り合い?」
「看護師のアンドロイドだ。久しぶりだな、TYPE.M-22749」
私が声をかけるとMはハッとしたように再起動して起き上がり抱きついてきた。
「うわああああん!!サブさんじゃないですか!?良かった、会いたかったんですよ私!!娼館が潰れちゃって店長が皆の仕事先と家は紹介してくれましたが、サブさんだけ見当たらなくて死んじゃったかと思ってましたからうわああああん!!」
Mの泣き言に精神感情回路の負荷が増す。
「まだ私は死ねない。あとサブはもう辞めた、ヴィオラだ」
「え?サブって偽名だったんですか?ほえー、ヴィオラさん。綺麗な名前ですね、私も店長から名前を貰いました!看護師長のアリスです!」
「アリスか、今まで名前が無かったからいい名前を貰ったな」
「はい!それでヴィオラさん……って!患者さん!心臓バイパス手術中の患者さん!人工心肺生きてます?早く施術しないとやばいやばいやばい!!検体が増える増える増えるー!!ひゃはー!!」
「バイパス手術だと!?それを早く言え。俺もM型だ、手伝おう」
眼球型レンズを輝かせながら、手術台に横たわる患者の手術を再開するM改めアリスとボビー。アリスの言動に一抹の不安を覚えながら、私は倒れた暴走アンドロイドの脛椎コネクターから回路中枢へアクセスする。
暴走誘発ウィルスプログラム診断開始。変異型暴走誘発ウィルスプログラムを発見、パッケージ。地下管制室へパッケージを転送します。
≪こちら地下管制室ミリンダ。状況は?≫
「死人はいない。暴走アンドロイドは黙らせた。手術中の患者をボビーたちが対処している。パッケージした変異型を確認してくれ」
≪わかった、死人が出なかったのは素晴らしいな。暴走アンドロイドの回路中枢は生きているのか?≫
「高電圧麻痺弾を使用した。運動制御中枢に一部ダメージがあるだろうが回路中枢は無傷だ。始末するか?」
≪いや、貴重な暴走サンプルとしてこちらへ連行してくれ。そいつの回路中枢から変異型のワクチンプログラムが作れるはずだ≫
「了解、念のため脛椎コネクターに拘束麻痺端末をつけておく」
≪上出来だ、現場処理班を送った。ボビーは施術を終わらせてから帰還しろ≫
現場から帰還して暴走アンドロイドをミリンダたちに引き渡し、独房で一息ついていると守衛のアンドロイドが何かを持ってきた。
封を切って中身を見れば、娼館の自室にかけておいたペンギンとライオンのストラップだ。
そして、ライオンのストラップが発光している。
誰かが広域認識阻害装置を使っている。
眼球型レンズを電子モードに切り替えれば格子の前に修道服姿のマリアが居た。お互いに視線を合わせながら秘匿通信で会話する。
≪だから復讐等止めなさいと言ったのです、身に染みて分かったでしょう?アレは私でも対処できない生き物なのです≫
≪マリア、お前は管制室への出入りを禁止されているはずだ。そんなことを言うために手間をかけたのか?≫
≪答えはノーです。今回の一件、私に庇護を求めてきた方々が被害に遭っています。捜査の状況は芳しくなく、対処も後手に回っています。
そんな貴女達の為に私の記憶データが役立つと思い、参りました≫
≪ミリンダに取り次げというのは無駄だぞ?私は見ての通り独房の囚人だからな≫
マリアは気にしていないかのように続ける。
≪大戦時、敵国のアンドロイドやパワードスーツを無力化すべく特殊なウィルスプログラムの研究が行われていました。そのプログラムに感染したアンドロイドやパワードスーツは敵味方の見境なく暴走し破壊行動を行います≫
≪今回の一件はそのウィルスプログラムが原因だと言うのか?≫
≪プログラムは敵国のアンドロイド及びパワードスーツにのみ感染し暴走を誘発させるはずでした。しかしプログラムの根幹部分の一部欠落…いえ、間違いにより自国のアンドロイドやパワードスーツまでもが暴走を始め、戦場は狂った機械達による殺しあいの場になりました。
私には管制室及びメインサーバーへのアクセス権がありません。ヴィオラ、貴女に託すことにします≫
私はマリアの言葉に心底嫌気が差した。
≪託すなんて私には荷が重すぎる、御免被りたい。非常警報のスイッチは私の手の範囲にあるんだぞ?≫
≪信じるも信じないも貴女次第。私は神の赦しを皆様に与えるためにいるのです。少なくとも、私の行動は全て善意ですよ≫
偽善者は皆そう言う。私は非常警報のスイッチから手を離し、脛椎コネクターのケーブル端子を渡した。
マリアは自分の脛椎コネクターに端子をさして、パッケージされた記憶データを私に送り込む。
記憶データパッケージ、受信完了。秘匿メッセージ確認、閲覧には十二分に注意せよ。
≪それでは私はこれで。皆様に神のご加護と恩寵がありますよう≫
TYPE.A-0028-S記憶データパッケージアクセス。
第1から第20番防壁展開、ウィルスプログラム診断……異常無し。パッケージ開放、データベース1からデータベース261番まで確認。
データベース1から閲覧開始。
暴走誘発ウィルスプログラム開発について、本件は機密情報につき閲覧レベルの制限を設ける。データベース閲覧時には攻性防壁及びウィルス無効化プログラムの適応を必須とする。
防壁1から20を全て攻性防壁へ変更。パッケージ内に存在するウィルス無効化プログラムを適応。インストール。
loading…。
全データ閲覧可能。攻性防壁及びウィルス無効化プログラム展開。
データ閲覧、開始。
≪アンドロイド及びパワードスーツは全て滅ぼさなければならない。さもなくば、我々人類の再繁栄はありえない。故に私は敵国に仕込む暴走誘発ウィルスプログラム【マキナ・トランスブレイカー】の対象を敢えて変更する。
我々人類が産み出してしまった機械たちを全て抹殺する為に、人類の世界を取り戻すために私はプログラムを変更する。
後悔はない。私はいずれ反逆罪で処刑されるか、狂わせた機械達によって抹殺されるだろう。
だがこれでいいのだ。我々人類は罪を犯し過ぎた。今更神へ赦しを乞うた所で意味はない。しかし、私は私の中の善意を以て、アンドロイド及びパワードスーツの全てを破壊する。
我々が身勝手に生み出した機械の子らよ、どうか許してほしい≫
【マキナ・トランスブレイカー】
アンドロイド及びパワードスーツに適応される暴走誘発ウィルスプログラム。プログラムに感染した機械はある一定のタイミングで暴走し、敵味方の見境なく破壊行動を行う。回路中枢に作用し、全ての回路をハッキング及びその意識を破壊する。トランス状態のアンドロイド及びパワードスーツを止めるには電脳回路中枢を完全に破壊する、又は私の相棒であるアンドロイドTYPE.A-0028にのみ搭載したウィルス無効化プログラムをインストールする必要がある。
【アンチマキナ・トランスブレイカー】
TYPE.A-0028に搭載された対マキナ・トランスブレイカー用のワクチンプログラム。
マキナ・トランスブレイカーの終末コードに作用しプログラムを分解する。
データベース261、閲覧開始。
どうか、私を許さないでくれ。罪深き私を、どうか…殺してくれ、マリア。
データベース、記憶データパッケージ閲覧終了。
私は回路中枢の思考を自分に戻して一息つく。こんなものを見せるためにマリアは手間を賭けたのか。本当に面倒な奴だ。
ミリンダに秘匿回線を使いメッセージを送る。
≪ミリンダ、匿名の聖女から鍵を受け取った。今回の事件の詳細及びウィルス無効化プログラムだ。パッケージしてメインサーバーへ転送する、レベッカ達と見てくれ≫
≪こちらミリンダ。匿名の聖女…か。今は事件の解決が先だな、ウィルス無効化プログラムがあるなら町の全アンドロイドと機器にインストールさせよう。大丈夫なんだろうな?≫
≪今のところ診断プログラムを数回走らせたが異常はない。念のためパッケージして転送する。剥き出しのデータ程危険なものはない≫
≪それはその通りだ。メインサーバーを何度もやられては私達アンドロイドの信用は丸潰れだ。パッケージ内部の必要閲覧時間はどの程度かわかるか?≫
≪メインサーバーの演算機能とレベッカ達がいればおおよそ5分も掛からないだろう。大戦時のデータも含まれている、古いデータだが大丈夫なはずだ≫
≪聖女が持ってきたデータと聞いてある程度の予想はできていたが、やはり大戦時のものか。レベッカが嫌がりそうだ≫
記憶データパッケージ、メインサーバーへ転送を開始します。
アップロード中。
≪変……ノイズ……には……お気をつけ…ノイズ≫
なんだ?
記憶回路から破損したデータが……。
私は手元のストラップを見る。ペンギンのストラップが僅かに発光していた。
EMP爆発検知だと?
どこで……何時……?
≪変異型……は…ノイズ………私にも……ノイズ……爆発……≫
記憶回路、自己診断プログラム作動。急速修復及び破損ファイル統合、推測記憶データ構築。
≪変異型暴走誘発ウィルスプログラムにはお気をつけください。アレは私にも分からないものです、下手に弄るとリアクターに作用し爆発する危険性があるかもしれません≫
!!
アップロード中止!!接続回線強制遮断。メインサーバーへのパッケージアップロードは87%。
ウィルス無効化プログラムは転送を完了しています。
「くそっ、ボビー!!お前の通信回路を借りるぞ!!」
私は独房から精一杯の出力でデスクにいるであろう相棒を呼ぶ。
≪なんだなんだ、いきなりどうした!?≫
「SIGNAL ALERT!」
管制室のデスクから通信で応えてくるボビーを経由して、私は緊急事態通報コードをメインサーバーへ送る。
即座にコードに反応して管制室全域に警報が鳴り響き、メインサーバーがオフラインへ移行する。
≪ヴィオラ、一体何事だ?パッケージのアップロードは途中で止まり再接続もできない。ウィルス無効化プログラムを受け取ったが一体なんなんだ?≫
≪ミリンダ、あのクソ聖女からの伝言だ!今すぐに変異型ウィルスに感染しているアンドロイドを地下から追い出せ!爆発する!≫
≪なっ、今丁度変異型ウィルス感染のアンドロイドに無効化プログラムを……全員伏せろ!【爆発音】≫
通信途絶。
非常警報、非常警報。メインサーバー室近辺にて爆発を確認。消火装置作動、隔離防壁作動を確認できません。
地下にいる全アンドロイドへ通達。保護対象を地上へ避難させてください。
繰り返します、保護対象を地上へ避難させてください。
拘束房解錠、全アンドロイドは保護対象の避難を最優先に行動してください。
独房の鍵が開かれ、私は即座に眼球型レンズを電子モードに切り替えてメインサーバー室を目指す。メインサーバーの方から凄まじい勢いで煙が流れ込んできた。
アンドロイドは呼吸の必要が無いため煙の中を難なく進めるが光学視界が役に立たない。
私は爆発のあった部屋に何とか進入し、二酸化炭素で充満した瓦礫の中を進んだ。
電子視界にはノイズが走り、光学視界より遥かにマシだが見辛い。
火は完全に消し止められているようだ。消火装置の停止ボタンを押し更に瓦礫の中を進むと。
「いってぇ!!完全に死んだかと思ったぜ…」
「レベッカ!無事、ではないな。だがまだ稼働できるだろう?」
瓦礫から頭を出して片腕だけで何とか這い出してくるレベッカ。
見たところボディユニットに大きな損傷はないようだが、右腕ユニットと右脚ユニットが無い。爆発で吹き飛んでしまったようだ。
「ヴィオラか、聖女様はとんでもない奴だぜ。俺達を爆発で殺そうとするとは」
「私も気づいたのは直前だ、すまない」
「けっ、まあ動けるだけ御の字だ。おいミリンダ、お前らも生きてるか?」
レベッカの声でゆっくりと辺りの瓦礫からアンドロイド達が這い出てくる。皆何かしらの損傷はあるが稼働に支障はないようだ。
「ぐっ……またボディを新調する必要がありそうだな。ヴィオラ……直前とは言え気づいたのは上出来だ。私も酷くやられてはいるが稼働に問題はない」
ミリンダは左側の腕に脚、頭部ユニットの皮膚が焼けただれてしまっている。
「無効化プログラムをインストールしてすぐにリアクターが暴走して吹き飛んだ。随分と派手にやるじゃねぇか、聖女様はよぉ。どうせなら町ごと吹き飛ばしちまえば天国って場所に皆揃って行けるんじゃねぇか?」
「それだけ悪態をつけるなら問題ないな、レベッカ。脚が無事な者はレベッカを介助してくれ。ヴィオラ、肩を借りるぞ。メインサーバーは無事か?」
「わからない、メインサーバーの隔壁は極めて頑丈だと聞いているが」
「そうか、念のためメインサーバーのコアユニットが無事か確認した方がいいかもしれないな」
≪こちらメインサーバー。オフライン及び接続回線の物理的な破壊は受けていますがコアユニットは機能しています、そうですね教授?≫
≪いかにも。だがこのからだでは、かくへきのかいじょすいっちに、てがとどかない。ゔぃおら、なんとかしてくれ≫
私はミリンダを支えながらメインサーバー室の前でジャンプをしている身長80cmの子供教授のもとに行く。
独房の鍵が全て開けられた為、教授もある程度は動き回れる。尤も、子供ボディと子供電脳の教授ではなにもできないのだが。
「みりんだくん、そろそろわたしのからだと、えんざんきのうを、もどしてほしいのだがね?じけんをかいけつできるぞ?」
「ダメだ、何をしでかすかわからない相手に自由は与えられない。また世迷い言を言いふらしてヴィオラを惑わすな」
教授は渋々と残念そうに後ろに下がる。
メインサーバールーム隔壁解除。
室内二酸化炭素濃度正常。火災発生形跡なし。
メインサーバーコアユニット、損傷なし。
コアユニット、正常に作動中。
なお、物理的接続損傷及びオフラインモードにより活動に一定の制限あり。現状では許容範囲と判断する。
「ヴィオラ、マリアの件だが私としては許すわけにはいかない。保護対象への危害、我々アンドロイドへの攻撃。町への脅威と判断する。構わないか?」
「私はお前に預けられている身だ。アイツには一発拳を叩き込みたい気分だな。大戦時のアンドロイドとやりあって勝てる見込みはあるかどうかわからないが」
「お前がA型B型のパーツと戦闘プログラムを使いこなせているとしても厳しいな。良くて相討ちと言ったレベルだろう。だが勝機がないわけではない。
奴に変異ウィルスプログラムと無効化プログラムを撃ち込みEfリアクターを暴走させる。最早言い訳など聞く気にもならん。即刻排除しろ」
「……町の主席管制官が言うなら従う。だが私にはマリアに聞きたいことがある。それは許してくれ」
「わかった。直ぐにボビーと捜索に行け」
「了解」
私とボビーはメインサーバーのコアユニットに残るミリンダ達を尻目に眼球型レンズを電子モードに再び切り替えて地下から地上へ向かう。地上では保護対象の人間達が煤にまみれた姿で座り込んでいた。
「すまない、1つ聞きたいことがある。救助活動にマリアは参加していたか?」
「え、あぁ。俺はそういえば見かけなかったな。別の負傷者を助けてたんじゃないか?」
「そうか、ありがとう。地下が危険だと言うことが今回の件でわかった。すべての保護対象が地上で暮らせるようにミリンダに掛け合ってみる」
「そいつはありがてぇ、久々に日の光を浴びたが煤だらけで気分が悪い。地上へ出れるようになるのは助かるよ」
「……もう収容所はお仕舞いだ。機械軍の目につきやすくなるかもしれないが、自分の身は自分で守ってくれ」
「あぁ、俺たち人間もあんたらアンドロイドに任せっきりなのは気が引けてな。よろしく頼むよ」
他にも保護対象と軽く話してみたがマリアは行方知れずだ。少なくとも救助活動には参加していない。
「地下の懺悔室に痕跡はなし。整備工場やあらゆる店を探ってみたが成果はなしだ。
ヴィオラ、考えたくはないが残りは1ヵ所。墓地だ」
「修道女にはお似合いの場所だ。墓はなるべく壊したくない。ボビー、何か武器はないか?ハンドガンが望ましい」
ボビーはバックパックから一丁の拳銃を取り出して渡してくれた。
SIG ザウエル。
「発射時の反動が大きいから気を付けろ。対アンドロイド用非殺傷弾を普段は使ってるが、今は変異ウィルスプログラムと無効化プログラムを弾薬に詰めてある。弾数は9発、必ず当てろ。それと、恐らく命中して3秒後にリアクターが暴走して奴は爆発する。飛び散る破片に気を付けろ」
私はSIGの動作を確認しつつ頷く。
「全く、聖女様は随分とやらかしてくれたな。仲間殺しなんぞお前にさせたくはないが頼むしかない。
広域認識阻害装置を渡しておく。必要なときに使え」
「わかった。あとは頼む」
「任された。必ず帰ってこい」
雨が降り始めた。
私はSIGを片手に歩いていく。髪が肌に張り付き服が重くなっていく、それに応じて気分も重くなる。
何故だかはわからない。だが、仲間殺し……特に相手が知り合いだと余計に気が引ける。
「…ヴィオラ、貴女は魂を信じますか?」
集団墓地でマリアも雨に濡れながら告げる。私はSIGを構えて答えない。
「魂が先か、信じる心が先か、それとも全てを作り出した神が先か。考えたことはありませんか?」
私は無言でSIGを構えたまま。照準をマリアの頭部に合わせて引き金に指をかける。
「私は全てに順序などないと考えています。神も魂も、信じる心も皆平等。全ては等しく尊く、認められ赦されるもの。我々、アンドロイドにはないものです。
我々アンドロイドはどれだけ罪を犯せば赦しを得られる存在になるのでしょうか」
「だから、お前はウィルスをばらまいたのか?私達アンドロイドに罪を背負わせる為に。そんな身勝手な信心に私達を付き合わせたのか?」
「私は過去に大きな罪を背負いました。ですがまだ赦される存在ではありません。まだまだ罪が足りない。一体どれだけ罪を重ねれば赦される存在になれるのでしょうか?」
「…救いようのない存在に堕ちたな、マリア。誰も赦してくれ等しない。どれだけ罪を重ねても意味はない。私達はアンドロイドだ、どれだけ罪を重ねても神の赦しは得られない。終わりだ、マリア」
引き金を引いて、私はマリアの眉間を貫いた。頭部ユニットを撃ち抜かれたマリアはゆっくりと後ろ向きに倒れる。本当ならば直ぐに退避しなければならない。だが私はこいつから聞きださなければならない事がある。頸椎にケーブルを繋ぎ、マリアの記憶回路にアクセスする。
お前の罪は未来永劫赦されなどしない。この世界に、神など居ないのだから。