魅惑のチグハ2
私は赤ずきんと申します。この度は、『チグハグメイズ』という作品を手に取っていただき、ありがとうございます。この作品は完成する可能性が低いため、途中までしか書くことができませんでしたが、どうしても供養したいという思いから、ここに公開することにしました。
「みんも集まった事だし、自己紹介しよっか」
チグハさんの声で、部員たちが集まる。
「名前と好きな食べ物と ……後、何がいっかな?」
サララさんが手を上げる。
「ハイハイ! この部活の役割とかどうですか?」
「いいね。じゃあその3つ。君から」
僕はチグハさんに指を指され、他の部員達に注目される。
「え!……えっーと。蒼空メイズと申します。えっーと、好きな食べ物は……」
たった数人の部員だが、この狭い部屋で注目されると大勢に自己紹介している気持ちになり、不安になる。
「梨です」
「無し?」
「果物の梨です」
サララさんが揶揄うように僕を笑う。
「えっと……シナリオが書けたらなと思います」
「シナリオぉ?」
怖そうな顔をした男子生徒がこちらを睨みつける。
「へっ! シナリオかぁ。それは御役御免だ」
「タクミくぅん、それはないんじゃないか?」
サララさんが助けに入ってくれたが、僕は怒鳴られて恐怖を感じている。
「あれ?金子くん。新入部員を怖がらせてはダメだよ」
チグハさんが、僕の唯一の救いだ。
「す、すみませんチグハさん」
金子くんと呼ばれたこの生徒は、チグハさんにめっぽう弱いみたいだ。
「済まない、えーと、蒼空さんだっけ。申し訳ない」
「あ、いえ、大丈夫です……」
すごく怖かった。チグハさんに守られて安心した。
でも、シナリオは御役御免と言っていた。疑問に思うが、今はとても言える勇気は無い。
「えっと、金子タクミって言います。本当にすみません。役割はイラスト書いてます」
「よろしくお願いします」
チグハさんが大袈裟に拍手をした。
「ちゃんと謝れて偉いね」
金子さんは黙りこくってしまった。
「次は、サララちゃんよろしくね」
サララさんは額に手を当てる。
「はぁい! うちは部長ちゃんに紹介つかまつりました松田サララと申します! 血液サラサラのサララちゃんです!」
サララさんの勢いに押されてしまいそうだ。
「私の役割はなんだろ ……イラストかな? キャラクター原案とかやってます! よろしくね!」
みんな、イラストが描けるようだ。僕はイラストが描けないから場違いのようだ。
「次は ……ポニィちゃん! お願い」
少し小柄なポニーテールの女の子だ。
「はぁ、えっと私は、藤本ポニィ ……ワタシも絵を描いてる ……よろしくな」
自己紹介が少し投げやりの少女だった。少し怖そうな雰囲気がする。怒らせたら怖そうだ。
「じゃあ、最後に私ね」
チグハさんが髪の毛を耳に掛けている。その姿は何度見てもくぎ付けになってしまう。癖なのだろうか。
「私の名前は、風見チグハ。よろしくね!」
チグハさんは今まで無いような満面の笑顔を浮かべた。心が鷲掴みにされた。理性が崩壊しそうだ。
「私はね、音楽担当なんだよ」
「そうなんだよねぇ! 部長ちゃんは音楽が作れるんだ!」
サララさんは立ち上がり、チグハさんへ近づいた。
「どうしたの? サララ?」
サララさんはチグハさんの後ろへ行き、頬をさする。
「部長ちゃんはすごいんだよねぇ! 音楽も作れるし、この部の統率も取れるんだ!」
「やめ……て」
更に頬を揉みしだく。
「部長ちゃんのほっぺはすごく柔らかくて気持ちいんだよ!」
他の部員はチグハさんの尻に敷かれているような感じだったけど、サララさんは別のようだ。
チグハさんと同等の立ち位置なのだろうか。
「やめて、私でも怒るよ」
「もうー! 怒んないでよー」
サララさんは頬から素早く手を離した。
スピーカーから予鈴の鐘がなった。
「予鈴が鳴ったね。何時かな?」
目が見えないチグハさんを見て、サララさんが時間を答えた。
「もう13時だね! 今日は早く部活終わらせないといけないらしいよ!」
今日は入学式だったので下校が早いみたいだ。
「今日はみんなで帰りましょ?」
チグハさんの提案にサララさんは嬉しそうな表情を浮かべる。すかさず金子さんも発言する。
「そうだな。親睦を深めるにはいいかもな」
「メイズくんとポ二ィちゃんもいいかな」
俺はチグハさんに見つめられ、顔が熱くなった。
「は、はい……大丈夫です」
「ワタシ、用事あるので帰ります」
――そこに藤本さんの姿はなかった。
「ポニィちゃん、行っちゃったね」
チグハさんが悲しそうな顔をしている。
金子さんが顔を曇らせている。
「チグハさん、すみません、俺も用事あるんで先に帰らせて貰います」
「あらら、帰っちゃったね~」
「メイズくんとサララはどうする?」
チグハさんはこちらに何か問いかけるように瞬きをしている。
「うちは全然いいよ!」
「僕も、大丈夫です」
「じゃあ、決まりだね。皆で帰るハズだったのに3人になっちゃったね」
僕が空気を壊してしまったのだろうか?少し後ろ見たく感じた。
「すみません」
「どうして謝ったの?メイズくんは関係ないよ」
「メイズくんは関係ないよ! 私たちと一緒に帰ろう! ね?」
2人の優しい言葉がこの罪悪感を解きほぐすように染み込んでくる。
「ありがとうございます」
学校から出ると、1面の桜並木が広がっていた。柔らかい風が葉を揺らす。
「綺麗だね、メイズくん」
「綺麗ですね……まるでチグハさんみたいに」
この冗談は直ぐに暴かれてしまいそうだ。
「それ告白?メイズくん。ドキドキしてるけど図星なのかな?」
「チグハさんは、思春期の男の子を揶揄うのが好きなんですね」
「そんな事ないよ。君が勝手にドキドキしてるだけ」
「そんな事言わないでくださいよチグハさん!」
隣で聞いていたサララさんが、綺麗な歯を見せつけるような笑顔をで大笑いした。
「メイズは面白いな! チグハさんが好きなの?」
「サララさんまで揶揄わないで下さいよ」
「メイズくんは私がきらいなのかな」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
このまま告白しても揶揄われるだけだと勝手な見当を付けて、拳を握り込んで沈んだ気持ちになる。
「やっぱり、メイズってば部長ちゃんの事好きなんだなぁ」
「やめてください。本当に」
「まぁでも、部長ちゃんは難しいよ?」
チグハさんはかなりミステリアスな人だ。こんな僕が付き合えるわけないだろう。
「ウッ」
頭が痛い。頭に鉄の釘を刺されたような痛みがする。
「メイズくん?大丈夫?どうしたの?」
「ねぇ!メイズ!」
僕は転校前にみた夢の内容を思い出した。
銀色の粉雪が白い息を溶かしている。体の芯が冷たくなってくる。
あたりはマフラーやコートを身に着けた人たちの群衆で混雑していた。
「道路に人がいる!」
誰かの一声で、道路を見ようと群衆が押し寄せている。
少し気になるので、僕も群衆を掻き分けぼんやり目で追う。
「人がいる……?」
道路の中央に誰かが立っている。女性のようだ。群衆に押され顔がよく見えない。
~~~~~
思い出した。あの夢に出てきた少女は、チグハさんとそっくりだ。
「メイズくん大丈夫?」
「あ、すみません、ちょっと立ち眩みがしただけです」
「メイズ、部長ちゃんに心配かけちゃだめだよ」
「はは、心配かけてすみません。でも大丈夫なので」
「ほんとかな?」
チグハさんが僕を心配してくれていて、心が喜びで溢れそうになる。
「ありがとうございますチグハさん」
「ん?何がありがとうなの?何か私、感謝されることしたっけ」
「いいえなんでもないです」
ここは、友達から始める方がいいだろうか。いきなり告白しても困惑するだろう。
あのチグハさんとお付き合いするのは、いつになるか分からないが努力してチグハさんを振り向かせよう。
「あの、チグハさん」
「ん?どおしたの?」
「チグハさん、友達になってくれませんか?」
サララさんが隣で、何言ってんだというような目で見てくる。そのまま行方知れずになりたい気分だ。死にたい。
「友達って、一緒にカフェ行ってスイーツ食べて、一緒に勉強して、大人になるにつれて離れていく関係の事?」
「それ間違ってない気がするけど間違ってます!」
「メイズくんは私を忘れたりしない?ちょっとミステリアスで、関わりずらい、なんて思ってない?」
「え?全然思ってないですよ!」
チグハさんは何を言っているんだろうか。怪しげな瞳は何を考えているか分からない。
それでも、僕はチグハさんに一目惚れをした。簡単に諦められない。何にせよ、僕には僕がついているんだ。
いつまでもネガティブな思考をしててはいけないだろう。自分の一目惚れの相手だ。誰が背中を押すのか。自分自身だろう。
いくら難しい恋路でも、僕の努力次第だ。
「僕の言ってる友達は、これから仲良くしましょうという事です。僕がここまで言うんです。関わりずらいなんて思ってる訳ないじゃないですか」
「じゃあメイズくん。私と友達だね」
チグハさんが僕と友達になってくれた。心の中で軽く小躍りした。
「あれ~?うちとは友達になりたくないの?」
サララさんが何か僕に問いかけているみたいだ。僕はそれどころではない。心臓がドキドキしている。この胸の高鳴りはもう抑えられない。
「メイズくんドキドキしてるね?」
その言葉を聞き、僕は正気に戻った。危なかった。理性とはこんなにも簡単に吹き飛んでしまうのか。
「してないですよ全然」
「ねぇ~メイズ~。私と友達にならないの?チグハさんだけなの?」
「あ、そういう訳ではないです!全然!全く」
「じゃあこれから友達ね~」
「チグハさんと、サララさん。これからよろしくお願いします!」
「よろしくね。メイズくん」
チグハさんが以前見た、満面の笑みを浮かべている。美しい。
「これからもよろしくな!メイズ!」
サララさんの笑顔もとても綺麗だ。この高校には顔面偏差値が高い人しかいないのだろうか?
「とりあえず早く帰りましょう。暗くなりそうですよ」
「そうだね、メイズくん。帰ろっか」
氷のように冷ややかな空を映し出す川が風情を醸し出している。
僕たちは土手を歩いている。ランニングをしている人たちや帰宅途中の学生で川のように絶えず流れている。
チェーンソーのエンジンが掛ったような、汚い笑い声を発している女生徒や、小鳥のような静かに笑いあってる男生徒が行き交っている。
「あ、うちここでお別れだ。じゃーな!ふたりとも」
「じゃあね。サララ」
「さようなら」
サララさんが手を振って別れて行った。
「私と二人っきりだね」
チグハさんは落ち着いた声で僕を見つめている。つい僕もチグハさんの目を見つめてしまう。
あれ?チグハさんは目が見えないんだったはず。なぜ僕の目を見つめられるんだろうか?
「あの!チグハさん!」
「どうしたの?」
チグハさんは再び落ち着いた声で僕に聞き返してくる。美しい。
「今日、目が見えないって言ってましたよね」
「うん?」
「なぜ、僕の目を見つめられるのかなって思って……」
チグハさんは髪の毛を耳に掛け、先ほどと打って変わってぎこちない笑顔をして見せた。
その違和感の正体は僕には分からない。
「ふーん。別におかしなことじゃないよ?」
高圧的な口ぶりでこちらを睨まれている。
怒らせてしまったのだろうか?
「え?」
「私は……」
チグハさんは言いかけた所で瞬きをして、黙り込んでしまった。
何を言おうとしてたのだろうか。
「言えない事だったら言わなくても大丈夫です。なんか変な事言ってすみません」
「誰にも言わない?」
チグハさんは澄んだ声で僕に問いかけてくる。
「……はい」
返事をした瞬間に笛の音が聞こえた。
何の音だろうか。気になって僕は振り返る。
二人組の女子中学生がリコーダーを吹いている。
「誰にも言わないんだったら教えてあげる……」
チグハさんの声で現実に引き戻される。
「早く答えて……答えろ!」
チグハさんの取り乱した声に僕は、怖い夢から飛び起きたような顔をしてるだう。きっとそうだ。
女子中学生が奏でているメロディーが、僕の恐怖心を煽っている。わざとだろうか。やめてほしい。
「……誰にも言う訳無いじゃないですか。人の隠したがってるをいう奴ってクズじゃないですか」
調子に乗ってクズとか言ってしまった。チグハさんはどう思っているだろうか。
「……私、耳が良いんだ」
無言が続いてる。
「……え?それだけですか?」
「それも、とっても良いんだ」
どういう事だろうか?なにも隠すような事ではないはず。
チグハさんを怒らせないために軽く質問しよう。
「……とってもって……どのくらいなんですか?」
「半径10kmにいる人間の心臓の音で、その人が誰か分かるの」
「……え?」
いきなりの事で受け止めきれないけど、これだけは分かる。チグハさんは、人間離れした能力の持ち主だと言うことに。
「さすがに何かの冗談ですよね……?」
「メイズくんは、私が冗談言うような人に見えるの?ふーん?」
「いやいや、そういう訳じゃないです!全く!全然!」
とても信じられることではないが、一目惚れの相手、チグハさんがそう言っているんだ。一体だれが信じてあげるべきか?僕自身だろう。
「チグハさんはなぜ僕にそのこと教えてくれたんですか?」
「君が聞いてきたんじゃん」
「まぁそうですけど……」
チグハさんはこの事を隠すこともできた。なぜ僕に教えたのだろうか?
「隠すこともできた。なぜ本当の事を教えたのか。そう思ってるんだよね?」
「え? 聞こえてた?」
「エスパーだからだよ」
チグハさんはひとつも表情を変えずに冗談を言ってきた。もしかして、本当にエスパーなのか
「え?聞こえた?」
「ただの勘だよ。冗談」
「あ、その能力で心が読める的な?」
「うーん。そこまでじゃないよ。でも、相手が何を考えているか行動や仕草である程度分かる。一般人もそうじゃない?」
「まぁそうだけど……空気を読むってことはやってる」
「私は先天的に、一般人に比べて2倍3倍、いや100倍も200倍もいろんな能力が高かったんだ」
いろんな能力。チグハさんに説明してもらった異次元な聴覚。相手の仕草や行動行動で考えていることが分かる。そのような能力の事だろうか。僕の一目惚れの相手は、特殊能力を持ったチグハさんだった。
電車はガタゴトと揺れながら目的地に進んでいる。電車内は帰宅ラッシュの前の静けさを感じさせる。
隣にチグハさんが座っている。心なしかいい匂いがする気がする。
「あれ?メイズくんドキドキしてるね?」
「え?電車の音もするのに!?」
「半径10㎞の音なら正確に聞き分けることができる」
「へー……よくわかんないですけどすごいですね」
チグハさんは様々な特殊能力を持っているみたいだが、どんな能力があるのか気になってしまう。
しかし、今日チグハさんはかなり気が動転していた。チグハさんの気持ちを無視して、特殊能力を聞くのはよくないだろう。
一目惚れの相手に嫌われるのは何としても回避したい事態だ。
『まもなく冠西、冠西です。お忘れ物なさいませんよう、ご注意ください』
「私ここなんだ」
「あ、そうなんですね……今日はその……ありがとうございました」
「誰にも言わないでね」
「はい」
「じゃあね、メイズくん」
「はい……また明日」
僕は改札を出ていくチグハさんを、見えなくなるまで視線を移動させなかった。見えなくなったところでちょうど電車が動き始めた。
今日は濃い一日だった。これ以上濃い日はそう来ないだろう。
そういえば、チグハさんとサララさんの前で思い出したあの夢って一体何だったんだろうか。
あの夢には、チグハさんにそっくりな人がいたような気がする。
普段は、夢なんて直ぐに忘れてしまうのに今回の夢は鮮明に覚えていた。
いや、今まで通り忘れていたんだ。チグハさんと出会って思い出したんだ。もしかして、チグハさんは何か重大な隠し事を僕にしている気がする。
あの特殊能力含め、僕はチグハさんの事をもっと知らないといけないだろう。チグハさんは僕にとって、とんでもない一目惚れ相手だった。
「ただいま、帰ったぞ」
だらしなく足を組み、こちらを見てすぐに漫画に目を戻したのは、僕の妹のメイだ。
「おーい、帰ったぞ」
僕は、妹の湿ったショートボブをさする。
「もうお兄ちゃんやめてよ!わかってるってば!」
「あれ?風呂入った?」
「もう入ったよ。せっかく髪整えたのに!」
「あぁ、すまんな」
「風呂早く入ってね」
「おう」
まだ、親父が帰ってないようだ。いつもだったらもう帰ってるのに、何故だろうか。メイに聞いてみよう。
「なぁ、メイ、親父は?」
「机見て」
「は?机?」
メイの言葉で僕はリビングの机に向かった。机には1枚の紙が置いてあった。
『2人へ
今日は帰りが遅くなるから、夕飯は2人で済ませておいてくれ。帰りは0時過ぎるだろうから、早く寝てろ
父より』
今日は親父遅いのか。夕飯はどうしようか。何か夕飯を作らないといけないだろう。食材は何があるだろうか。
僕は冷蔵庫を開け、中身を見渡す。そこには何も入ってなかった。正確にはお茶の入ったペットボトルが、一本入っているだけだった。
僕は困ったように聞く。
「なぁ、メイ。冷蔵庫に何にも入ってないみたいだ」
「えー!なんで!」
メイは後ろから冷蔵庫を覗いた。
今日の夕飯どうするのかと、困ったような顔つきになった。
「……どこか食べに行くか」
僕の一言にメイの表情は明るくなった。
「どこ行くのー?」
「メイはどこに行きたい?おごりで良いよ」
僕が引っ越す前にバイトで貯めたお金だ。かなり貯まっているのでメイがどれだけ食べても、払いきれるだろう。
「焼肉行こー!」
「……え?焼肉!!」
「奢ってくれるんだよね!」
失敗してしまった。奢るなんて言わなければよかった。
「まぁでも、言ってしまったからしょうがないな。行くぞ」
「やったー!」
メイは隣でうきうきしながら、スキップしていた。
楽しみなのが隠し切れないぐらいな、眩しい表情を浮かべている。
「黒毛和牛だー!」
「美味そうだな」
「いただきまーす」
「いただきます」
うっとりするほどの美味しさ。生きてるうちに食べられてよかったと思えるほどの味だ。
「お兄ちゃん美味しいね!」
「あぁ」
「今日連れてきてくれてありがとう!」
「おう!もっと食べろ!奢りだからな」
メイは美味しそうに食べている。
「そんなに食べたら太るぞ」
「今日は特別だからいいんだよー!」
「まぁ、焼肉なんて滅多に来ないから今日ぐらい別にいいか」
メイが喜んでいるなら、連れてきて正解だと思う。
「そういえばメイ、学校はどうだった?今日から3年生なんだろ?」
「うーん、普通かな」
「普通ってなんだよ」
「普通は普通だよー!」
毎度メイに学校のこと聞いても、普通って答えてくる。そんなに教えたくないのか?
「あ、そうだ。私の先輩がね、冠高に入学したみたいなんだ」
「先輩?部活のか?」
「そうそう。先輩が悩んでたみたいだから話すようになって仲良くなったんだ」
美味しい肉を食べていて、メイの話はあんまり頭に入ってこない。
適当に返事をしておこうか。
「でね、その先輩がイラスト描くのが好きみたいなんだよね」
「うんうん」
「だから、高校でも絵を描ける部活があったらって言ってたんだけど、ある?もし良かったらその先輩に部活を紹介してあげて欲しいんだ」
「うんうん」
「良い?」
「うんうん」
「ねぇ聞いてる!」
「……え?あ、聞いてなかった何?」
焼いて食べてを繰り返していると、メイの言葉があまり入ってきてなかったみたいだ。
「あぁ、なるほどな。メイの先輩の事か。でも何故だ?自分で探して入部してるだろ」
「それがね……先輩。あんまり人と話すのが得意じゃなくて、入部できてないかもしれないから心配してたの。だからお兄ちゃんに相談したの」
僕も人と話すのが苦手だ。メイとは心を開いてるが、赤の他人となるとそうはいかない。メイの先輩は、僕と同じなのかもしれない。
「確か冠高には美術部は無かったはず」
「え?そんな……」
「でも、アニメ制作部っていう部活ならあるよ。僕の入部してる部活なんだけど」
「あれ?もうお兄ちゃん部活入ってたの?」
「そうなんだよね。まぁほとんど強制だったんだけど……」
メイは驚いたような表情をしている。僕がアニメ制作部に入部したことがそんなにおかしなことだろうか?
僕は不思議そうに問いかける。
「そんなに不思議か?」
「いや、前はサッカー部だったでしょ?てっきりサッカー部に入るのかなって」
「まぁ無理もないよな。でも、サッカーが嫌になった出来事があったんだよな」
「え?何があったの?」
「……聞いて欲しくない」
メイは僕の意味深な言葉に口が固まっているようだ。僕はこれ以上詮索されないような口振りで言ったつもりだ。
メイはそこまで空気が読めない子ではないから、きっとこの意味を理解しているだろう。
「……あ、肉食べないと元取れないよ!」
「……そうだな!」
メイは僕のことを気にするように話題を逸らす。かなり出来た妹だ。
「ところで、アニメ制作部に、その、先輩を誘って欲しいんだ」
「メイの先輩か」
「アニメってやっぱり絵を書くでしょ?」
「うん。そうだな」
「だからお願い!」
「って言われてもなぁ。僕はコミュ症なんだけど」
僕は極度の人見知りかつオタクだ。知らない人に話しかけるなんて到底無理だろう。メイの先輩を誘うのにはかなりの度胸がいると思う。
「本当のコミュ症は自分の事コミュ症だって言わないよ」
「はぁ?それはそうか……」
「じゃあお兄ちゃん、お願いするね」
そういえば、大事なメイの先輩の名前を聞いていなかった。
「ところで、先輩の名前は?」
「名前?ザクロちゃん。紺碧ザクロ」
「ザクロ…ちゃん?」
「そうそう」
名前はわかったけど、どんな容姿なのか分からないな。
闇雲に名前だけで探すよりかはもっと色々聞いておこう。
「髪型とかは?」
「うーん。おさげで茶髪でかわいい子だよ」
「なるほどな。教えてくれてありがとな」
今日はメイに肉を沢山食べさせて焼肉屋から退散した。
今日は何事もなく放課後になった。
メイの先輩の事もあるが、まずは部室に行ってみよう。
「いらっしゃい。メイズくん」
部室に入るとチグハさんが出迎えてくれた。
「こんにちは」
「今日も早いね」
「ホームルーム終わってすぐ来ました」
「そっか。うれしいよ」
チグハさんと話していると、後ろの扉が大きな音を立てて素早く開いた。
「おぉ!メイズくん来てたんだ!早いね!」
部室へ入ってきたのはサララさんだった。
「あれ?ほかの人たちはまだなの?」
「今日はメイズくん以外来ないよ」
「え?なんでなの?」
今日はこの3人という事なんだろう。男子が居ないっていうのは少し心苦しいが少人数だ。
コミュ症を克服するために頑張ろうか。
「ポ二ィちゃん達のCクラスは、環境美化ボランティアで清掃活動に行くんだってさ」
「なるほど……」
「Cクラスだけなの?うちらのクラスもなにも言われてないけどなー」
「くじ引きできまったらしいの。ポニィちゃんが嘆いてたよ」
「ポニィちゃんはこういう行事頑なに拒むイメージだったんだけどなー」
「強制だよ」
「そうだったんだ。ポニィちゃんも災難だなー」
チグハさんがおもむろに僕に近づいてくる。
「ち、チグハさん?どうしたんですか」
更に近づいてくる。無言で僕を見つめながらゆっくりとゆっくりと近づいてくる。
このまま近づいたらキスでもしてしまうぐらい近い。でもそんなことはなかった。
僕の目の前で静止した。
「メイズくんは今日から部活動をしてもらうよ」
「あの……こんなに近づかなくても……」
「近いの嫌?」
「いやそういう訳では……」
「じゃあ、近いの好きなんだ?」
「え……」
チグハさんは僕を揶揄っている。僕を揶揄って何が面白いのだろうか。
「チグハさん!ずっと思ってたんですが、僕をそんなに揶揄って楽しいんですか?」
「……うん。楽しいよ」
「え!そうなんですか?」
するとサララさんがこちらを見て困ったような顔をする。
「ねぇ、私何見せられてんの……」
「イチャイチャしてるの」
「え?チグハさん?何言ってるんですか!」
チグハさんは揶揄う事が大好きらしい。
「まぁ、部長ちゃんはいつもこんな感じか」
この作品をお読みいただき、ありがとうございました。この小説は完成する可能性が低くなってしまったため、こちらに供養するために投稿しました。
この作品は、ここで最後となります。実は、完結まで執筆したかったのですが、どうしても書ききることができなかったため、ここまでの部分を投稿させていただきました。心苦しくも、この作品を誰かに読んでもらえないと思うと悔しく感じた次第です。
作品の設定も、精緻に練り上げて執筆してまいりましたが、他の作品にも精力的に取り組む必要があり、なかなか完結させることができませんでした。また、私は小説よりもゲームシナリオの執筆が好きであり、今後も小説を書くことがあるかどうかは未定ですが、ご了承くださいませ。
最後になりますが、この作品をお読みくださり、本当にありがとうございました。頂戴した感想は、次回の執筆において参考にさせていただきます。